おっさん、異世界でドラゴンを育てる。

鈴木竜一

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レイノアの亡霊編

第111話  進む者、阻む者

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 颯太がハドリーたちとの合流を目指してガドウィン王都を出た頃――当のハドリーたちは足止めを食らっていた。
 というのも、

「なんのつもりだ――貴様ら」
「へっへっへ」

 ハドリーたちの行く手を阻むように、数十人の男たちが道を塞ぐように立っている。その中には、先日、颯太とブリギッテに絡んできたチンピラもいた。

「あんたらハルヴァのもんだろ?」
「だとしたらなんだ」
「簡単な話だ。――ここは通さねぇ」

 男たちが武器を構える。
 雁首揃えて殺る気満々という面構えだが、相手をよく見てからケンカを売るんだなと言わんばかりにハドリーは呆れ混じりのため息を吐いた。

「今ならまだ許してやる。とっとと道を空けろ」
「やなこった!」

 チンピラのうちの1人が大きな剣を振りかざし、イリウスに乗ったハドリーへと襲いかかって来る。

「こいつらマジかよ!? 俺たちが見えていねぇのか!?」

 少数とはいえ、こちらには陸戦型ドラゴンが3匹もいる。例え数十人単位で襲いかかって来ようとも、この差を埋めるのは容易ではない。少なくともこの場にいる男たちだけでその差が埋まるとは到底思っていなかった――が、

「しぇあっ!!」

 男の一撃を真正面から受け止めるハドリーだったが、

「ぐっ!?」

 力負けし、大きくバランスを崩してイリウスから振り落とされた。

「! ハドリー!?」

 まさか、あのハドリーが力負けするなんて。イリウスだけでなく、共に幾度となく戦場を駆けてきたリートもパーキースも目の前の光景が信じられなかった。――が、襲って来た男の正体に気づいた時、その疑問は綺麗サッパリ消え去った。

 男の頭には獣耳があった。
あれは熊の耳だ。

「ヤツら……獣人族だったのか!」

 立ち上がったハドリーは、今さらながらある噂を思いだしていた。

 世界でもっとも獣人族の人口が多い西方領ダステニア――竜騎士団の中にも何人か獣人族がいることで有名だ。彼らは人間よりも遥かに優れた身体能力を有しているため、単体での戦闘力もかなり高い。

 だが、すべての獣人族が人間と良好の関係を築いているとは言えないのが現状であった。

 ダステニアでは近年、獣人族の権利向上を目的とした団体運動が盛んに行われており、その成果もあって一昔前に比べると待遇などが改善されてきているらしい。
 ところが、中にはその運動を嘲笑うかのように、悪事ばかりを働く獣人族もいた。

 優れた身体能力を武器に、村を襲撃して盗みや乱暴を働くならず者たちもいる。そうした者たちは獣人族の間でも自分たちの立場を悪くする邪魔者として爪はじきとなっていた。

 ――今、ハドリーたちの行く手を阻んでいるのは、まさにその爪はじきとなっているならず者たちであった。

「ちいっ!」

 事態を把握したハドリーはイリウスに跨り、剣を構える。

「大丈夫ですか、ハドリー殿!」
「心配ない、シュード。それより、おまえたちはここを突破することだけを考えろ」

 パーキースに乗るリンスウッド分団のシュードはもっとも長くハドリーと行動を共にしてきた右腕的な存在であった。

「敵の半数近くが獣人族……ここを突破するのは困難ですよ」
「なんだ、その言い方だと、これまでの戦いはまるで簡単だったと聞こえるな」
「……失言でした」

 苦笑いを浮かべながら、シュードが詫びる。

 これまでの戦い――ただの一度も楽な戦いはなかった。

 今置かれているこの状況よりももっと絶望的な場面だってあった――いや、あの時に比べたらまだ楽なのかもしれない。
 周りの若い騎士たちも、その士気に陰りはない。頼もしい若者たちの視線を背に浴びたハドリーは、
 
「格好の悪いところばかり見せるわけにはいかんな」

 気合を入れ直し、立ちはだかるならず者たちを見据えたハドリーは、リーダー格と思われる男に問う。

「おまえたちのことだ。金にならんことはせんだろう。――バックにいるのは誰だ?」

 王都への侵入を防ぐため、禁竜教が雇ったのか?
 それとも、ブロドリックが騎士を派遣することを見越し、真実を隠すために雇ったのか?

 返答次第では――ハルヴァの今後を大きく左右することになる。

「はっ! おまえらに教えるわけがねぇだろ!」

 リーダー格である獣人族の男は答えない。だったら、

「力づくでも聞き出すぞ……」
「やれるものならやってみろ!」

 あの男たちを裏で操っている黒幕がわかれば、竜騎士団の置かれている立場を逆転できるかもしれない。

「いくぞ……腹を決めてくれ」
「竜騎士団へ入った時からこうなる覚悟は常に持っていました」
「私もです!」
「俺もです!」
「よし」

 覚悟を決めたのはリンスウッド分団だけではない。

「リート、パーキース……どうやらここが死に場所になりそうだぜ」
「あら、随分と弱気ね。――ただ、私も同じことを思っていたけど」
「おふたりと最後を共にできるのであれば、これに勝る喜びはありません」

 イリウス、リート、パーキースも、ここが最後の戦場になると感じていた。

「ソータ……お嬢を頼むぜ」

 呟いたイリウス――だが、その耳に届いたのは、

「! なんだ!?」

 リートとパーキースも異変を感じ取っていた。
 ――何かが近づいてきている。それもひとつやふたつではない。その証拠に、イリウスたちの感じた異変は、大地を揺るがす大きな震動となってハドリーやならず者の男たちにも伝わっていた。

「じ、地震か!?」
「何が起きてんだよ!?」

 突如として襲う激しい横揺れ。
 それは、

「「「ギエアァァァァッ!」」」

 3体の大型ドラゴン――それは、狂竜ジーナラルグによって凶暴化させられた竜騎士団のドラゴンであった。
 敵味方関係なく暴れ回るドラゴンを前に、敵陣は大きく乱れた。
 リンスウッド分団も大きな揺れに驚きこそしたが、それはほんの一瞬のみ。百戦錬磨の彼らは、すぐに動揺する敵陣が作り出した隙を見出した。

「シュード!」
「心得ております!」

敵陣左方にできた大きな乱れ。
そこを突き、一点突破でレイノア王都へと向かう。

「レイノアに入れば援軍も待っている! ここが踏ん張りどころだぞ!」
「おう!」

 一糸乱れる陣形で、獣人族たちをくぐり抜けるハドリーたち。

「く、くそっ! 逃がすな! あいつらを逃がすと頭に殺されるぞ!」

 敵も必死で追撃しようとするが、暴れ狂うドラゴンたちに阻まれてうまくいかない。

 こうして、絶体絶命の窮地を脱したリンスウッド分団はガドウィンを抜け、旧レイノア領地までたどり着いたのだった。


 ――それから5分後。


 ケルドに乗った颯太が到着した。

「なんだか荒れているな」
「恐らく戦闘があったのでしょう。それも、かなり大規模だったようですね」

 戦闘――その言葉を耳にした颯太は不安にかられる。
 果たして、ハドリーたちは無事なのか。
 
 ふと、リド族長からもらった剣が視線に入った。
 これから先に進み、もし敵が現れたら――この剣で戦わなくてはならない。

「…………」

 斬れるのか――俺に。

 剣で人を斬る。
 かつて住んでいた世界では重罪だ。

 ――だが、この世界は違う。

 相手に躊躇いはない。
 颯太を見つけたら、真っ先に飛びかかってくるだろう。
 そんな敵を、果たして斬り捨てることができるのか。

「ソータ様? どうかされましたか?」

 突如沈黙した颯太を気遣って、ケルドが声をかける。

「すまん……ちょっと心配になって」
「ハドリー様たちならきっと大丈夫ですよ」
「あ、いや、それもあるんだけど……俺は剣を使って戦った経験がない。――もっと言えば、俺は人を斬った経験がないんだ。そんな俺が、この剣をちゃんと使えるだろうかって」
「……ソータ様はお優しいのですね」
「覚悟が定まらないただの臆病者さ」
「それでも、悪党よりはずっと素晴らしいですよ」
「ケルド……」

 戦えるかどうかはまだわからないが、少しは気が楽になった。これもケルドのおかげだ。

「ありがとう。さあ、ハドリーさんたちを追おう」
「イリウスたちの匂いはハッキリと残っています。――こっちです」
「レイノア方面……どうやら乗り切ったみたいだな。よし、俺たちも急ごう!」
「はい!」

 ハドリーたちを追い、颯太とケルドも旧レイノア領地へと足を踏み入れた。
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