おっさん、異世界でドラゴンを育てる。

鈴木竜一

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【最終章③】魔竜討伐編

第239話  勝利

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「どうやら間に合ったようだな……」

 魔竜イネスの食い止めに全精力を注いでいた竜人族たちは、肌が粟立つほどの凄まじい魔力を携えて上昇してきたシャルルペトラへと視線を集めた。

「そいつが切り札か……」
「す、凄いです……」

 メアとノエルは思わず声を震わせた。
 フェイゼルタットも、エルメルガも、ローリージンも、ニクスオードも、ベイランダムも、キルカジルカも、トリストンも――戦いに参加していたすべての竜人族たちが、シャルルペトラの持つ竜の言霊に圧倒されていた。

「どうですか、お父さん――自慢の娘たちを前にして」
『元気そうで何よりだよ』

 シャルルペトラの肩に乗るミニレグジート。
 その存在に気づいた竜人族たちは「あっ!」と驚きの声を漏らした。

「あなたは――もしや!」
『その先は言わんでくれ。……ただ、君たちの思っている通りのドラゴンが一時的に天から舞い降りたと――そう解釈してくれ』

 フェイゼルタットの追及を、レグジートはそっとはねのけた。
 細かな話をしている暇はない。
 暴れ続けるイネスを倒さなければ――レグジートにとってはかつての番であり、シャルルペトラの実の母親と、事情は込み入っているが、2匹の気持ちは微塵のブレもなかった。

『後悔はないか、シャルル』
「実の娘を洗脳して自分の野望に利用するようなドラゴンを母と呼ぶほど私は寛容ではありませんので――そもそも、私の母はアーティーです」
『そうだったな……』
 
 まだ子どもだったシャルルペトラの世話をアーティーに依頼したレグジートからすると複雑な心境であった。

 かつてのイネス――たしかに、己の力に絶対の自信があって、誰よりも竜王の座と支配にこだわっていた。だが、力がどんどん増していくにつれ、その心は大きく変化していった。もはや竜人族という種そのものを危機に脅かすほど、イネスは力に溺れて行ったのだ。

 それを危惧したレグジートは人間の手を借りてイネスは封じた。
 母譲りの優れた能力を持ったシャルルペトラに悪影響が出る恐れがあったからだ。
 
 実を言うと、レグジートは竜王の座をシャルルペトラに継がせる気でいた。もっとも、レグジートの竜王という立場は臨時の代理的なものであり、本来の竜王は優れた力を有している竜人族がすべきだという考えはずっと抱いていた。

 魔竜イネスが復活し、魔族を配下として人間たちに攻撃を仕掛け始めたことを知ったレグジートは、死期が迫り何もできない歯がゆさを感じながらも、シャルルペトラがこの世界へ呼んだ高峰颯太に未来を託した。

 その成果が、今、シャルルペトラの手の中で眩い輝きを放つ竜の言霊だ。

「お父さん……ソータさんとはもっときちんとした別れの挨拶を交わさなくてよかったの?」
『その必要はないさ。彼はわかっている――ワシの覚悟を』
「随分と信頼しているのね」
『おまえが選んだ男だからな』

 シャルルペトラは父の言葉に頬を緩めた。


「ぐごあああああああああああっ!!!」


 だが、そんな穏やかな空気をイネスの咆哮が斬り裂いた。

『時間がない。この一撃で確実に仕留めるのだ』
「わかっているわ」
「シャルルペトラ! 我らも加勢するぞ!」

 氷の槍を手にしたメアが竜の言霊を持つシャルルペトラの前に立ち、援護を申し出た。それに引き続き、全竜人族がイネスに攻撃を仕掛け、シャルルペトラが攻撃をしやすいようおびき出す作戦に移る。

「やってくれ、シャルルペトラ!」
「メアンガルド……わかったわ。任せて」

 シャルルペトラは竜の言霊をイネスのいる方向へ移動させる。そして、

「今よ! お父さん!」
『おう!』

 合図を受けて、ミニレグジートはシャルルペトラの肩から飛び立つ。――と、その体は光に包まれ、レグジート本来の巨体へと姿を変えた。

「れ、レグジートさん……」

 地上から事の成り行きを見守っていた颯太は、久しぶりに見る本当のレグジートの姿に思わず涙した。影響を受けたのは何も颯太だけではない。
 
「ご、ごあああああ……」

 かつて愛したドラゴン――レグジートを目の当たりにしたイネスもまた、困惑の混じった声をあげていた。力に溺れ、自我を失っても、レグジートの姿を前にして少し記憶が戻ったような素振りがある。――だが、

『イネスよ……ここはもう我らのいる時代ではない。新しい命が生まれ、新しい時代を築いていくのだ』

 諭すように、レグジートは語る。
 その言葉は人間にも理解できるため、その場にいるすべての騎士の耳に届いていた。

 巨大化したレグジートは竜の言霊を鷲掴む。

『おまえの野望もここまでだ。ワシと共に散り去ろう』

 レグジートは竜の言霊を持ったままイネスへと突っ込んでいく。

『覚悟を決めよ!』
「ぐがあああああああああっ!!!」

 その狙いに気づいたイネスが暴れはじめるが、メアたちの最後の力を振り絞った猛攻の前に成す術なく、身動きが取れない状態となった。
 そして、


『終わりだ――イネス!』
「ぎゃあああああああああああああああああああああああああああああああああっ!!!」

 
 耳を劈く断末魔。
 この世の終わりを告げるようなその声は、眩い光に包まれた途端に消え去った。

 強烈な光が収まり、騎士たちがあまりの眩しさに閉じていた目を開けた時――そこにレグジートとイネスの姿はなく、まるでこれまでの戦いを労うように光の粒子が地上へと降りそそいでいた。

「や、やった……」

 最初に声を出したのはルコードだった。

「我らの勝利だぁ!!!!」
「「「「「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!!!!!!」」」」」
 
 ルコードの勝利宣言に、騎士たちは喜びを爆発させた。
 抱き合い、笑い合い、共に勝利を分かち合っている。

「終わったのね……」

 ブリギッテはその場にへたり込み、

「やれやれ……老体にはキツイ戦いだったな。慣れないことはするもんじゃないぜ」

 ミラルダはちょっと呆れたようにそうこぼした。

 騎士たちが大騒ぎをしている中、颯太はジッと天を眺めていた。誰かに言われたわけではないが、なぜだか「空を見ていなくちゃ」という衝動に襲われ、黙ってその場から動かなかったが、やがて、


「あっ!」


 降り注ぐ光の粒子の中に――一際大きな光の球があった。
 その光は、まるで漂うように頼りなくフラフラとしているのだが、明らかに颯太の方へ向かって落ちてきていた。
 颯太はその光のもとまで走り、そっと手をかざす。すると、その光はまるで示し合わせたかのように颯太の手の中へと納まり、やがて胸の中へと入り込んでいった。

 ――そう。
 今のは最後の戦いで魔力の受け皿として利用された竜の言霊であった。
 ちょうど光が颯太の体の中へ収まったと同時に、


「ソータ!」
「ソータさん!」
「パパ!」

 空から颯太の胸にダイビングする3匹の竜人族。それをなんとか全員受け止めて、颯太は困ったような、嬉しいような笑みを見せた。

「よかった……わかるよ! みんなの言葉がわかる!」
「? おまえは我ら竜人族の言葉がわかるのだろう?」
「今さらですよ、それ」
「何かあったの?」

 3匹は揃って不思議そうな顔をするが、颯太がお構いなしに力いっぱい抱きしめたので、まあいっかと適当に切り捨てて主である颯太の温もりを堪能することに専念していた。



 ここに――竜王選戦は完全決着を見た。
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