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可愛い妹

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「きゃあああああっ!!」

 フリージアとを探して廊下を走っていると、突然つんざくような悲鳴が廊下に響いた。慌てて声が聞こえた方に向かうと、そこにはジュリエッタに刃物を持って襲いかかる長い銀髪の令嬢の姿があった。

 令嬢が着ているのは、昼間に見たのとまったく同じ柄のドレス。それを見て、彼女がフリージアであることをすぐに理解した。

「フリージア様、っ、落ち着いて!!」

「っ……!!」

 慌てて私は、背後からフリージアを羽交い締めにしようとした。

 しかし彼女が激しく抵抗するため、なかなか上手くいかない。走った疲れもあり、気を抜いてしまうと振り払われてしまいそうだ。

 そうなる前に、私は必死にフリージアに呼びかけた。

「待って、フリージア様……っ、どうか、早まらないでくださいな! お話なら、ちゃんと聞きますから!」

「っ、離してっ、邪魔しないでよ!!」

「離すものですか……っ、大切な友達が間違った方向に進もうとしているなら、止めるに決まってるでしょう!?」

「っ、貴女は!」

 急にフリージアは、思い切り私を後ろに押し返した。それにより、私は床に尻もちをついてしまったのである。

「……っ」

 見上げると、フリージアは肩で息をしながら涙を流していた。髪も乱れ、化粧もぐしゃぐしゃである。それはまるで、彼女の荒んだ心の中を表したかのような光景であった。

「っ、レイチェル様。残念ながら私は……貴女みたいに、美しい心は持ち合わせていないのです。恨めしい者を許すだなんてこと、絶対にできませんわ。だから……死んで、すべてをやり直すしかありませんの」

「……っ、フリージア様」

「それに……生まれ以外のすべてに恵まれていた貴女に、私の気持ちなんか分かる筈がないでしょう!?」

「ま、待って、フリージア様!!」

「あああああ!!」

 私が静止するより先に、フリージアは叫びながらジュリエッタに切りかかった。ジュリエッタは恐怖で腰が抜けてしまったのか、逃げれないようだった。
 
「嫌ああああっ!!」

 もう間に合わないと思った、ちょうどその時。

 ジュリエッタの前に、大きな人影が立ちはだかったのだった。

「ぐっ……」

 辛そうなうめき声を上げて、二人の間に立っていたのは……ヨーゼフだった。

 彼はその身を挺して、ジュリエッタを守っていたのである。

 ヨーゼフの腹部にはフリージアが持った刃物が刺さっており、床には血が滴っていた。フリージアは慌てて刃を抜いたものの、傷が深いのか、彼の上着には広く血が滲んでいたのだった。

「……っ、済まない、フリージア」

「っ!?」

「勉強嫌いでわがままで……どうしようもないけど、私からすればジュリエッタも、お前と同じ……大事な妹なんだ。……だからどうか、許してほしい……うっ」

 血を吐いた口元を抑えるヨーゼフを見て、フリージアは足を震わせていた。そして彼女は、おそるおそる口を開いたのだった。

「っ、貴方、まさか……私の正体に気付いてたの……?」

「ああ……そうだよ。っ、ジュリエッタに似た顔立ちと……耳にある黒子を見て、最初に会ったときからずっと……気づいてた。でも、父上に知られてしまったらお前の命が危ない。……っ、だからずっと、声をかけられなかったんだ」

「……どうして? 貴方が私を見たのは随分昔で、私がまだ赤子の時でしょう?」

「……っ、かわいい妹のことを……っ、忘れる訳がないだろう?」

「……ヨーゼフ様」

「っ、う」

 寂しそうに笑ってから、ヨーゼフは床に倒れ込んでしまったのだった。

「嘘……」

 刃物を落とし、その場にへたり込むフリージア。しかし、目の前で起きた悲劇は嘘などではなく、現実であった。

「……わ、私」

 フリージアが何かを言いかけたその時。ジュリエッタの後ろから、ヴィルヘルムが早足で歩いて来たのだった。

 それから彼は、フリージアと目線を合わせるように床に片膝をついた。

「フリージア孃。一つ聞きたいことがある。……貴女は、自分がやったことを反省しているか?」

「……っ」

「彼を刺したことを、後悔はしているのか?」

 ヴィルヘルムがそこまで言うと、フリージアは小さく頷いた。それを確認してから、ヴィルヘルムは床に転がった刃物を手に取ったのだった。

「凶器が呪具だったのが、不幸中の幸いというところか」

「ヴィルヘルム様……ということは」

「ああ。きっと、まだ間に合うはずだ」

 そう言って、ヴィルヘルムは手袋を外したのである。
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