おっさん、異世界でドラゴンを育てる。

鈴木竜一

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おっさん、異世界でドラゴンを育てる【外伝短編】

外伝①  りゅうじんぞくのおしごと!

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 ※本編終了後のおまけ的エピソードで、基本1話完結です。
 ※新連載「異世界に召喚されたおっさん、実は最強の癒しキャラでした」の投稿を開始しました。よろしければ  そちらもよろしくお願いします!




 夜の闇を溶かすように陽が昇る。
 薄らと流れる朝霧が徐々に晴れていき、大地が輪郭を表し始める。

「今日もいい天気だな」

 リンスウッド・ファームのオーナーである高峰颯太はぐーっと背伸びをしながら空を見上げてそう言った。
 まだ寝ている人が多い時間帯だが、颯太はすでに仕事の準備に取り掛かっている。本来ならば《ふたり》でする準備だが、さすがにもうひとり――キャロルがダステニアへ旅立ってから半年以上経過していると、ひとりでやることに慣れてしまった。

「元気でやっているかな」

 先日、近況を知らせる手紙がダステニアから届いたが、そこには同い年の友だちと一緒に楽しく過ごしていると書かれていた。キャロルの人間性からして、嫌われるようなことはないと確信していた颯太だったが、こうして本人から直接知らせてもらえると、より安心して牧場作業に専念できる。

 そんな颯太には最近ある楽しみがあった。
 それは――

「お? 相変わらずいい声だな」

 静かな朝に流れる歌声。

 リンスウッド・ファームに所属する歌竜ノエルバッツの歌声だ。

 ノエルの歌声にはさまざまな効果がある。
 ある時は人を石化させ、ある時は傷を癒す。

 純粋に歌声だけ聴いてみても、その美しさに思わず時を忘れてしまうほどだ。

「俺のいた世界にいたら、きっと歌姫として絶賛されているだろうな」

 おまけに見た目も可愛いからきっとアイドル路線でバカ売れ間違いなし。メアやトリストンも加わればグループとしても活動ができる。

 しかし、ノエルはこれまで出会った竜人族の中でも屈指の人見知り。
 ただ、最近ではそれも徐々に解消されてきた。
 その原因は、

「みんな~、飯だぞ~」

 リンスウッド・ファーム《第1竜舎》――ここは、魔竜討伐作戦以降にこのリンスウッドへと預けられたドラゴンたちのための竜舎だ。

 その数は13匹。

 今やリンスウッド・ファームはハルヴァ内において名門マーズナー・ファームに次いでドラゴンの飼育数が多い牧場となっていた。
 颯太が一歩足を踏み入れ、朝食を持ってきたことを告げると、ドラゴンたちは一斉に雄叫びをあげる。さすがに 一度では運びきれないので、何度か家を往復しながらおよそ40分をかけて食事の運搬は終了。

「軽トラみたいなのがあれば楽なんだけどなぁ」

 ドラゴンたちの朝食を眺めながら、颯太はふとそんなことを考える。
 ハルヴァでは難しいだろうが、すでに鉄道があるペルゼミネの技術力なら、或は可能かもしれない。

「今度行った時に提案してみようかな」

 もしくは、シャルルペトラと一緒に帰省した際、実家にある軽トラも一緒にこっちへ持ってきてもいいかもしれない。ガソリンを何かで代用できれば完璧なのだが。

「まあ、それはこれからじっくり考えるとして、メアたちにもご飯を持っていってやらないとな――あれ?」

 ここで、颯太はある異変に気づく。
 先ほどまで流れていたノエルの歌声がプッツリと途絶えていたのだ。

「? 何かあったのか?」

 少し不安に感じながら、ノエルたちの竜人族用の竜舎へ足を運ぶと、


「さいっっっっっっこおおおおおおおおおおおおおおお!」


 変質者がいた。
 ド派手なカラーリングの服装に身を包む中年男性。それはまさに色彩の暴力。チラ見しただけでも眉間にシワが寄って頭痛を起こしそうだ。
 こういう手合いはイリウスに一喝してもらうのだが、残念ながらリートとパーキースを連れて遠征に出ているという間の悪さ。
 というわけで、ここはオーナーである颯太が相手にしなければいけない。
 謎の踊りを披露しながらハイテンションの中年男性に恐る恐る声をかける。

「あ、あの……」
「え? ああっ! あなたは!!」

 颯太の存在に気づいた男は強引に颯太の手をギュッと力いっぱい握り、

「あの子のお父様ですか!?」
「あ、あの子? お父様?」

 変質者――もとい、男性の言葉の意味がわからずたずね返す。

「ああ、すまない、取り乱してしまって」

 コホンと咳払いを挟んだ男。
 よく見ると結構なイケメンだ。

「珍しく早起きをしたものだからちょっと散歩をしようとこの辺りをうろついていたら、とても美しい歌声が聴こえてきたのものでね。是非とも歌っている子に会いたいと探しているうちにここへ来てしまったのだよ」
「は、はあ……」

 とりあえず、ノエルの歌声に魅了されたようだ。
 
「申し遅れた。私はハルヴァ王都で服飾店を経営しているスコット・ワズディンという者だ」
「あ、お、俺はこの牧場のオーナーで高峰颯太と言います」
「うん? 牧場? それにタカミネ・ソータといえば――っ! 君はあの魔竜討伐の立役者として有名なタカミネ・ソータ殿か!?」
「は、はい、たぶんそうです」

 未だにそんな風に驚かれるのに慣れていない颯太だった。

「もしや、先ほどの歌はリンスウッド・ファームの歌竜ノエルバッツか!?」
「そうですが……」
「是非とも会わせていただきたい!」
「と、言われましても……」

 引っ込み思案で人見知りなノエルにとって、スコットはもっとも苦手なタイプの人間だと颯太は判断。さっきまここら辺で歌っていたのに姿が見えないということは、何やらよからぬ気配を感じ取って竜舎に引っ込んだのだろう。
できればこのままおかえり願いたいので、

「あの子は人見知りですから、慣れない人の前には姿を現さないかもしれません」
「それは残念……」

 本気で残念そうなスコット。
 さすがに気の毒な感じがしたので、

「そんなにノエルの歌が気に入ったんですか?」
「歌自体ももちろん素晴らしかったが……彼女の歌声が私に強烈なインスピレーションを与えたのだ」
「インスピレーション?」
「お恥ずかしい話なのだが……本業のデザイナーとしては大スランプ中でね。新しい服のデザインを寝る間を惜しんで考えているというのにまったく浮かばないんだ」

 ここへ来て、初めてスコットが落ち着いた――というか、暗い表情を見せた。
 だが、それはほんの一瞬のことで、

「そんな時! 彼女の――ノエルくんの素晴らしい歌声が私の耳に届いた時! 私の脳内に衝撃が走ったのだ!」

すぐさまメーターが降りきれんばかりのハイテンションに。

「そ、それは大変ですね――うん?」

 ここで、颯太はあることを思い出した。
 スコット・ワズディン――その名前について「どこかで耳にしたことがあるような」と奥歯に物が挟まったような感覚があったのだが、

「あ――ブロドリック大臣と面談する時の……」

 この世界に来て間もなく、リンスウッドのオーナーに就任するため、ブロドリック大臣と面談する際に着用した正装を購入したのがワズディンという名の店だった。
 
 その後、面談は無事成功し、こうしてリンスウッドのオーナーとして仕事をしている。それは少なからず目の前にいる男性のおかげでもある――と、言えなくもない。

「わ、わかりました。会えるかどうかちょっと様子を見てきますから、ちょっと待っていてください」
「おお! 本当ですか!!」
「うまくいく保証はありませんけど……」
 
 とりあえず交渉だけはしてみるか、と竜人族用の竜舎へと入る。
 まず、メアとトリストンの姿が目に映る。2匹は困ったような顔で一点をジッと見つめていた。そこには不自然に盛り上がった藁が。ここに身を隠していたようだ。

「の、ノエル?」

 声をかけてみる。

 ビクッと藁が震えたが、それ以降に音沙汰はなし。
 メアとトリストンの方を向いても、2匹とも黙って首を横に振るだけ。
 あのテンションが相当なトラウマになったようだ。
 交渉の余地なし、という結果だ。

「……仕方がないか」

 颯太はあきらめて外へ出ると、複雑な面持ちで颯太からの返事を待っているスコットが。

「申し訳ありません。やっぱりちょっと無理そうです」
「そ、そうか……」

 見ていられないくらい落ち込むスコット。
 無理を言えば出て来るかもしれないが、それはノエルにとってよくない影響が出そうなのでオーナーとしては避けたいところだ。
 気まずい沈黙が流れ出したので、颯太は話題を変えようと話しかける。

「ち、ちなみに、ノエルの歌で浮かんだインスピレーションってどんな感じなんですか?」
「そうだねぇ……全体的にはこうふわっとしているんだけどキュッとしている部分もあるんだよなぁ」
「…………」
 
 スコットは理論より感性で動くタイプらしかった。
 とはいえ、なんとかしてあげたいと思う颯太は、

「……少し待っていてください」

 スコットの抱くイメージを颯太なりに分析した結果、先日実家に戻った際に誤って持ってきてしまったある物を思い出し、家へと戻った。
 そして、再びスコットの前にやって来た颯太の手には一冊の本が。

「これは?」
「俺なりに、さっきの言葉を受け取ると――ここに載っているこれなんかピッタリじゃないかなって」
「うおお!」

 颯太が持ってきた本にまたもテンションが上がるスコット。
 さらにページをめくっていくと、

「ぬおおおおおおおおおおっ!!!!」

 めくるたびにテンションゲージが上昇していく。
 気に入ってくれたようで何よりだ。

「そちらは差し上げますので、自由に使ってください」
「い、いいのか!? こんな貴重なものを!?」
「構いませんよ」

 颯太のいた世界では一般的な書店でいつでも購入できるものなので特に問題ない。

「ありがたい! これならいい服が作れそうだ!」
「喜んでもらってこっちも嬉しいですよ。また服を買いに行きますから」
「その時はサービスをさせてもらうよ」

 おっさんふたりの笑い声が早朝のリンスウッド・ファームに轟いた。
 

  ◇◇◇


 2週間後。

「ソータ殿はいるかね?」
「はーい――て、スコットさん」

 リンスウッド・ファームをスコットが訪ねてきた。
 その顔は非常に晴れやかで爽やかそのものといった感じ。
 その表情は作業が順調にいったことを物語っていた。

「うまくいったみたいですね」
「ああ。実は先日、王都内で先行披露会をやってね。それがとても好評で予約が殺到しているんだ」
「よかったじゃないですか」
「すべては君とノエルくんのおかげだ。本当に感謝してもしきれないよ」

 スランプを脱したスコットの顔は充実感と自信に満ち溢れていた。

「それで、これはノエルくんに迷惑をかけたお詫びの品だ。受け取ってくれ」
「ありがとうございます。ノエルも喜びますよ」
「できたら感想を聞かせてくれると――うん?」
 
 家の中で話していたスコットは、視界の端に何か動く物を捉えた。それは、

「の、ノエルくん……」

 たまたま家へ遊びに来ていたノエルと遭遇した。
 今日はスコットがまだ落ち着いた様子なのでそれほど怖がっていないようだ。

「ノエル、スコットさんが君のためにと服をくれたんだ。ちょっと着て見せてくれないか?」
「は、はい」


 ノエルはスコットから服を受け取ると、部屋の奥へと着替えに向かった。しばらくして、

「ど、どうでしょうか?」

 現れたノエルの格好――それはピンクを基調とした、まるでアイドルのステージ衣装のごとく全体的にフリフリとした装飾が施されている服だった。

 というのも、颯太がイメージとして渡したの本は、かつてつい出来心で買ってしまった某アイドルグループの写真集だったのだ。その中にあるコンサートの様子を撮影した写真にある衣装が、まさにスコットの表現したイメージにピッタリではないかと颯太は感じたので、写真集をプレゼントしたわけだ。

「素晴らしい……そうは思わないかね、ソータ」
「はい……カメラがないのが悔やまれますね」
「かめら?」
「い、いえ、こっちの話です」

 今度実家に戻った時、デジカメを持ってきてこの衣装を着たノエルを激写しようと颯太は心に誓った。それほどまでにスコットの作った服はノエルに合っており、まさにノエルのためにデザインされたような服であった。

「どうだ、ノエル。新しい服の感想は?」
「素敵だと思います。私、とても気に入りました」

 ノエルの言葉が理解できないスコットだが、その満面の笑みを目にしたら気に入ってもらったことは一目瞭然――なので、「よかったよ」と呟いて涙を流す。

「……ノエル、今度その衣装を着て歌ってみないか?」
「こ、この衣装を着てですか? い、いいですけど……」

 ノエルがこの衣装であの歌声を披露する。
 これは興行として大成功間違いなしではなかろうか。

「メアとトリストンにも着せてグループとして……これはブロドリック大臣に相談しなくてはいけないかもな」
「ほう……その顔は新しいビジネスを思いついたようだね」
「ええ、まあ」
「その時は是非、うちにも一枚噛ませてくれないか?」
「もちろんですよ」
「「ふっふっふっふっ」」
「な、なんだかふたりとも怖いです……」



 竜人族アイドル計画――颯太によって立案されたこの新しいビジネススタイルは竜騎士団を中心に大変な盛り上がりを見せたが、メアの「やらないぞ」という否定の一言によって敢え無くお蔵入りが決定したのだった。
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