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禁竜教編
第71話 送り出す者
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全体指揮を執るヒューズの指示により、旧レイノア王都を取り囲むように展開したハルヴァ竜騎士団。
小高い丘のある西側を陣取った先遣隊が、まだ旧王都内に敵兵力が残っていることを知らせる信号弾を発射したことで、竜騎士たちは気を引き締めた。
敵の規模としては、恐らくこれまで戦ってきた相手の中でも最小の部類に入る。しかも、魔族じゃなくて普通の人間――これだけ考慮すれば万が一にもハルヴァ竜騎士団が敗北するなどという事態にはならないが、事態を厄介にしているのは相手の竜人族の存在であった。
氷の操る《銀竜》。
歌を操る《歌竜》。
植物を操る《樹竜》。
他にも、ナインレウスは自在に斬撃を飛ばすことができた。
これら特殊な力を持つ竜人族が相手にもいる。
その能力は、同族であるドラゴンを狂わせ、同士討ちへといざなう狂気を操る力。
本来ならば兵力に物を言わせて陣地を力づくで奪い取るところだが、リートからもたらされた相手の正確な能力を知った指揮官ヒューズは連携を重視した陣で旧レイノア王都をゆっくりと囲い込んだ。
「タカミネ・ソータが情報を聞き出せていなかったら……我らは敵の手中で踊り続け、自滅していたかもしれんな」
旧レイノア王都南側で指揮を執るヒューズはそうこぼした。
リュミエール暴走の原因が正確に判明していなければもしかしたら今頃――あり得た最悪の未来を想像すると、寒気すら覚える。
「竜人族には十分注意しろよ。幸い、見た目はかなり特徴的だからすぐにその正体を見破れるはずだ。――ハルヴァ竜騎士団にケンカを売ったことを心底後悔させてやれ」
「「「「「はっ!」」」」」
ヒューズが発破をかけると、竜騎士たちは勇ましい雄叫びで返した。
戦いは大詰めを迎える。
決着の時は近い。
◇◇◇
今にも泣き出しそうな鉛色の空。
そこを、ドラゴン形態のメアの巨体が横切っていく。
ハドリーと共に北側――王都からもっとも近い位置にその身を置いた颯太。心なしか、その表情は強張っていた。そこへ、
「ったく……つくづくおまえも厄介な能力を授かったもんだな」
イリウスが口を開く。
「俺らドラゴンと話せるばっかりに、ろくに訓練も受けてねぇ素人のおまえがこんな戦場のど真ん中に送り込まれちまうだからよ」
「でも、この力がなかったら、今みたいにイリウスと話すこともできなかった……そう考えると、俺はこの能力を授かって本当によかったって思う」
「……死ぬかもしれないっていうのにか?」
「おまえが守ってくれるだろ? それに、メアもいる」
頭上には、戦況を把握しようと旋回飛行するメア。そして――目の前には頼もしいリンスウッド・ファームのエースがいる。
「はあ……とんでもねぇ野郎がオーナーになったもんだな」
「すまないな。諦めてくれ」
「善する気は鼻からねぇのかよ」
イリウスはひとつ大きく息をつくと、
「なあ、ソータ」
「うん?」
「パーキースは俺やリートよりずっと年下なんだ。言ってみれば、弟分ってヤツかな。その弟のピンチは、兄貴分である俺が救わないとな」
「……でも、もしかしたらその弟分と直接戦わないといけなくなるかもしれないぞ?」
颯太はあえて厳しい質問をぶつけた。
だが、それは的外れな質問ではない。
相手がこちらのドラゴンを逆に戦力として利用しようとしている以上、パーキースがその枠から漏れることはない。
すでに敵が撤退していれば、戦わなくてもよかったかもしれないが、西側の先遣隊が放った信号弾から、敵は城の周辺に兵を展開していることが判明している――交戦は避けられない状況だ。
激しい戦闘が予想される中、もしも狂気に呑まれたパーキースが目の前に現れたら、果たしてイリウスはいつも通り戦うことができるのだろうか。
「――愚問だぜ、ソータ」
イリウスは、颯太の不安を粉砕する。
「俺は何もぐうたらするためにリンスウッドへ入ったわけじゃねぇ。それに、あいつの性格からして、もし操られているとしたら、一思いに殺ってくれって思うはずだ」
「イリウス……」
「もちろん、リュミエールみたいに我に返ることだってあり得る。だからまあ……本当にダメだと思うまでは殴り合いに応じるつもりだぜ?」
パーキースを助けたいという思いは強いが、ハルヴァ竜騎士団の一員である以上、その思いにある程度の線引きをしたイリウス。
「おまえならやれるさ。パーキースを救ってやれ」
「……不思議だねぇ。どうにも、おまえの言葉を聞いているとヤル気が増してくるよ」
「これも竜の言霊の効果かな?」
「いや……そいつは違うな。きっと――」
「イリウス、来い。別動隊に動きがあった。俺たちも旧王都へ向かうぞ」
言い切る前に、ハドリーが次の指示を飛ばす。
「やれやれ、話の途中だって言うのによ」
「いいさ。続きは帰ってから聞かせてもらう」
「おう」
ここで、颯太は上空のメアに合図を送る。
颯太はメアと共に相手側の竜人族と接触することが課せられていた。あくまでも強制ではなく、「無理だけはするな」というヒューズからの忠告を受けてはいるが、今の颯太はすっかりそのことが抜け落ちていた。
イリウスが頑張っているのに、自分が頑張らないでどうする。
その気持ちに支配されていた。
舞い降りたメアの背中に乗って、ハドリーたちと別ルートから王都へ向かおうとする颯太の背中へイリウスは、
「行ってくるぜ――オーナー」
そうメッセージを残した。
もっとも、すでに颯太とはかなり距離があったため、聞こえてはいないだろうが。
「さあ、イリウス――派手に暴れようぜ」
跨ったハドリーがイリウスの頭をポンポンと叩く。出撃前にする、いつものゲン担ぎだ。
「言われるまでもねぇ。――暴れ倒してやるぜ」
小高い丘のある西側を陣取った先遣隊が、まだ旧王都内に敵兵力が残っていることを知らせる信号弾を発射したことで、竜騎士たちは気を引き締めた。
敵の規模としては、恐らくこれまで戦ってきた相手の中でも最小の部類に入る。しかも、魔族じゃなくて普通の人間――これだけ考慮すれば万が一にもハルヴァ竜騎士団が敗北するなどという事態にはならないが、事態を厄介にしているのは相手の竜人族の存在であった。
氷の操る《銀竜》。
歌を操る《歌竜》。
植物を操る《樹竜》。
他にも、ナインレウスは自在に斬撃を飛ばすことができた。
これら特殊な力を持つ竜人族が相手にもいる。
その能力は、同族であるドラゴンを狂わせ、同士討ちへといざなう狂気を操る力。
本来ならば兵力に物を言わせて陣地を力づくで奪い取るところだが、リートからもたらされた相手の正確な能力を知った指揮官ヒューズは連携を重視した陣で旧レイノア王都をゆっくりと囲い込んだ。
「タカミネ・ソータが情報を聞き出せていなかったら……我らは敵の手中で踊り続け、自滅していたかもしれんな」
旧レイノア王都南側で指揮を執るヒューズはそうこぼした。
リュミエール暴走の原因が正確に判明していなければもしかしたら今頃――あり得た最悪の未来を想像すると、寒気すら覚える。
「竜人族には十分注意しろよ。幸い、見た目はかなり特徴的だからすぐにその正体を見破れるはずだ。――ハルヴァ竜騎士団にケンカを売ったことを心底後悔させてやれ」
「「「「「はっ!」」」」」
ヒューズが発破をかけると、竜騎士たちは勇ましい雄叫びで返した。
戦いは大詰めを迎える。
決着の時は近い。
◇◇◇
今にも泣き出しそうな鉛色の空。
そこを、ドラゴン形態のメアの巨体が横切っていく。
ハドリーと共に北側――王都からもっとも近い位置にその身を置いた颯太。心なしか、その表情は強張っていた。そこへ、
「ったく……つくづくおまえも厄介な能力を授かったもんだな」
イリウスが口を開く。
「俺らドラゴンと話せるばっかりに、ろくに訓練も受けてねぇ素人のおまえがこんな戦場のど真ん中に送り込まれちまうだからよ」
「でも、この力がなかったら、今みたいにイリウスと話すこともできなかった……そう考えると、俺はこの能力を授かって本当によかったって思う」
「……死ぬかもしれないっていうのにか?」
「おまえが守ってくれるだろ? それに、メアもいる」
頭上には、戦況を把握しようと旋回飛行するメア。そして――目の前には頼もしいリンスウッド・ファームのエースがいる。
「はあ……とんでもねぇ野郎がオーナーになったもんだな」
「すまないな。諦めてくれ」
「善する気は鼻からねぇのかよ」
イリウスはひとつ大きく息をつくと、
「なあ、ソータ」
「うん?」
「パーキースは俺やリートよりずっと年下なんだ。言ってみれば、弟分ってヤツかな。その弟のピンチは、兄貴分である俺が救わないとな」
「……でも、もしかしたらその弟分と直接戦わないといけなくなるかもしれないぞ?」
颯太はあえて厳しい質問をぶつけた。
だが、それは的外れな質問ではない。
相手がこちらのドラゴンを逆に戦力として利用しようとしている以上、パーキースがその枠から漏れることはない。
すでに敵が撤退していれば、戦わなくてもよかったかもしれないが、西側の先遣隊が放った信号弾から、敵は城の周辺に兵を展開していることが判明している――交戦は避けられない状況だ。
激しい戦闘が予想される中、もしも狂気に呑まれたパーキースが目の前に現れたら、果たしてイリウスはいつも通り戦うことができるのだろうか。
「――愚問だぜ、ソータ」
イリウスは、颯太の不安を粉砕する。
「俺は何もぐうたらするためにリンスウッドへ入ったわけじゃねぇ。それに、あいつの性格からして、もし操られているとしたら、一思いに殺ってくれって思うはずだ」
「イリウス……」
「もちろん、リュミエールみたいに我に返ることだってあり得る。だからまあ……本当にダメだと思うまでは殴り合いに応じるつもりだぜ?」
パーキースを助けたいという思いは強いが、ハルヴァ竜騎士団の一員である以上、その思いにある程度の線引きをしたイリウス。
「おまえならやれるさ。パーキースを救ってやれ」
「……不思議だねぇ。どうにも、おまえの言葉を聞いているとヤル気が増してくるよ」
「これも竜の言霊の効果かな?」
「いや……そいつは違うな。きっと――」
「イリウス、来い。別動隊に動きがあった。俺たちも旧王都へ向かうぞ」
言い切る前に、ハドリーが次の指示を飛ばす。
「やれやれ、話の途中だって言うのによ」
「いいさ。続きは帰ってから聞かせてもらう」
「おう」
ここで、颯太は上空のメアに合図を送る。
颯太はメアと共に相手側の竜人族と接触することが課せられていた。あくまでも強制ではなく、「無理だけはするな」というヒューズからの忠告を受けてはいるが、今の颯太はすっかりそのことが抜け落ちていた。
イリウスが頑張っているのに、自分が頑張らないでどうする。
その気持ちに支配されていた。
舞い降りたメアの背中に乗って、ハドリーたちと別ルートから王都へ向かおうとする颯太の背中へイリウスは、
「行ってくるぜ――オーナー」
そうメッセージを残した。
もっとも、すでに颯太とはかなり距離があったため、聞こえてはいないだろうが。
「さあ、イリウス――派手に暴れようぜ」
跨ったハドリーがイリウスの頭をポンポンと叩く。出撃前にする、いつものゲン担ぎだ。
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