おっさん、異世界でドラゴンを育てる。

鈴木竜一

文字の大きさ
上 下
92 / 246
レイノアの亡霊編

第112話  【幕間】消された男たち

しおりを挟む
 颯太やハドリーたちが旧レイノア王都へ乗り込んだ頃。

 ハルヴァ王都では禁竜教との交渉に向けた準備が着々と整いつつあった。
 あとは護衛役としての竜人族3匹の帰還を待つばかりである。

 旧レイノア王都までの道のりを同行するハルヴァ竜騎士団たちは城の門前へと集結しつつあった。その面子は、経験豊富で実力もたしかな主力騎士ばかりであった。ハドリーなど、一部戦力が欠けているところはあるが、ほぼ最大戦力と言っていい構成である。

「まるで戦争でも仕掛けようかという陣容じゃな」
「ええ」

 執務室の窓から出撃準備をする竜騎士団たちの様子を眺めるブロドリックとガブリエル。

 これらの部隊編成はすべて外交局からの要望だった。
 外交大臣のスウィーニーは、

「4大国家の一角であるこのハルヴァを脅迫しようなど言語道断。二度とこのような不届き者たちが出ないよう、毅然とした態度であるべきです。そうでなくては、他国へ示しがつきません」

 アルフォン王の前でこう語り、大軍勢が展開されるようになったのだ。

 ブロドリックとしては、この陣容に否定的な考えだった。
 彼ら――禁竜教は、手段こそ強引で法に触れるものであったが、何かを訴えたくて対話を求めているように思えた。

 禁竜教と旧レイノア王都。

 このふたつを切り離して考えることはできない。
 何か裏がある。
 だが、現状では手掛かりすらつかめていない。国防局の人間が手分けして探しているが、まだその影すら捉えていない。

「ブロドリック大臣……私はそろそろこの辺で」
「うむ。指揮は任せたぞ、ガブリエル」
「お任せを」

 騎士団を率いるガブリエルが出撃の最終準備のため執務室を出る。それと入れ替わるようにして、


「ブロドリック様!」


 執務室のドアを乱暴に開けて、1人の男が入って来た。

「ビリーか……悪いが、酒盛りに付き合う気分じゃない」
「違いますよ! ちょっとこれを見てください!」

 執務机のから溢れるほど溜まっている書類を乱雑に片付けて、国防大臣秘書のビリー・ベルガーは空いたスペースに一冊の本を置いた。

「なんじゃこの本は?」
「死亡者名簿です!」

 ハルヴァでは亡くなった民の死因や没年齢などを残しておく死亡者名簿が存在しており、ビリーが持ってきたのはそれだという。

「死亡者名簿? ……それも、かなり古いものじゃな。これがどうかしたのか?」
「ブロドリック様の命を受けて若い衆と共に何か外交局の闇の部分に関する情報がないか調査しておりましたところ、この死亡者名簿に気になる点がございまして」
「何?」

 今まさに、手掛かりはないかと悩んでいたところであった。
 あまりにもタイムリーな報告であったが、

「聞こうか、その気になる点とやらを」
「では、こちらをご覧ください」

 ビリーが示したページ――そこには5人の男の死亡情報が載せられていた。


 ジャービス・バクスター (享年63歳) 死因・不明
 メッセ・モラレス    (享年55歳) 死因・不明
 ラング・デズモンド   (享年48歳) 死因・不明
 バラン・オルドスキー  (享年52歳) 死因・不明
 ダニエル・ソローギン  (享年45歳) 死因・不明


「短期間で5人の死亡……それも、全員死因は不明扱いになっています」
「たしかにこれは妙じゃが……それと外交局となんの関係が?」
「それについてなんですが……彼ら5人が死亡したのは、旧レイノア王都がハルヴァへ領地譲渡の申し立てをした日から1ヶ月以内のことなのです」
「ほう……」
「それだけではありません」

 ビリーの眼光が鋭くなる。

「実は、この書類を見つけ出したのは昨年、ダステニアから移住してきた若い騎士見習いの青年なのですが……彼が言うには、自分はこの5人の死亡者のうちの1人であるダニエル・ソローギンの甥だと言うのです」
「身内の者がいたのか」
「その若者が言うには、このダニエル・ソローギンという男はかつて旧レイノア王都で他国との交渉役――つまり、ハルヴァでいう外交局のような仕事をしていたということです」
「旧レイノアの外交局……」
「レイノアは小国でしたゆえ、我がハルヴァのように組織となっていたわけではなく、国政経験のある者たち数名が集まって外交に当たっていたようです」

 その流れでいくと――ブロドリックは、湧き上がる疑問をそのままビリーへとぶつけた。

「もしや、他の4人も?」
「全員がそうだという確証は得られませんでしたが、その若者の話では、ジャービス・バクスターという男はダニエル・ソローギンの直属の上司であり、他国との交渉役におけるトップだったと言います」
「外交局のトップ……大臣クラスか」
「その大臣クラスを含め、外交関係者と思われる者たちが相次いで不審な死を遂げているのです」
「なるほど……偶然で片づけるには奇妙なつながりが多いな」

 不審死もそうだが、何より驚くのが大臣クラスという国政の大物までもがこのハルヴァでひっそりと暮らしていたというのか。――だが、

「レイノア王国がなくなる際、ほとんどの国民はこのハルヴァへ移住してきている。現に、竜騎士団の中には元レイノア出身の者もいる……じゃが、外交に携わる仕事をしていた者がハルヴァに住んでいたというのは初耳じゃ」
「現在判明しているところでは、このジャービス・バクスターは宿屋の主人でメッセ・モラレスは猟師。そしてダニエル・ソローギンは鍛冶屋をしていたようです。恐らく、残りの2人も何かしらの役職をこなしていたものと思われます」
「まったく国政に関係ない仕事に就いていたのか……」

 大臣クラスのブロドリックでさえ、その事実は知らなかった。

「なぜ……旧レイノアの外交関係者だけ、ひっそりとハルヴァ内で暮らしていたのじゃ? かつての教育関係者や農林業関係者は、このハルヴァへ移り住んでからかつての経験を生かせるようにと修学局や生産局に勤めているというのに……」

 なぜ、外交関係者だけ待遇が違うのか。
 それも、まるでその存在を誰にも知らせないかのようにひっそりと生活している。
 そして――全員がハルヴァへ移り住んでからわずかな期間で謎の死を迎えていた。

「……レイノア国民が移住を開始した当時、レイノア王国における外交担当者はどういう扱いを受けておったか知らぬか?」
「申し訳ありません。まだ調査中で……それと、この中に名前のあるバラン・オルドスキーについては、生前まで暮らしていた家が未だに残されていることがわかりました。ここを調べれば、もしかしたら何かわかるかもしれません」
「ならばその件も含めて調査を続行せよ。……我らはようやく、その巨大な影の尻尾を掴んだのだ」
「ははっ!」

 深々と頭を下げたビリーは死亡者名簿を小脇に抱えて執務室をあとにした。

「いよいよ化けの皮が剥がれ始めたか……」

 果たして、彼ら5人の死と外交局の隠している真実にどのようなつながりがあるのか。
 国防局と外交局の攻防は、今まさに大きく揺らごうとしていた。
しおりを挟む
感想 291

あなたにおすすめの小説

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

〈完結〉遅効性の毒

ごろごろみかん。
ファンタジー
「結婚されても、私は傍にいます。彼が、望むなら」 悲恋に酔う彼女に私は笑った。 そんなに私の立場が欲しいなら譲ってあげる。

政略より愛を選んだ結婚。~後悔は十年後にやってきた。~

つくも茄子
恋愛
幼い頃からの婚約者であった侯爵令嬢との婚約を解消して、学生時代からの恋人と結婚した王太子殿下。 政略よりも愛を選んだ生活は思っていたのとは違っていた。「お幸せに」と微笑んだ元婚約者。結婚によって去っていた側近達。愛する妻の妃教育がままならない中での出産。世継ぎの王子の誕生を望んだものの産まれたのは王女だった。妻に瓜二つの娘は可愛い。無邪気な娘は欲望のままに動く。断罪の時、全てが明らかになった。王太子の思い描いていた未来は元から無かったものだった。後悔は続く。どこから間違っていたのか。 他サイトにも公開中。

あなたがそう望んだから

まる
ファンタジー
「ちょっとアンタ!アンタよ!!アデライス・オールテア!」 思わず不快さに顔が歪みそうになり、慌てて扇で顔を隠す。 確か彼女は…最近編入してきたという男爵家の庶子の娘だったかしら。 喚き散らす娘が望んだのでその通りにしてあげましたわ。 ○○○○○○○○○○ 誤字脱字ご容赦下さい。もし電波な転生者に貴族の令嬢が絡まれたら。攻略対象と思われてる男性もガッチリ貴族思考だったらと考えて書いてみました。ゆっくりペースになりそうですがよろしければ是非。 閲覧、しおり、お気に入りの登録ありがとうございました(*´ω`*) 何となくねっとりじわじわな感じになっていたらいいのにと思ったのですがどうなんでしょうね?

「魔道具の燃料でしかない」と言われた聖女が追い出されたので、結界は消えます

七辻ゆゆ
ファンタジー
聖女ミュゼの仕事は魔道具に力を注ぐだけだ。そうして国を覆う大結界が発動している。 「ルーチェは魔道具に力を注げる上、癒やしの力まで持っている、まさに聖女だ。燃料でしかない平民のおまえとは比べようもない」 そう言われて、ミュゼは城を追い出された。 しかし城から出たことのなかったミュゼが外の世界に恐怖した結果、自力で結界を張れるようになっていた。 そしてミュゼが力を注がなくなった大結界は力を失い……

婚約破棄の後始末 ~息子よ、貴様何をしてくれってんだ! 

タヌキ汁
ファンタジー
 国一番の権勢を誇る公爵家の令嬢と政略結婚が決められていた王子。だが政略結婚を嫌がり、自分の好き相手と結婚する為に取り巻き達と共に、公爵令嬢に冤罪をかけ婚約破棄をしてしまう、それが国を揺るがすことになるとも思わずに。  これは馬鹿なことをやらかした息子を持つ父親達の嘆きの物語である。

愛していました。待っていました。でもさようなら。

彩柚月
ファンタジー
魔の森を挟んだ先の大きい街に出稼ぎに行った夫。待てども待てども帰らない夫を探しに妻は魔の森に脚を踏み入れた。 やっと辿り着いた先で見たあなたは、幸せそうでした。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。