おっさん、異世界でドラゴンを育てる。

鈴木竜一

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レイノアの亡霊編

第114話  リンスウッド分団の覚悟

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「おまえをこの場から逃がす」
「え?」

 ハドリーの言葉に、颯太は耳を疑った。

「に、逃がすって……」
「俺たちが隙を作るから、おまえはガドウィンへ向かえ。マーズナーでも五指に入るスピードを誇るケルドなら、追いつかれることはないだろう」
「で、でも、それじゃあ――」

 颯太は問い詰めようとした。
 ハドリーたちはどうするのか、と。
 問い詰めようとした颯太の目に、他の騎士たちの顔が映った。
 皆――覚悟は決まっているようだ。

「おまえの持つ竜の言霊の恩恵は何物にも代えがたい……これまでの戦いで、それは証明されている。ハルヴァの未来のため、おまえだけはなんとかして生き延びるんだ」
「そ、そんな!?」

 颯太としては、ハドリーたちを助けるためにここまでやって来たつもりだった。しかし、

「すいません……俺が迂闊にもこの地へ足を運んだから……」

結局自分が足手まといとなってハドリーたちを窮地に追い込む結果になってしまった。
 自分を責める颯太だが、ハドリーは、

「そんな顔をするんじゃない……どのみち、おまえが魔族の情報を与えてくれなかったら、俺たちは全滅していた」
「これまで、何度もハルヴァに光をもたらしてくれたあなたを守るためにこの命を散らすことができるのなら、それは本望です」
「その通りだ。騎士として、誰かを守るために戦える――これ以上に誇らしいことはない」

 シュードや他の騎士たちもまたここで命を賭ける気でいるようだった。さらに、

「行けよ、ソータ」
「あなたがいなければ、キャロルさんが悲しむわ」
「リンスウッド・ファームを頼みましたよ」
「イリウス、リート、パーキース……」

 ドラゴンたちもまた、ここが最後の地になると覚悟を決めたようだった。
 止めなければ。
 もしここでイリウスたちまでいなくなったら、メアやノエルだって深く悲しむ。

「けっ! このイリウス様の生涯最後となる戦いが、よりにもよって人間のおっさんを守るための戦いになるとはな」

 皮肉っぽく言うが、その目は真剣そのものだった。
 イリウスに何か声をかけなくてはと思考を巡らせていた颯太。だが、逆にハドリーが颯太へと話しかける。

「ソータ……俺はおまえに感謝しているんだ。おまえがいてくれたから、俺はここで命を張れる。――キャロルの心配をしなくていいからな」
「で、でも、ハドリーさんにだって奥さんが」
「あいつはとっくに覚悟がついている。というより、俺が騎士団にいて、いつ命を落とすかわからないってことを承知の上で結婚したんだ」
「それでも!」
「お喋りはここまでだ」

 ハドリーの声に緊張感が加わる。
 見ると、さっきよりも敵の人数が大幅に増えており、颯太たちは完全に取り囲まれている状況であった。敵編制は獣人族の中に人間も数名おり、下卑た笑みを浮かべながらにじり寄ってきている。

「おまえは生きろ、ソータ……キャロルを頼むぞ」

 まるで遺言のように、ハドリーは颯太に告げた。それから、

「おまえたちと最後を共に戦えること――俺は誇りに思うぞ」

 部下である騎士たちに向かってこれまた遺言めいた言葉を贈った。
 
「ハドリー分団長……それは自分たちも同じです」
「俺はあなたに憧れて騎士団に入りました」
「私もです。そのあなたとこうして最後まで騎士として生きられる……悔いはありません」

 騎士たちは剣を構えた。
 ドラゴンたちも牙を剥き出しにして臨戦態勢だ。

「ダメだ……」

 闘争心に溢れる騎士たちの背を見ていた颯太は消え入りそうな声で言う。――だが、その願いは誰にも届かない。

このままではみんな死ぬ。
 
 絶望的な未来があと数秒もすれば訪れる――なのに、無力な自分は彼らの死を自らの生のために消費するしかできない。

 目尻に涙がたまっていくのがわかる。
 
 こぼれ落ちないように上を向き、それから首を振って払った。
 考えられる最悪のケースは、この場で自分を含めた全員が命を落とすこと。
 ハドリーが言ったように、颯太の持つ「ドラゴンと会話ができる」という能力は唯一無二で絶対に失うわけにはいかない。

 そういう理屈はわかる。
 理屈はわかるけど、納得はしない。

 ああ、ちくしょう……
 
 だからといって、この場を切り抜けられそうな名案も浮かばない。
 そんな自分に腹が立ってくる。
 拳を握り、歯を食いしばった。
 こんなに悲しくて悔しい想いをした経験は過去にない。
 それほどまでに、ハドリーたちは自分にとってとても大きな存在であったと思い知らされるのであった。

「さて……これが最後の大暴れだ――行くぞ!」

 まず、ハドリーとイリウスが飛び出していく。
 それに続いてシュードたちも敵陣へ突っ込んでいった。
 颯太は動けない。
 すぐにでもケルドに指示を出してガドウィンへと帰還しなければいけないのに、心ではそうするのがベストだって強引に納得されているのに、気持ちとは裏腹に体がまったく反応をしてくれない。

「ソータ様! ハドリー様たちの想いを無駄にしないためにも、ここはガドウィンへ撤退しましょう!」

 ケルドの言葉は耳に入らない。

「ソータ様! ご決断を!」

 必死に颯太へと呼びかけるケルド――だが、颯太はやはり答えない。

 今にも消えてなくなりそうなハドリーたちの背中を引き戻そうと、颯太は手を伸ばす――その時、背負っていたリュックが光に包まれた。

「!?」

 あまりにも眩い光に、その場を覆い尽くしていた殺気が吹き飛ぶ。

「なんだってんだよ!」

 ダヴィドも突然の光に戸惑っているようだ。

「くそっ! 怯むんじゃねぇ! 突っ込め!」

 指示を飛ばすが、誰一人として動けない。
 それほどまでに眩しい光が夜の森を照らし出す。

 やがて、


「クエェェェェッ!!」


 勇ましい雄叫びと共に、光り輝く颯太のリュックからひとつの光球が出現。 
 それは地面に叩きつけられると、ゆっくりと形を変えていく――それはまるで人間のような姿であった。

 さっきの声は――リュックの中にいる赤ちゃんドラゴンのトリストンの声。
 そのトリストンが入っていたリュックから飛び出した光が人間の姿へと変化していく。

「まさか……」

 その「まさか」は現実のものとなった。

 光が姿を変えたのは幼い少女の姿。
 メアやノエルよりも年下――7、8歳といったくらいか。

 腰まで伸びた長い薄紫の髪。 
 大きなまん丸の瞳。
 側頭部から生える歪に曲がった角と大きな尻尾。
 薄桃色の小さな唇が動き、言葉を紡ぐ。


「パパを悲しませるヤツは……許さない」


 赤ちゃんドラゴンのトリストンは――竜人族として覚醒した。
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