184 / 246
【最終章②】竜王選戦編
第204話 説得
しおりを挟む
「あれは……」
ミラルダにとっては初対面となるフライアであったが――その面影を残す幼い少女なら知っていた。
「まさか、バジタキスのメリナ姫か?」
レイノアよりもさらに規模が小さい国であり、わずかな鉱産資源の輸出でなんとか国を保たせていたのだが、とうとう経済破綻を起こしてその領地はハルヴァに譲渡される運びになったと聞いている。
だが、スウィーニーによるレイノア領土の不正譲渡問題が発覚してから、その余罪追及として過去の領土譲渡に関する案件を新大臣のレフティ・キャンベル率いる新生外交局が調査をしている最中だという噂を耳にしていた。
それら不正な領土譲渡問題に、バジタキスも関わっているのではないかとミラルダはかねてより睨んでいた。
わずかに残ったバジタキスの王家は静かに暮らしていると聞いているが、メリナ姫はレイノアのランスロー王子のもとへ嫁いだという話だった。
そのレイノアも、王の突然死で心構えもないまま女王となったダリスの隙をつき、当時の外交担当者であったジャービス・バクスターらがスウィーニーの持ちかけた不正取引に加わって領土をハルヴァへ奪われる形となってしまった。
以降、ランスロー王子とメリナ姫は死亡扱いとなっていたはずだが、
「まさか生きていて、しかもこんなところにいたとは……」
まだメリナ姫が幼い頃、バジタキスの関係者が竜騎士団を結成したいと親交のあったハルヴァへ相談に訪れた際、ドラゴンの育成に関する指南役として指名されたのが当時のマーズナー・ファームオーナーであるミラルダであった。
バジタキスに訪れた際にまだ幼かったメリナ姫と顔を合わせ、言葉を交わした記憶は残っている。その記憶を頭の奥から引っ張り出してきてみても、あのメリナ姫に廃界などという物騒な場所は結びつかない。
だが、
「フライア!」
咄嗟に叫んだランスローの言葉が、ミラルダに閃きを与えた。
「フライアって……環境保護団体フォレルガの代表であるフライア・ベルナールか」
フライアことメリナ姫はフォレルガという組織を隠れ蓑にして、ランスローと似たような活動を続けていたのだろう。
しかし、そうなると解せない点がある。
「久しぶりですな、メリナ姫。お美しくなられた」
「あなたは……ひょっとしてミラルダ・マーズナー?」
「そうです。バジタキスの城でお会いして以来――かれこれ10年以上前の話になりますな」
メリナもまた、ミラルダのことを覚えていた。
「よもやこのような場所で再会しようとは夢にも思いませんでしたよ」
「ご息女に牧場を任せたという話でしたので、てっきり一線からは身を退いたと思っていたのですが……」
「身を退いたのは何もドラゴンに関わらなくするためというわけじゃないんですよ。……解明したい謎がありましてね。そいつのことが気になって夜も眠れなくなっちまったから、その答えを探すためにずっと廃界にいたんですよ。――まさか、その答えの大きなヒントにあなたが絡んでいるとは」
ミラルダの浮かべるそれは苦笑いであった。
「そんなことはどうでもいい! メリナ! なんのつもりだ!」
いつの間にかメリナ呼びになっているランスロー。
「なんのつもりも何も、私はこの無益な戦いを終わらせに来ました」
「無益だと!?」
「これ以上戦っても、あなたの望むべき結果とはなりません。このままではナインレウスも失ってしまい」
「うるさい! 俺の言うことを聞くんだ、ナインレウス! その2匹をやれ!」
「ダメです。もう戦う必要はないんですよ、ナインレウス」
その態度は明らかにイラついている――これまでに見せたことのない、感情をむき出しにしていた。これにはキルカとベイランダムも驚く。
「あの人があそこまで声を荒げているところを初めて見たわ。いつもはスカしたようなことばっかり言っているのに」
「それほど、フライア・ベルナールの登場が予想外だったということでしょ」
キルカとベイランダムは警戒を解き、静観の構え。
何しろ、両者に挟まれる形となったナインレウスは、一体どちらの言うことを聞くべきか慌てふためていた。
「ナインレウス……」
その様子を案じて、キルカが一歩前に出る。
「ちょ、ちょっと!」
思わず止めに入ったベイランダムを制止して、
「あなたが正しいと思う行動をしなさい」
諭すように語る。
「あなたたちの過去に何があったか私は何も知らないけど、フライア――いいえ、メリナ姫の言葉は紛れもなく本心から出ているもの。あなたにだってそれはわかるでしょ?」
優しい問いかけに、ナインレウスは頷くことで返事を送る。
「……説得しているのか?」
竜人族同士の間でなにやら話合いが持たれている。
ミラルダにはその詳しい内容こそ聞き取ることはできないが、キルカがナインレウスへ語りかけているのはわかる。
「キルカ……おまえ……」
話し合いで相手を納得させる――それはミラルダの教えたことではない。きっと、オーナー職を譲った娘のアンジェリカの入れ知恵だろう。
「あいつめ……」
自分には出せなかったカラーを出して、マーズナー・ファームの未来を切り拓いていこうと模索する娘の頑張りが伝わるようなキルカの行動に、ミラルダの目頭は思わず熱くなった。
「戦いを放棄しなさい、ナインレウス」
「騙されるな、ナインレウス!」
「さあ、どうする――ナインレウス?」
「…………」
ナインレウスの出した答えは、
「ごめん……なさい」
戦闘放棄だった。
「!? ナインレウス!」
膝から崩れて落ちたナインレウスーーその決断に納得のいかないランスローが駆け寄ろうとする。と、ナインレウスの体が眩く発光しだした。何事かと、その光の勢いが収まるまで目を逸らしていたキルカとベイランダム――そしてランスローにメリナ姫。
しばらくして光が弱まってくると、
「――あれ?」
どこか間の抜けた声を出してむくりと上半身を起こしたのは、
「ロー!?」
奏竜ローリージンであった。
「な、ナインレウスに奪われていた能力が戻ったの!?」
ローリージンが息を吹き返したということはつまりそういうことだ。
「ば、バカな……なんてことを……」
これまで溜め続けたナインレウスの能力は、長い年月を経て元の持ち主である竜人族たちのところへと戻って行った。ローリージンが甦ったのもそれが原因だ。
この戦闘放棄により、勝者は自動決定する。
竜王選戦――《樹竜》キルカジルカVS《奪竜》ナインレウス。
勝者《樹竜》キルカジルカ。
ミラルダにとっては初対面となるフライアであったが――その面影を残す幼い少女なら知っていた。
「まさか、バジタキスのメリナ姫か?」
レイノアよりもさらに規模が小さい国であり、わずかな鉱産資源の輸出でなんとか国を保たせていたのだが、とうとう経済破綻を起こしてその領地はハルヴァに譲渡される運びになったと聞いている。
だが、スウィーニーによるレイノア領土の不正譲渡問題が発覚してから、その余罪追及として過去の領土譲渡に関する案件を新大臣のレフティ・キャンベル率いる新生外交局が調査をしている最中だという噂を耳にしていた。
それら不正な領土譲渡問題に、バジタキスも関わっているのではないかとミラルダはかねてより睨んでいた。
わずかに残ったバジタキスの王家は静かに暮らしていると聞いているが、メリナ姫はレイノアのランスロー王子のもとへ嫁いだという話だった。
そのレイノアも、王の突然死で心構えもないまま女王となったダリスの隙をつき、当時の外交担当者であったジャービス・バクスターらがスウィーニーの持ちかけた不正取引に加わって領土をハルヴァへ奪われる形となってしまった。
以降、ランスロー王子とメリナ姫は死亡扱いとなっていたはずだが、
「まさか生きていて、しかもこんなところにいたとは……」
まだメリナ姫が幼い頃、バジタキスの関係者が竜騎士団を結成したいと親交のあったハルヴァへ相談に訪れた際、ドラゴンの育成に関する指南役として指名されたのが当時のマーズナー・ファームオーナーであるミラルダであった。
バジタキスに訪れた際にまだ幼かったメリナ姫と顔を合わせ、言葉を交わした記憶は残っている。その記憶を頭の奥から引っ張り出してきてみても、あのメリナ姫に廃界などという物騒な場所は結びつかない。
だが、
「フライア!」
咄嗟に叫んだランスローの言葉が、ミラルダに閃きを与えた。
「フライアって……環境保護団体フォレルガの代表であるフライア・ベルナールか」
フライアことメリナ姫はフォレルガという組織を隠れ蓑にして、ランスローと似たような活動を続けていたのだろう。
しかし、そうなると解せない点がある。
「久しぶりですな、メリナ姫。お美しくなられた」
「あなたは……ひょっとしてミラルダ・マーズナー?」
「そうです。バジタキスの城でお会いして以来――かれこれ10年以上前の話になりますな」
メリナもまた、ミラルダのことを覚えていた。
「よもやこのような場所で再会しようとは夢にも思いませんでしたよ」
「ご息女に牧場を任せたという話でしたので、てっきり一線からは身を退いたと思っていたのですが……」
「身を退いたのは何もドラゴンに関わらなくするためというわけじゃないんですよ。……解明したい謎がありましてね。そいつのことが気になって夜も眠れなくなっちまったから、その答えを探すためにずっと廃界にいたんですよ。――まさか、その答えの大きなヒントにあなたが絡んでいるとは」
ミラルダの浮かべるそれは苦笑いであった。
「そんなことはどうでもいい! メリナ! なんのつもりだ!」
いつの間にかメリナ呼びになっているランスロー。
「なんのつもりも何も、私はこの無益な戦いを終わらせに来ました」
「無益だと!?」
「これ以上戦っても、あなたの望むべき結果とはなりません。このままではナインレウスも失ってしまい」
「うるさい! 俺の言うことを聞くんだ、ナインレウス! その2匹をやれ!」
「ダメです。もう戦う必要はないんですよ、ナインレウス」
その態度は明らかにイラついている――これまでに見せたことのない、感情をむき出しにしていた。これにはキルカとベイランダムも驚く。
「あの人があそこまで声を荒げているところを初めて見たわ。いつもはスカしたようなことばっかり言っているのに」
「それほど、フライア・ベルナールの登場が予想外だったということでしょ」
キルカとベイランダムは警戒を解き、静観の構え。
何しろ、両者に挟まれる形となったナインレウスは、一体どちらの言うことを聞くべきか慌てふためていた。
「ナインレウス……」
その様子を案じて、キルカが一歩前に出る。
「ちょ、ちょっと!」
思わず止めに入ったベイランダムを制止して、
「あなたが正しいと思う行動をしなさい」
諭すように語る。
「あなたたちの過去に何があったか私は何も知らないけど、フライア――いいえ、メリナ姫の言葉は紛れもなく本心から出ているもの。あなたにだってそれはわかるでしょ?」
優しい問いかけに、ナインレウスは頷くことで返事を送る。
「……説得しているのか?」
竜人族同士の間でなにやら話合いが持たれている。
ミラルダにはその詳しい内容こそ聞き取ることはできないが、キルカがナインレウスへ語りかけているのはわかる。
「キルカ……おまえ……」
話し合いで相手を納得させる――それはミラルダの教えたことではない。きっと、オーナー職を譲った娘のアンジェリカの入れ知恵だろう。
「あいつめ……」
自分には出せなかったカラーを出して、マーズナー・ファームの未来を切り拓いていこうと模索する娘の頑張りが伝わるようなキルカの行動に、ミラルダの目頭は思わず熱くなった。
「戦いを放棄しなさい、ナインレウス」
「騙されるな、ナインレウス!」
「さあ、どうする――ナインレウス?」
「…………」
ナインレウスの出した答えは、
「ごめん……なさい」
戦闘放棄だった。
「!? ナインレウス!」
膝から崩れて落ちたナインレウスーーその決断に納得のいかないランスローが駆け寄ろうとする。と、ナインレウスの体が眩く発光しだした。何事かと、その光の勢いが収まるまで目を逸らしていたキルカとベイランダム――そしてランスローにメリナ姫。
しばらくして光が弱まってくると、
「――あれ?」
どこか間の抜けた声を出してむくりと上半身を起こしたのは、
「ロー!?」
奏竜ローリージンであった。
「な、ナインレウスに奪われていた能力が戻ったの!?」
ローリージンが息を吹き返したということはつまりそういうことだ。
「ば、バカな……なんてことを……」
これまで溜め続けたナインレウスの能力は、長い年月を経て元の持ち主である竜人族たちのところへと戻って行った。ローリージンが甦ったのもそれが原因だ。
この戦闘放棄により、勝者は自動決定する。
竜王選戦――《樹竜》キルカジルカVS《奪竜》ナインレウス。
勝者《樹竜》キルカジルカ。
0
お気に入りに追加
4,469
あなたにおすすめの小説
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」
音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。
本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。
しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。
*6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く
ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。
5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。
夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
政略より愛を選んだ結婚。~後悔は十年後にやってきた。~
つくも茄子
恋愛
幼い頃からの婚約者であった侯爵令嬢との婚約を解消して、学生時代からの恋人と結婚した王太子殿下。
政略よりも愛を選んだ生活は思っていたのとは違っていた。「お幸せに」と微笑んだ元婚約者。結婚によって去っていた側近達。愛する妻の妃教育がままならない中での出産。世継ぎの王子の誕生を望んだものの産まれたのは王女だった。妻に瓜二つの娘は可愛い。無邪気な娘は欲望のままに動く。断罪の時、全てが明らかになった。王太子の思い描いていた未来は元から無かったものだった。後悔は続く。どこから間違っていたのか。
他サイトにも公開中。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
あなたがそう望んだから
まる
ファンタジー
「ちょっとアンタ!アンタよ!!アデライス・オールテア!」
思わず不快さに顔が歪みそうになり、慌てて扇で顔を隠す。
確か彼女は…最近編入してきたという男爵家の庶子の娘だったかしら。
喚き散らす娘が望んだのでその通りにしてあげましたわ。
○○○○○○○○○○
誤字脱字ご容赦下さい。もし電波な転生者に貴族の令嬢が絡まれたら。攻略対象と思われてる男性もガッチリ貴族思考だったらと考えて書いてみました。ゆっくりペースになりそうですがよろしければ是非。
閲覧、しおり、お気に入りの登録ありがとうございました(*´ω`*)
何となくねっとりじわじわな感じになっていたらいいのにと思ったのですがどうなんでしょうね?
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
「魔道具の燃料でしかない」と言われた聖女が追い出されたので、結界は消えます
七辻ゆゆ
ファンタジー
聖女ミュゼの仕事は魔道具に力を注ぐだけだ。そうして国を覆う大結界が発動している。
「ルーチェは魔道具に力を注げる上、癒やしの力まで持っている、まさに聖女だ。燃料でしかない平民のおまえとは比べようもない」
そう言われて、ミュゼは城を追い出された。
しかし城から出たことのなかったミュゼが外の世界に恐怖した結果、自力で結界を張れるようになっていた。
そしてミュゼが力を注がなくなった大結界は力を失い……
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
強制力がなくなった世界に残されたものは
りりん
ファンタジー
一人の令嬢が処刑によってこの世を去った
令嬢を虐げていた者達、処刑に狂喜乱舞した者達、そして最愛の娘であったはずの令嬢を冷たく切り捨てた家族達
世界の強制力が解けたその瞬間、その世界はどうなるのか
その世界を狂わせたものは
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
婚約破棄の後始末 ~息子よ、貴様何をしてくれってんだ!
タヌキ汁
ファンタジー
国一番の権勢を誇る公爵家の令嬢と政略結婚が決められていた王子。だが政略結婚を嫌がり、自分の好き相手と結婚する為に取り巻き達と共に、公爵令嬢に冤罪をかけ婚約破棄をしてしまう、それが国を揺るがすことになるとも思わずに。
これは馬鹿なことをやらかした息子を持つ父親達の嘆きの物語である。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。