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しおりを挟むどこにでもいる普通のおっさん、高峰颯太の最大の失敗は、就職時の会社選びだったかもしれない。
もともと口下手で、人付き合いが得意ではなかった颯太の就職活動は最初から難航を極めたものだった。
秀でた成績を修めたわけでもなく、海外留学の経験や資格があるわけでもない。
そんな平凡――よりちょっと劣ると言っていいステータスしかない颯太を雇ってくれる企業は、なかなか見つからなかった。
特に苦戦したのが面接だ。大学時代まで友だちができず、ずっと一人で過ごしてきた。そのせいで、会話が勝負の鍵を握る面接でまともに言葉が出ず、面接官の質問にアワアワしてばかりだった。
面接官たちの厳しい視線を思い出すたびに、颯太は胸が締めつけられて呼吸が苦しくなるようになり、その結果として完全にコミュ障となってしまったのだ。
颯太の就活はその後も連戦連敗だったのだが、四年の秋にとうとう奇跡が起きる。地元中小企業から内定をもらえたのだ。
営業職という、コミュ障の颯太にはかなりハードルの高い部署だったが、何より内定をもらえたことが嬉しかった。
両親も喜んでくれた。
これで安心して死ねるよ、なんて冗談が飛び出すくらいに。
しかし迎えた社会人一年目、颯太は社会の厳しさを知る。
面接の際に親切に応対してくれた営業部長は、まるで人格が入れ替わったかのように陰湿で高圧的な態度を取るようになり、先輩社員たちからも雑用を押しつけられるばかりで、営業の仕事に関することはほとんど教えてもらえなかった。
颯太はそのような環境に適応できずにいたが、同期で入った連中は、上司や先輩にうまく取り入って仕事をこなしていた。
わかっている。
悪いのは愚図で無能でコミュ力のない自分だ。
そう何度も言い聞かせた。
やるせない気持ちをなくすことはできなかったが、グッと歯を噛みしめて、ずっと耐えてきた。
そして――気がついたら十年以上の時が経ち、颯太は三十四歳となっていた。
なんとか耐え続けていたが、ある日突然倒れ、救急車で運ばれてしまう。医者によれば、強いストレスと過労とのことだった。
そしてついに、病院から帰る途中で今の仕事を辞めようと決意した。
「……転職しよう」
その翌日。
退職届を懐に忍ばせて通勤していた時、駅のホームで猛烈な目眩が颯太を襲う。
「あ、ヤバい」と思った時には、もう意識が遠くなっていたのだった。
◆ ◆ ◆
「ここは……」
気がつくと、颯太は燦々と降りそそぐ陽射しの下で突っ立っていた。
驚きのあまり、しばらく呆然としてしまったが、とりあえず周囲の様子を探ってみる。
どうやら、深い森の中にいるようだ。
足元に広がっていたはずのアスファルトは消え去り、ろくに整備されていない土の道がどこまでも続いている。無機質なコンクリートのビル群は見たこともないサイズの巨大な木へと姿を変え、若干の冷気を孕んだ風が梢を揺らしていた。
現在地を知りたくて携帯電話を取り出すが、圏外になっていて使い物にならない。
仕方なく、颯太は穏やかな森の中を当てもなく進んでいく。
都会ではお目にかかれない、飾らない自然の姿が颯太の視界いっぱいに広がっていた。ただ立っているだけで心が洗われ、安らぐ。
「それにしたって……」
どこまでも変わらない、木々に囲まれた風景。
たしかに爽やかで清々しい気分になるが、さすがにこうも変化がないとその感動も徐々に薄れていく。どんなに美味しい料理でも、同じ物を食べ続けていれば飽きてしまうのと同じだ。
ひたすら森を歩き続ける颯太だったが、やがて疲れ果てて近くにあった大きめの岩へ腰を下ろす。
「……暑い……疲れた」
どうにか今日中に家へ帰りたいと願っていたが、休息は必要だ。
出勤途中であったため、革靴にスーツという格好も疲労増加の原因となっていた。
上着を脱いでネクタイを外し、しばらく休憩する。それから汗でじっとりするカッターシャツ姿で、颯太は再び移動を開始した。
しかし、一向に森を抜け出せないまま日が暮れてしまう。
夜になると野生動物と遭遇する可能性がある。そういった危険を避けるため、颯太は岩陰で睡眠をとることにした。
通勤用バッグに常備してあるショートブレッドタイプの携帯栄養食を割って少しだけ食べ、なんとか飢えをしのぐ。歩いている途中、食べられそうなキノコや木の実も見つけたが、知識のない中でむやみやたらに自然の物を口にするのは躊躇われた。
細心の注意を払い、颯太はなんとか眠りに就いた。
◆ ◆ ◆
「はあ、はあ、はあ……」
日常とはかけ離れた極限の生活が続き、迎えた四日目。
積み重なった疲労により、颯太の体はもう限界間近だった。
そんな時、颯太の耳に何かの声が飛び込んでくる。
「……なんだ?」
人間のものではなく、動物の鳴き声みたいな。
「あっちの方から聞こえたな……」
導かれるように、颯太は声のした方向へ歩きだす。
十中八九、野生動物の鳴き声なのだが、今の颯太の脳内では「もしかしたら誰かが連れてきたペットかも」という思考が働いていた。極度の疲労と緊張感から、冷静な判断力を失っていたのだ。
しばらく歩き続けるが、声の正体はなかなか掴めない。
「少し休憩しよう……」
大きく息を吐き、手近な岩へと腰を下ろす。
そして、何気なく顔を上げた瞬間――
「うん?」
颯太は首を捻る。
颯太の目の前には岩壁がある。岩肌に苔でも付着しているのか、薄い緑色をしていた。
それが今、ちょっと動いたような気がしたのだ。
岩壁の全体像を見るため、颯太はその場から少し後退して顔を上げる。
「っ!」
次の瞬間、信じられない光景を目の当たりにして、絶句した。
颯太が見ていたのは岩壁などではなかった。
マンガやアニメでしかお目にかかれない、巨大なドラゴンの体だったのだ。あまりに大きすぎて、彼は岩壁と見間違ってしまったのである。
ドラゴンは眠っているのか、目を閉じてジッとしている。
その全長は二十メートルほど。薄緑色の体に大きな翼、そして歪に曲がる灰色の角を持ったドラゴンだ。
「なん、で」
ファンタジーの世界にしか登場しないはずの架空の生物。それが当然のように存在している。おかしいと感じている自分の方が変なんじゃないかと錯覚するほど、堂々たる佇まいだ。
「さっき聞こえたのは、このドラゴンの声だったのか……?」
そう独り言をつぶやいたあと、ふと颯太は思い出す。
以前、気分転換のために会社帰りに書店で購入したマンガのことだ。主人公の高校生が異世界へ飛ばされ、なんか凄い能力で無双状態になるという内容。
能力うんぬんはさておいて、異世界へ飛ばされたという部分なら、今の自分の状況に当てはまるのではないか。
朝の通勤ラッシュでごった返す駅の構内で意識を失い、目が覚めたら知らない森の中にいた。導入部分としての条件は整っているかもしれない。
何より、目の前にいるこのドラゴンの存在。
地球にドラゴンが実在しているとは考えにくい。だとすれば、やはりここは……
「異世界か……」
ポツリとつぶやく。
そんなまさかと首を振っても、目の前の巨大生物がそのまさかを真実に書き換えてしまう。
颯太がまじまじと眺めていた時、突如ドラゴンの瞼が開き、颯太と目が合った。すると、ドラゴンがゆっくりと口を開く。
「……人間か」
「しゃ、喋った!」
「八千年も生きているのだ。人の言葉くらい理解できるし、扱えるようになるさ」
「は、はあ……」
ドラゴンと会話しているという実感が湧かないまま、話はどんどん進んでいく。
「この森に人間が入り込むとは珍しいな。異国の者か?」
「えぇっと……迷い込んだというか、なんというか……」
「ハッキリせんな」
ドラゴンがズイッと緑の鱗に覆われた顔を颯太に近づける。恐ろしく鋭い眼光に射抜かれ、思わず縮こまってしまった。いつ、あの太くて固そうな牙で食いちぎられるのか。もしくは、あの爪で八つ裂きにされるのか。とにかく気が気でなかった。
「あ、あの、俺……何か粗相を?」
「別に何も」
「そ、そうでございますか……」
取引先の相手と話すような丁寧さで応対する颯太。いついかなる時も平身低頭、まさにサラリーマンの鑑である。
そんな颯太を見て、ドラゴンがちょっと呆れたような口調で言う。
「まあそう怖がるな。君を取って食うなんてマネはせん」
ドラゴンにも怯えていると見抜かれてしまったようだ。
ドラゴンは続けて颯太に話しかける。
「ただ、ちょっとの間……そうだな。ワシの話し相手を務めてもらいたい。こんな森の奥へ来るくらいだ。どうせ暇なのではないか?」
「は、話し相手ですか?」
「そうだ。なに、時間は取らせん。ワシはもうそれほど長くはもたんからな」
憂いに満ちた表情で、ドラゴンは一度目を閉じた。
そこで、颯太は気づく。
このドラゴンはかなり弱っている。
巨体ではあるが、よく見るとひどく痩せこけ、皮から骨が浮かび上がっている。鱗もところどころ剥がれていた。
「ワシの名はレグジート。老い先短い老竜だ。人間、君の名前は?」
「お、俺は高峰颯太と申します」
「ソータか。ではソータ。君は普段何をしている?」
「え?」
予想外の質問に、颯太は面食らった。数秒考え、素直に答える。
「仕事ですが……」
「どんな仕事だ?」
業務内容――営業。
だが、営業なんて言葉をドラゴンが知るわけもないし、どう説明したものかと思案する。
「えっと……も、物を売る仕事です」
「ほう、商人か」
レグジートが納得したように言った。
会社勤めも商人と言えば商人かと思い、あえて訂正しない。
それからも、颯太は老竜レグジートの質問攻めにひとつひとつ答えていく。
年齢、出身、家族はいるのかなどなど。
まるで面接を受けているみたいで過去の嫌な記憶がフラッシュバックしかけたりしたが、レグジートからは純粋な興味と関心しか感じられない。人の価値を値踏みするかのような態度の面接官とは大違いだ。
だから、颯太もなんとか落ち着いて受け答えができた。
仕事での辛い出来事も、難なく吐き出せた。
家族以外の誰かと、こんなにも飾らないで話ができたのはいつ以来だろう。
それから、どれほど話しただろうか。
辺りはすっかり暗くなり、淡い月明かりだけが一人と一匹を照らす。
「もうこんなに時間が経ったか」
「完全に夜ですね」
「ああ……今日は疲れたろう。ワシの体を枕にゆっくり休むといい。続きはまた明日にしよう――そうだ。これだけは先に言っておくか」
「なんですか?」
「君はたしか、こことは違う世界から来たと言っていたね」
「は、はい」
レグジートとの会話の中で、颯太は自分が異世界から来たと告げていた。
「この先、君はこちらの世界の人間と出会うこととなるだろうが……その際、別の世界から来たということは伏せておいた方がいい」
「なぜですか?」
「こちら側の世界は各地でちょっと揉めていてね。余計なトラブルを避けるためだ」
「わかりました」
この世界の情勢について、颯太は何も知らないのだから、ここは従っておくのがベストだろう。
レグジートの言葉を頭に叩き入れると、颯太はドラゴンの巨体に身を預けて眠りに入る。
これまでとは違い、レグジートがそばにいるという安心感のおかげか、この世界へ来てから初めてぐっすりと眠ることができた。
こうして、サラリーマンである颯太とドラゴンであるレグジートの奇妙な関係が始まった。
颯太はレグジートから人間が食べても大丈夫な野草や果実を教えてもらい、その対価としてレグジートの話し相手となった。それだけでなく、弱っていて食欲がないレグジートのために近くの川へ行き、シャツとズボンの裾をまくって、びしょ濡れになるのも構わず魚を獲ってきた。レグジートは魚が好物だと聞いていたのだ。
「これを食べて元気を出してください」
「おぉ……感謝するぞ、ソータ。面倒ではなかったか?」
「いや、こっちも童心に返ることができて楽しかったですよ。できればもっとたくさん獲りたかったのですが」
「その心遣いだけで十分だよ。ありがたく頂戴しよう」
しかし、そんな交流が始まってから三日目の夜。早くも終わりが訪れた。
「む……」
持ち上がっていたレグジートの尻尾が力なく地面に落ちる。半開きに近かった目は閉ざされ、呼吸音も小さくなっていった。
「どうやら……ここまでのようだ……ソータ、こっちへ来てくれ」
力ない声で、レグジートは颯太を呼び寄せる。
颯太が近くに寄ると、レグジートは「ふぅ」と小さく息を吐いた。
「これを……君に」
そう言った次の瞬間、レグジートの額から光の球体がふわりと浮かびだす。ふよふよと、波間を漂う木の葉のような動きをしながら、その球体は颯太の前方一メートル付近で止まった。
「これは?」
「竜の言霊だ」
聞き慣れない名に戸惑う颯太。この竜の言霊とかいう球体を、自分はいったいどうすればいいのだろう。
「君がなぜこの世界へ招かれたのか、ワシにはわからない。だが、君がこの世界で生きていけるよう、ほんの少しだけだが、力添えをしたい。その竜の言霊こそが君の力になるだろう」
弱々しく言い、レグジートは鼻先で光の球体を押し出す。颯太が両手で受け止めると、光球はシャボン玉のごとく割れてしまった。そして、細かくなった光の粒子が颯太を覆っていく。
「い、一体何が……」
「竜の言霊があれば、この世界にいても困ることはない……だろ……う……」
「レグジートさん!」
レグジートの言葉が途切れ途切れになっている。死期が近いのだ。
「よく聞け……ソータ……ここから東に進むと整備された道がある……その道を真っ直ぐ進めば……東方領ハルヴァという国の王都へ続く街道に出る……君はハルヴァに行け……あの国はまだ平和だ……きっと君を受け入れてくれる……」
「も、もう喋らないでください! これ以上は――」
「ふふっ……八千年か……我ながらよくも長生きしたものだ……最期は生まれ故郷であるこの森で過ごそうと思ってここにやってきたが……そこで出会ったのが異世界の人間とは……これも何かの縁か……」
「レグジートさん!」
もはや呼吸さえ苦しそうなレグジート。しかし、遺言とするつもりなのか、口を動かすことをやめようとしない。
「最後に……良き友人ができて嬉しかったぞ……ソータ……」
「お、俺も嬉しいです! レグジートさんと知り合えて! 友だちになれて!」
わずかな時間ではあるが、これだけ濃密な時を一緒に過ごした存在は他にいない。たとえ種族が違っても、颯太にとってレグジートは間違いなく人生初めての友だった。
しかし……その友との別れが迫る。
「ソータ……この世界で生きていく君に……多くの幸が訪れんことを――」
レグジートは、眠るようにして逝った。
享年八千歳。
ドラゴンの平均寿命など知らないが、微笑んでいるみたいに見える死に顔からして、悔いのない大往生だったのではと颯太は推測した。
「レ、レグジートさん……」
颯太は緑色の鱗に身を寄せて――
「う……うああああああああああああああああああああああああ!」
生まれて初めてガチ泣きした。
◆ ◆ ◆
どれだけ泣いただろう。
すでに夜は明けており、森に棲む者たちへのモーニングコールのごとく小鳥が囀っている。
「…………」
颯太は無言で横たわる巨大なドラゴンを見つめる。
人生で初めての友だちとなったドラゴン――レグジート。
彼は安らかな死に顔をしていた。
揺り動かせば、起きるのではないかというくらいに。
「レグジートさん……」
悲しみに暮れながらも、颯太はレグジートの最期の言葉を思い出す。
東方領ハルヴァ。
レグジートはそこへ行けと言った。
「よし……」
このまま、ここに留まり続けてもレグジートは生き返らない。ならば、レグジートの示した道を進み、彼が与えてくれた竜の言霊とやらでこの世界で生きていこうと思った。
意を決して、颯太は歩きだす。
鬱蒼と生い茂る木々の間をすり抜けるようにして東へ。
川を渡り、崖から落ちそうになりながらも、さらに東へ。
もういらないだろうと、上着は途中で投げ捨てた。
ズボンはボロボロ。
シャツもボロボロ。
長時間にわたる移動で全身が震えだし、喉の渇きと空腹で足取りがおぼつかない。
休憩を何度か挟みながら歩き続けるが、西日に照らされ始めた頃になるとさすがに焦ってくる。
一刻も早く、東方領ハルヴァへと続く道へ出なければ――そうした思いとは裏腹に、颯太の体は反抗期の真っ只中にあった。
動きたくない。
休ませろ。
肉体からの必死の訴えが脳内を支配する。
できることならその願いを叶えてあげたいが、夜までにはどうしても森を抜けないといけない。まだ見ぬファンタジーな猛獣たちが、すぐそこまで迫っているかもしれないのだ。
歯を食いしばり、スローペースではありながらも着実に進む。
やがて――
「あっ!」
木々の間から一筋の光が延びているのを発見する。
それまでの痛みや疲れはどこかに吹っ飛び、颯太は軽やかな足取りで光の方向へ駆けだした。
「やっと森を抜けられたぞ!」
肩で息をしながらも、ようやく街道に出られたという達成感に浸る。
ふと、颯太が周囲を見回すと、それほど離れていない距離に灯りを見つけた。
西日とは違う人工的な灯り。つまり、人がいる。
足を上げるだけで精一杯だったのに、人がいるとわかると一目散に走りだしていた。
たどり着いたのは小さな町。颯太が到着する頃には、辺りはすっかり暗くなっていた。
夜だというのに町には人通りが結構あって、なかなかの活気だ。
詳細な時間は不明だが、これだけ人がいるということは、まだ午後六時か七時くらいなのだろう。
中世ヨーロッパテイストの木造家屋が立ち並んでおり、中には商店と思われるものもある。行き交う人々の服装は、ゲームに出てくる村人が着用しているものにそっくりだ。同世代と思しき男とも何度かすれ違ったが、誰一人としてスーツもカッターシャツも着ていなかった。
改めて、ここが異世界なのだと実感させられる。
颯太はまず寝床を確保するため、宿屋を探した。
この世界の文字こそ読めないが、幸いなことに、なぜか颯太はあちこちで聞こえる人々の言葉を理解できるため、会話をする分には問題なさそうだ。
規模的に、目的地の王都ではないだろう。通りすがりのダンディな紳士におそるおそる尋ねてみると、ここは王都の目と鼻の先に位置するルトアという町らしい。
しばらく町の中を散策して、ベッドのマークが彫られた木製の看板を掲げる建物を発見する。どうやらここが宿屋のようだ。
中に入ってみると、まず派手な装飾が施された調度品の数々が目に飛び込んできた。天井にはシーリングファンが回っていて、なんとも豪華な雰囲気だ。
ロビーに目を移すと、三人の客がいた。
チェインメイルをまとう兵士風の男。
ケモミミと尻尾の生えた少女。
恐ろしく人相の悪い老人。
「…………」
完全に今の颯太は場違いな感じだ。
だが、ここ以外に宿屋らしい建物はなかった。
野宿だけはしたくない。その気持ちが勝り、覚悟を決めてフロントへ。
モヒカン頭にピアスで仏頂面の大男という、どう見てもサービス業に向いていない風貌の受付に「一泊したいんですけど」と申し出る。
「か~しこまり~でございやす~」
すると、さっきまでの仏頂面はどこへやら、大男は満面の笑みで応対してきた。
笑顔で接客するのはいいが、敬語の使い方が微妙におかしい。
「お部屋はどうなさいますですか~?」
「一番安い部屋で」
「……はい」
露骨に受付のテンションが下がった。若干トーンの低い声で、受付は言葉を続ける。
「うちは料金前払いでやっているんで~、先に会計済ませちゃっていいでござりますか~」
「あ、はい」
「では一泊で四十五リンになりますでござりまする~」
モヒカンピアスの受付に促されて、颯太はズボンのポケットにある財布に手をかけ――重大なことに気がつく。
日本の通貨や紙幣は使えるのだろうか?
とりあえず、一万円札を出してみる。
「……お客様?」
一瞬にしてモヒカンピアスの表情が曇った。
それがすべてを物語っている。
案の定、この世界では颯太の持つお金は通用しないようだ。
こうなったら最後の手段を使うしかない。
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