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【最終章②】竜王選戦編
第220話 想いを乗せた言葉
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「あっ!」
ランスローの短い叫び。
シャルルからの一撃を受けたアーティーだが、倒れかけた直後になんとか踏みとどまって体勢を立て直す。――このまま倒れれば、ランスローを巻き添えにしてしまうと最後の力を振り絞って踏ん張ったのだ。
「! アーティー!?」
アーティーの状態をよく知るミラルダには、今目の前で起きている出来事がまるで信じられなかった。
老体が祟ってゆったりとした動きしかできなかったあのアーティー――だが、今のたたずまいは歴戦の猛者そのものであった。ここまで力強い印象を受けたことなどこれまで一度だってない。
「無茶をするな! 退くんだ! キルカ! 援護に行け!」
「――はっ!?」
アーティーの気迫に呑まれていたキルカが我に返り、援護に向かう。
「アーティー!! ここは私たちに任せて下がって!」
キルカがアーティーを守るように前方に立ち、さらなる追撃へ備えようとしたが、
「ああああああああああああああああああああああああ!!!!!」
慟哭にも似た叫び声がこだまする。
その声の主はシャルルペトラであった。
「……動揺しているのか?」
操られているとはいえ、ランスローへ攻撃を仕掛けたことと母であるアーティーを傷つけたことのふたつの事態が、シャルルペトラの精神に大きな変化をもたらそうとしている――先ほどの絶叫はそのきっかけに思えてならなかった。
「シャルル……」
ランスローはその場から一旦退避し、なんとかシャルルペトラに接近できないか様子をうかがっていたが、そんなランスローの全身を覆う黒い影が。
「! 動けるのか、アーティー!?」
背中から激しく出血をするアーティー。
虚ろな瞳が見つめるのは、頭を抱えて膝から崩れ落ちている愛娘の姿。
「シャ、ルル……」
消え入りそうな声で、アーティーは娘の名を呼ぶ。一歩、また一歩と歩を進めるたびに血が滴り、地面を赤く染めていく。
「ダメよ、アーティー!! それ以上動いたら命が!?」
なんとか食い止めようとするキルカは人間形態からドラゴン形態へと変身。アーティーに比べると小柄だが、年老いた体に加えてケガを負っているアーティーの動きを止めるには十分である――はずだった。
「!?」
キルカは驚きに声も出ない。
アーティーの足取りは止まる気配を見せなかった。キルカを押しのけようとせんばかりにぐいぐいと押し込み、ゆっくりとだが着実にシャルルへと近づいていく。
「癒竜はまだ到着しないのか!!?」
喉がはちきれんばかりの大声で、ルコードが叫ぶ。
娘との再会を果たしたというのに、操られているせいで自分を母親と認識できていない――そんなシャルルを助けようとするかのようにアーティーは帆を止めない。
「やめて! お願いだからやめて! 止まって――アーティー!!」
キルカの悲痛な咆哮。
ドラゴンの言葉が理解できない騎士たちにも、キルカがなんとかアーティーを説得しようとしているということが痛いほどに伝わって来た。
そんなキルカとアーティーの脇を駆け抜けていく影があった。
「! ランスロー王子!」
ミラルダがその名を呼ぶが、駆け抜けた影――ランスロー王子は振り向くことなくシャルルペトラへと駆け寄る。未だに叫び続けるシャルルペトラの体を、ランスローは優しく抱きしめた。
「シャルル……僕だよ」
「ああああああああああああああああ………」
「!? 声が……」
シャルルペトラの叫び声が徐々に小さくなっていく――そう感じたミラルダが、ランスローの説得が有効的に働いていると確信する。
だが、ここで大声を出し、ランスローへ指示を飛ばすことは躊躇われた。
今、あの1匹とひとりはそれぞれの世界にいる。
ここで余計な口出しをして台無しにするわけにはいかない。
先ほどアーティーを攻撃したように、何をきっかけにしてシャルルペトラが暴れ出すかまったく見当がつかなったからだ。
ミラルダはチラリとルコードへと視線を送る。
ちょうど同じタイミングで、ルコードもミラルダへと視線を送っていた。
ぶつかり合った視線――それだけで、ふたりは互いに同じ考えに至っと知る。
ランスローに託す、と。
「すまなかった……おまえを迎えに行くと言ってずっと待たせてしまって……」
シャルルが大人しくなったところを見計らって、ランスローはゆっくりと語り出す。
「長い時間がかかってしまったけど、もう安心だ。メリナもいるし、レイノア王国は以前のような平和な国へと戻った。――帰ろう、僕たちと一緒に」
「…………」
「エインさんやジーナにカルム――そして、昔の優しかった頃に戻った母上も。きっと、みんなが帰りを待っている」
ランスローは語り続けるが、シャルルペトラからの反応はない。
「完全に動きは止まったようだが……」
「まだシャルルペトラの中に魔女イネスの魔力が残っているのだろう……ただ、動けなくなったところを見ると、ランスロー王子の説得は成功していると見ていい」
ミラルダとルコードは状況をこう分析し終えて、
「となると、肝心になって来るのはこの先」
「そう。――城内へ突入していったタカミネ・ソータたちがイネスを討ち取れれば、シャルルペトラを縛りつけている魔力を振り払えるかもしれない」
「そうと決まればすぐに援軍を出しましょう!」
「賛成だな。この場は俺たちに任せて、タカミネ・ソータと共にすべての根源を断ってきてくれ」
シャルルペトラが沈静化したことを受けて、ルコードは颯太たちを援護するための増援部隊をただちに編成し、自らが先頭を切って城内へと突入していった。
――世界の未来を賭けた廃界での戦いはいよいよ最終幕を迎える。
ランスローの短い叫び。
シャルルからの一撃を受けたアーティーだが、倒れかけた直後になんとか踏みとどまって体勢を立て直す。――このまま倒れれば、ランスローを巻き添えにしてしまうと最後の力を振り絞って踏ん張ったのだ。
「! アーティー!?」
アーティーの状態をよく知るミラルダには、今目の前で起きている出来事がまるで信じられなかった。
老体が祟ってゆったりとした動きしかできなかったあのアーティー――だが、今のたたずまいは歴戦の猛者そのものであった。ここまで力強い印象を受けたことなどこれまで一度だってない。
「無茶をするな! 退くんだ! キルカ! 援護に行け!」
「――はっ!?」
アーティーの気迫に呑まれていたキルカが我に返り、援護に向かう。
「アーティー!! ここは私たちに任せて下がって!」
キルカがアーティーを守るように前方に立ち、さらなる追撃へ備えようとしたが、
「ああああああああああああああああああああああああ!!!!!」
慟哭にも似た叫び声がこだまする。
その声の主はシャルルペトラであった。
「……動揺しているのか?」
操られているとはいえ、ランスローへ攻撃を仕掛けたことと母であるアーティーを傷つけたことのふたつの事態が、シャルルペトラの精神に大きな変化をもたらそうとしている――先ほどの絶叫はそのきっかけに思えてならなかった。
「シャルル……」
ランスローはその場から一旦退避し、なんとかシャルルペトラに接近できないか様子をうかがっていたが、そんなランスローの全身を覆う黒い影が。
「! 動けるのか、アーティー!?」
背中から激しく出血をするアーティー。
虚ろな瞳が見つめるのは、頭を抱えて膝から崩れ落ちている愛娘の姿。
「シャ、ルル……」
消え入りそうな声で、アーティーは娘の名を呼ぶ。一歩、また一歩と歩を進めるたびに血が滴り、地面を赤く染めていく。
「ダメよ、アーティー!! それ以上動いたら命が!?」
なんとか食い止めようとするキルカは人間形態からドラゴン形態へと変身。アーティーに比べると小柄だが、年老いた体に加えてケガを負っているアーティーの動きを止めるには十分である――はずだった。
「!?」
キルカは驚きに声も出ない。
アーティーの足取りは止まる気配を見せなかった。キルカを押しのけようとせんばかりにぐいぐいと押し込み、ゆっくりとだが着実にシャルルへと近づいていく。
「癒竜はまだ到着しないのか!!?」
喉がはちきれんばかりの大声で、ルコードが叫ぶ。
娘との再会を果たしたというのに、操られているせいで自分を母親と認識できていない――そんなシャルルを助けようとするかのようにアーティーは帆を止めない。
「やめて! お願いだからやめて! 止まって――アーティー!!」
キルカの悲痛な咆哮。
ドラゴンの言葉が理解できない騎士たちにも、キルカがなんとかアーティーを説得しようとしているということが痛いほどに伝わって来た。
そんなキルカとアーティーの脇を駆け抜けていく影があった。
「! ランスロー王子!」
ミラルダがその名を呼ぶが、駆け抜けた影――ランスロー王子は振り向くことなくシャルルペトラへと駆け寄る。未だに叫び続けるシャルルペトラの体を、ランスローは優しく抱きしめた。
「シャルル……僕だよ」
「ああああああああああああああああ………」
「!? 声が……」
シャルルペトラの叫び声が徐々に小さくなっていく――そう感じたミラルダが、ランスローの説得が有効的に働いていると確信する。
だが、ここで大声を出し、ランスローへ指示を飛ばすことは躊躇われた。
今、あの1匹とひとりはそれぞれの世界にいる。
ここで余計な口出しをして台無しにするわけにはいかない。
先ほどアーティーを攻撃したように、何をきっかけにしてシャルルペトラが暴れ出すかまったく見当がつかなったからだ。
ミラルダはチラリとルコードへと視線を送る。
ちょうど同じタイミングで、ルコードもミラルダへと視線を送っていた。
ぶつかり合った視線――それだけで、ふたりは互いに同じ考えに至っと知る。
ランスローに託す、と。
「すまなかった……おまえを迎えに行くと言ってずっと待たせてしまって……」
シャルルが大人しくなったところを見計らって、ランスローはゆっくりと語り出す。
「長い時間がかかってしまったけど、もう安心だ。メリナもいるし、レイノア王国は以前のような平和な国へと戻った。――帰ろう、僕たちと一緒に」
「…………」
「エインさんやジーナにカルム――そして、昔の優しかった頃に戻った母上も。きっと、みんなが帰りを待っている」
ランスローは語り続けるが、シャルルペトラからの反応はない。
「完全に動きは止まったようだが……」
「まだシャルルペトラの中に魔女イネスの魔力が残っているのだろう……ただ、動けなくなったところを見ると、ランスロー王子の説得は成功していると見ていい」
ミラルダとルコードは状況をこう分析し終えて、
「となると、肝心になって来るのはこの先」
「そう。――城内へ突入していったタカミネ・ソータたちがイネスを討ち取れれば、シャルルペトラを縛りつけている魔力を振り払えるかもしれない」
「そうと決まればすぐに援軍を出しましょう!」
「賛成だな。この場は俺たちに任せて、タカミネ・ソータと共にすべての根源を断ってきてくれ」
シャルルペトラが沈静化したことを受けて、ルコードは颯太たちを援護するための増援部隊をただちに編成し、自らが先頭を切って城内へと突入していった。
――世界の未来を賭けた廃界での戦いはいよいよ最終幕を迎える。
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