おっさん、異世界でドラゴンを育てる。

鈴木竜一

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北方領ペルゼミネ編

第96話  さらば、ペルゼミネ

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 およそ1週間に及んだペルゼミネ滞在。
 
 新しい発見と驚きに満ちたこの期間――颯太、ブリギッテ、カレンといったこれからのハルヴァを担う若い力に大きな影響を与えた。

「あっという間でしたね」
「本当ね」

 帰り支度を終えて宿のロビーに待機しているカレンとブリギッテが名残惜しそうに語り合っている。
颯太としても、もっとペルゼミネのドラゴン育成について知りたいことが山ほどあったのだが、さすがにこれ以上リンスウッド・ファームを空けておこうわけにもいかないという気持ちもあった。

 毎日、寝る前に頭をよぎるのは牧場にいるみんなのことだった。
 キャロルをはじめ、牧場で生活しているドラゴンたちも元気だろうか――そんなことばかり考えていた。

「キャロルちゃんたちのことが気になってしょうがないって顔しているわね」
「えっ!?」

 ブリギッテに図星をつかれて思わず声をあげる。

「そ、そんなにわかりやすかったかな?」
「まあ、あなたの性格を考慮したら、牧場のみなさんの心配をしているというのは読みやすいですよね?」
「そうね。――読みやすいというか、丸わかりよね」

 軽くディスられた颯太であったが、それよりもブリギッテとカレンがすっかり打ち解けていることに意識が向けられているので特に気に留めることはなかった。
 そこへ、

「おう。そっちの準備はできているか?」
「騎士団の方はもう間もなく準備が整うでありますよ」

 この1週間ずっとペルゼミネ、ダステニア、ガドウィンの竜騎士団と演習に明け暮れていたジェイクとファネルが声をかけてきた。
 心なしか、2人の表情は晴れ晴れとしていた。
 颯太やブリギッテも他国との関わりを通じて好影響を受けたようだが、他国との演習はこの2人にとっていい影響を与えたようだった。

「こっちは大丈夫ですよ。――この子も万全です」
「くあっ!」

 肩の上に乗せていたのはシリング王から贈られたドラゴンの赤ちゃんであった。ちなみに名前はキャロルと一緒に決めることにしたので未定だ。

「こいつも成長したら立派なドラゴンとして竜騎士団の力になってくれるだろうな」
「楽しみでありますな」

 竜騎士団からの期待に応えるためにも、育成をしっかりしなくては。己の仕事の重大性を改めて噛みしめる颯太だった。

「ちょっといいかな」

 5人で盛り上がっていると、遠征部隊の責任者であるヒューズがやって来た。

「実は帰路について少し変更点があるので知らせに来たんだ」
「変更点ですか?」
「ああ。ハルヴァへ帰還する途中で部隊を二手に分けて、そのうちのひとつを旧レイノア王都へ向かわせる予定だ」

 旧レイノア王都といえば、以前禁竜教によって不法に占拠され、現在はフライア・ベルナール率いる環境保護団体フォレルガがその領地を耕作地にするため整備をしている最中である。

「旧レイノア王都に何かあるんですか?」

 またも事件発生かと緊張が走るが、

「あ、いや、別に何か事件が起きたとかそういうんじゃないんだ。今フォレルガと共に作業に当たっている兵士と遠征に参加している兵士を一部入れ替える予定なのだ」
「作業に従事している騎士と入れ替えるのですね」
「それもあるし、耕作地として使用できる目途が立ったという情報も入ってきている。そのため、従事する人数を少し減らして王都へ帰還させるつもりだ」
「じゃあ、これからは本職の農民の方々を派遣するんですか?」
「それはまだ先になるんじゃないかしら」
「ペルゼミネほどではないにしても、これからハルヴァも徐々に気温が下がっていく時季になりますから、実際に耕作地として使用されるのはまだだいぶ先になると思いますよ」
 
 四季で言うなら、これからハルヴァは冬になっていくということらしい。

「耕作地の整備が終り、寒冷期を越えたらあとは生産局に仕事を引き渡す――それまではうちの管轄なんだ。まあ、それも残りわずかのようだが」
「旧レイノア王都……」
 
 颯太にはある心当たりがあった。

 雪の森で戦ったローブの男。
 垣間見たその素顔――それは、旧レイノア城に飾られていたあの絵画の人物。

 旧レイノア王国のランスロー王子。

 ハドリーやカレンはすでに故人だと言うランスロー王子だが、颯太の中ではランスロー王子なのではないかと疑念を抱いていた。ハドリーたちが嘘をついているとは思わないし、ランスロー王子の死去はレイノア王国公式の発表であり、葬儀も行われたという以上、疑いようはない。

 ――だが、その「公式発表」というもの自体が偽りだったら?

「ソータ?」

 黙り込んだ颯太を心配したブリギッテが顔をのぞき込んでくる。突然視界いっぱいに広がったブリギッテの顔に驚いた颯太は「んおっ!」と素っ頓狂な声をあげて後退。

「何か考え事でもしていたの?」
「あ、ああ――あの、ヒューズさん」
「なんだ?」
「俺も旧レイノア王都へついて行ってもいいですか?」
「構わないが、ハルヴァ王都へ到着するのが遅れるぞ?」
「大丈夫です。ちょっと調べたいことがあるので」

「調べたいこと」というワードにいち早く反応を示したのはカレンだった。

「もしかして……あの絵画を確認に?」
「うん。やっぱりもう一度この目で確かめたいんだ」
「……わかりました。査察担当として私も同行します」
 
 外交局の仕事として、カレンも颯太についてレイノア王都へついていくことに決まり、アルフォン王への報告があるのでブリギッテは先に王都へ帰還することになった。
 ちなみに、すでにダステニアとガドウィンの遠征団はすでに自国へ向けて出発しており、ペルゼミネに残ったのはハルヴァ組が最後であった。

「ヒューズ様、すべての準備が整いました」
「よし! ではハルヴァ王都へ向けて出発するぞ」

 準備完了の報告を受けると、お世話になった宿の人たちにお礼を述べた。
そして、マシューやチェイスたち関係者に見送られながら、ハルヴァ遠征一団はペルゼミネをあとにした。


 ◇◇◇


 1泊を挟んでハルヴァの領地へと戻って来た一団は、そこから二手に分かれた。
 その中で、ヒューズ率いる旧レイノア王都へ向かう部隊に颯太とカレンは同行し、ジェイクとファネルのハルヴァ王都へ帰還する部隊にはブリギッテがついて行った。

 部隊を分けてから2時間ほど森を進み、

「見えてきたな」

 リートやパーキースを救出するため、ハドリーたちと共に忍び込んだ旧レイノア王都が目前に迫っていた。

 あの時と違うのは王都内で作業している人々がいるという点。
 竜騎士団だけでなく、環境保護団体フォレルガの職員も総出で作業をしている。その光景を見ていると、かつてのレイノア王都の姿が思い浮かんでくる。

「この国にも、昔は人がたくさん住んでいたんですよね。……国がなくなったあと、住人たちはどうなったんですか?」
「ほとんどがハルヴァに移り住んだそうです」
「そのために仮説の住宅をハルヴァ王都内にいくつか設けたからな」

 王都内へ入り、手近な兵士に到着を報告。
 竜騎士団から派遣されている現場の最高責任者を呼んでくるというが、その人物は、

「何? リガン副団長が来ているのか?」

 ヒューズにとっては予想外だったようだ。

「リガン副団長……会ったことないな」
「そうなんですか?」

 ガブリエル・アーフェルカンプ騎士団長は知っているが、副団長は名前すら聞いたことがなかった。一体どんな人物だろうと想像を膨らませながら、ヒューズたちと共に旧レイノア城へ足を運ぶと、

「無事に到着されましたか」

 現れたのは思っていたよりもずっと若い巨漢の男だった。
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