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禁竜教編
第63話 暴走
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北方遠征団救出のため、特別編成された竜騎士団は深夜にハルヴァ城を出立した。
負傷した遠征団の兵士が持ち帰った情報では、遠征団はマッツ渓谷を少しずつ南下し、ソレト川を沿う経路をたどってハルヴァへ向かっているという。
援護に向かうハドリー他2つの分団はそのポイントへ進行していた。
颯太、ブリギッテ、カレンら非戦闘要員は馬車に乗り、その中で一夜を過ごした。
そして――迎えた朝。
ひりつくような騎士団の空気とは対照的に、日の光は穏やかに大地を温めている。翼を持つ空戦型ドラゴン数匹が先行し、陸戦型ドラゴンは地上から目的地へ進んでいた。空戦型ドラゴンの中にはメアの姿もあり、陸戦型ドラゴンの先頭を行くのはハドリーを背負ったイリウスであった。
「ほとんどがマーズナー・ファームのドラゴンですが、メアやイリウスは戦力の中枢を担う大事な役割を任されているようですね」
カレンがそう分析する。
周りにいるドラゴンたちは、社交界デビューのためにマーズナーで特訓していた頃に見かけた記憶のあるドラゴンばかりであった。そんな中で、メアとイリウスが堂々と竜騎士団の戦力として立ち振る舞っている姿を見ると、オーナーとして誇らしい気持ちになる。
それからさらに1時間ほど経過。
特に何もなく、静かな進軍が続いていた。
「……静かね」
「さすがにこの規模相手には仕掛けてこないか。――そういえば、北方遠征団の目的ってなんだったか知っているか?」
聞きそびれていた疑問をブリギッテにぶつけてみる。
「詳細は聞いていないけど、さっき出撃準備していた騎士たちの話では、例の魔族掃討作戦に関わるものだったようよ」
「ふーん……編成の規模としてはどれくらいあったかわかるか?」
「それなら私が把握しています。全体で62名。参加したドラゴンは陸戦型が17に空戦型が11の計28匹。そのうち、さらわれたと思われるドラゴンは現段階で判明している数は10匹とのことです」
「一度に10匹のドラゴンを?」
それは、明らかにこれまでとは規模が違った。
「ハドリーさんたちは禁竜教という組織がそれほど脅威ではないと感じているみたいだけど、さすがにその数のドラゴンを一度にさらうなんて異常だ」
「でもそれって、さらわれたと確定された数じゃないんでしょ? 所在不明のドラゴンの数が10匹てことじゃないの?」
「そうです。負傷しているか、或は負傷している兵士を庇ってその場にとどまり、救助を待っているドラゴンもいるかもしれません」
つまり――現段階では数字こそ判明しているものの、その詳細については謎が残ったままというわけだ。
「ま、その謎の究明に私たちが向かっているわけだけど」
ブリギッテがそう冗談っぽく言うと、突然、馬車が止まった。
「? 着いたのか?」
颯太が窓から様子をうかがおうとすると、扉が開き、
「ソータ、ちょっと来てくれ」
ハドリーに呼ばれた颯太は外へ。そこは背の低い草木が生える平地のど真ん中だった。
「どうかしたんですか?」
「今、空戦部隊から報告があった。――ここからしばらく進んだ先に、1匹のドラゴンがいるとのことだ」
「そのドラゴンって……」
「ハルヴァ竜騎士団所属の陸戦型ドラゴン――リュミエール。北方遠征に参加していたドラゴンだ」
どうやら、行方がわからなくなっていた遠征団のドラゴンが見つかったらしい。
「ただ、空戦部隊の話では、どうも様子がおかしいって話だ。こちらの呼びかけに応じないようなので――」
「俺が話しかけてみるってわけですね」
「その通りだ。とりあえず、俺とイリウスが先行する。おまえは後ろからついてきてくれ。その周囲を他の竜騎士に守らせる。遠征団との合流前に、できるだけ多くのドラゴンを回収していきたいからな」
「わかりました」
ハドリーからの指示を受け取った颯太は一度馬車へと戻る。それからしばらく進むと、目視で例のドラゴンが捉えられる距離まで到達し、そこからは颯太だけ馬車から降りる。
「気をつけてよ、ソータ」
「何かあったらすぐに逃げてください」
「わかってるよ」
ブリギッテとカレンに見送られて、颯太はハドリーのあとを追う。その周囲を竜騎士に護衛される形でドラゴン――リュミエールへと接近した。
リュミエールは空を見つめている。
すでに十数メートルの位置まで近づいたが、気づく素振りさえない。
「リュミエール、聞こえるかい?」
颯太が声をかけて、ようやくリュミエールはその太い首を動かす。縦長の瞳孔がこちらへ向けられ、一瞬、その異様な迫力に身がすくむ。
気を取り直して、
「俺たちはハルヴァ竜騎士団のリンスウッド分団だ。君たち遠征団の救助にやって来た」
颯太が訴えるも、リュミエールの反応はいまいちだった。
報告があった通り、どうも様子が変だ。
目が虚ろで、心ここにあらずといった感じ。
「? 聞いているか、リュミエール」
颯太がさらに近づこうと一歩踏み出した――次の瞬間、
「ぐおおおぉおおぉおおっ!!!」
突如リュミエールが雄叫びをあげ、その大きな尻尾を颯太に向けて振り上げた。
「! 危ない!」
間一髪のところでイリウスとハドリーが颯太を救い出す。それを見た他の竜騎士たちはハドリーたちが逃げる隙を作ろうとリュミエールを殺さないよう加減した攻撃を加えた。
「無事か! ソータ!」
「へ、平気です」
いきなりのことで動揺した颯太だったが、すぐに気持ちを切り替えてリュミエールへと視線を向ける。
「ごおおおぉおおぉおっ!!!」
声にならない叫びが響き渡る。
「リュミエール……なんだか混乱しているみたいですね」
「混乱?」
「まるで言葉になっていない叫び声……あんな状態のドラゴンを見るのは初めてです」
苦しがっているようにも聞こえるその叫び――もしや、
「誰かに操られている、のか?」
「操られている? ドラゴンをか? そんなことができるなんて聞いたことがないぞ」
「かなり強い魔法か、或は……」
或は――特殊能力。
竜人族が持つ驚異の力。
「まさか――新たな竜人族か!?」
負傷した遠征団の兵士が持ち帰った情報では、遠征団はマッツ渓谷を少しずつ南下し、ソレト川を沿う経路をたどってハルヴァへ向かっているという。
援護に向かうハドリー他2つの分団はそのポイントへ進行していた。
颯太、ブリギッテ、カレンら非戦闘要員は馬車に乗り、その中で一夜を過ごした。
そして――迎えた朝。
ひりつくような騎士団の空気とは対照的に、日の光は穏やかに大地を温めている。翼を持つ空戦型ドラゴン数匹が先行し、陸戦型ドラゴンは地上から目的地へ進んでいた。空戦型ドラゴンの中にはメアの姿もあり、陸戦型ドラゴンの先頭を行くのはハドリーを背負ったイリウスであった。
「ほとんどがマーズナー・ファームのドラゴンですが、メアやイリウスは戦力の中枢を担う大事な役割を任されているようですね」
カレンがそう分析する。
周りにいるドラゴンたちは、社交界デビューのためにマーズナーで特訓していた頃に見かけた記憶のあるドラゴンばかりであった。そんな中で、メアとイリウスが堂々と竜騎士団の戦力として立ち振る舞っている姿を見ると、オーナーとして誇らしい気持ちになる。
それからさらに1時間ほど経過。
特に何もなく、静かな進軍が続いていた。
「……静かね」
「さすがにこの規模相手には仕掛けてこないか。――そういえば、北方遠征団の目的ってなんだったか知っているか?」
聞きそびれていた疑問をブリギッテにぶつけてみる。
「詳細は聞いていないけど、さっき出撃準備していた騎士たちの話では、例の魔族掃討作戦に関わるものだったようよ」
「ふーん……編成の規模としてはどれくらいあったかわかるか?」
「それなら私が把握しています。全体で62名。参加したドラゴンは陸戦型が17に空戦型が11の計28匹。そのうち、さらわれたと思われるドラゴンは現段階で判明している数は10匹とのことです」
「一度に10匹のドラゴンを?」
それは、明らかにこれまでとは規模が違った。
「ハドリーさんたちは禁竜教という組織がそれほど脅威ではないと感じているみたいだけど、さすがにその数のドラゴンを一度にさらうなんて異常だ」
「でもそれって、さらわれたと確定された数じゃないんでしょ? 所在不明のドラゴンの数が10匹てことじゃないの?」
「そうです。負傷しているか、或は負傷している兵士を庇ってその場にとどまり、救助を待っているドラゴンもいるかもしれません」
つまり――現段階では数字こそ判明しているものの、その詳細については謎が残ったままというわけだ。
「ま、その謎の究明に私たちが向かっているわけだけど」
ブリギッテがそう冗談っぽく言うと、突然、馬車が止まった。
「? 着いたのか?」
颯太が窓から様子をうかがおうとすると、扉が開き、
「ソータ、ちょっと来てくれ」
ハドリーに呼ばれた颯太は外へ。そこは背の低い草木が生える平地のど真ん中だった。
「どうかしたんですか?」
「今、空戦部隊から報告があった。――ここからしばらく進んだ先に、1匹のドラゴンがいるとのことだ」
「そのドラゴンって……」
「ハルヴァ竜騎士団所属の陸戦型ドラゴン――リュミエール。北方遠征に参加していたドラゴンだ」
どうやら、行方がわからなくなっていた遠征団のドラゴンが見つかったらしい。
「ただ、空戦部隊の話では、どうも様子がおかしいって話だ。こちらの呼びかけに応じないようなので――」
「俺が話しかけてみるってわけですね」
「その通りだ。とりあえず、俺とイリウスが先行する。おまえは後ろからついてきてくれ。その周囲を他の竜騎士に守らせる。遠征団との合流前に、できるだけ多くのドラゴンを回収していきたいからな」
「わかりました」
ハドリーからの指示を受け取った颯太は一度馬車へと戻る。それからしばらく進むと、目視で例のドラゴンが捉えられる距離まで到達し、そこからは颯太だけ馬車から降りる。
「気をつけてよ、ソータ」
「何かあったらすぐに逃げてください」
「わかってるよ」
ブリギッテとカレンに見送られて、颯太はハドリーのあとを追う。その周囲を竜騎士に護衛される形でドラゴン――リュミエールへと接近した。
リュミエールは空を見つめている。
すでに十数メートルの位置まで近づいたが、気づく素振りさえない。
「リュミエール、聞こえるかい?」
颯太が声をかけて、ようやくリュミエールはその太い首を動かす。縦長の瞳孔がこちらへ向けられ、一瞬、その異様な迫力に身がすくむ。
気を取り直して、
「俺たちはハルヴァ竜騎士団のリンスウッド分団だ。君たち遠征団の救助にやって来た」
颯太が訴えるも、リュミエールの反応はいまいちだった。
報告があった通り、どうも様子が変だ。
目が虚ろで、心ここにあらずといった感じ。
「? 聞いているか、リュミエール」
颯太がさらに近づこうと一歩踏み出した――次の瞬間、
「ぐおおおぉおおぉおおっ!!!」
突如リュミエールが雄叫びをあげ、その大きな尻尾を颯太に向けて振り上げた。
「! 危ない!」
間一髪のところでイリウスとハドリーが颯太を救い出す。それを見た他の竜騎士たちはハドリーたちが逃げる隙を作ろうとリュミエールを殺さないよう加減した攻撃を加えた。
「無事か! ソータ!」
「へ、平気です」
いきなりのことで動揺した颯太だったが、すぐに気持ちを切り替えてリュミエールへと視線を向ける。
「ごおおおぉおおぉおっ!!!」
声にならない叫びが響き渡る。
「リュミエール……なんだか混乱しているみたいですね」
「混乱?」
「まるで言葉になっていない叫び声……あんな状態のドラゴンを見るのは初めてです」
苦しがっているようにも聞こえるその叫び――もしや、
「誰かに操られている、のか?」
「操られている? ドラゴンをか? そんなことができるなんて聞いたことがないぞ」
「かなり強い魔法か、或は……」
或は――特殊能力。
竜人族が持つ驚異の力。
「まさか――新たな竜人族か!?」
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