上 下
228 / 246
エピローグ ~それからのお話し~

第248話  高峰颯太のいないリンスウッド・ファーム

しおりを挟む
 颯太が元の世界へ帰還して3日目を迎えた。
 今日の夕方頃に颯太が元の世界からこちらの世界へと帰って来る予定になっている日。

「よいしょっと……これでいいかな」

 リンスウッド・ファームでは、今日も朝早くからキャロルが汗を流している。
 いつもは颯太が一緒に作業をしているため、労働量は2倍になっているということもあって疲労度も高い。
しかし、颯太がリンスウッド・ファームに来る前まではこの仕事量を全部ひとりでこなしていた――そう考えると、颯太の存在がどれだけありがたいか、キャロルは改めてそれを感じ取っていた。

「みんな、朝ごはんの用意ができたわよ」

 キャロルが呼びかけると、竜舎の奥からメアたちが顔を出した。
 比較的朝の強いドラゴンたちは早朝にも関わらずテンションが高い。特にまだ幼いマキナとトリストンは朝から元気いっぱいだ。同年代のドラゴンたちに比べればトリストンは大人しい方だが、それはあくまでもドラゴン基準。人間とは身体能力が違い過ぎるため、いくら赤ん坊レベルとはいえ相手にするのは大変なのだ。


 ――しかし、竜人族とドラゴンたちはキャロルの大変さをよくわかっていた。


 なので、

「あれ?」

 キャロルは異変に首を傾げた。
 颯太が来てからというもの、朝の牧場仕事は颯太に任せ、自分は朝食の準備などをしていたので、朝に竜舎へ来るというのも実は久々だった。

 以前のドラゴンたちは我先に朝ごはんへ群がっていたが、今はお互いに譲り合いながらゆっくりと食事をしている。

「凄い……これもソータさんが躾けてくれたのかしら」

 思いがけないドラゴンたちの変化に、キャロルは驚かせる。同時に、さらにこの牧場における颯太の重要性を知った。


 この牧場には――颯太が必要だ。


 ドラゴンたちのためにも。
 竜人族たちのためにも。

 高峰颯太には、ここにとどまってもらいたい。

 ――違う。

 キャロルはギュッと胸の前で手を握る。
 ドラゴンたちのためだけじゃない。

 自分にとっても、颯太の存在はとても大きなものになっていた。
 改めてその思いを噛みしめるように「ふぅ」と息を吐く。
 家に戻って来て、テーブルの上に置かれた一枚の紙に目が留まった。
 それは西方領ダステニアにある王立アークス学園の編入に関する書類であった。


 廃界での戦いが終わってからすぐに、ハドリーから父フレデリック・リンスウッドのことを聞いた。

 生前の父はあまり自分のことを語ることはなかった。
 物静かというタイプでもなかったが、自分語りは本当に少なかった。

 しかし、そんな父の弟であるハドリーから、父はかつてアークス学園へ留学をしており、母とはそこで出会ったという話を聞いた。さらに、父はそこでドラゴンに関するさまざまな知識を学んでおり、いつか、大きくなった娘のキャロルを通わせるんだと語っていた。

 キャロルとしても、以前からアークス学園のことは気になっていた。

 幼馴染の腐れ縁――アンジェリカ・マーズナーがアークス学園へ短期留学をした際にその体験談を聞いてずっと興味を持っていた。恐らく、叔父であるハドリーも、そんなキャロルの想いを感じ取っていたのだろう。

 だから、ハドリーと颯太がアークス学園の学園長であるリー・ラフマンに編入の依頼をすると言ってくれた時は嬉しかった。それだけでなく、他国との交渉事に関してはプロである外交局のレフティ大臣も協力すると申し出てくれた。

 キャロルはすぐさまアークス学園への編入を決めたのだった。

 ――だが、アークス学園に通うということは、数年単位でこのリンスウッド・ファームを離れるということになる。

 牧場の経営については心配していない。
 ドラゴンの世話に関しては颯太に一任できるし、マーズナー・ファームとも協力体制を取っている。あのアンジェリカが、リンスウッドを騙すなんてことは考えられない。

 だから安心してダステニアへ行ける。
 行けるはずなのに、

「はあ……」

 なぜだか気分は晴れなかった。


 ◇◇◇


「だいぶ重症のようだな」

 キャロルの異変を感じたドラゴンたちはこっそり竜舎を抜け出して家の窓から中の様子をうかがっていたイリウスが言う。
 その後から、自分も見たいと他のドラゴンたちが押しかけて来た。
 今日は颯太がこのリンスウッド・ファームに帰って来る日ということもあり、きっと朝からウキウキしているのだろうなと全員が思っていた。しかし、実際はどこか上の空で、心ここに非ずという様子。

「体の調子が悪いのでしょうか……」
「そんなふうには見えなかったわね」
「じゃ、じゃあ、他に何か心配事が!?」

 ノエル、リート、パーキースの3匹は不安そうな表情。

「そうは思えない」
「我も同感だ」

 トリストンと小さなマキナを背負うメアは特に心配はないだろうという感じ。

 一方で、

「ふふ」

 イリウスは笑い声をあげた。

「ちょっと! なんでこんな時に笑っているのよ!」

 ふざけているのかとリートに迫られるイリウスだが、もちろん実際は違う。

「そうか……おまえらは知らないんだったな」
「何がだ?」
「この窓なんだよ……俺がソータと初めて会った場所は」

 異世界へ転移した直後――右も左もわからず困り果てていた颯太を見兼ねて我が家へと招待したキャロル。その無防備さに呆れつつ、変な行動に出たら食いちぎってやると男を見たのだが、そいつはドラゴンの言葉を理解できる変なヤツだった。

 しかし、その変なヤツは今やこの国――いや、この世界に欠かせぬほどの大きな存在となった。そして、それは、

「お嬢の気持ちはよくわかる。――長年の夢とはいえ、ここを離れるとなったら寂しいだろうな」
「「「「「あ――」」」」」

 ドラゴンたちは気がついた。
 キャロルの気持ちに。
 
「……我は、今日ほど人間の言葉を話せないことに悔しさを覚えたことがない」
「私もですよ、メア」

 こんな時、人間の言葉が話せたのなら――すぐに声をかけに行くのに。
 そう思ったメアとノエルだが、

「やめときな。こういうのは自分で解決しなくちゃいけねぇ問題だ」
「イリウス……あなた……」

 いつもの軽いノリじゃない――それだけ、イリウスは本気なのだともっとも付き合いの長いリートは感じた。

「人間にしろドラゴンにしろ、生きていればこうした決断を迫られる時は必ず訪れる。そんな時、誰かに頼るのはそりゃあ楽だろうよ。――けどよ、人の意見に流されてばかりっていうのもいただけねぇ。ここ一番の決断は、やっぱり自分の心で決めなくちゃな」

 イリウスの言葉に、全員が頷いた。

「牧場へ残るかダステニアへ旅立つか――そのどちらを選択しようが、俺たちドラゴンはお嬢を応援しているぜ」

 絶対に伝わらない。
 そうわかっていても、イリウスは言葉を送らずにはいられなかった。
しおりを挟む
感想 291

あなたにおすすめの小説

政略より愛を選んだ結婚。~後悔は十年後にやってきた。~

つくも茄子
恋愛
幼い頃からの婚約者であった侯爵令嬢との婚約を解消して、学生時代からの恋人と結婚した王太子殿下。 政略よりも愛を選んだ生活は思っていたのとは違っていた。「お幸せに」と微笑んだ元婚約者。結婚によって去っていた側近達。愛する妻の妃教育がままならない中での出産。世継ぎの王子の誕生を望んだものの産まれたのは王女だった。妻に瓜二つの娘は可愛い。無邪気な娘は欲望のままに動く。断罪の時、全てが明らかになった。王太子の思い描いていた未来は元から無かったものだった。後悔は続く。どこから間違っていたのか。 他サイトにも公開中。

アラフォーおっさんの週末ダンジョン探検記

ぽっちゃりおっさん
ファンタジー
 ある日、全世界の至る所にダンジョンと呼ばれる異空間が出現した。  そこには人外異形の生命体【魔物】が存在していた。  【魔物】を倒すと魔石を落とす。  魔石には膨大なエネルギーが秘められており、第五次産業革命が起こるほどの衝撃であった。  世は埋蔵金ならぬ、魔石を求めて日々各地のダンジョンを開発していった。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

地方勤務の聖騎士 ~王都勤務から農村に飛ばされたので畑を耕したり動物の世話をしながらのんびり仕事します~

鈴木竜一
ファンタジー
王都育ちのエリート騎士は左遷先(田舎町の駐在所)での生活を満喫する! ランドバル王国騎士団に所属するジャスティンは若くして聖騎士の称号を得た有望株。だが、同期のライバルによって運営費横領の濡れ衣を着せられ、地方へと左遷させられてしまう。 王都勤務への復帰を目指すも、左遷先の穏やかでのんびりした田舎暮らしにすっかりハマってしまい、このままでもいいかと思い始めた――その矢先、なぜか同期のハンクが狙っている名家出身の後輩女騎士エリナがジャスティンを追って同じく田舎町勤務に!?  一方、騎士団内ではジャスティンの事件が何者かに仕掛けられたものではないかと疑惑が浮上していて……

引退賢者はのんびり開拓生活をおくりたい

鈴木竜一
ファンタジー
旧題:引退賢者はのんびり開拓生活をおくりたい ~不正がはびこる大国の賢者を辞めて離島へと移住したら、なぜか優秀な元教え子たちが集まってきました~ 【書籍化決定!】 本作の書籍化がアルファポリスにて正式決定いたしました! 第1巻は10月下旬発売! よろしくお願いします!  賢者オーリンは大陸でもっと栄えているギアディス王国の魔剣学園で教鞭をとり、これまで多くの優秀な学生を育てあげて王国の繁栄を陰から支えてきた。しかし、先代に代わって新たに就任したローズ学園長は、「次期騎士団長に相応しい優秀な私の息子を贔屓しろ」と不正を強要してきた挙句、オーリン以外の教師は息子を高く評価しており、同じようにできないなら学園を去れと告げられる。どうやら、他の教員は王家とのつながりが深いローズ学園長に逆らえず、我がままで自分勝手なうえ、あらゆる能力が最低クラスである彼女の息子に最高評価を与えていたらしい。抗議するオーリンだが、一切聞き入れてもらえず、ついに「そこまでおっしゃられるのなら、私は一線から身を引きましょう」と引退宣言をし、大国ギアディスをあとにした。  その後、オーリンは以前世話になったエストラーダという小国へ向かうが、そこへ彼を慕う教え子の少女パトリシアが追いかけてくる。かつてオーリンに命を助けられ、彼を生涯の師と仰ぐ彼女を人生最後の教え子にしようと決め、かねてより依頼をされていた離島開拓の仕事を引き受けると、パトリシアとともにそこへ移り住み、現地の人々と交流をしたり、畑を耕したり、家畜の世話をしたり、修行をしたり、時に離島の調査をしたりとのんびりした生活を始めた。  一方、立派に成長し、あらゆるジャンルで国内の重要な役職に就いていた《黄金世代》と呼ばれるオーリンの元教え子たちは、恩師であるオーリンが学園から不当解雇された可能性があると知り、激怒。さらに、他にも複数の不正が発覚し、さらに国王は近隣諸国へ侵略戦争を仕掛けると宣言。そんな危ういギアディス王国に見切りをつけた元教え子たちは、オーリンの後を追って続々と国外へ脱出していく。  こうして、小国の離島でのんびりとした開拓生活を希望するオーリンのもとに、王国きっての優秀な人材が集まりつつあった……

貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた

佐藤醤油
ファンタジー
 貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。  僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。  魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。  言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。  この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。  小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。 ------------------------------------------------------------------  お知らせ   「転生者はめぐりあう」 始めました。 ------------------------------------------------------------------ 注意  作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。  感想は受け付けていません。  誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。

【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる

三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。 こんなはずじゃなかった! 異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。 珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に! やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活! 右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり! アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。