おっさん、異世界でドラゴンを育てる。

鈴木竜一

文字の大きさ
上 下
183 / 246
【最終章②】竜王選戦編

第203話  ナインレウスの意地

しおりを挟む
 どういった経緯でここへたどり着いたのか――ほんの一瞬、キルカの脳裏にそんな思いが駆け巡った。
 そのため、ナインレウスの顔色が変化したことに気づくのが遅れてしまった。
「あっ!」と思った時にはすでに手遅れ。
 ナインレウスは奏竜の能力を奪うため、ローリージンへ襲いかかった。

「! まずい!」

 ミラルダもナインレウスの狙いがローリジンの能力にあると気づき、なんとかその動きを止めようとロープを投げようとしたが、

「邪魔はよくないな」

 眼前を横切ったのは小型のナイフ。投げたのはもちろんランスローであった。放たれたナイフに気を取られ、ミラルダの動きが止まる――それにより、ナインレウスは完全にフリーとなってしまった。

「今すぐそこから逃げなさい! ナインレウスに捕まってはダメよ!」

 ナインレウスを追いかけながら、必死にローリージンへ叫ぶキルカ。

「い、一体何が起きて――」

 だが、当のローリージンは事態を呑み込めず、いきなり叫ばれて軽くパニック状態に陥っていた。無理もない。ローリージンからすればナインレウスは仲間側の竜人族だ。戦闘で劣勢になっているかといって、自分たちの能力を奪いに来るようなマネはしないという考えが脳内にあった。

 ゆえに、ローリージンは身動きが取れない。
 
 次の瞬間。
 ナインレウスの牙がローリージンを襲う。

 グシュッ!

「っ!」 

 ローリージンの細い右肩に、ナインレウスの鋭い牙が深く食い込む。飛び散った鮮血が石造りの壁に広がった。

「う、あ、ああ……」

 そのまま肩の肉を食いちぎられたローリージンはドサッと力なく、人形のように倒れた。

「…………」

 ナインレウスは咀嚼もほどほどに食いちぎった肉をごくりと飲み込む。これにより、ナインレウスは奏竜の持つ楽器を操る能力が使用できるようになった――が、どうやら相手の肉を食らうことで得られる恩恵はそれだけではないようだ。
 
「か、体の傷が……」

 キルカの攻撃によって刻まれた体の傷が、完全ではないが癒えていた。能力の増加だけでなく、身体の回復も得られるようだ。

「ははは! いいぞナインレウス! さあ、樹竜を倒せ!」

 新たな力を手にしたナインレウスを見て、ランスローは勝利を確信したかのように叫ぶ。

「……つくづく厄介な能力ね」

 興奮するランスローとは対照的に、キルカは冷静に事態の把握に努めていた。
 奏竜の能力自体はそこまで脅威ではない。
 ただ、傷の回復という副産物があるというのは完全に誤算だった。

 そこへ、

「ロー? 何かあったの?」

 新たな誤算が現れた。
 ローリージンが走って来た廊下の向こうから、磁竜ベイランダムが追いかけてきた。
 
「…………」

 ナインレウスの視線が声のした方向へ向けられた。

「願ってもいない来客だ。――やれ、ナインレウス」

 ランスローの指示に従い、次の狙いをベイランダムへと絞ったナインレウス。
 ただでさえこれ以上能力が増えるというのは厄介だというのに、体力が元通りになるというおまけもさけたいところだ。

 ともかく、これ以上、能力を奪わせるわけにはいかない。

「磁竜ベイランダム! ナインレウスから逃げなさい! 今のナインレウスは敵味方関係なく襲ってくるわ!」
「え?」

 唐突に言葉をかけられたベイランダムの足が止まる。これまでの経緯を知らないベイランダムからすれば、味方であるナインレウスが向かって来て、敵であるキルカが遠くにいるというこの状況――警戒色は薄いのだが、

「っ!?」

 ベイランダムは咄嗟にナインレウスへ攻撃を仕掛けた。その動きが予想外だったのか、ナインレウスはベイランダムの蹴りをまともに受けて吹っ飛んだ。
 
「ナインレウス! ローに何をしたの!?」

 磁竜ベイランダムを動かしたのは、ナインレウスの足元で倒れている奏竜ローリージンの姿であった。最初は何事かと放心状態だったが、肩からの出血と、向かってくるナインレウスの口元にベッタリとついた血を見て、すぐに何が起きたのかを理解した。

「奪ったのね――ローの力を!」

 共闘関係であったナインレウスの裏切りに等しい行為。
 ベイランダムの怒りは一瞬にして頂点に達した。
 
「ナインレウス!!!」

 右手から放たれた磁力が、オロム城内にある使い古された剣や盾を引き寄せる。キルカに放ったような、巨大な鉄の塊――それがナインレウスへ向かって放たれた。

「…………」

 押し潰さんと襲い来る鉄の塊に対し、ナインレウスは酸竜の能力を使ってこれを難なく回避する。頭に血が上っているベイランダムの攻撃は読みやすくなっていたため、ナインレウスにもよけられるものであったが――そこまで読んで追撃を迫るもうひとつの影がすぐ近くまで接近していたのには気がつかなかった。

「油断したわね!」

 キルカだ。

 回避した先――酸竜の能力を解除した瞬間を狙って、キルカはナインレウスの背中に全体重をかけたドロップキックをお見舞いした。
 またも床に叩きつけられたナインレウス。
 だが、体力が回復している影響からか、すぐに起き上がってキルカジルカを睨みつける。

「まだヤル気満々ってわけね」
「樹竜! うちも手を貸すわ!」

 戦闘態勢を取るキルカの横に、ベイランダムが肩を並べる。

「いいの? 私はあなたを倒した竜人族よ?」
「それよりも問題はローよ。ナインレウスを倒しさえすれば、溜め込んだ能力を一気に解放されるはずだから」

 ベイランダムとキルカジルカが手を組んで、ナインレウスへと挑む。

「かっかっかっ! いいぞ、形勢逆転だ!」

 豪快に笑い飛ばずミラルダ。
 さすがにこの展開はまったく予想していなかった。
 それはランスローも同じのようで、

「ナインレウス……」

 その顔から余裕の笑みは消え去り、険しさが色濃く出始めていた。
 このままではナインレウスの敗北は必至――その時だった。


「もうやめましょう」


 肌を刺す緊張感の中に突如流れ込んできた女性の声。

「ナインレウス……あなたはよくやったわ。でも、もうこれ以上、あなたが傷つくところを見たくはないの」

 声の主はフライア・ベルナールこと元バジタキス王国のメリナ姫だった。
しおりを挟む
感想 291

あなたにおすすめの小説

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

〈完結〉遅効性の毒

ごろごろみかん。
ファンタジー
「結婚されても、私は傍にいます。彼が、望むなら」 悲恋に酔う彼女に私は笑った。 そんなに私の立場が欲しいなら譲ってあげる。

政略より愛を選んだ結婚。~後悔は十年後にやってきた。~

つくも茄子
恋愛
幼い頃からの婚約者であった侯爵令嬢との婚約を解消して、学生時代からの恋人と結婚した王太子殿下。 政略よりも愛を選んだ生活は思っていたのとは違っていた。「お幸せに」と微笑んだ元婚約者。結婚によって去っていた側近達。愛する妻の妃教育がままならない中での出産。世継ぎの王子の誕生を望んだものの産まれたのは王女だった。妻に瓜二つの娘は可愛い。無邪気な娘は欲望のままに動く。断罪の時、全てが明らかになった。王太子の思い描いていた未来は元から無かったものだった。後悔は続く。どこから間違っていたのか。 他サイトにも公開中。

【完結】あなたに知られたくなかった

ここ
ファンタジー
セレナの幸せな生活はあっという間に消え去った。新しい継母と異母妹によって。 5歳まで令嬢として生きてきたセレナは6歳の今は、小さな手足で必死に下女見習いをしている。もう自分が令嬢だということは忘れていた。 そんなセレナに起きた奇跡とは?

あなたがそう望んだから

まる
ファンタジー
「ちょっとアンタ!アンタよ!!アデライス・オールテア!」 思わず不快さに顔が歪みそうになり、慌てて扇で顔を隠す。 確か彼女は…最近編入してきたという男爵家の庶子の娘だったかしら。 喚き散らす娘が望んだのでその通りにしてあげましたわ。 ○○○○○○○○○○ 誤字脱字ご容赦下さい。もし電波な転生者に貴族の令嬢が絡まれたら。攻略対象と思われてる男性もガッチリ貴族思考だったらと考えて書いてみました。ゆっくりペースになりそうですがよろしければ是非。 閲覧、しおり、お気に入りの登録ありがとうございました(*´ω`*) 何となくねっとりじわじわな感じになっていたらいいのにと思ったのですがどうなんでしょうね?

「魔道具の燃料でしかない」と言われた聖女が追い出されたので、結界は消えます

七辻ゆゆ
ファンタジー
聖女ミュゼの仕事は魔道具に力を注ぐだけだ。そうして国を覆う大結界が発動している。 「ルーチェは魔道具に力を注げる上、癒やしの力まで持っている、まさに聖女だ。燃料でしかない平民のおまえとは比べようもない」 そう言われて、ミュゼは城を追い出された。 しかし城から出たことのなかったミュゼが外の世界に恐怖した結果、自力で結界を張れるようになっていた。 そしてミュゼが力を注がなくなった大結界は力を失い……

婚約破棄の後始末 ~息子よ、貴様何をしてくれってんだ! 

タヌキ汁
ファンタジー
 国一番の権勢を誇る公爵家の令嬢と政略結婚が決められていた王子。だが政略結婚を嫌がり、自分の好き相手と結婚する為に取り巻き達と共に、公爵令嬢に冤罪をかけ婚約破棄をしてしまう、それが国を揺るがすことになるとも思わずに。  これは馬鹿なことをやらかした息子を持つ父親達の嘆きの物語である。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。