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北方領ペルゼミネ編
第80話 雪降る道中
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「ペルゼミネですか……」
夕食時、アルフォン王からの依頼について説明をするとキャロルの表情が曇った。
社交界デビューの特訓をした時は同じくマーズナー・ファームで世話になっていたし、旧レイノア王都奪還作戦の時は数日で戻って来られた。しかし、今回の北方領ペルゼミネへの遠征は、その距離からして少なくとも数週間はかかり、長期にわたって牧場を空けなければならなくなるのは確実だ。
「すまない、キャロル。しばらくの間、ここを空けることになる」
「私なら大丈夫ですよ! それに、お父さんもよく仕事で家を空けることがありましたし、平気です!」
それが空元気であるのは明らかだった。
しかし、マーズナー・ファームのアンジェリカが気に留めてくれていると告げると、
「ま、まあ、その必要はまったくもってないんですけど、アンジェリカがどうしてもというなら……」
口では素っ気ない感じで言うが、内心喜んでいるのだろう。洗っている最中のお皿で隠した表情がどうなっているかは想像に難しくない。
「ちなみに私も同行しますのでよろしく」
食後の一杯を楽しんでいたカレンも、明日からのペルゼミネ遠征に同行するようだった。
表向きは高峰颯太の監視。
――だが、その裏では密かに国防局と連携を取り、外交局の闇を暴こうと画策していた。余計なトラブルを防ぐため、リンスウッドの面々には真実を語ってはいない。
ただ、そうした業務的な縛りを抜きにしても、高峰颯太とブリギッテ・サウアーズにはペルゼミネから打診された仕事に集中してもらうため、口止めを要求されなくとも打ち明けたりはしなかっただろう。
それに、ハルヴァという国自体が、高峰颯太とブリギッテ・サウアーズにとても期待を寄せているという意思が伝わってくる。
ここ数ヶ月で猛烈に実績を挙げてきた若者2人――それも、騎士や外交員とは違った資質を持っているという点も、国が期待をしている大きな要因と言えた。
しかし、時期尚早ではないか、という意見もある。
優れた能力を持つ若者2人をペルゼミネに派遣し、国としてこれほどの人材がいるのだとアピールするのは構わないが、それにより、大国のペルゼミネやその次に規模の大きい南方領のガドウィンが触手を伸ばしてくる可能性もある。
つまり、ハルヴァよりも遥かに好待遇で2人を迎え入れる準備があると囁き、引き抜かれてしまうのではないかという懸念だ。
そうしたリスクを承知の上で2人を送り込む――きっと、アルフォン王は凄まじいプレッシャーの中でこの決断を下したのだろう。
「ソータ……今度はどこへ行くのだ?」
不安そうに声をかけてきたのはメアだった。
「おまえはもう少し自分が騎士ではないということをもっと自覚するべきだ。戦闘ならハドリーやジェイク、もしくは我らに任せれば――」
「そうだな。……ありがとう、心配してくれて。けど、俺もブリギッテも大丈夫。うまくやるさ」
「むぅ……」
メアとしては、今回のペルゼミネ派遣に竜人族はおろか全ドラゴンの同行が許可されないことにご立腹だった。
しかし、伝染性の感染症とみられる病気に苦しむドラゴンが多数出ていることから、こちらからドラゴンを送ることを禁じている。そのため、原則として今回は人間のみで行動しろと指示が出ていた。
「おまえたちは留守番だ。なあに、今回はドラゴンの治療がメインだ。戦いになることなんてないよ」
メアと同じくらい不安げな表情のノエルにも言い聞かせる。
だが、颯太の心中はけして穏やかではなかった。
ペルゼミネで蔓延しているというその病について、颯太はある仮説を立てていた。
――もしや、竜人族の仕業ではないのか。
ローブの男の一味か。
それとも禁竜教か。
或は別勢力か。
いずれにせよ、もし竜人族の能力が絡んでいるとあれば、それは最大規模を誇る大国ペルゼミネへの無言の宣戦布告となる。
それと、自分をすんなりとペルゼミネへ送り込むことを認めた外交局の動きも気になっていた。国王が推奨したという点が大きく影響しているのだろうが、それでも一切の反論もなく送り出すのは少々不気味だ。
とはいえ、外交局絡みの件は颯太にはどうしようもない。
そちらはブロドリック大臣たち専門家に任せるとして――今はぐだぐだと考えるよりも自分にできることをやろう。
颯太は心にそう誓って、旅立ち前日の夜を締めくくった。
◇◇◇
ハルヴァ王都北門からペルゼミネを目指す一団が出発した。
派遣部隊の最高指揮官として任命されたのは北方遠征団に引き続きヒューズ・スコルテン。その補佐役としてジェイク・マヒーリス、ファネル・スミルノフらが選出され、さらにその部下など合計43名によって部隊は編成されていた。
その中には颯太、ブリギッテ、カレンの3名も含まれている。
「みんなが馬に乗っているのってなんだか新鮮だな」
「不慣れのせいか、騎士団の方々……なんだかちょっと顔色が冴えない気がしますね」
「これも良い経験だとハドリー分団長は言っていたけど……さすがに不安になるわね」
馬車の中から言いたい放題言う3人。
しばらくすると御者役の騎士から、「まもなくハーネイ渓谷に入ります。みなさん防寒具を装備してください」との通達が入った。
颯太が馬車の窓から外の様子をうかがうと、
「あ、雪」
空から舞い散る白い雪。
進めば進むほどその色合いは濃くなり、やがて一面を純白に染め上げた。
「話には聞いていたけど、本当に寒いな」
「この辺りは標高が高いから余計にそう感じるのよ。ペルゼミネの王都近辺はまだここまで寒くないはずよ」
「詳しいですね、ブリギッテさん」
「竜医研修会で何度か来たことがあるんです」
「…………」
颯太は違和感を覚えた。
それは、
「あのさ」
「なんですか?」
「何?」
「いや……2人とも年齢も近いんだし、もっと砕けた感じでもいいんじゃないかなって」
一応、カレンの方が1つ年上ではあるものの、そこまで堅苦しくしなくてもいいと思う。お互いに立場というものがあるというのもわかるが、これから何かと接点が多くなってくる2人だと思うので、もう少し打ち解けても罰は当たらないだろう。
「ソータの言うことも一理あるわね」
「まあ……まだペルゼミネには到着していませんし、常に肩ひじ張っているのは疲れると言えば疲れますし……」
「お互いに息抜きの時間を増やすという意味でもちょうどいいのかもしれないわね」
「そうです――そうだね」
カレンもブリギッテも、リラックスした笑みがこぼれた。
同性で仕事上の付き合いが多そうな2人が仲良くなるのはいいことだ。それに、
「今度一緒に飲みに行かない?」
「いいね。是非行きましょう!」
両方ともお酒が好きという共通点もあるし。
ただ、ブリギッテの酒癖については報告しておく義務があるな――と、2人を結び付けた責任者としてそう感じた颯太であった。
夕食時、アルフォン王からの依頼について説明をするとキャロルの表情が曇った。
社交界デビューの特訓をした時は同じくマーズナー・ファームで世話になっていたし、旧レイノア王都奪還作戦の時は数日で戻って来られた。しかし、今回の北方領ペルゼミネへの遠征は、その距離からして少なくとも数週間はかかり、長期にわたって牧場を空けなければならなくなるのは確実だ。
「すまない、キャロル。しばらくの間、ここを空けることになる」
「私なら大丈夫ですよ! それに、お父さんもよく仕事で家を空けることがありましたし、平気です!」
それが空元気であるのは明らかだった。
しかし、マーズナー・ファームのアンジェリカが気に留めてくれていると告げると、
「ま、まあ、その必要はまったくもってないんですけど、アンジェリカがどうしてもというなら……」
口では素っ気ない感じで言うが、内心喜んでいるのだろう。洗っている最中のお皿で隠した表情がどうなっているかは想像に難しくない。
「ちなみに私も同行しますのでよろしく」
食後の一杯を楽しんでいたカレンも、明日からのペルゼミネ遠征に同行するようだった。
表向きは高峰颯太の監視。
――だが、その裏では密かに国防局と連携を取り、外交局の闇を暴こうと画策していた。余計なトラブルを防ぐため、リンスウッドの面々には真実を語ってはいない。
ただ、そうした業務的な縛りを抜きにしても、高峰颯太とブリギッテ・サウアーズにはペルゼミネから打診された仕事に集中してもらうため、口止めを要求されなくとも打ち明けたりはしなかっただろう。
それに、ハルヴァという国自体が、高峰颯太とブリギッテ・サウアーズにとても期待を寄せているという意思が伝わってくる。
ここ数ヶ月で猛烈に実績を挙げてきた若者2人――それも、騎士や外交員とは違った資質を持っているという点も、国が期待をしている大きな要因と言えた。
しかし、時期尚早ではないか、という意見もある。
優れた能力を持つ若者2人をペルゼミネに派遣し、国としてこれほどの人材がいるのだとアピールするのは構わないが、それにより、大国のペルゼミネやその次に規模の大きい南方領のガドウィンが触手を伸ばしてくる可能性もある。
つまり、ハルヴァよりも遥かに好待遇で2人を迎え入れる準備があると囁き、引き抜かれてしまうのではないかという懸念だ。
そうしたリスクを承知の上で2人を送り込む――きっと、アルフォン王は凄まじいプレッシャーの中でこの決断を下したのだろう。
「ソータ……今度はどこへ行くのだ?」
不安そうに声をかけてきたのはメアだった。
「おまえはもう少し自分が騎士ではないということをもっと自覚するべきだ。戦闘ならハドリーやジェイク、もしくは我らに任せれば――」
「そうだな。……ありがとう、心配してくれて。けど、俺もブリギッテも大丈夫。うまくやるさ」
「むぅ……」
メアとしては、今回のペルゼミネ派遣に竜人族はおろか全ドラゴンの同行が許可されないことにご立腹だった。
しかし、伝染性の感染症とみられる病気に苦しむドラゴンが多数出ていることから、こちらからドラゴンを送ることを禁じている。そのため、原則として今回は人間のみで行動しろと指示が出ていた。
「おまえたちは留守番だ。なあに、今回はドラゴンの治療がメインだ。戦いになることなんてないよ」
メアと同じくらい不安げな表情のノエルにも言い聞かせる。
だが、颯太の心中はけして穏やかではなかった。
ペルゼミネで蔓延しているというその病について、颯太はある仮説を立てていた。
――もしや、竜人族の仕業ではないのか。
ローブの男の一味か。
それとも禁竜教か。
或は別勢力か。
いずれにせよ、もし竜人族の能力が絡んでいるとあれば、それは最大規模を誇る大国ペルゼミネへの無言の宣戦布告となる。
それと、自分をすんなりとペルゼミネへ送り込むことを認めた外交局の動きも気になっていた。国王が推奨したという点が大きく影響しているのだろうが、それでも一切の反論もなく送り出すのは少々不気味だ。
とはいえ、外交局絡みの件は颯太にはどうしようもない。
そちらはブロドリック大臣たち専門家に任せるとして――今はぐだぐだと考えるよりも自分にできることをやろう。
颯太は心にそう誓って、旅立ち前日の夜を締めくくった。
◇◇◇
ハルヴァ王都北門からペルゼミネを目指す一団が出発した。
派遣部隊の最高指揮官として任命されたのは北方遠征団に引き続きヒューズ・スコルテン。その補佐役としてジェイク・マヒーリス、ファネル・スミルノフらが選出され、さらにその部下など合計43名によって部隊は編成されていた。
その中には颯太、ブリギッテ、カレンの3名も含まれている。
「みんなが馬に乗っているのってなんだか新鮮だな」
「不慣れのせいか、騎士団の方々……なんだかちょっと顔色が冴えない気がしますね」
「これも良い経験だとハドリー分団長は言っていたけど……さすがに不安になるわね」
馬車の中から言いたい放題言う3人。
しばらくすると御者役の騎士から、「まもなくハーネイ渓谷に入ります。みなさん防寒具を装備してください」との通達が入った。
颯太が馬車の窓から外の様子をうかがうと、
「あ、雪」
空から舞い散る白い雪。
進めば進むほどその色合いは濃くなり、やがて一面を純白に染め上げた。
「話には聞いていたけど、本当に寒いな」
「この辺りは標高が高いから余計にそう感じるのよ。ペルゼミネの王都近辺はまだここまで寒くないはずよ」
「詳しいですね、ブリギッテさん」
「竜医研修会で何度か来たことがあるんです」
「…………」
颯太は違和感を覚えた。
それは、
「あのさ」
「なんですか?」
「何?」
「いや……2人とも年齢も近いんだし、もっと砕けた感じでもいいんじゃないかなって」
一応、カレンの方が1つ年上ではあるものの、そこまで堅苦しくしなくてもいいと思う。お互いに立場というものがあるというのもわかるが、これから何かと接点が多くなってくる2人だと思うので、もう少し打ち解けても罰は当たらないだろう。
「ソータの言うことも一理あるわね」
「まあ……まだペルゼミネには到着していませんし、常に肩ひじ張っているのは疲れると言えば疲れますし……」
「お互いに息抜きの時間を増やすという意味でもちょうどいいのかもしれないわね」
「そうです――そうだね」
カレンもブリギッテも、リラックスした笑みがこぼれた。
同性で仕事上の付き合いが多そうな2人が仲良くなるのはいいことだ。それに、
「今度一緒に飲みに行かない?」
「いいね。是非行きましょう!」
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