おっさん、異世界でドラゴンを育てる。

鈴木竜一

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レイノアの亡霊編

第105話  暗躍

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「改めて聞こう――君の名前は?」
「……アイザック・レーン」

 マクシミリアンに連れてこられたアイザックは、隙を伺いながら答えた。
 しかし、そんなアイザックの思惑をあざ笑うかのように、マクシミリアンは余裕の態度を崩さぬまま警戒を怠っている様子はない。アイザックの後ろに立つフライアもまた同じ心境にあった。

「レーン? もしや君の父上は竜騎士団のジョゼフ・レーンか?」
「! なぜ父の名を!?」
「ただの知人さ。――もっとも、向こうはもう私の顔や名前を覚えてはいないだろうが」

 どこか柔らかな印象を持たせるマクシミリアンに、アイザックは困惑していた。ハッキリ言って、国盗りなんて大それたことをしでかしそうにない人間のように思えたからだ。

「あなたは……」
「本題に入ろう」

 アイザックの言葉をぶった切って、マクシミリアンは懐から一枚の紙を取り出す。――それは手紙のようだった。

「ここに私の要求のすべてが書かれている。これをハルヴァの外交局に届けてもらう」
「これを……」
「外に馬を用意してある。今から出発すれば夜には王都へ着けるだろう」

 何も難しくはない。だが、アイザックが気になっているのは、

「内容は理解した。――しかし、外には魔族が……」
「問題はない。外にいる魔族たちは、絶対に君を襲ったりはしない。安心して城の外へ出るといい」
「……なぜそう言い切れる?」
「それは秘密だ」

 理由については煙に巻いたが、あれだけ力強く断言しているなら、それなりの根拠があるのだろう。

「心得ているとは思うが、宝物庫にいる君の同僚たちやそこにいる女性は人質だ。君がしっかりと任務をこなさなければ全員の命はない――いいね?」
「……わかった」

 マクシミリアンから手紙をもらったアイザックは教団員に案内されて城の外へと出た。恐る恐る周りの状況を確認すると、あっちもこっちに魔族の姿がある。中には剣や盾で武装した者もいた。
 しかし、マクシミリアンが言った通り、1匹たりともアイザックに襲いかかって来ることはなかった。まるでマクシミリアンの命令を絶対に守る忠実なしもべであるかのように。

 疑問に思いながらも、人質の安全を最優先し、馬を駆ってハルヴァの王都を目指した。


 ◇◇◇


「若いながらも優秀な男だね、彼は」
「…………」

 アイザックが王都を出たことを城の窓から確認したマクシミリアンは部屋に残されたフライアに話しかけるが、警戒心を強めるフライアは何も答えない。

 しかし、次の一言が、フライアの表情を一変させる。

「こうして会うのは何年振りか……大きく、そして美しく成長されましたな。フライア・ベルナール――いや、バジタキスのメリナ姫」
「!?」

 フライアは大きく目を見開いた。
 その名で――本名で呼ばれたのはここ数年記憶になかったからだ。

「なぜその名を知っているのか……そんな顔をしていますな」
「……………」
「おや? 私の正体にお気づきでなかったのですか? ――では、これならどうです?」

 そう言って、マクシミリアンは――仮面を取った。その素顔を目の当たりにしたフライアは再び衝撃を受けた。

「! あ、あなたは!?」
「思い出していただけましたか?」
「で、でも、どうして!? 名前を変えてまでこんな……」
「それはこちらのセリフですよ。まさかあなたがフォレルガなる団体を立ち上げて慈善活動に勤しんでいるとは夢にも思いませんでした。――もっとも、その活動には何か裏があるようですが」
「そういうあなたこそ、禁竜教なる教団の代表なんて……あなたの前職からは想像もできない現状ですね」
「お互い様というわけですな。……しかし、あなたがここにいるということは、やはりその裏にはあの御方が――ランスロー様が関わっているのですね?」
「彼は関係ありません」

 即答する。しかし、

「嘘ですな」

 即座に見破られた。

「あなたのランスロー様に対する想い……その強さは、あなたたちをずっと近くで見守り続けていた私にはよくわかります」

 マクシミリアンは仮面をつけ直す。

「あなたにはハルヴァとの交渉が決裂しても手は出しません。――いえ、それよりも今すぐにフォレルガだけ解放します」
「それには及びません。私たちだけ解放されてはかえって怪しまれます」
「ふむ……何を企んでいるのですかな?」
「あなたたちの狙いを教えてくださればお答えします」
「……いいでしょう。我ら禁竜教の――いや、レイノアの亡霊たちが望む結末をお話ししましょう」

 マクシミリアンは禁竜教がハルヴァに要求した内容をフライアに告げる。
 それを聞いたフライアは、

「そんな……私たちが国を出た後にハルヴァがそのようなことを……」
「真相はすべて闇の中――ですが、そのままにしておくわけにはいかない。あのような、レイノアの悲劇は……けして風化させてはならないのです」

 仮面の奥に潜む瞳には、執念の炎が揺らいでいた。

「……あなたの要望には応えます。ここに居続けるのも怪しまれるでしょうから、すぐに宝物庫へ戻しましょう」
「わかりました。――最後にひとつだけ答えてください」
「なんでしょう?」 
「ここに……《あの方》はいらっしゃるのですか?」

 あえて名を出さなかったが、マクシミリアンにはそれが誰を指しているのかすぐに理解できた。

「――いますよ。あの方が本来いるべき場所に」
「そうですか……」
「お会いになりますか?」
「いえ……結構です」

 ふたりの会話はそこで終わった。
 教団員に囲まれて宝物庫へと戻ったフライアに、レフティが駆け寄る。

「何もされなかったか?」
「ええ……ご心配なく」

 平静を装いつつも、フライアの内心は想定外の事態の連続に疲弊していた。
 窓のない宝物庫では伝わりにくいが、フライアが入ってきた時に一瞬だけ見えた窓から、今が夜なのだと人質たちは知る。

 こうして、いつ殺されるともわからぬ極限状態の中で、人質たちは最初の夜を迎えたのだった。
 

 ◇◇◇


 決死の思いでハルヴァ王都へ到着したアイザックは、すぐに外交局大臣執務室へと駆け込んだ。
 すでに真夜中の時間帯であったが、執務室には明かりが灯っており、人がいることがわかるとノックも忘れて駆け込んだ。

「スウィーニー様!」

 大臣執務室にはスウィーニーだけでなく、専属秘書のクラウス・ベッケラン。そして2人の兵士がいた。

「何事ですか、騒々しい。――うん? 君はアイザック・レーンか? なぜ旧レイノア王都へ向かった君がここに?」

 白髪を七三に分けたクラウスが苦言を呈すが、アイザックはそれどころじゃない。

「スウィーニー様! 旧レイノア王都が禁竜教に乗っ取られたました!」
「何だと!?」
「城で作業していたフォレルガの団員や視察に訪れていたレフティ殿ら外交局の者たちは皆人質として旧レイノア城の宝物庫に閉じ込められています! この手紙がその主犯格――禁竜教代表のマクシミリアンなる者がハルヴァ外交局へ宛てた要求書です!」

 アイザックはスウィーニーにマクシミリアンからの手紙を渡す。内容を把握したスウィーニーは手紙を折りたたみ、執務机の上に置くと、

「アイザックくん、だったか……旧レイノア王都には竜騎士団副団長のリガン・オルドネスとその部下たちがいたはずだ。彼らはどうなった?」
「それが……敵は魔族を従えていたのです」
「魔族だと!?」
「はい! まるで忠実なしもべのように、マクシミリアンの言うことを聞き、リガン副団長ら竜騎士団を襲いました」
「な、なんたることだ……」
 
 魔族を従える人間がいる――しかもその人間はハルヴァに対して宣戦布告をしてきた。その衝撃に、クラウスは立ちくらみさえ覚えた。
 一方、スウィーニーは腕組みをして考え込み、そして、

「……それで、本件について他に知る者は?」
「いません。王都へ到着してすぐにこちらへ駆けつけましたので」
「そうか……」

 スウィーニーは立ち上がると、アイザックの横に立ち、その肩へ手を添える。

「今日は疲れただろう。ちょうどこの上の階に使っていない部屋がある。ベッドもあるからそこでゆっくり休むといい」
「え? で、ですが」
「……おい」

 抵抗するアイザックに対し、スウィーニーは兵士2人に目で合図を送る。
 それを受けた兵士たちはアイザックの両脇に立ち、腕を掴む。そして、そのまま引きずるように執務室から締め出した。

「ぐっ! は、放してくれ! 僕は疲れてなんかいない!」

 アイザックの訴えを無視する兵士2人。
 その進行方向に、1人の男が現れた。

「あ、あいつは……」

 銀色の短髪に左目を覆う眼帯――ハルヴァ王都内で配達人として生計を立てているダヴィドという男で、アイザックも面識があった。
 別に、ダヴィドがここにいること自体おかしな話ではない。ここにいるということは正規の手続きを踏んで入って来たということだろうから。

 問題は――ダヴィドが手ぶらだということ。

 配達人でありながら荷物はなし。
 ということは、仕事の話でここを訪れたというわけではなさそうだ。

 振り向くと、ダヴィドは大臣執務室へと入って行くのが見えた。
 しかし、そこから先を知ることはなく、アイザックは兵士2人に連れられて指定された部屋へと押し込まれ、外から鍵をかけられた――監禁に等しい状況だった。

 アイザックはわけがわからなかった。
 なぜ自分がこのような仕打ちを受けるのか、と。

 アイザックは知る由もなかった。
 彼のもたらした情報が、さらなる混乱を招くことになろうなどと。


 ◇◇◇


「ダヴィドか……ちょうどいいところに来たな」

 アイザックを追い出したあと、入れ替わるように入って来たダヴィドを招き入れたスウィーニー。

「この前の件の成功を報告に来たんだが……ダンナがそう言うってことは次の仕事の話かい?」
「そうだ。――だが、次の仕事は骨が折れるぞ? その分、給金は弾むが」
「ほう。どれほどで?」
「これまでの5倍出そう」
「5ばっ!? こりゃ相当厄介な案件みてぇだな」

 配達人ダヴィド――それは表向きの顔。
 本来は外交局から請け負った裏の仕事をこなす裏の世界の住人であった。

「それに伴い、本件は相当数の人材が必要となるが……その点について不安は?」
「仲間はガドウィンの王都に待機させている。ざっと20ってとこか……どいつもこいつも金のためなら人殺しも厭わねぇろくでなしばかりだ」
「結構」

 スウィーニーはドカッと椅子へと腰掛ける。

「おまえたちに始末してもらいたい者が2人いる。1人は竜騎士団副団長のリガン・オルドネス。もう1人は外交局のレフティ・キャンベル――以上だ」
「どっちもえれぇ大物だな」
「それだけでなく、ヤツらのいる旧レイノア王都には魔族と禁竜教がいる。そいつらのかわしつつ、この2人を始末してもらいたい」
「魔族に禁竜教ねぇ……たしかに5倍の値に相応しい仕事だ」
「では、頼んだぞ」

 ダヴィドが部屋を出たのを確認してから、クラウスは首を傾げた。

「スウィーニー様……一体何をお考えで?」
「今回の案件――うまく扱えば竜騎士団をこちらの意のままに操れるかもしれん」
「りゅ、竜騎士団を!? そ、それで! どのような手筈を!?」
 
 興奮気味のクラウスを制止し、スウィーニーはゆったりと話す。

「落ち着け。とりあえず、私は今すぐに国王へ掛け合い、朝方にも王国議会を開くよう進言する。――そこからは見ものだぞ」

 不敵に笑うスウィーニー。
 その予言のような言葉の通り――翌朝の王国議会では大きな波乱が起きるのだった。
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