おっさん、異世界でドラゴンを育てる。

鈴木竜一

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禁竜教編

第58話  ドラゴンは嫌いですか?

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「お見苦しいところをお見せしました……」

 意識を取り戻したカレンはハンカチで顔を拭きながら謝罪をする。
 
「い、いや、こちらこそ、うちのマキナが失礼なことを。申し訳ありません」
「……相手はドラゴンのそれも子どもですから、気にはしていませんよ」

 ――とは言うが、キャロルの腕に抱かれながらも「ガウガウ!」とカレンに飛びかかろうとしているマキナの動きにビクついていた。

「…………」

 もしかして――と抱いていた疑念は徐々に確信へと変わっていく。
 このカレン・アルデンハークという女性は、

「あの、アルデンハークさん?」
「カレンで結構ですよ、ソータ」
「じゃあ、カレン――単刀直入に聞きますけど……あなたはひょっとしてドラゴンが苦手なんですか?」
「……まさか」

 微妙に間があった。そして、露骨に目をそらされる。

「……カレン?」
「な、なんですか、その眼は? 大体、ドラゴンの育成を目的にしている牧場を査察する外交局の人間が大のドラゴン嫌いなんてあるわけ――」
「ガウアッ!」
「ひうっ!?」

 くしゃみをしたマキナの声にビビる――その様子はどう見ても苦手にしか思えない。今も顔は青ざめ、手足がちょっと震えていた。

「えっと……あまり無理をしない方が……」
「に、苦手ではないと言っているじゃないでしゅか!」

 ついには噛んだ。もう数分前の「デキる女」の姿は微塵もなくなっていた。
 しかし、そうなるとさらに読めなくなった。
 
スウィーニー外交大臣は、なぜドラゴンが苦手なカレンをドラゴン育成牧場に送り込んだのだろう。ジェイクの話では相当なやり手であるのはわかったが、少なくともこの現場は相性が悪過ぎる。

ドラゴン嫌いを克服するため? ――いや、それなら、ジェイクから聞いた、自分に対する批判的な意見を述べた理由を説明できない。愚かでない人間なら、わざわざ敵を増やすようなやり方をせず、素直にこちらへ依頼をすればいいのに。

 考えたところで、外交局の狙いは読み取れない。その点については、内情をよく知るブロドリック大臣たちに任せ、こちらはジェイクに言われた通り、いつも通り振る舞おう。

「えっと……カレン? 私はこれから竜舎へ行きますが」
「りゅ、竜舎……」

 これでもかってほどに顔から血の気が引いているカレン。まるでこの世の終わりを迎えたかのようだ。

 本当に、なぜ彼女が査察担当に選ばれたのだろう。これではまるで仕事にならない。もしかしたら、そこにスウィーニー外交大臣の狙いが隠されているのだろうか。

「……ないな」

 すぐにその疑惑を払拭。
 いくらなんでも謎過ぎる。

 ともかく、もう少し様子を見てから探りを入れよう。
 そう決めた颯太はいつものように竜舎へ。
 その後ろをせっせとついてくるカレン。
 
「この竜舎にはどのようなドラゴンが?」
「イリウスという名のドラゴンがいます」
「イリウス……聞いたことがありますね。たしか、ハドリー・リンスウッド分団長の愛竜でしたか」
「そうです」

 他愛ない会話を繰り広げながら、竜舎の中に入ると、

「おいおい……また別の女を連れ込みやがったな」

 呆れたように口を開くイリウス。
 
「こちらは今日からこの牧場の査察を担当するカレン・アルデンハークさんだ」
「査察ぅ? おまえ……今度は何をやらかしたんだ?」
「何もしてないし、今度はってどういう意味だよ」

 それでは颯太がトラブルばかり起こす問題児のように聞こえる。

「ちょ、ちょっといいですか?」
「はい?」

 イリウスに説明をしている途中で、カレンが割って入った。

「あの……今の一通りの会話は、もしかしてこちらのイリウスとしていたのですか?」
「そうですけど」

 颯太にとってはドラゴンとの会話が日常茶飯事になっているため、逆に物凄く驚いているカレンの反応が新鮮に映った。キャロルやブリギッテといった近しい者たちもすでに颯太の能力については把握済みなのでここまで驚くことはない。

「……本当にイリウスと会話をしているんですか?」
「ええ、まあ」
「信じられませんねぇ――うん?」

 カレンが颯太の能力について怪しんでいると、イリウスがこちらを見つめていることに気がついた。颯太もおかしく思ってたずねてみる。

「どうかしたか、イリウス」
「いや……」

 見慣れない鋭い目つきでカレンを睨むイリウス。その迫力に、カレンは思わず後退。何やら不穏な気配を感じ取った颯太が視線を遮るようにイリウスの前に立つ。

「どうしたんだよ。今日のおまえ、何か変だぞ」
「あ、あの……イリウスは私を警戒しているのでしょうか?」

 毅然とした態度を保とうしているが、カレンの声は微妙に震えていた。ただ、ドラゴンの好き嫌いをなしにしても、大型のイリウスに睨まれるのはさすがに怖い。
 
 ――もしや、外交局からの査察と聞き、颯太が怪しいと疑われていることを怒っているのかもしれない。

「イリウス……俺のことは気にしなくて――」
「あの姉ちゃん、信じられないくらい胸がでかいな」
「……は?」

 真顔でとんでもない爆弾をぶっこんできた。

「竜医の姉ちゃんとそれほど変わらない年齢でありながら……まあ、あの姉ちゃんもけして小さい方じゃないが――とんでもねぇな」
「イリウス!」
「! ど、どうかしましたか?」

 声を荒げる颯太。ついさっきまで穏やかな感じだった颯太の豹変に、カレンは驚きを隠せないでいた。

「あ、い、いや、えっと……こ、こう見えてイリウスは人見知りなんで、見かけない人が竜舎に来てちょっと警戒したみたいですね」
「そうだったんですか」

 敵視されていないことにホッとない胸を撫で下ろすカレンを前にして、

「……嘘ついたな、ソータ」
「あんな暴言教えられるわけないだろ」
「なんだよ、人間の雄は胸のデカい女が好きなんだろ?」
「? なんでそう思うんだ?」
「俺がここへ来る前に住んでいた谷の近くには小さな村があったんだがな、そこの村長がよくこんなことを言っていたんだ――『巨乳最高』って」
「…………」

 名前も知らない村の村長の性癖が暴露されたところで、颯太はカレンに向き直る。

「わ、私はこれからここで作業をしますが……カレンはどうします?」
「ここで働きぶりを見させてもらいます。それと、もうひとつ」
「なんでしょう?」
「変に気を遣わなくて結構ですよ。いつも通りの仕事を見せてください」
「は、はい――じゃなくて、わかったよ」

 自分では普通にしていたつもりでも、肩に力が入っていたみたいだ。ジェイクにもいつも通りと言われていたのに、すっかり余所行きの態度になってしまっていた。

 それに気づかせてくれたのはカレンだ。
 颯太とは初対面でありながら、その人間性を見抜く辺りやはりちゃんとしていれば有能な人材なのだろう。

「……なあ、カレン」
「はい?」
「ここへ来たのはスウィーニー大臣からの命令かい?」
「そうですよ」

 自分の意思ではない、と。
 
「そうか……じゃあ――」

 続けて質問しようとした颯太の視線が捉えたもの――それは、竜舎の寝床用に積まれた藁の中から顔だけを出してこちらの様子をうかがうメアとノエルだった。
 そういえば、アンジェリカが初めてここを訪れた時も、2匹は颯太のそばを離れなかった。その時と同じように、カレンを警戒しているようだ。

「メア、ノエル、この人は――」
「わっ! 可愛い子たち!」

 カレンが颯太を押しのけてメアとノエルの前に立つ。

「私子どもと遊ぶの好きなんですよ! あなたの娘ですか!?」
「いや、この子たちは違うよ。ほら、出ておいで」

 口で説明するよりも直接見せた方が早い。普通の人間にはない角と尻尾。それを見れば、2匹が竜人族だとわかるだろう。――と、

「ドラゴンは苦手でも竜人族は大丈夫なのかね」

 イリウスの一言に、颯太はハッとなる。
 実は、とんでもなく軽率な言動だったのではないか。
 そう後悔するよりも先に、藁から出てきたメアとノエルの姿を見たカレンは、

「っ!?」

 停止。
 頭の先からつま先まで、漏れなく動きが止まっている。
 また、気絶したみたいだ。

「……マーズナー・ファームに言ったら即死しそうだな」
「言ってやるな」

 自分たちが粗相をしてしまったのではないかとソワソワしているメアとノエルの誤解を解きながら、颯太は深いため息をつくのだった。
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