おっさん、異世界でドラゴンを育てる。

鈴木竜一

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禁竜教編

第66話  後退か、進軍か

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「3班だな。様子はどうだ?」
「異常ありません。もう少し進みますか?」
「そうしよう。だが気をつけろ。間もなく旧レイノア王都へ到着するはずだ。敵が潜んでいるとするならその辺だろうからな」
「わかりました」

 遠征団と合流したハドリーたちは再び部隊を編成。
 重傷を負って王国へ帰還した兵以外の人材で、さらわれたドラゴン救出のための偵察活動がひっそりと勧められていた。その場所はテント周辺をスタートに、襲われた場所から敵が逃亡した方向へ進む。

 援軍が到着するまで派手な攻防は避けるべきというのは共通認識であるが、徐々に捜索の範囲が狭まっていくと共に、敵の規模が想定よりも小さいのではないかという考えが騎士団の間に流れ始めた。

 偵察班のリーダーを任されたハドリーは慎重に犯人の形跡を追っていたが、周囲に敵と思われる気配はなく、正直拍子抜けな感じだった。
 追うこと自体は簡単だった。
 ドラゴンという大型生物が通った後は木々や茂みが押し倒されているといった痕跡がハッキリと見て取れた。
 だが、あまりにも残り過ぎていて「ついて来い」と誘導されているのではと勘繰ってしまうほどである。 

 そんな思考が頭上を旋回しているうちに、

「む? あれは……」

 大木の幹に身を潜め、様子をうかがっていたハドリーが発見したのは――立ち並ぶ無人の家屋であった。即ち、

「旧王都に着いたのか……思ったよりも早かったな」

 旧レイノア王国の領地は現在ハルヴァの領地ということになっている。ハルヴァはその大半を耕作地として利用する予定で、この旧王都はその耕作地で働く農民たちの村とする方向で調整が進んでいる。なので、王都一帯はまだ手付かずの状態であった。

 それでも――感じる。
 夕闇迫る静けさに紛れて、王都内に渦巻く不穏な気配がちらほらと。

「やはりここへ逃げ込んだと見て間違いなさそうだな……」
「どうしましょう?」

 兵士の1人がたずねる。
 ハドリーは即答せず、もう一度旧王都へと目をやった。

 かつてこの王都で暮らしていた人々はハルヴァの他、ダステニアやペルゼミネにも移住して新たな生活を営んでいる。なので、ここにある家屋には人は住んでいない。
 今もそうだ。
 家屋が立ち並んでいるとはいえ、人のいないそれは静寂の中に佇むただの置物となんら変わらない。
 ――となると、

「連中の住処は……旧レイノア城か」

 ハドリーが見つめる先にあるのは――かつてレイノア王族が暮らしていた居城であるレイノア城だった。

「さすがに今の戦力であそこに突っ込むのは危険だな」
「では?」
「まずは現状報告のため、伝令を送る」

 冷静に分析すればそうだろう。少なくとも数匹のドラゴンは敵の手に落ちている。そのドラゴンがリュミエールのように暴走していたら――

「リートやパーキースは心配ではあるが……迂闊には手を出せんな」

 ゴリ押しで早急に決着をつけたいところではあるが、状況はそんな短絡的な行動を許可してくれそうにないほど逼迫していた。
 
「それにしても……」

 もし、この情報が颯太によってもたらされていなかったら、ハドリーたちは苦渋の決断としてリュミエールを殺していたかもしれない。そう考えると恐ろしくて鳥肌が立つ。

「あいつがいてくれて本当によかったな」

 改めて、颯太の存在に感謝した後、兵士の1人を伝令役に任命し、本拠地であるテントへと送り込んだ。


 ――その伝令からの報告を受けたヒューズは頭を悩ませる。


「さて……どうしたものか」

 相手がドラゴンを全滅させようと目論む禁竜教絡みであるなら、さらわれたドラゴンの救出は一刻を争う問題だ。だが、やはり懸念材料となっているのが敵の攻撃手段――リュミエールを操った術がいかなるものか、それが判明しなければ手の打ちようがない。いくら戦力を投入しても、逆にこちら側の敵となる可能性もある。

「ヒューズさん」

 悩めるヒューズに声をかけたのは颯太だった。

「俺が一緒に行きます。俺が行けば、さっきのリュミエールの時のように訴えかけることができますし、何か変化が起こればすぐに把握できます」
「うむ……だがなぁ……」

 ヒューズもそれを考えないわけではなかった。しかし、いくら牧場オーナーで特殊な能力を有している颯太とはいえ、ここから先へ同行させるのには抵抗があった。さらに、

「何を言っているのですか」

 当たり前のようについて行こうとする颯太を止めたのはカレンだった。

「あなたは訓練された兵士ではありません。この場に留まるのが最良の判断では?」
「でも、リュミエールを暴走させたのは間違いなく竜人族だ。相手に竜人族がいる以上、俺が行かなければ敵の思う壺になってしまう」
「……たしかに、俺たちが何もしていない間に、向こうは次の手を打てるわけだからな」

 ヒューズは重い腰を上げた。

「来てくれるか、ソータ」
「もちろんです」

 迷いなく言い放つ。
 
 カレンには、その判断が理解できないでいた。呆然自失の体で打ち合わせを始めた颯太とヒューズを見つめるカレンの後ろで、ブリギッテが半分呆れたような笑いをこぼす。

「諦めてください。ああなったらテコでも動きませんから」
「そんな……無謀過ぎます!」
「メアちゃんやノエルちゃんを説得する時も……最初は誰だってそう言います。――けど、タカミネ・ソータという人間は結果で周囲を黙らせてきました」

 西の山でメアを、ソラン王国でノエルを説得し、仲間へと引き入れた颯太。一番近くでその活躍を見てきたブリギッテだから言えるセリフであった。

「彼を信じてください。きっと……今度もまたやってくれますよ」
「…………」

 カレンはもうそれ以上何も言えなかった。
 揺らぎ始めている心は、さらにその震度が上がった気がする。

 肌で感じる現場の緊張感。
そこでしかできない判断がある。
 机に向かっているだけでは見えてこないリアルな情景。
 
 本来なら、牧場の査察(颯太の監視)担当者である以上、自分もついていくと立候補すべきなのだろうが、その一歩が踏み出せないでいた。
 それでも、なんとか勇気を振り絞って手を上げる。

「わ、私も行きます」
「うん? 君もか?」

 訝しむヒューズは問う。

「……君は?」
「外交局のカレン・アルデンハークです」
「外交局? じゃあ、スウィーニー大臣の――ダメだ。君はここに残れ。もしも外交局の人間が敵の手に落ちたら、どんな手段を使って国家機密を盗み出されるかわかったものじゃないからな」

 手段=拷問――外交局の人間であるカレンには、言葉の意味がすぐに結びついた。

「! で、ですが、私にも外交局としての仕事が!?」
「これは君のために言っている。下手をすると、死ぬよりもキツイ拷問を受けることになるんだぞ? それに耐えられるのか?」
「で、でも……」

 食い下がるカレンであったが、颯太はそれを引き留めるように肩を叩き、

「大丈夫だよ。俺は必ず戻ってくれるから。査察の続きはその後からでも問題ないだろ?」
「うっ……」
 
 念を押されたカレンはやむなく撤退。
 颯太は、ヒューズの言ったことが脅しではないと見抜いていた。

「ふーん……カレンさんにはそういうことを言うのねぇ……」

 カレンを説得し終えて出撃準備に取り掛かろうとした颯太に重くのしかかる低いブリギッテの声。

「? そういうことって?」
「……別に」

 そっぽを向かれてスタスタとその場を離れていくブリギッテ。

「何かまずいことしたかな?」

 ブリギッテが機嫌を損ねた理由について、颯太は本気で心当たりがなかった。その横でヒューズが「あの姉ちゃんも素直じゃないねぇ」と呟いていたが、その意味も理解できていなかった。
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