おっさん、異世界でドラゴンを育てる。

鈴木竜一

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北方領ペルゼミネ編

第90話  乱入者あり

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「レイノア城にあった絵の――でも……」

 ハドリーの話では、旧レイノアのランスロー王子はすでに亡くなっている言っていた。すぐにローブを被り直したので、ほんの数秒しかみられなかったので断言もできない。

今目の前にいる人物はそっくりの別人なのかそれとも――

 颯太の注意がローブの男へと注がれている中、フェイゼルタットのナインレウスの戦闘にも大きな動きがあった。

「むっ!?」

 背後を取られたフェイゼルタット。羽交い絞めにしたナインレウスは――その口を大きく開けてフェイゼルタットへ噛みつこうとしていた。

「させるか!」

 体を反転させ、ナインレウスを振りほどく。相手に噛みつこうとするなんて、これまでのナインレウスからは想像できない行動だった――が、その攻撃の意図を、実際に組み合ったフェイゼルタットは感じ取ったようだ。

「なるほど……相手に噛みつくことで能力を奪い取るのか」
「さすがだね。――その通りだ。対象者の血肉を食らうことで、ナインレウスはその能力を完全に自分のモノとする」
「ち、血肉!?」

 今は少女の姿をしているとはいえ、元はドラゴン。その強靭な顎の力で噛みつかれてはひとたまりもない。
 ――しかし、噛みつくというなら、

「フェイゼルタットの強固な肌なら、ナインレウスの噛みつきも効果がないんじゃないか?」

 血肉を食らうということは噛みついたあとでその肉を食いちぎらなくてはいけない。
 その点、鎧のような頑丈な肌を持つフェイゼルタットなら、それすら無効化にできるのではないか――そんな颯太の思考は、神妙な面持ちのフェイゼルタットを見て消し飛ぶ。

 実際に被害を受けたわけではないが、その深刻な顔つきから、噛みつかれたらどうなるか想像できているようだ。

 ここへ来て、初めて見るフェイゼルタットの弱気な姿勢。

 だが、すでに同志がナインレウスの毒牙によって能力を奪われている以上、ここで引くわけにはいかなかった。

「我が辞書に後退の文字はない。死なば諸共――貴様も道連れだ!」
「やめろフェイ!」

 レアフォードの叫びが雪の森に響き渡る。
 ――すると、

「ごほっ!?」

 咳込んだのは――ナインレウスだった。咳は止まらず、とうとうナインレウスはその場に膝をついて座り込んでしまった。

「! ナイン!?」

 容態が急変したナインレウスに、ローブの男もさすがに慌てた様子。――ただ、変調を訴えたのはナインレウスだけではなかった。

「ぐっ! ……なんだ……急に体が重く……」

 フェイゼルタットもまた、その場にしゃがんで苦しそうに胸を抑えている。

「! まさか――」

 2匹の竜人族が倒れるという異常事態の真相に気づいたのか、突然立ち上がり辺りの様子を探り出すレアフォード。その瞳が捉えたのは、

「やっぱり――ミルフォード!」

 呼んだのは双子の妹――《病竜》ミルフォードの名前だった。

「ミルフォードだって!? たしか巣にいるはずじゃ!?」
「俺を心配して出てきたんだ! あそこにいる!」

 レアフォードの指さす先には、たしかに1人の少女が立っていた。よく見ると、その少女には竜人族特有の角と尻尾があって、髪の色や目の下にある濃いクマなど、細かな違いはあるものの、顔はレアフォードに瓜二つであった。

「あいつの放つ病のオーラにフェイゼルタットもナインレウスも耐えられずに倒れちまったわけだ」
「君は平気なのか?」
「俺は癒竜だぞ? 癒しの力を使う俺が、妹の放つ病のオーラに呑まれてたまるか」
「……そういうものなのか?」
「そういうものだ。大体、俺が病に倒れたら、誰が妹の面倒見るんだよ」

 理屈はよくわからないが、癒竜の能力もあって姉のレアフォードは妹の能力を無効化にできるらしかった。

「病竜ミルフォード……まさか彼女がここまで出てくるとは予想外だった」

 ローブの男からすると、ミルフォードの登場は計算外のことであったらしい。

「だろうな。俺が一番意外に思っているよ」
「……そんなに表へ出たがらないのか?」
「あいつは優しいんだ。見ろ。あいつが近づいただけで、フェイゼルタットもナインレウスも立っていられないくらい体を蝕まれる。そうならないために、あいつは滅多に巣から出ないんだよ」
「今回の場合、君が巻き込まれたから心配になったんだな」
「そうみたいだな」

 近づいただけで病気になる。
 まさに存在そのものがウィルスというに相応しい。
《病竜》ミルフォードは、全ドラゴンにとって天敵とも呼べる存在のようだ。

「お姉ちゃん……そこにいるの?」

 力ない声でレアフォードを呼ぶミルフォード。

 だが、そのおかげでひっくり返った勝敗の行方は再び振り出しに戻った形となった。――というよりも、これ以上の勝負続行は事実上不可能だろう。

「いいタイミングで乱入してくれたもんだな」
「本当にな。――そうだ。こうしている場合じゃない。フェイゼルタットをこっちへ連れてきれ。俺の能力ですぐに元気にしてやるからさ」

 レアフォードの指示を受け、颯太は動けなくなっているフェイゼルタットを抱きかかえると急いでレアフォードのもとへと運ぶ。


「ちょっと待ってろよ」
「すまない……レアフォード……」
「気にすんなよ。元気になったら、少し休んでろ。俺はミルフォードを安心させて巣へと戻らせる」

 レアフォードはフェイゼルタットを横にして膝枕をすると、おでこにそっと手を添える。その手からは眩い光が発生し、粒子となってフェイゼルタットに降り注いだ。
 治療中、やけに大人しいものだから何があったのかと、颯太はナインレウス陣営の様子をうかがうが、
 
「あれ?」

 すでに姿はなかった。
 レアフォード曰く、まだ完全に妹の病に感染したわけではないようだったので、早めに撤退したのだろうという。もし手遅れな状態だったら、ローブの男は絶対にレアフォードを奪いに来ていただろう。

 フェイゼルタットの治療を一通り終えると、レアフォードは遠くの木の影からこちらの様子をのぞき見ているミルフォードのもとへと駆け寄っていく。

「心配させて悪かったな?」
「いいよ……別に……でも……ちょっとオーラ出ちゃった」

 オーラが出たというが、たしかにミルフォードの体からは闇色をした湯気のようなものが上がっている。これが、ドラゴンを奇病へといざなう正体か。

「先に巣へ戻ってな。もう敵はいない。大丈夫だから」
「うん」

 状況を理解したミルフォードは姉の言うことをきちんと守り、踵を返して巣へと戻って行った。

「あいつがあんな調子だから、俺は竜騎士団に入らないんだ――いや、入れないんだ。絶対に置いていくわけにはいかないからな」

 そう語るレアフォードの背中を見ながら、颯太は一息をついた。
 とりあえず――哀れみの森での戦闘はこれで一応の幕引きを見たのだった。
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