おっさん、異世界でドラゴンを育てる。

鈴木竜一

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番外編  南国での休暇

第100話  南の楽園

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 ペルゼミネから旧レイノア王都へ立ち寄り、そのままマーズナー家の馬車に乗ってやってきたのは南方領ガドウィン。

 馬車の中でカレンと共に睡眠を取っていた颯太は、御者からの到着の一報で目を覚まし、外へと出た。初めて足を踏み入れたガドウィンの第一印象は、

「暑いな」

 じっとりとまとわりつくような暑さに素直な反応を見せる颯太。
 気温については事前に聞いていたのでそれほどの驚きはなかったが、やはりそれまで雪と氷に覆われたペルゼミネにいたことを考えるとそのギャップは凄まじいものがある。服装もペルゼミネ仕様というのも体感温度が増している要因であった。

 すでに周りは夜の闇に包まれており、薄暗くなっていたが、着いた街――ガドウィンの王都近くだというだけあって時間帯の割に賑やかだった。

「長旅お疲れ様」

 初めて見るガドウィンの街並みに興味津々といった感じの颯太へ話しかけてきたのは、

「久しぶりですわね。ペルゼミネはいかがでしたか?」
「アンジェリカ!」

 いつものお嬢様らしいドレスのような姿ではなく、過ごしやすさを重視したカジュアルな出で立ちのアンジェリカであった。一見すると、颯太のいた世界の「Tシャツ+ジーパン」という現代日本でも十分通じるファッションだが、これはこのガドウィンの伝統的な服装であるらしかった。

「あなたもまずは着替えなさいな。その格好は見ているだけで暑苦しいですわ」
「まあ……つい先日までペルゼミネにいたからなぁ」
「たしかにこの気温でこの格好はキツイですね」

 今なら宿でアムが言っていたことが理解できる2人だった。

「ですから、早く着替えなさい。あ、それと、カレンさんの分も用意してありますわよ」
「ありがとうございます」
 
 ――と、いうわけで、颯太とカレンは到着も早々にアンジェリカの顔馴染みの店だと言う近くの店舗で着替えをすることになった。颯太が渡された服はいわゆるアロハシャツのような派手なもので、ズボンも丈の短いハーフパンツが用意されていた。

「今までの服に比べるとかなり軽い感じがするな」
「あら、良く似合っているじゃない」

 見立て人であるアンジェリカからは高い評価を得たが、

「ありがとう。しかし、これで仕事をするのは……」
「仕事?」
「え? ガドウィンで何か仕事があるから行って来いってことじゃなかったのか?」
「ああ……まだ理由については教えられていないのね」

 アンジェリカの口ぶりから、どうも仕事絡みではないようだが、だとしたら一体なぜこのガドウィンへ向かうよう指示が飛んだのだろうか。
 その理由を、アンジェリカは簡潔に述べた。
 
「休暇よ」
「……なぬ?」
「休暇。ブロドリック大臣から命じられた強制休暇を満喫するために楽園の異名を持つガドウィンへ来たのよ」
「きょ、強制休暇って……」

 初めて聞く単語だった。
 かつての仕事場――現代日本の中小企業では有給休暇という名ばかりの休暇があったが、それと似た原理なのだろうか。

「強制休暇か……初めて聞く言葉だ」
「わたくしも初めて聞きましたわ」
「…………」

 どうやら強制休暇とやらはこの世界においても一般的なものではないらしい。

「ともかく、せっかくの機会ですから存分に体を休めましょう。あ、ちなみにブリギッテさんも休暇を与えられたようでこちらに来ていますわ」
「あ、ああ……でも、宿は」
「マーズナー家の別荘がありますの」
「……どこにでもあるんだな、別荘」

 サラリーマン時代は休日が死ぬほど待ち遠しかった。ただ、だからと言って何をするわけでもなく、掃除や洗濯に追われ、疲れを取りがてらネットをチラ見している間に夜になって、晩ご飯の用意をして風呂に入って寝る――そんな、無味無臭な休日を過ごしていた。

 しかし、考えてみたら、この世界に来て、ドラゴンの牧場で働くようになってから、休みらしい休みはなかった。

 ドラゴンは生き物だ。その世話は毎日しなくてはいけない。おまけに、竜人族であるメアとノエルに加えて、赤ちゃんドラゴンのマキナも増えて忙しさはどんどん増していった。

 なのに、不思議と「嫌だ」とか「さぼりたい」とか、一度として考えたことはなかった。

 朝、サラリーマン時代よりもずっと早くに起きて、倉庫からピッチフォークを引っ張り出して竜舎へ向かう。一通りの作業を終えてから朝食を取り、それからは朝の続き。昼食を取って太陽がオレンジ色になるまで続ける。

 時間とにらめっこしていた頃がバカらしくなるくらいゆったりとした時が流れていた。こうして改めて振り返ることで、颯太は今の仕事に対して「やりがい」や「楽しみ」を持てていることを実感した。

「さあ、そろそろ行きましょう。――別荘ではリンスウッドの仲間たちが首を長くしてあなたを待っていますわよ」


  ◇◇◇


「ソータさん!」

 マーズナーの別荘の庭では、キャロルとブリギッテがメアやノエルたちドラゴン組と一緒に遊んでいた。

「ソータ!」
「ソータさん!」

 数日振りに会う颯太に、メアとノエルは笑顔で駆け寄って来る。

「久しぶりだな。元気そうで何よりだよ」
「ペルゼミネで事件に巻き込まれたと聞いてずっと心配していたのだぞ!」
「そうです! 大怪我もしたって聞きました!」
「怪我? いや、俺は特に怪我はしていないよ」

 雪の森でローブの男とナインレウスと再戦したという話は聞いていたようだが、又聞きによる又聞きで正しい情報が伝達しきれていないようだった。

「間違った情報はやがて大きな亀裂へと発展しかねません。もっと情報統制を徹底しなければいけませんね」
「あ、ああ……そうだな」

 かなり遠く離れた位置から指摘するカレン。
 ただ、なんとなく、最初の頃に比べたら距離は近づいている――カレンの中でドラゴンに対する意識にわずかだが変化が訪れているようだ。

 メアやノエルに抱きつけれている光景を見ていたブリギッテが口を開く。

「相変わらずドラゴンにモテるわね」
「……それは喜んでいいのかな?」
「いいんじゃない? 職業柄、好かれた方がいいでしょう?」

 それはそうなのだが、なんとなく釈然としない颯太だった。

「じきに暗くなりますから屋敷へ入りましょう。明日の計画も立てませんといけませんし」
「明日の計画?」
「海で泳ごうって話です!」

 瞳を輝かせて言うキャロル。
 これは本当にバカンスってことになりそうだ。

「海か……水着でもあれば俺もひと泳ぎできるんだけど」
「男性用の水着ならありますわよ」
「あるの!?」

 用意周到というかなんというか。
 それより、ちゃんと水着という物が存在していたことに颯太は驚いた。下手をしたら全裸で泳ぐなんてこともあり得るかもしれないと危惧していたくらいだ。

「カレンさんのもありますからご安心くださいね」
「い、いえ、私は仕事で来ているので」
「あなたも強制休暇の対象になっているそうですわよ?」
「ええ!?」

 今まで一番の驚きようだった。
 外交局のブラックぶりが垣間見えた気がする。

「話の続きは屋敷でしましょう。お腹も空いたでしょう?」
「そうだな。もうペコペコだよ」
「実は私もです」

 長旅を終えた颯太とカレンはその疲れを癒すべく、マーズナーの豪邸へ向かった。
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