おっさん、異世界でドラゴンを育てる。

鈴木竜一

文字の大きさ
上 下
54 / 246
禁竜教編

第74話  旧王都奪還

しおりを挟む
「この歌は……ノエルが来てくれたか!」

 旧レイノア城で凶暴化したドラゴンたちが、空から降り注ぐ優しい歌声を耳にした途端、

「うお、おう……俺は今まで何を……」
「うぅ……」
「なんだか悪い夢を見ていた気分だぜ……」

全員が正気を取り戻し、大人しくなった。

 この歌声は間違いなく、ノエルの《浄化の歌》だ。
 自らの歌の力で石に変えてしまった人々を元に戻した時の歌だが、他者の能力に対しても有効に働くとは。

「ソータ!」

 ズシン、と重量感ある着地を決めたメアは、

「先ほどの竜人族が逃げたぞ」
「! よし! すぐに追うぞ! ノエルの歌がある限り、ヤツの赤い眼の効力は薄くなっているはずだ!」
「我らも行きますぞ!」
「おうよ! 俺たちのドラゴンを同士討ちさせようなんて姑息なマネをするようなヤツは蹴散らしてやるぜ!」

 我に返った相棒ドラゴンに跨ったファネルとドランを連れて、颯太は敵の竜人族が逃げたという方向へ、メアの背中に乗って追いかけた。

 深追いは禁物――そう言い聞かせながらも、ここで敵の主力である竜人族を逃がしたくはないという思いもあった。

 颯太の中に芽生える強い思い。
 それは、敵の竜人族がどのような考えを持って禁竜教に味方しているのかという点だった。周囲からの情報を統合するに、禁竜教はドラゴンを毛嫌いしているはず。それなのに、なぜ禁竜教側についているのか――もしかしたら、ノエルのように脅されて協力を強制されている可能性もある。

 ――だが、

「……逃げられたか」

 走り抜けた先は旧レイノア城の裏門。
 ボロボロの吊り橋がかけられたそこには、人の気配を一切感じない。

「くそっ! 増援も来てんだから一気に追いかけるぞ!」
「いや、深追いは禁物だと思います」
「ソータ殿の言う通り。旧レイノア城を奪還するという当初の目的は果たせられた。それに、これ以上仕掛けてこないところを見る限り、敵側にはこちらのドラゴンを狂わせて同士討ちを狙うという以外にこちらと対等に渡り合えるだけの戦力はない――次に対峙する時は、こちらもある程度対策を立てられるであります」
「……わかったよ」

 消化不良といった表情のドランだが、その判断が正しいことをよく理解しているのでそれ以上何も言わなかった。
 ファネルとドラン。
 対照的な性格の2人だが、その正反対ぶりがうまくマッチしていいコンビになっているなと颯太は感じた。

「さあ、城へ戻りましょう、ソータ殿」
「ああ……そうだな」

 北方遠征軍の奇襲から始まった旧レイノア王都の不法占拠事件は、犯人である禁竜教を追い出すことで解決となった。

 ――が、颯太の心には一抹の不安が残った。

 赤い瞳の竜人族。

 舞踏会の夜にハルヴァを襲撃したローブの男が連れていたナインレウス。それに続き、今度も「敵」として戦うことになった竜人族。

 颯太の頭に思い浮かぶのは、マーズナー・ファームにいるアーティーが教えてくれた竜王選戦だ。
竜王レグジートの死から始まった竜人族同士での王を決める戦い。
 禁竜教も、あのローブの男も、もしかしたら竜王選戦の存在を知り、竜人族を引き入れて竜王の地位を悪用しようとしているのではないか。

 それはまだ颯太の憶測に過ぎない。
 しかし、レグジートが亡くなってから、こうも立て続けに竜人族絡みの事件が起きるのは偶然とも思えなかった。

 今、人類は対魔族のために決起し、4大国家が中心となって戦力を集めている真っ只中にある。だが、その裏で、よからぬことを企む存在がちらついているのも、舞踏会と今回の占拠事件を通してハッキリと確認した。

 問われている――颯太はそう直感した。

 人と竜人族。
 
 まだこの世界に来て日の浅い颯太ではあったが、両者の関係性が大きく変化しようとしていることを肌で感じ取っていた。

「メア」
「? 呼んだか、ソータ」

 颯太は思わずメアの名を呼んだ。
 この世界で初めて牧場へと引き入れることに成功したメア。すでに人間形態へと戻っていたメアは、そのつぶらな瞳で颯太を見上げる。

 ――いつか、メアやノエルも竜王選戦に参加しなければならない。

 本人たちにその意思がなくとも、竜王を目指す者たちが挑んでくる。アーティーはたしかにそう言っていた。

 そうなった時――自分はオーナーとして、竜の言霊を宿した者として、この子たちに何をしてやれるだろうか。自分は戦えないし、ブリギッテのように傷を癒してやることもできない。できることといえば、
 
「なあ、メア」
「うん?」
「俺は……ずっとおまえたちのそばにいるからな」

 それで事態が好転するとは思えない。
 けれど、自分にできることは、メアやノエルに寄り添って、あの子たちの帰る場所を守り続けることだと颯太は考えた。

「わざわざ口にしなくとも、ソータが我らの前から消えるなどあり得ないからな」

 メアも、颯太の気持ちを十分理解しているようだった。

「ソータ殿! ハドリー殿が到着しましたぞ!」

 ファネルの声に「今行く」と答え、メアの銀色の髪にそっと手を置く。

「さあ、行こうか。みんなが待っているよ」
「うむ。ノエルにいいところを持っていかれた感はあるが……まあ、終わりよければすべてよしというしな」

 手を離そうとしても、手首を掴んで「まだそのままだ」というメアの要求に応えながら、颯太はハドリーたちが待つ旧レイノア城へ向かって歩きはじめた。


 ◇◇◇


「驚いた……おまえの瞳の力を無効化する能力を持ったドラゴンがいたとは」

 旧レイノア城から離れた小高い丘から、旧王都へ雪崩れ込むハルヴァ竜騎士団を眺めているマクシミリアンが呟く。
 その横には、赤い眼の竜人族――人間形態のジーナラルク。さらに反対側には側近である教団員の男が立っていた。

「やはり、ハルヴァではなくダステニアにすべきでしたかね」
「いや……そうではない。ハルヴァでなければ――いや、旧レイノアでなければいけなかったのだ。――あの方のためにも」

 マクシミリアンは馬車へと視線を送る。

「特に混乱はなかったか?」
「それが……お部屋を出る際にかなり動揺しておられて……やむなく薬を使用しました」
「そうか。部屋を出たくない、と?」
「ええ。――もう二度と出たくないと仰っていました」
「……わずかだが、記憶に変化が現れたようだな。それでいい。それだけでも、無茶をした甲斐があったというもの。できればもう少しハルヴァ側の戦力を削いでおきたかったが」

 マクシミリアンは「昔のようにうまくはいかぬものだ」と嘆息を漏らして、

「このまま森を東へ進む。しばらく行けば旧王家が避暑地として使用していた別宅があるはずだ。そこで次の作戦を考える。皆にそう伝えてくれ」
「わかりました」
 
 教団員の男は周囲を見張る他の教団員たちへ報告をしに行く。

「さて……やはり1人では限界があったか」

 ジーナラルグからの反応はない。
 だが、痛感しているのだろうとマクシミリアンは感じていた。
 ジーナラルグとは一年や二年の付き合いじゃない。
 言葉はわからないし、メアやノエルに比べるとほとんど感情を表に出さないタイプだが、なんとなく纏う雰囲気の変化で感情が読める。

「まあいいさ。これからいろいろと考えれば、な、――さあ、行こう」

 年季の入ったシワだらけの手でジーナラルグの背中を押すマクシミリアン。
 禁竜教を率いる彼の頭の中には、すでに「次」へ向けた計画が練られていた。
しおりを挟む
感想 291

あなたにおすすめの小説

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

父が再婚しました

Ruhuna
ファンタジー
母が亡くなって1ヶ月後に 父が再婚しました

婚約破棄の後始末 ~息子よ、貴様何をしてくれってんだ! 

タヌキ汁
ファンタジー
 国一番の権勢を誇る公爵家の令嬢と政略結婚が決められていた王子。だが政略結婚を嫌がり、自分の好き相手と結婚する為に取り巻き達と共に、公爵令嬢に冤罪をかけ婚約破棄をしてしまう、それが国を揺るがすことになるとも思わずに。  これは馬鹿なことをやらかした息子を持つ父親達の嘆きの物語である。

【完結】ドアマットに気付かない系夫の謝罪は死んだ妻には届かない 

堀 和三盆
恋愛
 一年にわたる長期出張から戻ると、愛する妻のシェルタが帰らぬ人になっていた。流行病に罹ったらしく、感染を避けるためにと火葬をされて骨になった妻は墓の下。  信じられなかった。  母を責め使用人を責めて暴れ回って、僕は自らの身に降りかかった突然の不幸を嘆いた。まだ、結婚して3年もたっていないというのに……。  そんな中。僕は遺品の整理中に隠すようにして仕舞われていた妻の日記帳を見つけてしまう。愛する妻が最後に何を考えていたのかを知る手段になるかもしれない。そんな軽い気持ちで日記を開いて戦慄した。  日記には妻がこの家に嫁いでから病に倒れるまでの――母や使用人からの壮絶な嫌がらせの数々が綴られていたのだ。

なんでも奪っていく妹とテセウスの船

七辻ゆゆ
ファンタジー
レミアお姉さまがいなくなった。 全部私が奪ったから。お姉さまのものはぜんぶ、ぜんぶ、もう私のもの。

貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた

佐藤醤油
ファンタジー
 貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。  僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。  魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。  言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。  この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。  小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。 ------------------------------------------------------------------  お知らせ   「転生者はめぐりあう」 始めました。 ------------------------------------------------------------------ 注意  作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。  感想は受け付けていません。  誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。

余命1年の侯爵夫人

悠木矢彩
恋愛
余命を宣告されたその日に、主人に離婚を言い渡されました

愛されない皇妃~最強の母になります!~

椿蛍
ファンタジー
愛されない皇妃『ユリアナ』 やがて、皇帝に愛される寵妃『クリスティナ』にすべてを奪われる運命にある。 夫も子どもも――そして、皇妃の地位。 最後は嫉妬に狂いクリスティナを殺そうとした罪によって処刑されてしまう。 けれど、そこからが問題だ。 皇帝一家は人々を虐げ、『悪逆皇帝一家』と呼ばれるようになる。 そして、最後は大魔女に悪い皇帝一家が討伐されて終わるのだけど…… 皇帝一家を倒した大魔女。 大魔女の私が、皇妃になるなんて、どういうこと!? ※表紙は作成者様からお借りしてます。 ※他サイト様に掲載しております。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。