おっさん、異世界でドラゴンを育てる。

鈴木竜一

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【最終章②】竜王選戦編

第207話  【幕間】母の強さ

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 ハルヴァ王国――マーズナー・ファーム。

「あれからずっとあの調子ですか?」

 マーズナー・ファームのメイドたちを束ねるヘレナ・マーチスがたずねる。それに反応したのは近くにいたメイド三人娘のひとりであるリリだった。

「昨日から何も変わっていません。空を見上げたまま動こうとしなくて」
「そうですか……」

 ふたりが心配そうにその様子をうかがっているのは、マーズナー・ファームで一番の老竜である結竜アーティーだった。
 連合竜騎士団が廃界で旅立った日とほぼ同時期――何かの気配を感じ取ったのか、いつもは動きが鈍く一日を通してほとんど動くことのないアーティーなのだが、ここ最近はずっと地面に座り込んで空を眺めていた。

 それだけならいつもとさほど変わらないと気にすることはなかったろう。
 だが、食事さえせずに何もない空を眺めているアーティーの姿はメイドたちにとって異様にしか映らなかった。

「こんな時にソータ様がいてくだされば」

 思わずヘレナの口から本音が漏れる。

 ドラゴンと話せる男――高峰颯太は今や4大国家の要人たちが注目するほどの男になっていた。
 マーズナーと颯太のいるリンスウッドは同じ国にある同業者同士ということでお互いに協力体制を取っているが、魔族討伐作戦に出撃しているため、今から依頼することは難しい。そのため、メイドたちは成す術なくただ見守るしかなかった。そのメイドの数は、時間を追うごとに増えていく。

 一方、アーティーは周りが心配しているということは重々承知しているが、それでも空の彼方――わずかに感じる娘の気配に目を細めていた。

「シャルル……」

 マーズナーに来る前に別れた娘のシャルルペトラ。
 颯太から、レイノア王国のランスロー王子と行動を共にしている可能性があると知らされて以降、ずっとその安否を気にしていた。

 安否というのは体調のことだけではない。

「廃界に行ったのなら、もしかして……」

 それは、アーティーが考える限りで最悪の結末。
 その結末が現実のものになろうとしているのなら、ここでただ待っているだけというのは気が気でない。

「…………」

 アーティーは、その巨体をゆっくりと持ち上げた。

「え? アーティー?」

 突如動き出したアーティーに、ヘレナが声をあげる。
 周りのメイドたちも何事かとその動きに注目している。
 そんな視線の中で、アーティーは長年使っていなかった翼を大きく広げた。

「! アーティー! 何を!?」

 たまらずヘレナが制止するためアーティーの前に出る。
 だが、翼を広げるアーティーを止めることは叶わない。

「飛ぶというのですか!?」

 空戦型ドラゴンは飛行できることから時折牧場から脱走することもある。場所によっては鎖でつないだりするところもあるようだが、マーズナーではそのような対応を取ってはいなかった。
 というのも、前オーナーのミラルダは「ドラゴンが脱走したいと思わせない環境を作るべきだ」というのがモットーであり、その言葉通りの環境をつくり上げてここまでドラゴンの脱走はゼロという実績があった。

 アーティーも、元々は別の牧場で問題行動を起こすドラゴンとして有名だったが、ここへ来てからはそのような行動は一度も取ったことがない。ドラゴンの世話係であるメイドたちの言うこともきちんと聞く。

 ――しかし、今回ばかりは違っていた。

 いつもならヘレナの言うことをすんなり聞き入れるアーティーだが、翼を羽ばたかせる様子から止まる気配はなさそうだ。

 アーティーの向かう先は見当がついている。

「廃界へ行く気ですね? シャルルに会いに……」

 各国に現れた無所属の竜人族たち。
 その報告を受けた時から、アーティーは竜王選戦が本格化してきたことを悟り、同時にレグジートの血を引くシャルルペトラが巻き込まれるのは明白――いや、もしかしたら、今も廃界で他の国の竜人族と戦っているかもしれない。

「アーティー……あなたの気持ちはわかりますが、あなたの老体とその傷ついた翼では廃界までもつかどうか」

 アーティーはドラゴンの中でも高齢の方だ。
 人間の年齢に換算すれば、90歳を越えている計算になる。
 
 ここから廃界まで飛べるか――いや、それ以前に、飛び立てるのかさえ怪しい。

 マーズナー・ファームにいるドラゴンの大半は連合竜騎士団に組み込まれているのにアーティーが外されている理由は高齢というだけでなく、翼の古傷にも原因があった。

「やめるのです、アーティー!!」

 ヘレナの叫びは、しかしアーティーの羽ばたきによって発生した突風によってかき消されてしまう。やがて、アーティーの巨体はゆっくりと浮かび上がっていく。


「オオオオオオオオオオオォ!!!!!!」


 マーズナーのメイドたちは、これまで耳にしたこのないアーティーの咆哮に身震いする。

「アーティー……その体でも行くと言うのですね」

 母としての意地と愛が、アーティーの瞳に最後の光を灯す。
 それを目の当たりにしたヘレナには、もう止める気持ちは消え失せていた。今願うことはアーティーの望みが叶うことのみ。

 とてもドラゴンとは思えないゆっくりとした速度で飛び立った。

「ヘレナ様……」

 リリが心配そうに名を呼ぶ。
 騒ぎを聞きつけたルルとララも似たような表情でヘレナを見上げていた。

「大丈夫ですよ。人であろうとドラゴンであろうと――母という存在は強いのです」

 呆れと尊敬が込めれた声で、ヘレナはメイドたちに言った。
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