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外伝長編 ドラゴン泥棒編
第2話 過去の罪
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一夜明け、学園竜舎からドラゴンの卵が紛失している事実が発覚すると、途端に大騒ぎとなった。
生徒たちは午前の途中で授業が強制的に打ち切られ、寮での待機が命じられた。また、寮を利用していない生徒も、事実確認が済むまで学園内に留まることとなった。
「大変なことになってきましたね、キャロルさん」
「…………」
「? キャロルさん?」
「っ! あ、ご、ごめん。聞いてなかった」
「どうかしたんですか?」
いつも明るいキャロルが初めて見せる深刻な表情に、クラリスは引っかかりを覚えた。
「もしかして……ドラゴンの卵紛失事件について何か知っているのですか?」
「うっ……」
嘘をついたり人を騙したりするという行為が苦手のキャロル。ゆえに、態度や表情に表れやすく、クラリスにあっさりと見抜かれてしまった。
「じ、実は……」
キャロルは昨夜見た光景をクラリスへと話した。
「エイミーさんが……」
「あ、で、でも、もしかしたら何か事情があったのかも! それに、私が見間違えたってこともあるかもしれないし!」
「…………」
必死になるキャロルだが、クラリスの反応は薄い。その理由を、クラリス自身がゆっくりと語り始めた。
「これは噂なので確かな情報とは言えませんが……エイミーさんが長らく謹慎処分となっていた理由は、ドラゴンの卵を盗んだという疑惑があったからそうです」
「えっ!」
以前も起きていたドラゴンの卵紛失事件。
エイミーはその犯人として挙げられていたらしい。
「で、でも、疑惑だけだったんだよね?」
「あくまでも噂なのでなんとも言えないですが……」
だが、エイミーが三ヶ月もの間、謹慎処分を受けていたというのは事実だ。限りなく黒に近いという周囲の見立ては変わらないだろう。
しかし、キャロルにはどうしても信じられなかった。
まともに話をしたことさえなく、それどころか、昨日初めて顔を合わせたくらいなのに、なぜだかエイミーを疑うことができない。
「……私、ちょっと行ってくるね」
「え? ど、どちらへ?」
「職員室!」
居ても立ってもいられなくなったキャロルは真実を確認するため駆け出した。
◇◇◇
中央校舎一階にあるアークス学園職員室。
そこを訪れたキャロルは、ある教員に接触を試みた。その教員とは、
「オーバ先生はいますか?」
生態学科のオーバ・フォルディスである。竜医である彼は基本的にドラゴンの生態や病気に関する授業を担当しているが、キャロルたち育成科の実習に参加することもあった。それに、ペルゼミネでの感染症騒ぎの時に颯太やブリギッテとも面識があるため、キャロルともよく話をしていた。
彼ならばエイミーについて何か教えてくれるかもしれない。
一縷の望みを託して、キャロルはオーバに昨夜の件を相談した。また、キャロルは一対一での相談をしたいと申し出た。そのため、面談室を借りて行う運びとなる。
「ふむ……」
キャロルから昨夜のエイミーの不審な動きについて報告を受けたオーバは、難しい顔つきで考え込む。それからゆっくりと口を開き、語り始めた。
「エイミー・フラデールには、確かにドラゴン盗難の容疑がかけられていた。君も重々承知していると思うが、ドラゴンは国家にとって重要な戦力となる。そのドラゴンの卵を盗み出したとなったら、一発で退学処分が下るだろう。それどころか、しばらくの間は刑務所の中で過ごすことになる」
だが、エイミーに下された処分は三ヶ月の謹慎処分。つまり、
「盗んではいないんですね?」
「そう判断した。……しかし、なんらかの形で彼女がかかわっているというのも確かだ」
そこまで話すと、オーバは大きく息を吐いた。
「私としても、謹慎が解けたその日に前回かけられた容疑とまったく同じことをするほどエイミー・フラデールが愚かではないと考えている。それでも彼女が今回もかかわっているとするなら、それは余程の事情が背景にあるのではないか……」
「余程の事情、ですか」
キャロルはオーバから得た情報を頭の中で反芻する。
その時、ふと気になったことを口にした。
「でも、意外でした」
「何がだ?」
「こういった事情って、求めても突っぱねられるものだと思っていましたから」
「まあ……普通はそうだな」
オーバは苦笑いをしながら答える。
それに対し、キャロルが「じゃあどうしてですか?」と追撃すると、また苦笑いを浮かべて答えた。
「魔竜討伐以降、私は仕事で何度もハルヴァを訪れている。その時、タカミネ・ソータやブリギッテ・サウアーズにもよく会った。彼らは君の頑張りをよく褒めていたよ」
「ソータさんとブリギッテさんが?」
「ソランの内乱、連続ドラゴン失踪事件、レイノアの領土不正譲渡問題、そして廃界での竜王選戦と魔竜討伐――これらを間近で見てきた君は、他の同年代の生徒たちに比べれば遥かに実戦経験豊富と言える。……だから、きっと他の者には見えない《何か》をエイミー・フラデールに感じたのだろう」
理論を組み立てたわけではなく、経験則での話だが、それでも、その経験が濃密で充実したものであるなら、信憑性は高いとオーバは判断したようだ。
「竜医としてはあまりそういった不確かなモノに判断を委ねるという行為はご法度なのだがね……君の場合は、そんなご法度を無視してでも託したくなる。そういったところはタカミネ・ソータや君のお父さんによく似ている」
「あ、ありがとうございます」
どう反応していいか困った挙句、とりあえずお礼を述べるキャロル。
「エイミー・フラデールの件は了解した。こちらでも調べてみよう。……実を言うと、少しばかり心当たりがあるんだ」
「心当たり、ですか?」
「ああ。君がもたらしてくれた情報をもとに、ちょっと鎌をかけてみようと思う。何かわかったら、また連絡をしよう。――だが、君は無茶な行動を起こさないようにしてくれ」
「し、しませんよ」
「どうかな? あのタカミネ・ソータもよく無茶をした男だ。そんな彼を間近で見続けてきた君には、ソータイズムが染みついているかもしれんからな」
「大丈夫ですよ!」
抗議するように言って、キャロルとオーバの面談は終わった。
ドラゴンの卵紛失事件は盗難事件として調査されることになったが、そのバックに潜む闇はキャロルの想像を越えるものになりそうだ。
生徒たちは午前の途中で授業が強制的に打ち切られ、寮での待機が命じられた。また、寮を利用していない生徒も、事実確認が済むまで学園内に留まることとなった。
「大変なことになってきましたね、キャロルさん」
「…………」
「? キャロルさん?」
「っ! あ、ご、ごめん。聞いてなかった」
「どうかしたんですか?」
いつも明るいキャロルが初めて見せる深刻な表情に、クラリスは引っかかりを覚えた。
「もしかして……ドラゴンの卵紛失事件について何か知っているのですか?」
「うっ……」
嘘をついたり人を騙したりするという行為が苦手のキャロル。ゆえに、態度や表情に表れやすく、クラリスにあっさりと見抜かれてしまった。
「じ、実は……」
キャロルは昨夜見た光景をクラリスへと話した。
「エイミーさんが……」
「あ、で、でも、もしかしたら何か事情があったのかも! それに、私が見間違えたってこともあるかもしれないし!」
「…………」
必死になるキャロルだが、クラリスの反応は薄い。その理由を、クラリス自身がゆっくりと語り始めた。
「これは噂なので確かな情報とは言えませんが……エイミーさんが長らく謹慎処分となっていた理由は、ドラゴンの卵を盗んだという疑惑があったからそうです」
「えっ!」
以前も起きていたドラゴンの卵紛失事件。
エイミーはその犯人として挙げられていたらしい。
「で、でも、疑惑だけだったんだよね?」
「あくまでも噂なのでなんとも言えないですが……」
だが、エイミーが三ヶ月もの間、謹慎処分を受けていたというのは事実だ。限りなく黒に近いという周囲の見立ては変わらないだろう。
しかし、キャロルにはどうしても信じられなかった。
まともに話をしたことさえなく、それどころか、昨日初めて顔を合わせたくらいなのに、なぜだかエイミーを疑うことができない。
「……私、ちょっと行ってくるね」
「え? ど、どちらへ?」
「職員室!」
居ても立ってもいられなくなったキャロルは真実を確認するため駆け出した。
◇◇◇
中央校舎一階にあるアークス学園職員室。
そこを訪れたキャロルは、ある教員に接触を試みた。その教員とは、
「オーバ先生はいますか?」
生態学科のオーバ・フォルディスである。竜医である彼は基本的にドラゴンの生態や病気に関する授業を担当しているが、キャロルたち育成科の実習に参加することもあった。それに、ペルゼミネでの感染症騒ぎの時に颯太やブリギッテとも面識があるため、キャロルともよく話をしていた。
彼ならばエイミーについて何か教えてくれるかもしれない。
一縷の望みを託して、キャロルはオーバに昨夜の件を相談した。また、キャロルは一対一での相談をしたいと申し出た。そのため、面談室を借りて行う運びとなる。
「ふむ……」
キャロルから昨夜のエイミーの不審な動きについて報告を受けたオーバは、難しい顔つきで考え込む。それからゆっくりと口を開き、語り始めた。
「エイミー・フラデールには、確かにドラゴン盗難の容疑がかけられていた。君も重々承知していると思うが、ドラゴンは国家にとって重要な戦力となる。そのドラゴンの卵を盗み出したとなったら、一発で退学処分が下るだろう。それどころか、しばらくの間は刑務所の中で過ごすことになる」
だが、エイミーに下された処分は三ヶ月の謹慎処分。つまり、
「盗んではいないんですね?」
「そう判断した。……しかし、なんらかの形で彼女がかかわっているというのも確かだ」
そこまで話すと、オーバは大きく息を吐いた。
「私としても、謹慎が解けたその日に前回かけられた容疑とまったく同じことをするほどエイミー・フラデールが愚かではないと考えている。それでも彼女が今回もかかわっているとするなら、それは余程の事情が背景にあるのではないか……」
「余程の事情、ですか」
キャロルはオーバから得た情報を頭の中で反芻する。
その時、ふと気になったことを口にした。
「でも、意外でした」
「何がだ?」
「こういった事情って、求めても突っぱねられるものだと思っていましたから」
「まあ……普通はそうだな」
オーバは苦笑いをしながら答える。
それに対し、キャロルが「じゃあどうしてですか?」と追撃すると、また苦笑いを浮かべて答えた。
「魔竜討伐以降、私は仕事で何度もハルヴァを訪れている。その時、タカミネ・ソータやブリギッテ・サウアーズにもよく会った。彼らは君の頑張りをよく褒めていたよ」
「ソータさんとブリギッテさんが?」
「ソランの内乱、連続ドラゴン失踪事件、レイノアの領土不正譲渡問題、そして廃界での竜王選戦と魔竜討伐――これらを間近で見てきた君は、他の同年代の生徒たちに比べれば遥かに実戦経験豊富と言える。……だから、きっと他の者には見えない《何か》をエイミー・フラデールに感じたのだろう」
理論を組み立てたわけではなく、経験則での話だが、それでも、その経験が濃密で充実したものであるなら、信憑性は高いとオーバは判断したようだ。
「竜医としてはあまりそういった不確かなモノに判断を委ねるという行為はご法度なのだがね……君の場合は、そんなご法度を無視してでも託したくなる。そういったところはタカミネ・ソータや君のお父さんによく似ている」
「あ、ありがとうございます」
どう反応していいか困った挙句、とりあえずお礼を述べるキャロル。
「エイミー・フラデールの件は了解した。こちらでも調べてみよう。……実を言うと、少しばかり心当たりがあるんだ」
「心当たり、ですか?」
「ああ。君がもたらしてくれた情報をもとに、ちょっと鎌をかけてみようと思う。何かわかったら、また連絡をしよう。――だが、君は無茶な行動を起こさないようにしてくれ」
「し、しませんよ」
「どうかな? あのタカミネ・ソータもよく無茶をした男だ。そんな彼を間近で見続けてきた君には、ソータイズムが染みついているかもしれんからな」
「大丈夫ですよ!」
抗議するように言って、キャロルとオーバの面談は終わった。
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