おっさん、異世界でドラゴンを育てる。

鈴木竜一

文字の大きさ
上 下
51 / 246
禁竜教編

第71話  送り出す者

しおりを挟む
 全体指揮を執るヒューズの指示により、旧レイノア王都を取り囲むように展開したハルヴァ竜騎士団。

 小高い丘のある西側を陣取った先遣隊が、まだ旧王都内に敵兵力が残っていることを知らせる信号弾を発射したことで、竜騎士たちは気を引き締めた。

 敵の規模としては、恐らくこれまで戦ってきた相手の中でも最小の部類に入る。しかも、魔族じゃなくて普通の人間――これだけ考慮すれば万が一にもハルヴァ竜騎士団が敗北するなどという事態にはならないが、事態を厄介にしているのは相手の竜人族の存在であった。


 氷の操る《銀竜》。
 歌を操る《歌竜》。
 植物を操る《樹竜》。


他にも、ナインレウスは自在に斬撃を飛ばすことができた。


これら特殊な力を持つ竜人族が相手にもいる。
その能力は、同族であるドラゴンを狂わせ、同士討ちへといざなう狂気を操る力。

 本来ならば兵力に物を言わせて陣地を力づくで奪い取るところだが、リートからもたらされた相手の正確な能力を知った指揮官ヒューズは連携を重視した陣で旧レイノア王都をゆっくりと囲い込んだ。

「タカミネ・ソータが情報を聞き出せていなかったら……我らは敵の手中で踊り続け、自滅していたかもしれんな」

 旧レイノア王都南側で指揮を執るヒューズはそうこぼした。
 リュミエール暴走の原因が正確に判明していなければもしかしたら今頃――あり得た最悪の未来を想像すると、寒気すら覚える。

「竜人族には十分注意しろよ。幸い、見た目はかなり特徴的だからすぐにその正体を見破れるはずだ。――ハルヴァ竜騎士団にケンカを売ったことを心底後悔させてやれ」
「「「「「はっ!」」」」」

ヒューズが発破をかけると、竜騎士たちは勇ましい雄叫びで返した。


戦いは大詰めを迎える。
 決着の時は近い。

 
 ◇◇◇


 今にも泣き出しそうな鉛色の空。
そこを、ドラゴン形態のメアの巨体が横切っていく。

ハドリーと共に北側――王都からもっとも近い位置にその身を置いた颯太。心なしか、その表情は強張っていた。そこへ、

「ったく……つくづくおまえも厄介な能力を授かったもんだな」

 イリウスが口を開く。

「俺らドラゴンと話せるばっかりに、ろくに訓練も受けてねぇ素人のおまえがこんな戦場のど真ん中に送り込まれちまうだからよ」
「でも、この力がなかったら、今みたいにイリウスと話すこともできなかった……そう考えると、俺はこの能力を授かって本当によかったって思う」
「……死ぬかもしれないっていうのにか?」
「おまえが守ってくれるだろ? それに、メアもいる」

 頭上には、戦況を把握しようと旋回飛行するメア。そして――目の前には頼もしいリンスウッド・ファームのエースがいる。

「はあ……とんでもねぇ野郎がオーナーになったもんだな」
「すまないな。諦めてくれ」
「善する気は鼻からねぇのかよ」
 
 イリウスはひとつ大きく息をつくと、

「なあ、ソータ」
「うん?」
「パーキースは俺やリートよりずっと年下なんだ。言ってみれば、弟分ってヤツかな。その弟のピンチは、兄貴分である俺が救わないとな」
「……でも、もしかしたらその弟分と直接戦わないといけなくなるかもしれないぞ?」

 颯太はあえて厳しい質問をぶつけた。
 だが、それは的外れな質問ではない。
 相手がこちらのドラゴンを逆に戦力として利用しようとしている以上、パーキースがその枠から漏れることはない。

 すでに敵が撤退していれば、戦わなくてもよかったかもしれないが、西側の先遣隊が放った信号弾から、敵は城の周辺に兵を展開していることが判明している――交戦は避けられない状況だ。

 激しい戦闘が予想される中、もしも狂気に呑まれたパーキースが目の前に現れたら、果たしてイリウスはいつも通り戦うことができるのだろうか。

「――愚問だぜ、ソータ」

 イリウスは、颯太の不安を粉砕する。

「俺は何もぐうたらするためにリンスウッドへ入ったわけじゃねぇ。それに、あいつの性格からして、もし操られているとしたら、一思いに殺ってくれって思うはずだ」
「イリウス……」
「もちろん、リュミエールみたいに我に返ることだってあり得る。だからまあ……本当にダメだと思うまでは殴り合いに応じるつもりだぜ?」

 パーキースを助けたいという思いは強いが、ハルヴァ竜騎士団の一員である以上、その思いにある程度の線引きをしたイリウス。

「おまえならやれるさ。パーキースを救ってやれ」
「……不思議だねぇ。どうにも、おまえの言葉を聞いているとヤル気が増してくるよ」
「これも竜の言霊の効果かな?」
「いや……そいつは違うな。きっと――」
「イリウス、来い。別動隊に動きがあった。俺たちも旧王都へ向かうぞ」
 
 言い切る前に、ハドリーが次の指示を飛ばす。

「やれやれ、話の途中だって言うのによ」
「いいさ。続きは帰ってから聞かせてもらう」
「おう」

 ここで、颯太は上空のメアに合図を送る。
 颯太はメアと共に相手側の竜人族と接触することが課せられていた。あくまでも強制ではなく、「無理だけはするな」というヒューズからの忠告を受けてはいるが、今の颯太はすっかりそのことが抜け落ちていた。

 イリウスが頑張っているのに、自分が頑張らないでどうする。

 その気持ちに支配されていた。
 舞い降りたメアの背中に乗って、ハドリーたちと別ルートから王都へ向かおうとする颯太の背中へイリウスは、

「行ってくるぜ――オーナー」

 そうメッセージを残した。
 もっとも、すでに颯太とはかなり距離があったため、聞こえてはいないだろうが。

「さあ、イリウス――派手に暴れようぜ」

 跨ったハドリーがイリウスの頭をポンポンと叩く。出撃前にする、いつものゲン担ぎだ。

「言われるまでもねぇ。――暴れ倒してやるぜ」
しおりを挟む
感想 291

あなたにおすすめの小説

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

〈完結〉遅効性の毒

ごろごろみかん。
ファンタジー
「結婚されても、私は傍にいます。彼が、望むなら」 悲恋に酔う彼女に私は笑った。 そんなに私の立場が欲しいなら譲ってあげる。

政略より愛を選んだ結婚。~後悔は十年後にやってきた。~

つくも茄子
恋愛
幼い頃からの婚約者であった侯爵令嬢との婚約を解消して、学生時代からの恋人と結婚した王太子殿下。 政略よりも愛を選んだ生活は思っていたのとは違っていた。「お幸せに」と微笑んだ元婚約者。結婚によって去っていた側近達。愛する妻の妃教育がままならない中での出産。世継ぎの王子の誕生を望んだものの産まれたのは王女だった。妻に瓜二つの娘は可愛い。無邪気な娘は欲望のままに動く。断罪の時、全てが明らかになった。王太子の思い描いていた未来は元から無かったものだった。後悔は続く。どこから間違っていたのか。 他サイトにも公開中。

あなたがそう望んだから

まる
ファンタジー
「ちょっとアンタ!アンタよ!!アデライス・オールテア!」 思わず不快さに顔が歪みそうになり、慌てて扇で顔を隠す。 確か彼女は…最近編入してきたという男爵家の庶子の娘だったかしら。 喚き散らす娘が望んだのでその通りにしてあげましたわ。 ○○○○○○○○○○ 誤字脱字ご容赦下さい。もし電波な転生者に貴族の令嬢が絡まれたら。攻略対象と思われてる男性もガッチリ貴族思考だったらと考えて書いてみました。ゆっくりペースになりそうですがよろしければ是非。 閲覧、しおり、お気に入りの登録ありがとうございました(*´ω`*) 何となくねっとりじわじわな感じになっていたらいいのにと思ったのですがどうなんでしょうね?

「魔道具の燃料でしかない」と言われた聖女が追い出されたので、結界は消えます

七辻ゆゆ
ファンタジー
聖女ミュゼの仕事は魔道具に力を注ぐだけだ。そうして国を覆う大結界が発動している。 「ルーチェは魔道具に力を注げる上、癒やしの力まで持っている、まさに聖女だ。燃料でしかない平民のおまえとは比べようもない」 そう言われて、ミュゼは城を追い出された。 しかし城から出たことのなかったミュゼが外の世界に恐怖した結果、自力で結界を張れるようになっていた。 そしてミュゼが力を注がなくなった大結界は力を失い……

婚約破棄の後始末 ~息子よ、貴様何をしてくれってんだ! 

タヌキ汁
ファンタジー
 国一番の権勢を誇る公爵家の令嬢と政略結婚が決められていた王子。だが政略結婚を嫌がり、自分の好き相手と結婚する為に取り巻き達と共に、公爵令嬢に冤罪をかけ婚約破棄をしてしまう、それが国を揺るがすことになるとも思わずに。  これは馬鹿なことをやらかした息子を持つ父親達の嘆きの物語である。

愛していました。待っていました。でもさようなら。

彩柚月
ファンタジー
魔の森を挟んだ先の大きい街に出稼ぎに行った夫。待てども待てども帰らない夫を探しに妻は魔の森に脚を踏み入れた。 やっと辿り着いた先で見たあなたは、幸せそうでした。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。