おっさん、異世界でドラゴンを育てる。

鈴木竜一

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レイノアの亡霊編

第118話  急襲

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 夜の闇に覆われた空は、ゆっくりと明るさを取り戻し、小鳥たちの囀りが聞こえてくる。

 憔悴していた騎士たちは交代で休息を取ることで体力が回復。万全とまではいかないが、休む前よりもずっと体が軽く、気持ちも晴れやかだった。
 ハドリーは次の作戦行動へ移ろうと颯太や騎士たちへ指示を出そうとしたが、

「ホッホー」

 鳥だろうか。まるでフクロウのような鳴き声だと颯太が思っていると、

「お? あれはマールじゃないか」
「マール?」
「伝達用の鳥さ。今の状況じゃ、信号弾を打ち合うわけにいかないからな」

 前線で斥候として働く者へ指示を送るには、場所が特定される可能性の高い信号弾を避けて動物を使うことがあるようだ。
 今回はモフモフした体毛の鳥で、その名はマールというらしい。
 早速、ハドリーは口笛でマールを呼び出し、その足に括りつけられていた文を読む。

「ブロドリック大臣からだ。――どうやら交渉団は竜騎士団を率い、旧レイノアへ向けて発ったらしい。昼過ぎにはこちらへ到着するようだ」
「我らにはどうしろと?」

 シュードがたずねると、ハドリーは難しい顔をして、

「竜騎士団に合流せよとのことだ」
「時間切れ……というわけですね」

 魔族の真相については掴み切れなかったが、覚醒したトリストンのおかげで外交局の裏の顔を暴くキーパーソンを確保できた。これだけでも、報告の価値は十分にある。

「よし。我々はただちに交渉団と共に旧レイノア王都へ向かってくる竜騎士団と合流する」
「「「「「はっ!」」」」」
「颯太。おまえについてだが――」
 
 ハドリーとしては、新しく加わったトリストンの件もあるので通訳としてもついてきてもらいたかった。トリストンだけではなく、これから本隊と合流するならメアたちの士気上昇にもつながるだろう。

 だが、颯太はあくまでも非戦闘要員。

 ガドウィンのリゴ族長から託された剣があるとはいえ、扱いは素人。ここからの激しい戦闘でもし命を落としたら――キャロルに合わせる顔がない。

 ここはシュードを護衛にガドウィンへ送り届けた方が――

「ハドリーさん……俺を連れて行ってください」

 颯太からの提案だった。

「ソータ……おまえ……」
「トリストンはまだハルヴァ竜騎士団に不慣れです。慣れない環境ではストレスもたまりますし、俺が近くにいてやった方が落ち着けると思います」
「し、しかし、ここから先の戦いは――」
「待て」
 
シュードは颯太の同行に反対意見を述べようとしたが、それをハドリーが止める。

 最初はシュードと同じように颯太の本隊合流には反対だった。たしかに、トリストンやメアたちのためにも颯太がいてくれた方が助かるが、その分危険性も伴う――結果として、夜通し悩んでいたハドリーはガドウィンへ帰還させる選択を取ったわけだが、

「ソータ……」

 颯太の決意に満ちた顔を見て、初めて会った時とは見違えるほどの力強さをたたえた瞳――ハドリーはこれまでにない頼もしさを覚えていた。
 それに、トリストンも颯太のズボンをギュッと掴んで放そうとしない。

 やはりここは颯太を連れて行った方が――ハドリーの心が揺らいでいると、

「!?」

 騎士やドラゴンたちは一斉に異変を察知した。

「くっ!? いつの間に……」
「え? 何があったんですか?」
「もの凄いスピードで近づいてきています。――恐らく、魔族でしょう」
「なっ!?」

 王都周辺を警備している魔族に見つかったようだ。
 
「トリストン! 戦闘準備だ!」
「うん!」

 トリストンは影の能力を使い、迫り来る魔族たちを呑み込んでいくが、

「っ!」

 2分ほど過ぎた頃、その表情は険しいものへと変わり、とうとう影を引っ込めて元の赤ちゃんドラゴンの姿へと戻ってしまった。

「と、トリストン!」
「スタミナ不足だ。さっき相当な数の獣人を相手に立ち回った直後でまたこの戦闘だったからな」

 凄まじい能力を持っていてもまだ幼いドラゴン。
 まだまだ体力には課題があった。 

「くそっ!」

 颯太は無意識のうちに剣を抜いていた。
 そこで初めて実感する。

(剣って――こんなに重いのか)

 ハドリーたちが軽々と振り回しているからもっと扱いやすい物だと思っていたが、これは構えるだけでも大変だ。いかに騎士たちが日々厳しい鍛錬をしていたか、その成果をこんな場面で痛感することになるとは。

「無理をするな! おまえはケルドに乗って先に行け!」
「わ、わかりました! えっと――」
「ひとまず本隊と合流する! おまえたちも続け!」
「「「「「はっ!」」」」」

 指示を受け、一斉にドラゴンを走らせる騎士たち。だが、

「! こっちからも来やがったか!」
 
 ハドリーたちの進行方向からも3匹のオークが迫ってきていた。
 しかし、心情的には獣人族たちに囲まれた時よりも余裕はあった。なぜなら、魔族たちには知性がない。戦闘となると厄介な相手だが、ドラゴンがいて、逃げることだけに専念すればそこまで難しいことではない。

「連中を撒くぞ。手伝え、ガーバン」
「はい!」

 リンスウッド分団一の巨漢であるガーバンを連れて、ハドリーは追手を振り切るため攪乱作戦を展開した。

 何度も訓練で行った連携だけあって、2人は乗っているドラゴンを巧みに操り、細かな打ち合わせもなく完璧に息を合わせて魔族たちを翻弄する。

「おい、ちょっと遅れてるぞ、ジレン」
「うるせぇよ、イリウス」

 そう言いながらも、ドラゴンたちの呼吸もバッチリだった。
これで時間稼ぎはできた――と、

「グガァッ!」

 進行方向に立つオークが、手にした斧をグッと持ち上げて一気に振り下ろす。その一撃はハドリーたちへ向けられたものではなく、一本の木であった。オークの一撃を受けた木は大きな音を立てて倒れ――ハドリーたちの道を塞ぐ。

「何っ!?」

 先頭を走るシュードは突然視界を遮った大木に驚いてバランスを崩し、乗っていたドラゴンから振り落とされた。

「シュード!?」
「だ、大丈夫です。おまえも無事か、リート」

 右肩から落ち、側頭部も強く打ったシュードはフラフラしながらもリートを気遣う。リートはむしろシュードの方が重症なんじゃないかと心配しており、「大丈夫なの?」と颯太にたずねるくらいだった。

 シュードはサムズアップをして健在をアピールし、リートに跨ると大木を乗り越え、さらに進軍をしていく。シュードの無事を確認してホッとしたハドリーであった、魔族たちの妨害に首を捻った。

「あいつら……まるで訓練された兵士のような動きだ……これも禁竜教の仕業だっていうのか?」

 ハドリーは本能のままに暴れ回る魔族とは思えない頭を使った行動に疑問を抱いていた。
 
「気をつけろ! こいつらはただの魔族じゃないぞ!」

 遠くにいる騎士にも聞こえるよう叫ぶハドリーだが、その目の前に鋭い爪をこちらに向けるリザードマンが現れた。
 
「ちっ!」

 イリウスは咄嗟にリザードマンの腕に食いついた。
 食いちぎるわけではなく、振り払おうとするつもりだったのだが――リザードマンの腕は呆気なくちぎれてしまった。

「んん!?」

 食いついたイリウスと乗っていたハドリーは思わぬ脆さに驚き、それと同時に、

「! そうか――そういうことか! だからこいつらは魔族離れした行動を!」

 食いちぎられたリザードマンの体を見て、魔族たちの正体を見抜いた。

 早く、周りの騎士たちに教えなければ。ハドリーがまさに声を出そうとしたら――突然視界が真っ白に染まった。

「!?」

 何が起きたのか、それはすぐに理解できた。
 視界が白で覆われる直前、小さな爆発音がした――恐らく、魔族のうちの1匹が煙幕弾を放り投げたのだろう。

「そんな物まで持っていやがったか!」

 視界が塞がれても進むしかない。
 立ち止まってはやられるだけだ。

「止まるな! 進め!」

 半ば願い事のように叫びながら一直線にひた走るイリウスにしがみつくハドリー。
 やがて煙幕弾の範囲から離れて視界が晴れると、周りにはリンスウッド分団の騎士たちがドラゴンと共にいた。ちなみに、トリストンも赤ちゃんドラゴンの姿でリートの尻尾にしがみついていた。

 ――だが、その場には、

「そ、ソータはどこだ!?」

 颯太の姿はなかった。
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