おっさん、異世界でドラゴンを育てる。

鈴木竜一

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【最終章②】竜王選戦編

第204話  説得

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「あれは……」

 ミラルダにとっては初対面となるフライアであったが――その面影を残す幼い少女なら知っていた。

「まさか、バジタキスのメリナ姫か?」

 レイノアよりもさらに規模が小さい国であり、わずかな鉱産資源の輸出でなんとか国を保たせていたのだが、とうとう経済破綻を起こしてその領地はハルヴァに譲渡される運びになったと聞いている。

 だが、スウィーニーによるレイノア領土の不正譲渡問題が発覚してから、その余罪追及として過去の領土譲渡に関する案件を新大臣のレフティ・キャンベル率いる新生外交局が調査をしている最中だという噂を耳にしていた。

 それら不正な領土譲渡問題に、バジタキスも関わっているのではないかとミラルダはかねてより睨んでいた。
 
 わずかに残ったバジタキスの王家は静かに暮らしていると聞いているが、メリナ姫はレイノアのランスロー王子のもとへ嫁いだという話だった。

 そのレイノアも、王の突然死で心構えもないまま女王となったダリスの隙をつき、当時の外交担当者であったジャービス・バクスターらがスウィーニーの持ちかけた不正取引に加わって領土をハルヴァへ奪われる形となってしまった。

 以降、ランスロー王子とメリナ姫は死亡扱いとなっていたはずだが、

「まさか生きていて、しかもこんなところにいたとは……」

 まだメリナ姫が幼い頃、バジタキスの関係者が竜騎士団を結成したいと親交のあったハルヴァへ相談に訪れた際、ドラゴンの育成に関する指南役として指名されたのが当時のマーズナー・ファームオーナーであるミラルダであった。

 バジタキスに訪れた際にまだ幼かったメリナ姫と顔を合わせ、言葉を交わした記憶は残っている。その記憶を頭の奥から引っ張り出してきてみても、あのメリナ姫に廃界などという物騒な場所は結びつかない。

 だが、

「フライア!」

 咄嗟に叫んだランスローの言葉が、ミラルダに閃きを与えた。

「フライアって……環境保護団体フォレルガの代表であるフライア・ベルナールか」

 フライアことメリナ姫はフォレルガという組織を隠れ蓑にして、ランスローと似たような活動を続けていたのだろう。
 しかし、そうなると解せない点がある。

「久しぶりですな、メリナ姫。お美しくなられた」
「あなたは……ひょっとしてミラルダ・マーズナー?」
「そうです。バジタキスの城でお会いして以来――かれこれ10年以上前の話になりますな」
 
 メリナもまた、ミラルダのことを覚えていた。

「よもやこのような場所で再会しようとは夢にも思いませんでしたよ」
「ご息女に牧場を任せたという話でしたので、てっきり一線からは身を退いたと思っていたのですが……」
「身を退いたのは何もドラゴンに関わらなくするためというわけじゃないんですよ。……解明したい謎がありましてね。そいつのことが気になって夜も眠れなくなっちまったから、その答えを探すためにずっと廃界にいたんですよ。――まさか、その答えの大きなヒントにあなたが絡んでいるとは」

 ミラルダの浮かべるそれは苦笑いであった。

「そんなことはどうでもいい! メリナ! なんのつもりだ!」

 いつの間にかメリナ呼びになっているランスロー。

「なんのつもりも何も、私はこの無益な戦いを終わらせに来ました」
「無益だと!?」
「これ以上戦っても、あなたの望むべき結果とはなりません。このままではナインレウスも失ってしまい」
「うるさい! 俺の言うことを聞くんだ、ナインレウス! その2匹をやれ!」
「ダメです。もう戦う必要はないんですよ、ナインレウス」

 その態度は明らかにイラついている――これまでに見せたことのない、感情をむき出しにしていた。これにはキルカとベイランダムも驚く。

「あの人があそこまで声を荒げているところを初めて見たわ。いつもはスカしたようなことばっかり言っているのに」
「それほど、フライア・ベルナールの登場が予想外だったということでしょ」

 キルカとベイランダムは警戒を解き、静観の構え。
 何しろ、両者に挟まれる形となったナインレウスは、一体どちらの言うことを聞くべきか慌てふためていた。

「ナインレウス……」

 その様子を案じて、キルカが一歩前に出る。

「ちょ、ちょっと!」

 思わず止めに入ったベイランダムを制止して、

「あなたが正しいと思う行動をしなさい」

 諭すように語る。

「あなたたちの過去に何があったか私は何も知らないけど、フライア――いいえ、メリナ姫の言葉は紛れもなく本心から出ているもの。あなたにだってそれはわかるでしょ?」

 優しい問いかけに、ナインレウスは頷くことで返事を送る。

「……説得しているのか?」

 竜人族同士の間でなにやら話合いが持たれている。
 ミラルダにはその詳しい内容こそ聞き取ることはできないが、キルカがナインレウスへ語りかけているのはわかる。

「キルカ……おまえ……」

 話し合いで相手を納得させる――それはミラルダの教えたことではない。きっと、オーナー職を譲った娘のアンジェリカの入れ知恵だろう。

「あいつめ……」

 自分には出せなかったカラーを出して、マーズナー・ファームの未来を切り拓いていこうと模索する娘の頑張りが伝わるようなキルカの行動に、ミラルダの目頭は思わず熱くなった。

「戦いを放棄しなさい、ナインレウス」
「騙されるな、ナインレウス!」
「さあ、どうする――ナインレウス?」
「…………」

 ナインレウスの出した答えは、


「ごめん……なさい」

 
 戦闘放棄だった。

「!? ナインレウス!」

 膝から崩れて落ちたナインレウスーーその決断に納得のいかないランスローが駆け寄ろうとする。と、ナインレウスの体が眩く発光しだした。何事かと、その光の勢いが収まるまで目を逸らしていたキルカとベイランダム――そしてランスローにメリナ姫。

 しばらくして光が弱まってくると、


「――あれ?」


 どこか間の抜けた声を出してむくりと上半身を起こしたのは、

「ロー!?」

 奏竜ローリージンであった。

「な、ナインレウスに奪われていた能力が戻ったの!?」

 ローリージンが息を吹き返したということはつまりそういうことだ。

「ば、バカな……なんてことを……」

 これまで溜め続けたナインレウスの能力は、長い年月を経て元の持ち主である竜人族たちのところへと戻って行った。ローリージンが甦ったのもそれが原因だ。

 この戦闘放棄により、勝者は自動決定する。


 竜王選戦――《樹竜》キルカジルカVS《奪竜》ナインレウス。

 勝者《樹竜》キルカジルカ。
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