おっさん、異世界でドラゴンを育てる。

鈴木竜一

文字の大きさ
上 下
34 / 246
番外編  キャロルの子育て奮闘記

第54話  悪戦苦闘

しおりを挟む
 午後からはキャロルも合流して竜舎に新しい寝床用の藁を敷き詰める作業に取りかかる。
 間もなく、北方遠征に参加しているというリートとパーキースというドラゴンがこのリンスウッドに帰ってくるので、その準備というわけだ。

 なので、現在赤ちゃんドラゴンの面倒を見ているのはメアとノエルである。
 メアが紐と毛布で作った即席のベビーキャリアで赤ちゃんドラゴンを背負う形で牧場内を歩き回り、それにノエルがついて回っている。

 子どもが赤ちゃんの面倒を見ているという、全員ドラゴンということを忘れ、外観だけで見るならとてもほのぼのとした光景だ。

「あの子たちにとっても、可愛い妹ができたって感じですね」
「だろうな。……て、あの子、雌だったのか」
「言ってませんでしたっけ? ヘレナさんが『可愛い女の子ですよ』と教えてくれました」
「俺には教えてくれなかったな……」
「た、たぶん、私に言ったからもう必要ないと思ったんだと」

 必死にフォローしてくれるキャロル。
だが、これまで特に目立たない人生を送って来た颯太には、忘れられることなど日常茶飯事だったので精神的ダメージ自体は少なかった。颯太としては、率先して赤ちゃんの世話係に名乗り出てくれたメアとノエルの気持ちがとても嬉しく、そちらの方が大きかった。

「さて、もうひと頑張りするか」
「はい!」

 メアとノエルの頑張る姿は、これまでの疲れを癒すには十分だった。
 

 ◇◇◇


 その日の夜。

「はい、どうぞ」
「ガウガウ」

 ヘレナから教わった赤ちゃんドラゴン用の食事(人間で言う離乳食みたいな物)を与えているキャロル。その姿はまさに、

「完璧に母親だな」
「当然です! 私はこの子のママなんですから!」

 瞳を輝かせてキャロルは言い切る。
 
「たしかに、今のキャロルは母親そのものだな」
「本当に子どもができても、いいお母さんになりそうですね」

 メアとノエルも、キャロルの母親姿に太鼓判を押していた。

「そうだな。でも、あまり無理はしないようにな。俺たちもいるんだから」
「はい!」

 子育てとは協力プレーだと颯太は考える。
 母親役を買って出るキャロルの気概は買うが、それが重荷にならぬよう、全員で支え合っていかなくてはならない。

「そういえば、名前の件なんですけど」
「あ、決まった?」
「はい。マキナって名付けました」
「マキナ、か。何か意味はあるの?」
「昔読んだ絵本に登場する魔法使いの名前なんです。この子には、その魔法使いのように、仲間想いの優しいドラゴンに育って欲しくて」

 なんともキャロルらしい願いだった。

「いいじゃないか。よろしくな、マキナ」
「ギャウ♪」

 赤ちゃんドラゴン――マキナも、この名前を気に入ったようだ。
 その日の夕食は終始そんな和やかなムードで進み、食後は風呂に入って就寝といういつものパターンになったわけだが、

 
 ………………
 ……………………
 …………………………


「――で、俺をこんな真夜中に叩き起こした理由はなんだ?」

 不機嫌そうにたずねたのはイリウスだった。その視線の先にはパジャマ姿の颯太――そして、颯太にしがみつく寝ぼけ眼のメアとノエル。

「いや、実は……」

 事の発端は数十分前。
 全員がベッドで安らかな寝息を立て始めた頃、


「ギャアアアアアアアアアアウッ!!!」

「!?」

 突然の大声に、颯太はベッドから転げ落ち、その勢いのまま廊下に飛び出る。同じように
キャロル、メア、ノエルも廊下に出てきた。

「な、なんだ?」
「今の泣き声って……」
 
 真っ先に走り出したのはキャロルだった。階段を下り、向かった先は食卓の横に置いてあるマーズナー・ファーム製の手作りベビーベッド。そこにはもちろん、

「マキナ!」

 赤ちゃんドラゴンのマキナがいる。
 しかし、

「ギャアアアアアアアアアアアアアウッ!!!」

 怖い夢でも見たのだろうか、喉が裂けんばかりの声量で泣き叫んでいる。

「もしかして……夜泣き?」

 子育ての経験がない颯太でも、名前くらいは知っている。
 根本的な原因については解明されておらず、お腹が空いたとか、オムツが汚れたとか、膨大な情報量を脳が処理しているために起こるなんて説もある。その解決方法についてはいくつかあるが、それらはすべて対人間用の対策ばかり。赤ちゃんドラゴンの夜泣き対策など、颯太の住んでいた世界ではなかった。

「お、お腹が空いたんでしょうか?」
「わからないけど……とりあえず試してみよう」

 それから、マキナの夜泣き対策についてさまざまな対策を考えた。結果、一度は収まるものの、じゃあ寝るかと部屋へ戻ろうとしたらまた泣き出す――これの繰り返しだった。
 
「なので、明日の午前仕事を任されている俺と、マーズナー・ファームで実戦訓練の予定があるメアとノエルはこちらで寝ることになったんだ」
「なるほどな。しかし、お嬢1人で大丈夫なのか?」
「心配いらないとは言っていたけど……」

 颯太としても、放ってはおけないが、明日の予定を考慮すると睡眠無しというのは体力的にかなりきつい。

「お嬢……やっぱ親父さんの件があるから張り切ってんのかね」
「親父さんって、俺の前任者の?」
「ああ。卵から育てたドラゴンを一流にして竜騎士団へ送り出すのがあいつの長年の夢だったからなぁ。それにミア――ああ、お嬢のおふくろさんも同じ想いだったし……その想いを毎日聞かされて育ってきたお嬢には、あのマキナって赤ん坊が両親の夢そのものに映ってんのかもな」
「…………」

 ハドリーが牧場の身売りを提案した時、キャロルは強く反発した。
 両親の夢だったこの牧場を守るために。

「俺は……あの子に何をしてやれるんだろう」
「さあて、ね。人間関係のことをたずねられても答えられねぇよ」
「それもそうか……」
「ただ、まあ――お嬢のそばにいてやってくれ。頼れる者が近くにいる……それだけでもお嬢の心持としてはだいぶ違うはずだ」
「イリウス……」
「俺はお嬢の命を狙う輩から救い出すことはできる。だが、お嬢の心を救えるのはおまえだしかいないんだ。頼むぜ、ソータ」
「ああ! 任せろ!」
「いい返事だ。――さあて、お嬢ちゃんたち。そんなとこで寝ていると風邪引くから藁にくるまって寝ろよ」
「「ふあい……」」
 
 いつの間にか颯太の足元で丸まっていたメアとノエルを口先で器用にひょいっとすくい上げて藁のベッドへ落としていくイリウス。人のことを散々父親っぽいと言っておきながら、そうやってメアやノエルを寝床へ運んでいく姿は父親そのものと言えた。

「何見てんだよ」
「いや、別に」
「……ほれ、おまえもさっさと寝ろ。朝起きられなくてマーズナー・ファームへの到着が遅れたら、あのクルクルヘアーの姉ちゃんに何を言われるかわかったもんじゃねぇぞ」
「それもそうだな。おやすみ、イリウス」
「おう」

 こうして、颯太は竜舎で一夜を明かした。
しおりを挟む
感想 291

あなたにおすすめの小説

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた

佐藤醤油
ファンタジー
 貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。  僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。  魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。  言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。  この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。  小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。 ------------------------------------------------------------------  お知らせ   「転生者はめぐりあう」 始めました。 ------------------------------------------------------------------ 注意  作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。  感想は受け付けていません。  誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。

『自重』を忘れた者は色々な異世界で無双するそうです。

もみクロ
ファンタジー
主人公はチートです!イケメンです! そんなイケメンの主人公が竜神王になって7帝竜と呼ばれる竜達や、 精霊に妖精と楽しくしたり、テンプレ入れたりと色々です! 更新は不定期(笑)です!戦闘シーンは苦手ですが頑張ります! 主人公の種族が変わったもしります。 他の方の作品をパクったり真似したり等はしていないので そういう事に関する批判は感想に書かないで下さい。 面白さや文章の良さに等について気になる方は 第3幕『世界軍事教育高等学校』から読んでください。

あなた方はよく「平民のくせに」とおっしゃいますが…誰がいつ平民だと言ったのですか?

水姫
ファンタジー
頭の足りない王子とその婚約者はよく「これだから平民は…」「平民のくせに…」とおっしゃられるのですが… 私が平民だとどこで知ったのですか?

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

無名の三流テイマーは王都のはずれでのんびり暮らす~でも、国家の要職に就く弟子たちがなぜか頼ってきます~

鈴木竜一
ファンタジー
※本作の書籍化が決定いたしました!  詳細は近況ボードに載せていきます! 「もうおまえたちに教えることは何もない――いや、マジで!」 特にこれといった功績を挙げず、ダラダラと冒険者生活を続けてきた無名冒険者兼テイマーのバーツ。今日も危険とは無縁の安全な採集クエストをこなして飯代を稼げたことを喜ぶ彼の前に、自分を「師匠」と呼ぶ若い女性・ノエリ―が現れる。弟子をとった記憶のないバーツだったが、十年ほど前に当時惚れていた女性にいいところを見せようと、彼女が運営する施設の子どもたちにテイマーとしての心得を説いたことを思い出す。ノエリ―はその時にいた子どものひとりだったのだ。彼女曰く、師匠であるバーツの教えを守って修行を続けた結果、あの時の弟子たちはみんな国にとって欠かせない重要な役職に就いて繁栄に貢献しているという。すべては師匠であるバーツのおかげだと信じるノエリ―は、彼に王都へと移り住んでもらい、その教えを広めてほしいとお願いに来たのだ。 しかし、自身をただのしがない無名の三流冒険者だと思っているバーツは、そんな指導力はないと語る――が、そう思っているのは本人のみで、実はバーツはテイマーとしてだけでなく、【育成者】としてもとんでもない資質を持っていた。 バーツはノエリ―に押し切られる形で王都へと出向くことになるのだが、そこで立派に成長した弟子たちと再会。さらに、かつてテイムしていたが、諸事情で契約を解除した魔獣たちも、いつかバーツに再会することを夢見て自主的に鍛錬を続けており、気がつけばSランクを越える神獣へと進化していて―― こうして、無名のテイマー・バーツは慕ってくれる可愛い弟子や懐いている神獣たちとともにさまざまな国家絡みのトラブルを解決していき、気づけば国家の重要ポストの候補にまで名を連ねるが、当人は「勘弁してくれ」と困惑気味。そんなバーツは今日も王都のはずれにある運河のほとりに建てられた小屋を拠点に畑をしたり釣りをしたり、今日ものんびり暮らしつつ、弟子たちからの依頼をこなすのだった。

婚約破棄の後始末 ~息子よ、貴様何をしてくれってんだ! 

タヌキ汁
ファンタジー
 国一番の権勢を誇る公爵家の令嬢と政略結婚が決められていた王子。だが政略結婚を嫌がり、自分の好き相手と結婚する為に取り巻き達と共に、公爵令嬢に冤罪をかけ婚約破棄をしてしまう、それが国を揺るがすことになるとも思わずに。  これは馬鹿なことをやらかした息子を持つ父親達の嘆きの物語である。

なんでも奪っていく妹とテセウスの船

七辻ゆゆ
ファンタジー
レミアお姉さまがいなくなった。 全部私が奪ったから。お姉さまのものはぜんぶ、ぜんぶ、もう私のもの。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。