リュドミラの恋占い~身代わりの花嫁は国王陛下の番となる~

二階堂まや

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ある少女の独白

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 私の祖国では、銀色の髪はとても珍しいものであった。銀髪であるだけで、周囲から羨望の眼差しを受けるのだと、昔どこかで聞いたことがある。

 上流貴族である私の父は、メイドとして働きに来た母のことを、ひと目見て気に入ったらしい。なぜなら母は、美しい銀髪をしていたからだ。

 やがて母は、私を妊娠した。しかし私を生んで程なくして、父から家を追い出されたらしい。

 当時はまだ、愛妾を持つことは法律で禁じられていなかった。しかし、愛妾や第二夫人というものを禁止する機運はすでに高まっていたので、体裁を気にした父は自己保身に走ったのだろう。

 満足な額の手切れ金も与えられず、未婚の母となった娘を実家が受け入れることもなく。やがて母は、街中にあるパン屋に住み込みで働くことを決意した。

「だいぶ大きくなったじゃないか、ジア」

「たくさん食べて、元気に育ちなさいな」

 パン屋で働いているのはみな優しい人ばかりで、誰もが私を可愛がってくれていたのをよく覚えている。

 私の中で思い浮かぶ母は、綺麗な銀髪をお団子ぐくりにして、毎日忙しそうにパンを焼く姿であった。綺麗なドレスを着ていたり、お上品なメイド服を着ていた姿は、一度だって見たことがない。しかし、私を捨てることなく、女手一つで育てることを選んでくれた母のことが、私は大好きだった。

 しかし、幸せな日々は長く続かなかった。私が五歳の時に、母が病気で亡くなってしまったのだ。

「う……っ、ううっ」

 大好きな母を失った私は、一生分の涙を使い果たすほどに泣き続けた。子供にとって、親の死はあまりにも悲しすぎる出来事だったのだ。

 そして泣いてばかりいる私に手を差し伸べてくれたのは……パン屋の店主のおじさんであった。

「ジア。良かったら、孤児院に行かずにこのままうちに住まないか?」

 私はすぐに頷いた。そしておじさんは、私を養子として迎えてくれたのだった。

 それから数年後。読み書きと計算ができるようになった私は、パン屋を手伝うようになっていた。

「お嬢ちゃん、今日はどれがオススメかしら?」

「えっと……今日から発売の季節限定、春キャベツのパンがオススメ……です!」

「あら、じゃあそれを三ついただくわ」

「っ、ありがとうございます!」

 店先に立ってお客を呼び込んだり、店内で接客したり。とにかくおじさんや店のみんなの力になりたくて、毎日必死だったのをよく覚えている。それは忙しくも、充実した日々であるに他ならなかった。

「ジア、いつもありがとう。でも……すまないね。本当ならばこんなパン屋ではなくて、お前は素敵なお屋敷に住んで、裕福な暮らしをするべきなのに」

 店の締め作業をする時、おじさんは時折そんなことを私に言った。

 そんな時、私は決まってこう言ったのだ。

「そんなこと言わないでよ、おじさん。私、今とーっても幸せだもの。素敵な‘‘看板娘’’になるために、もっと頑張るからね」

「ジア……」

 裕福でなくとも、大好きなみんなと暮らせる。それだけで私は、十分だったのだ。

 が、しかし。

 ささやかながら幸せな日常。それすらも奪われてしまうだなんて、その時の私は想像すらしていなかったのである。

+

「ここに銀髪の子供を住まわせていると聞いたが……間違いないな?」

 ある晩。おじさんが店の締め作業をしている時、目つきの悪い男が二人パン屋へとやって来たのだった。

「な、何です? たしかに子供が一人おりますが、養子縁組の申請はきちんと通しております」

「黙れ!! その手続きは一切無効だ、その子供は孤児院であずからせてもらう!」

「何を言ってるんだ、そもそも貴方たちは何者だ!!」

「うるさい、すべて法に則ったことだ!」

 そう言って、男たちは私を強引に私の手を引いてきたのだった。

「嫌、嫌あああ、離して、離してよ!!」

「ジア!!」

「大人しくしろ。このまま小娘の腕をへし折っても良いのか?」

「……っ、痛いっ、痛いよおお!!」

 男は、私の手首をキツく握りしめてきたのだった。

「やめろ! ジアに何するんだ!」

「嫌ああっ」

「お前もだ。このジジイをぶっ殺されても良いのか?」

 おじさんの命が危ない。それを聞いて、私は抵抗するのを止めざるを得なかった。

「ジア!!」

「嫌、嫌よ、おじさん、みんな!」

 おじさんの叫びもむなしく、私は男立ちに連れ去られてしまったのである。

 馬車に雑に放り込まれ、私はすぐさま手足を縛られた。真っ暗闇の中、いつ殺されるかも分からない。私は恐怖で震えることしかできなくなっていた。

 そして馬車が走り始めた時、信じられない言葉が聞こえてきたのだった。

「っ、たく、公爵様も、わざわざここまでするかねえ」

「報酬がもらえりゃ、どうでも良いこった。このご時世、落とし種がいると知られたら困るんだろ」

 そのやり取りを聞いて、私は背筋が寒くなるのを感じた。

 なぜなら……私をこんな目に遭わせたのが、自分の父親であることを知ってしまったからである。

+

 それからの日々は、本当に地獄だった。

 見知らぬ土地の孤児院に放り込まれた私は、顔見知りのいない環境での生活を余儀なくされた。なんとか友達を作ることはできたものの、すぐに他の孤児院に転院させられたのだ。

 理由は、私の素行不良。挨拶の声が小さいというのが、具体的な決定事由であった。

 それからも、私は些細な理由で短期間の転院をさせられた。朝食の食べる速さが遅いから、前髪が少し長いから、生意気な顔つきだから……と、信じられないものばかりであった。

 最初は自分が悪いのだと思って、転院しないように必死に努力した。しかし、その努力が実を結ぶことはなかった。そして私の心は、だんだんと壊れていったのだった。

 体裁を保つためとはいえ、父親がなぜ私を殺さなかったのかは定かではない。だが察するに、祖国では殺人だけでなく、殺人を指示した者も重罪となるからというのが理由だろう。

 最終的に、私はリュドミラにある孤児院に入院することとなった。

 その頃には、私はすっかり生きる屍のようになっていた。生きる希望も持てず、友達を作っても無駄だと思って、自由時間も部屋の片隅でずっと座っているような子供となっていた。
 
 いっそ、このまま消えてしまいたい。そこまで考え始めていた矢先、とある貴族の夫婦が私を引き取りたいと申し出てきたのだ。

 その夫婦にはすでに子供がおり、世継ぎがいないことに困ってはいないようだった。

「うちに来てくれるかな? ジア」

「ちょうどね、もう一人子供が欲しかったのよ。貴女が来てくれたら、うちの子も絶対に喜ぶわ」

 二人の言葉を聞いて、私は察した。彼らは娘ではなく、政略結婚に使う‘‘駒’’を求めているのだ……と。ならば、銀髪であり貴族の血を引く私を指名してくることも頷ける。

 とはいえ、転院を繰り返す日々よりもマシだと考えて、私は養子になることを決めたのだった。
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