おっさん、異世界でドラゴンを育てる。

鈴木竜一

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禁竜教編

第65話  忘れられた国

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 リュミエールの説得に成功した颯太は、遠征団が待つ合流地点へ向けて移動中、その背中に跨り、事態の経緯を聞き取りしていた。

「一体何があったんだ?」
「我々がハルヴァへ進行中、突如砲撃が始まったのです」
「砲撃!? 殺す気満々じゃないか」
「いえ……それがそうでもないようです」

 歴戦の強者であるらしいリュミエールは静かな口調で否定した。

「砲撃の着弾点は進行方向のわずかに先……ヤツらの狙いは明らかに我々の足止めでした」
「足止め?」
「はい。その証拠に、混乱する我々遠征団に対し、敵は追撃をしてこなかった。ただ、数匹のドラゴンが私と同じような症状となり、味方を襲い出した。さらに数匹の仲間が、敵の手によりどこかへと連れ去られました」

 宣戦布告なら、いっそ遠征団のど真ん中に砲撃を集中させ、少しでも多くの兵を消し去っておく方がいい。それをせず、あえてこちら側の戦力を残しておくことで生じる敵側のメリットは――

「! そうか……こちら側にいるドラゴンを自軍の戦力にするためか……」

 リュミエールが我を忘れて自軍を攻撃してきたように、向こうはこちらの戦力を逆に利用する気でいる。

「リュミエール、暴走する前に竜人族と会わなかったか?」
「……断言はできませんが、そうと思われる少女とは出くわしました」

「少女、か」

 ほぼ確定だ。
 メアもノエルもキルカも、竜人族は人間の姿をしている時は、なぜか少女なのである。

「身震いするほど美しい赤い瞳をした愛らしい少女でした。なぜかその少女から目を離すことができす、気がついたら……」
「暴れていたのか」

これで敵側に竜人族がいることがほぼ決まりになった。
ただ、そうなると、

「……相手は禁竜教じゃないのか?」

 一連の事件が禁竜教の仕業である物的証拠はある。――だが、リュミエールを操るような力を持つ者など、竜人族以外に考えられない。

 ドラゴンを忌み嫌う禁竜教が竜人族と手を組んだ? 
 そんなこと、あり得るのか?

「…………」

 少し、考える余地がありそうだ。
 敵の狙いがまったく読めない上に、その正体もあやふやになってきた。


 ◇◇◇


 目的地へ到着したのは昼前だった。
 予定よりも時間がかかった理由は、川沿いを進んでいた遠征団にあった。と言っても、兵士に負傷者が多いこととドラゴンに疲労が見られたので、やむなくその場でテントを張り、ハドリーたち救助部隊の到着を待っていたのだ。

「救助か! 感謝するぞ!」

 北方遠征団の団長を務める五分刈りの偉丈夫――ヒューズ・スコルテンがハドリーたち救助部隊を出迎えた。

「おおっ! リュミエールも無事だったか!」
「ええ。なんとか暴走を止めることができました」
「ん? 君は?」

 当たり前のように話していたが、颯太がこの世界に来た時からすでに北方遠征団は国内にいなかったので、ヒューズは颯太のことを知らなかった。
 颯太の件についてはハドリーが代わりに説明をする。

「ほう、ドラゴンと会話ができるとは……おまけにあのフレデリックの後釜になっちまうなんてな。俺がいない間におもしれぇことになってるじゃねぇか」

 ヒューズ・スコルテンという人物はハドリーに輪をかけて豪快だった。だが、部下からの人望は厚く、竜騎士団の中でも指折りの実力者で、次期騎士団長との呼び声も高い。

「相変わらずですな、ヒューズ殿」

 ヒューズの無事を確認したハドリーは安堵のため息。見た目から想定する年齢的にも、ヒューズの方が先輩のようだ。
 
 周囲には負傷した兵たちの治療が始まっていた。ケガをしたドラゴンはブリギッテが診て回っており、カレンがその手伝いをしている。颯太の監視目的で来たことをすっかり忘れているようだった。
 颯太とハドリー、それから数名の兵士はテントへと入り、今後について協議を行うことになった。

「ヒューズ殿、これからの話ですが」
「ああ……ブロドリック大臣の判断は?」
「さらわれたドラゴンの救出です。そして――敵の正体を明確にすること」
「それについて、俺からお話があります」
 
 颯太はリュミエールから得た情報をヒューズたちに伝えた。

「ふむ……」

 何か思い当たる節があるのか、ヒューズは手荷物から地図を引っ張り出してきてテント内に設えられた木製のテーブルの上に広げた。

「ここが大体の現在地だ。で、問題は……ここだ。こいつを見てくれ」

 その武骨な指が示した方角――北東およそ3キロの位置。
 そこに何かあるのだろうか。
 颯太はチラッとハドリーの様子をうかがう。顎に手を添えて、難しい顔をしていたハドリーであったが、何かを閃いたのか目にカッと力が増して、

「そうか……この辺り一帯は旧レイノア王国の領地だった場所だ」
「レイノア王国?」

 聞き慣れない国名に、颯太は首を傾げた。

「存在を忘れられた国さ……悲しい逸話が多くてな」

 そう語るハドリーの表情は冴えない。

「俺がレイノアに行ったのは生涯で二度。一度目はガキの頃、当時のレイノア王の娘であるダリス姫の結婚式を親と一緒に見学した。二度目は新兵だった頃、当時の外交大臣が調印式に出席する際の護衛でついて行ったことがある」
「調印式? 一体なんのための……」
「国土の譲渡さ。レイノアは国家として破綻してしまっため、その権利のすべてを友好関係にあったハルヴァへ譲渡したんだ。それを公式に認める調印だ」
「そ、そんなことって!」

 聞いたことがなかった。
 どのような事情があってそんな事態に――と、追究するのはあとだ。今はその「忘れられた国」と事件の関連性についてだ。

「レイノアの国土はその豊かな土壌を最大限生かすため大規模な耕作地となる予定で、すでに整地は終わっていたんだ。今年の舞踏会終了後にも本格的な耕作が開始される予定になっていたんだが……」
「どうやら、まだうろついているようだな――レイノアの亡霊共が」
「じゃ、じゃあ、レイノアの王族か兵士がこの領地を取り戻そうと今回の事件を!?」
「断言はできん。それに、禁竜教との関係も不透明だ」
「それならちょっと心当たりがありますな」

 口を開いたのはハドリーだった。

「ガキの頃に見た姫様の結婚式……当時は宝石のように美しかった姫も、夫である新国王を病で早くに亡くし、その直後に一人息子も亡くした。失意の中で女王の座についた。そのせいもあってか、調印式の際にお会いした時はまるで別人のように変わり果てていた。ちょうどその頃、レイノアではハルヴァに倣って竜騎士団を結成するようだったが、なぜかそれは実現しなかったんだ」
「そういえばそうだったな」

 ヒューズも思い出したようだ。

「どうも国王と息子の死にはドラゴンが絡んでいるようなんだ。まあ、噂話程度の信憑性なんだが」
「俺も聞いたことがあるな」

 つまり、レイノアとしては、国土譲渡の件は不本意なことであったと言える。王か王子が健在であったら、まだ国の建て直しはできていただろうというのがハドリーとヒューズの見立てであった。
国土を取り戻そうとするレイノアの王族か兵士に、ドラゴンを滅することを最優先事項とする禁竜教が手を組んだとも考えられる。

 となると、竜人族がいるのは旧レイノア側か。
 この構図――颯太には覚えがあった。

 ブランドン・ピースレイク。
 
 ノエルを操り、ソラン王国を取り戻そうとしたあの暴君と同じ。
 ということは、その背後にいるのは、

「あの時の男がまた……」

 脳裏によみがえるのは舞踏会の夜に出会ったローブの男。
 ナインレウスを連れたあの男が、今回の事件にも絡んでいるのだろうか。

「よし。では、さらわれたドラゴンの救出へ向けて、まずは近辺の調査から開始する。それから、北方遠征団で特に重傷を負っている者は別動隊と共にハルヴァへ帰還せよ。その後、現段階で判明している情報を国防局へ伝え、可能な限りの増援手配を依頼してくれ」

 ヒューズが指示を飛ばすと、兵士たちはそれぞれの仕事を全うするため散っていく。
 戦況は混沌の中にありながらも、徐々にその輪郭をあらわにしていくのだった。
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