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外伝長編(最終) 未来へ……
前編 颯太とブリギッテ
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「そうか。エイミーって子の誤解は晴れたんだな。よかったよ」
リンスウッド・ファーム。
のどかな空気漂うその牧場に隣接する家屋。そこで、オーナーである颯太は午後の休憩のひと時を利用してキャロルから送られてきた手紙に目を通していた。
「でも、せっかくその誤解を腫らす手伝いをしにアークス学園に行ったのなら、キャロルに会ってくればよかったのに」
颯太の対面に座ってそう言ったのは竜医のブリギッテ・サウアーズだった。
キャロルがアークス学園へ入り、颯太はひとりで生活することになった。
サラリーマン時代から一人暮らしだったため、別にこれといって気になることはない。最近では、たまに牧場の様子を見に来てくれるマーズナーのメイドさんたちに頼んで、こちらの世界の料理にもいろいろとチャレンジしているほどだ。
しかし、それでも男の一人暮らしでは何かと不便があるだろうと、頻繁に顔を出しているのがブリギッテだった。
最初はたまに顔を覗きにくる程度であったが、だんだんと頻度が増し、最近ではブリギッテの私物が増えていた。先日はジェイクと王国竜騎士団のドラゴンたちが行う定期健診の日程打ち合わせをここで行っていたくらいだ。
そんなわけで、本人たちは知らないが、今やハルヴァ王国内での一番ホットな話題はいつタカミネ・ソータとブリギッテ・サウアーズが結婚するかであった。
そんなふたりの様子を、家の窓からのぞき見るドラゴンたちがいた。
「あれではもう熟年夫婦だな」
「多くを語らず分かり合える仲という感じですね」
「凄い」
「だーから俺の言った通りだったろ?」
メア、ノエル、トリストンの竜人族トリオに、赤い鱗が特徴的なベテラン陸戦型ドラゴンのイリウスであった。
「竜医と牧場オーナー……役職的にもピッタリだ。ハドリーたちなんか演習の空き時間に生まれてくる子どもの名前を決めようとか提案していたぞ」
「いくらなんでも早すぎ……」
トリストンのツッコミ通り、ハドリーはいくらなんでも早すぎると周りの騎士たちからたしなめられていた。
「子どもはともかく、あのふたりは互いを悪く思っちゃいない」
「むしろ好ましいと見ているのではないか?」
「鋭いじゃねぇかよ、メアンガルド。その通りだ。後はほんとちょっとのきっかけだけだと思うんだが――お?」
家の中の様子に目を奪われていたイリウスだが、その時、家に近づく者の影を発見した。それはイリウスや颯太たちがよく知る人物である。
「おーい、ソータ」
スキンヘッドの偉丈夫――ハドリー・リンスウッドだ。
「噂をすればなんとやら、だな」
「まさか、自分の考えた子どもの名前を披露しに来たんじゃ……」
「ノエルバッツ……いくらハドリーでもそこまでは――しねぇはずだが」
自分のパートナーであり、戦場では頼りになる相棒のハドリーだが、ことこういった男女絡みの件については嫌な予感がつきまとう。かつて、ハドリーとその妻の馴れ初めを知っているイリウスにはそれがよく分かるのだ。
「ハドリーさん? 何かありましたか?」
「何、事件ってわけじゃないんだ。ちょっと相談したいことがあってな――て、なんだ、ブリギッテもいたのか。本当に最近はよくここに出入りしているな」
「キャロルちゃんからソータのお守を頼まれているので」
どう考えてもお守だけで来る頻度ではないが、ハドリーはあえてツッコミを入れず、本題をさっさと切りだした。
「実は、今朝の王国議会で王都を中心にドラゴンたちを主役にした祭りを開こうという話になったんだ」
「ドラゴンたちが主役の祭り?」
自分たちの名前を出され、窓の外にいるドラゴン組への注目も一気に高まる。
「魔物の脅威から解放された平和な世をもたらした――それにもっとも貢献したのはやっぱり竜人族や竜騎士団に属するドラゴンたちだ。人間たちは好き勝手に騒いでおきながら、ドラゴンたちに何もないのはっていうのがずっと国王陛下の頭にあったらしい」
「なるほど……でも、それとソータとなんの関係が?」
「ハルヴァでもっとも貢献したのはドラゴンたちとソータだ。そこで、ソータの世界にある祭りを参考にしたいという案が出てな」
「俺の世界の祭り?」
それはつまり現代日本の祭りということになる。
「そう言われても……」
パッと思いついたのだけでもねぶたや祇園や七夕――それをこちらの世界でやるのはかなり難しい。
そう考えていると、ふと思い浮かんだ光景が。
「あっ――近所の縁日」
颯太の実家がある町では毎年七月の第二土曜と第三土曜の夜から、商店街の通りか近くの神社まで屋台などが並ぶ縁日がある。颯太も小さな頃からそれを毎年の楽しみとしていた。
偶然にも、そろそろその縁日が行われる時期だ。
「あれくらいの規模ならできるかな?」
「何か策があるのか?」
「ええ、まあ――明日、シャルルペトラと一緒に一度元の世界へ戻るので、その時に詳しく調べてきます」
「そうか。だったら――」
「私も行くわ」
思わぬ発言に、颯太とハドリーは一斉に視線を言いだした張本人であるブリギッテへと向けた。
「い、行くって……あちらの世界へ?」
「ええ。ずっと前から興味があったのよ。いいでしょ?」
「まあ……ふたりくらいなら問題ないってシャルルは言っていたけど」
「なら問題ないわね」
「そうだな。ハルヴァ出身者としてその祭りがどんなものかもチェックできるし、ブリギッテに任せよう」
話はまとまった。
ブリギッテが、こちら側の世界の人間としては初めて、颯太の生まれ育った現代日本へ向かうことが決定する。
「ハドリーめ……最初からこれが狙いだったな?」
決定を受けて大騒ぎを起こしている竜人族トリオを尻目に、ハドリーはパートナーの隙のなさに感嘆の声をあげるのだった。
リンスウッド・ファーム。
のどかな空気漂うその牧場に隣接する家屋。そこで、オーナーである颯太は午後の休憩のひと時を利用してキャロルから送られてきた手紙に目を通していた。
「でも、せっかくその誤解を腫らす手伝いをしにアークス学園に行ったのなら、キャロルに会ってくればよかったのに」
颯太の対面に座ってそう言ったのは竜医のブリギッテ・サウアーズだった。
キャロルがアークス学園へ入り、颯太はひとりで生活することになった。
サラリーマン時代から一人暮らしだったため、別にこれといって気になることはない。最近では、たまに牧場の様子を見に来てくれるマーズナーのメイドさんたちに頼んで、こちらの世界の料理にもいろいろとチャレンジしているほどだ。
しかし、それでも男の一人暮らしでは何かと不便があるだろうと、頻繁に顔を出しているのがブリギッテだった。
最初はたまに顔を覗きにくる程度であったが、だんだんと頻度が増し、最近ではブリギッテの私物が増えていた。先日はジェイクと王国竜騎士団のドラゴンたちが行う定期健診の日程打ち合わせをここで行っていたくらいだ。
そんなわけで、本人たちは知らないが、今やハルヴァ王国内での一番ホットな話題はいつタカミネ・ソータとブリギッテ・サウアーズが結婚するかであった。
そんなふたりの様子を、家の窓からのぞき見るドラゴンたちがいた。
「あれではもう熟年夫婦だな」
「多くを語らず分かり合える仲という感じですね」
「凄い」
「だーから俺の言った通りだったろ?」
メア、ノエル、トリストンの竜人族トリオに、赤い鱗が特徴的なベテラン陸戦型ドラゴンのイリウスであった。
「竜医と牧場オーナー……役職的にもピッタリだ。ハドリーたちなんか演習の空き時間に生まれてくる子どもの名前を決めようとか提案していたぞ」
「いくらなんでも早すぎ……」
トリストンのツッコミ通り、ハドリーはいくらなんでも早すぎると周りの騎士たちからたしなめられていた。
「子どもはともかく、あのふたりは互いを悪く思っちゃいない」
「むしろ好ましいと見ているのではないか?」
「鋭いじゃねぇかよ、メアンガルド。その通りだ。後はほんとちょっとのきっかけだけだと思うんだが――お?」
家の中の様子に目を奪われていたイリウスだが、その時、家に近づく者の影を発見した。それはイリウスや颯太たちがよく知る人物である。
「おーい、ソータ」
スキンヘッドの偉丈夫――ハドリー・リンスウッドだ。
「噂をすればなんとやら、だな」
「まさか、自分の考えた子どもの名前を披露しに来たんじゃ……」
「ノエルバッツ……いくらハドリーでもそこまでは――しねぇはずだが」
自分のパートナーであり、戦場では頼りになる相棒のハドリーだが、ことこういった男女絡みの件については嫌な予感がつきまとう。かつて、ハドリーとその妻の馴れ初めを知っているイリウスにはそれがよく分かるのだ。
「ハドリーさん? 何かありましたか?」
「何、事件ってわけじゃないんだ。ちょっと相談したいことがあってな――て、なんだ、ブリギッテもいたのか。本当に最近はよくここに出入りしているな」
「キャロルちゃんからソータのお守を頼まれているので」
どう考えてもお守だけで来る頻度ではないが、ハドリーはあえてツッコミを入れず、本題をさっさと切りだした。
「実は、今朝の王国議会で王都を中心にドラゴンたちを主役にした祭りを開こうという話になったんだ」
「ドラゴンたちが主役の祭り?」
自分たちの名前を出され、窓の外にいるドラゴン組への注目も一気に高まる。
「魔物の脅威から解放された平和な世をもたらした――それにもっとも貢献したのはやっぱり竜人族や竜騎士団に属するドラゴンたちだ。人間たちは好き勝手に騒いでおきながら、ドラゴンたちに何もないのはっていうのがずっと国王陛下の頭にあったらしい」
「なるほど……でも、それとソータとなんの関係が?」
「ハルヴァでもっとも貢献したのはドラゴンたちとソータだ。そこで、ソータの世界にある祭りを参考にしたいという案が出てな」
「俺の世界の祭り?」
それはつまり現代日本の祭りということになる。
「そう言われても……」
パッと思いついたのだけでもねぶたや祇園や七夕――それをこちらの世界でやるのはかなり難しい。
そう考えていると、ふと思い浮かんだ光景が。
「あっ――近所の縁日」
颯太の実家がある町では毎年七月の第二土曜と第三土曜の夜から、商店街の通りか近くの神社まで屋台などが並ぶ縁日がある。颯太も小さな頃からそれを毎年の楽しみとしていた。
偶然にも、そろそろその縁日が行われる時期だ。
「あれくらいの規模ならできるかな?」
「何か策があるのか?」
「ええ、まあ――明日、シャルルペトラと一緒に一度元の世界へ戻るので、その時に詳しく調べてきます」
「そうか。だったら――」
「私も行くわ」
思わぬ発言に、颯太とハドリーは一斉に視線を言いだした張本人であるブリギッテへと向けた。
「い、行くって……あちらの世界へ?」
「ええ。ずっと前から興味があったのよ。いいでしょ?」
「まあ……ふたりくらいなら問題ないってシャルルは言っていたけど」
「なら問題ないわね」
「そうだな。ハルヴァ出身者としてその祭りがどんなものかもチェックできるし、ブリギッテに任せよう」
話はまとまった。
ブリギッテが、こちら側の世界の人間としては初めて、颯太の生まれ育った現代日本へ向かうことが決定する。
「ハドリーめ……最初からこれが狙いだったな?」
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