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【最終章②】竜王選戦編
第219話 世界を救う者
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「母としての決着……」
キルカは初めて見るアーティーの鋭い眼差しに息を呑んだ。
年齢的には自分よりもずっと年上のアーティー――その武勇伝というか、暴れっぷりは耳にしていたが、マーズナー・ファーム内での彼女は非常に大人しく、とても噂に聞くようなドラゴンには思えなかった。
――その考えは今をもって改められた。
アーティーから溢れ出る気迫。
決着をつけに来たという短な言葉の裏に隠された滾る心情を感じ取ったキルカは一歩後退する――この場を任せようと判断したからだ。
「!」
その行動を見たミラルダは、そっとランスロー王子へと近づき、
「王子、うちのキルカがこの場をアーティーに任せると判断したようだ」
「アーティー? あのドラゴンのことか?」
「あいつはシャルルの母親なんだ」
「! そ、そうだったのか」
智竜の能力により人間の言葉を話せるシャルルだが、母親である結竜アーティーについては何も知らないようだった。――というわけではないようで、
「それは間違いだ」
「何?」
ランスローは否定する。
その内容は、
「シャルルの母親は竜人族だ。彼女自身がそう話している」
「なんだと? 竜人族?」
ミラルダにとっては初耳であった。
そもそも、アーティーがシャルルの母親というのは、ドラゴンと会話ができる高峰颯太から聞いたという話を伝え聞いていた。
しかし、長らくシャルルと行動を共にしていたランスローからもたらされた情報は違っていた。
「……シャルルがアーティーの娘であるという情報はタカミネ・ソータがアーティーから直接教えてもらったものだと聞いている」
「タカミネ・ソータ……」
イネスに操られていた中で、ランスローは薄らと颯太とそのパートナーである竜人族との戦いの記憶が残っていた。
ハルヴァでの舞踏会とペルゼミネでの哀れみの森。
二度の交戦はいずれも操られていた中でのものだったので、直接会話を交わした内容などは定かではない。それでも、薄く残る記憶の断片の中で――高峰颯太は真っ向からぶつかってきた。自身のパートナーである竜人族を信じて。
「彼のことはなんとなく覚えているよ……嘘をつくタイプの人間じゃないというのは理解できるけど、シャルル自身が語った身内の中にアーティーという名のドラゴンの名前は出てこなかった」
「…………」
ミラルダとしては、颯太とランスロー王子――両者共に嘘をついているとはとても思えなかった。
「生憎と情報の真偽をたしかめている時間はない。……いずれにせよ、シャルルペトラを食い止めない限り我々連合騎士団に勝利の芽は存在しない。そうだろう――ルコード騎士団長」
「まったくもってその通りだ」
体勢を立て直したルコードがミラルダに賛同する。
「タカミネ・ソータもまたこの世界に平和をもたらすに欠かせない男だが――君にもその役割があるのだ。ランスロー王子」
「僕が……」
「アーティーと共にシャルルペトラを止めるんだ」
ミラルダの最後の一押しが、重くなっていたランスローの足を動かした。
「シャルル……」
アーティーの横に立つランスロー。
シャルルペトラを娘だと言い続けてきたアーティー――そのアーティーと別れてから行動を共にしていたランスロー。付き合いの期間は違えども、1匹とひとりのシャルルを想う気持ちに差異はない。
肝心のシャルルペトラは磁竜と奏竜、そして、竜騎士団と戦闘を続けていた。――が、アーティーとランスローがゆっくりとシャルルペトラに向かって歩き出していることに気がついた者たちは攻撃の手を止めていった。
「シャルル! 僕だ! ランスローだ!」
「シャルル……もうやめなさい。あなたを傷つける者など、ここにはひとりもいないのよ」
力を込めて叫ぶランスロー。
優しく囁くアーティー。
感情の光が灯らない瞳でランスローとアーティーを見つめるシャルル。その動きに特段変化は見られない。
――と、
「うん?」
最初にその異変に気がついたのはルコードだった。
「ミラルダ殿……シャルルペトラの顔が」
「なんだ? ――あ、あれは!?」
その変化にミラルダも気がついた。
「「シャルル!!」」
より近い位置にいたことで他者よりも早くにその変化を知ったランスローとアーティーは畳みかけるようにシャルルの名を呼ぶ。
名前を呼ぶという簡単な行為でもその効果は絶大だったようで、
「――――」
無言を貫き通しているシャルルペトラ。
その頬を、一筋の光が撫でるように落ちていく。
シャルルペトラは――泣いていた。
「正気に戻ったか!?」
「いや、まだだ……」
感情は取り戻しつつあれど、まだ心は支配されたまま。
ここから先、さらなる変化を期待するとすれば、
「イネス撃破に向かったタカミネ・ソータたち次第だな」
厳密に言えば、颯太と共にイネスを止めに向かった銀竜と雷竜と影竜の3匹の竜人族――彼女たちが、ここからの展開の鍵を握る存在となるだろう。
「動きを止められたのは好材料だ。少なくとも、動揺するに値する効果は得られたというわけだからな」
「アーティーとランスロー王子……シャルルペトラの中に、まだその記憶が残っているというわけか」
落ち着きが出てきた戦況を振り返ろうと、ルコードは周囲に目をやる。
竜人族はすでに満身創痍でこれ以上の戦闘続行は難しい。
他の竜騎士たちも、騎士とドラゴン共々に限界スレスレまで来ている様子だ。
「鎧竜と焔竜がどちらも合流してこないとはな……」
勝敗の行方を知らないミラルダにはそこが気がかりだった。
が、援軍のことなどとうに頭から離れているランスロー王子は、
「シャルル!」
シャルルペトラへと駆け寄る。
アーティーも続こうとしたが、
「!?」
何者かの接近に気づいたシャルルが手をかざす。
意識に混乱が生じていても、まだ完璧にペースを乱すまでにはいかず、シャルルは近づく者を薙ぎ払おうと――魔法を使う気だ。
早まったランスローの行動によりピンチを招いてしまうが、
「危ない!」
シャルルの放った魔力によって生み出された光の矢が、ランスローを庇ったアーティーの背中へと突き刺さった。
キルカは初めて見るアーティーの鋭い眼差しに息を呑んだ。
年齢的には自分よりもずっと年上のアーティー――その武勇伝というか、暴れっぷりは耳にしていたが、マーズナー・ファーム内での彼女は非常に大人しく、とても噂に聞くようなドラゴンには思えなかった。
――その考えは今をもって改められた。
アーティーから溢れ出る気迫。
決着をつけに来たという短な言葉の裏に隠された滾る心情を感じ取ったキルカは一歩後退する――この場を任せようと判断したからだ。
「!」
その行動を見たミラルダは、そっとランスロー王子へと近づき、
「王子、うちのキルカがこの場をアーティーに任せると判断したようだ」
「アーティー? あのドラゴンのことか?」
「あいつはシャルルの母親なんだ」
「! そ、そうだったのか」
智竜の能力により人間の言葉を話せるシャルルだが、母親である結竜アーティーについては何も知らないようだった。――というわけではないようで、
「それは間違いだ」
「何?」
ランスローは否定する。
その内容は、
「シャルルの母親は竜人族だ。彼女自身がそう話している」
「なんだと? 竜人族?」
ミラルダにとっては初耳であった。
そもそも、アーティーがシャルルの母親というのは、ドラゴンと会話ができる高峰颯太から聞いたという話を伝え聞いていた。
しかし、長らくシャルルと行動を共にしていたランスローからもたらされた情報は違っていた。
「……シャルルがアーティーの娘であるという情報はタカミネ・ソータがアーティーから直接教えてもらったものだと聞いている」
「タカミネ・ソータ……」
イネスに操られていた中で、ランスローは薄らと颯太とそのパートナーである竜人族との戦いの記憶が残っていた。
ハルヴァでの舞踏会とペルゼミネでの哀れみの森。
二度の交戦はいずれも操られていた中でのものだったので、直接会話を交わした内容などは定かではない。それでも、薄く残る記憶の断片の中で――高峰颯太は真っ向からぶつかってきた。自身のパートナーである竜人族を信じて。
「彼のことはなんとなく覚えているよ……嘘をつくタイプの人間じゃないというのは理解できるけど、シャルル自身が語った身内の中にアーティーという名のドラゴンの名前は出てこなかった」
「…………」
ミラルダとしては、颯太とランスロー王子――両者共に嘘をついているとはとても思えなかった。
「生憎と情報の真偽をたしかめている時間はない。……いずれにせよ、シャルルペトラを食い止めない限り我々連合騎士団に勝利の芽は存在しない。そうだろう――ルコード騎士団長」
「まったくもってその通りだ」
体勢を立て直したルコードがミラルダに賛同する。
「タカミネ・ソータもまたこの世界に平和をもたらすに欠かせない男だが――君にもその役割があるのだ。ランスロー王子」
「僕が……」
「アーティーと共にシャルルペトラを止めるんだ」
ミラルダの最後の一押しが、重くなっていたランスローの足を動かした。
「シャルル……」
アーティーの横に立つランスロー。
シャルルペトラを娘だと言い続けてきたアーティー――そのアーティーと別れてから行動を共にしていたランスロー。付き合いの期間は違えども、1匹とひとりのシャルルを想う気持ちに差異はない。
肝心のシャルルペトラは磁竜と奏竜、そして、竜騎士団と戦闘を続けていた。――が、アーティーとランスローがゆっくりとシャルルペトラに向かって歩き出していることに気がついた者たちは攻撃の手を止めていった。
「シャルル! 僕だ! ランスローだ!」
「シャルル……もうやめなさい。あなたを傷つける者など、ここにはひとりもいないのよ」
力を込めて叫ぶランスロー。
優しく囁くアーティー。
感情の光が灯らない瞳でランスローとアーティーを見つめるシャルル。その動きに特段変化は見られない。
――と、
「うん?」
最初にその異変に気がついたのはルコードだった。
「ミラルダ殿……シャルルペトラの顔が」
「なんだ? ――あ、あれは!?」
その変化にミラルダも気がついた。
「「シャルル!!」」
より近い位置にいたことで他者よりも早くにその変化を知ったランスローとアーティーは畳みかけるようにシャルルの名を呼ぶ。
名前を呼ぶという簡単な行為でもその効果は絶大だったようで、
「――――」
無言を貫き通しているシャルルペトラ。
その頬を、一筋の光が撫でるように落ちていく。
シャルルペトラは――泣いていた。
「正気に戻ったか!?」
「いや、まだだ……」
感情は取り戻しつつあれど、まだ心は支配されたまま。
ここから先、さらなる変化を期待するとすれば、
「イネス撃破に向かったタカミネ・ソータたち次第だな」
厳密に言えば、颯太と共にイネスを止めに向かった銀竜と雷竜と影竜の3匹の竜人族――彼女たちが、ここからの展開の鍵を握る存在となるだろう。
「動きを止められたのは好材料だ。少なくとも、動揺するに値する効果は得られたというわけだからな」
「アーティーとランスロー王子……シャルルペトラの中に、まだその記憶が残っているというわけか」
落ち着きが出てきた戦況を振り返ろうと、ルコードは周囲に目をやる。
竜人族はすでに満身創痍でこれ以上の戦闘続行は難しい。
他の竜騎士たちも、騎士とドラゴン共々に限界スレスレまで来ている様子だ。
「鎧竜と焔竜がどちらも合流してこないとはな……」
勝敗の行方を知らないミラルダにはそこが気がかりだった。
が、援軍のことなどとうに頭から離れているランスロー王子は、
「シャルル!」
シャルルペトラへと駆け寄る。
アーティーも続こうとしたが、
「!?」
何者かの接近に気づいたシャルルが手をかざす。
意識に混乱が生じていても、まだ完璧にペースを乱すまでにはいかず、シャルルは近づく者を薙ぎ払おうと――魔法を使う気だ。
早まったランスローの行動によりピンチを招いてしまうが、
「危ない!」
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