おっさん、異世界でドラゴンを育てる。

鈴木竜一

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禁竜教編

第56話  王国議会

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 颯太たちがマキナの世話に四苦八苦している頃。

 ハルヴァ城ではある議会が開かれていた。

「では、議会を始めるとしよう」

 威厳溢れる声で始まりの号令を出したのは――ハルヴァ国の王であるアルフォン14世であった。
 
 白金色の髪と髭。獲物を見つけた猛禽類のようなその鋭い眼光に睨まれれば、大抵の人間がすくみ上ってしまうだろう。全身から放たれるオーラからは、多くの民のために戦い続けてきた王者の風格がうかがえる。

「今回の舞踏会の裏で起きた事件……まずはその詳細を竜騎士団から聞きたい。当時応対したのはジェイク・マヒーリス分団長だったな?」
「はっ! 説明致します!」

 発端となったのはやはり先日の舞踏会の際に現れた謎の男と竜人族。
 
 ドラゴン拉致未遂事件を起こしただけでなく、2人の兵士に重傷を負わせた彼らを国際指名手配とし、その身柄の確保に全力を注ぐため、ダステニア、ペルゼミネ、ガドウィンの3国にも通達をするべきだと国防大臣のブロドリックが呼びかけた。

 また、今回の議題では颯太がアーティーから聞き出した竜王選戦の話題にも触れた。

 その内容に、議会は騒然となった。
 だが、これまで竜王という存在さえ知らなかった議会参加者の中には、あまりにも突飛な話過ぎて受け入れられないという反応を示す者もいた。その波紋は次第に広がっていき、ついには「信憑性のある話とは思えない」という意見まで飛び出した。

「少しよろしいですかな?」

 外交大臣のロディル・スウィーニーも、竜王選戦という話を受け入れられないうちの1人だった。

「その竜王選戦という話を結竜から聞き出したのは、例のドラゴンと話しができるという青年なんですよねぇ?」
「そうじゃ」

 スウィーニーの質問に、毅然とした態度で答えるブロドリック。

「竜騎士団は随分と彼に対して信頼を寄せているようですが、なぜそこまで肩入れするのかお答え願いますか?」
「スウィーニー大臣、あなたも彼がこれまでどれだけ国の平和維持に貢献してきたかご存じのはずじゃが?」

 ソラン王国ではブランドン・ピースレイクの暴挙を止め、此度のドラゴン失踪事件では危うく命を落とすところだった2名の兵士の命を救い、拉致される寸前だったベイリーとレイエスを助け出した。

 本来なら勲章を授与されてもおかしくはない働き。
 だが、スウィーニーの見解は違っていた。

「そもそも、ブランドン・ピースレイクによるソランの内乱や今回のドラゴン失踪事件は彼がこの国と関係を持ってから始まったもの。彼が厄介事をこの国に持ち込んでいるのではないですか? いや、もしかしたら、彼自身がそれらの事件に関わっている可能性だって捨てきれないと私は考えます」
「……すべての黒幕はタカミネ・ソータだと?」

 ブロドリック――いや、竜騎士団としては、その考えは到底受け入れられるものではなかった。これまでの事件で、颯太がドラゴンの説得に成功したから助かった者たちは大勢いる。先の誘拐未遂事件で襲撃された2人の兵士の他、ソランでノエルの歌を聴き、石にされた兵士たちも、颯太によって命を救われたのだ。
 ゆえに、颯太が思っている以上に、竜騎士団内での颯太を支持する者たちの数は多くなっていた。

「お言葉ですが、スウィーニー大臣」

 ブロドリックよりも先に異を唱えたのは同席していた竜医のブリギッテだった。ブリギッテは死亡したジェイクのパートナードラゴンであるラドウィックの最後を看取り、昨夜の失踪未遂に関わったレイエスとベイリーの診断も行っていたため、この議会へ招集されていた。

「タカミネ・ソータが黒幕であったとするなら、どうしてここまでハルヴァのために尽くすのでしょうか。狙いが読めませんが」
「尽くす――と、いうのは、銀竜と歌竜をこの国へ招き入れたということですかな?」
「ええ」
「それこそ、本当に信用していいものか疑わしいものです」
「……それはどういう意味ですかな?」

 ブリギッテに代わり、今度は竜騎士団長のガブリエルが聞き返す。
 ガブリエルは颯太と直接顔を合わせたことはないが、ブロドリックをはじめ、ハドリーやジェイク、また、多くの兵士たちがその人間性を高く評価しているのを聞き、悪い人間ではないと確信していた。

「仮に、彼が竜王から授かったという竜の言霊とやらで本当にドラゴンと会話をできるとして――客観的にそれが正しいと判断できる者が竜騎士団にの中に1人でもいますか? すべては彼から発信された情報ばかり。あなた方はそれをただ鵜呑みにして行動しているだけではありませんか?」
「それは……」
「ドラゴンと会話ができる力が本当だとして、彼とドラゴンたちが結託をしている、もしくは昨日の一味とつるんでいる可能性だって捨てきれません」

 議会に参加していた者たちは、スウィーニーの有無を言わさぬ論述に1人、また1人と呑み込まれていく。そんな周囲の状況を見て、ここが山場も読んだか、スウィーニーの弁はさらに熱を帯びていく。

「まだあります。我々が独自にタカミネ・ソータという人間の身辺調査を行った結果、彼は少なくとも近隣諸国の出身ではないということがわかりました」
「それは本当か?」

 ついにはアルフォン王も食いついた。

「さまざまな教会に問い合わせましたが、どこにも出生記録はありませんでした。もしかしたら偽名ということも考えられます……そうなるとなぜ名前を偽らなければならなかったのかという疑問が残りますが」
「ふむ……」
「身元もハッキリしない人間を、能力があるからと国家存亡に関わるドラゴン育成牧場のオーナーに就任させたという点について、私は以前から疑問に感じておりました。それでも竜騎士団から支持を受けている彼ならばその不安を払拭させてくると思っていましたが……こうも事件が続くと関与を疑わざるを得なくなりますな」

 アルフォン王が加わったことで、議会はスウィーニーの独演会へと変わっていった。

 論調は相変わらず颯太をリンスウッドのオーナーにしたことへの批判であった。それもストレートには伝えず、やんわりとオブラートに包みながら、それでも竜騎士団にとって答え辛い部分をネチネチと突く。竜王選戦の話題はすっかり蚊帳の外となってしまった。

 それでも、ブロドリックは冷静に流れを読んでいた。
 スウィーニーがなぜ颯太を貶めるような発言を繰り返すのか、その真意は不明だが、今颯太を擁護できるのは自分しかいないとも考えていた。

 国防大臣であるブロドリックとしても、颯太をオーナーに就任させるかどうかの面談をする際に出生など身辺調査を行ったが、たしかに不透明な情報ばかりで通常なら門前払いのところだったが、実際に颯太と会い、話をすることで、その人間性をしかと見届け――これまでの考えをひっくり返してオーナーへ就任させた。

 根拠はない。
 だが、決定的な根拠に匹敵するほど研ぎ澄まされたブロドリックの勘がそうしろと告げていたのだ。

 高峰颯太はそれだけの価値がある人間である――ブロドリックはそう感じ取ったのだ。
 この国の未来を考えれば、彼は絶対に手放せない人材だ。
 能力的にも、人間的にも。

「では、スウィーニー大臣は……タカミネ・ソータの解任を望んでいる、と」

 ブロドリックの核心をつく言葉に、ブリギッテやジェイク、そしてガブリエルら竜騎士団側の人間は耳を疑った。まさか、スウィーニーの要望に応え、この場で颯太をオーナー職から解任するのか――だが、当然そんなマネはしない。

 ブロドリックの言葉に、スウィーニーの熱弁によって温められた議会の場は急速に冷めていった。これで、少しはまともに話しを聞いてくれそうな環境になった、とブロドリックは内心で安堵し、話を続ける。

「スウィーニー大臣……ハッキリと言っておこう。ワシはタカミネ・ソータ以上に、リンスウッドのオーナーを任せられる人間を知らない。――言い方を変えよう。彼以上の人材は国内にはいない。能力も人間性も、彼は図抜けている」
「それはあなたの主観的な意見だ。あなたが竜騎士団の団長を15年も務めた偉大な竜騎士であることは周知の事実ですし、そんな人物のお墨付きとあれば信頼性は高い。――が、他の者すべてを納得させる材料として足りるのかと問われれば、乏しいと言わざるを得ません」
「では、査察をされたらいかがかな?」
「査察?」
「そうじゃ。君が自分の配下の中から選んだ人物をリンスウッド・ファームに送り、本当にタカミネ・ソータが相応しくない人材であるか……じっくりと調べたらいい。その様子をまとめた調査書を提出していただき、その後、彼の今後について議論しよう」
「……わかりました」

 スウィーニーの指摘した懸念――颯太の身元が不明である点などは、ブロドリックとしても気にはなるところだが、やはりあの若者が黒幕だとは到底思えない。

 それに、外交問題を担当するスウィーニーとしても、竜人族2人を失うという最大級の損失だけは避けたいところだろう。

 両大臣の思惑がぶつかり合う中、リンスウッド・ファームへスウィーニーの部下が査察するという方向で話はまとまった。


 ◇◇◇


「ややこしい事態となりましたな」

 ブロドリック大臣の執務室にはガブリエルの姿があった。ガブリエルは、今回の査察の件について、スウィーニー外交大臣についてわずかながら不信感を抱いたようだった。

「しかし、最近妙に突っかかってきますな、スウィーニー大臣は。……まるで我ら竜騎士団を目の敵にしているような物言いでした」
「よさないか。ロディル・スウィーニーという男は堅物で頑固で融通が利かない年の割に古臭い考えを持った人間じゃが、けして愚かで者ではない。外交とはデリケートな問題じゃ。あの男くらい神経質な人間でないと務まらん役職とも言える。逆に言えば、スウィーニー大臣さえソータを認めれば、この国でソータを疑う者は誰もおらんくなる」
「まあ、そうでしょうな」

 敵にすれば厄介だが、味方になればこれ以上頼りになる存在はいない――スウィーニーはそれの典型的な例と言えた。

「しかし、査察をしたとしても、彼の息のかかった人間が見るわけですから、あまり意味がないのでは? タカミネ・ソータがどれだけ誠実に応対しても、言いがかりに近い難癖をつけて彼を失脚させようとするはず」
「じゃろうな」

 ガブリエルの疑問に、ブロドリックは即答した。

「まあ、査察というのはあくまでも時間稼ぎじゃ」
「時間稼ぎ?」
「そうじゃ。さっきも言ったが、ロディル・スウィーニーという人物はけして愚かではない。――じゃが、今回の議会でのヤツの言動は正直理解しがたいところも多い。きっと、何か理由があるはずじゃ。その原因を探るため、すでに諜報員を何人か仕向けている」
「! 身内の身辺調査を?」
 
 ガブリエルは慎重に言葉を選んでブロドリックにたずねた。それに対し、ブロドリックは明言こそ避けたが、首を小さく縦に振ることで意思を伝える。

「さて……これからが大変じゃぞ。ガブリエル、すぐにリンスウッドへ今回の件を伝えるための使いを送ってやってくれ」
「かしこまりました」

 ガブリエルが執務室を出ていくと、ブロドリックはようやく解放されたとばかりに大きくため息をついた。

「ワシはお主を信じておるぞ――ソータ」


 ………………
 ……………………
 …………………………


「ぶえっくしっ!!」
「あん? 風邪でも引いたか、ソータ」
「いや……誰かが噂でもしているのかな」

 ハルヴァ城でそんなやりとりがあったとは夢にも思っていない颯太は、いつも通り、イリウスの寝床の掃除に精を出していた。

 ――リンスウッド・ファームに再び嵐が舞い込もうとしている。
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