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レイチェル、出戻る

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「レイチェル、嫌よ、レイチェル!!」

「クソッ、こんなことになるなら、縁談ごと断れば良かったんだ!」

「っ、ああああ……」

 気がつくと、私は暗闇の中にいた。そして遠くに聞こえるのは、姉上と兄上の声だった。

(私、あのまま溺れて死んじゃったのね)

 黒一色の世界で、兄と姉の姿は見えない。けれども、二人の悲痛な叫びを聞くだけでどんな表情をしているのかは容易に想像がついた。

 私はただ、みんなに幸せでいてほしかった。けれども結局、私は大切な家族を悲しませてしまった。そう思うと、胸が潰れてしまいそうなほどの罪悪感が込み上げてきたのだった。

(ごめんなさい、お兄様、お姉様)

 兄たちに届かないと分かっていても、私はそう思わずにはいられなかった。

 すると二人の声に割って入るかのように、別の声が聞こえてきたのだった。

「お前たち、静かにしなさい!」

 それは、父上の声であった。普段あまり怒らない人なので、彼のそんな声を聞くのはいつぶりか分からない程であった。

(それにしても……何でお父様はあんなに怒ってるのかしら?)

 苛立っていると言うよりも叱るような口調に不思議に思っていると、父上はさらに言葉を続けたのだった。

「そんなに騒いだら……レイチェルがゆっくり寝れないだろ!」

(……え?)

 とても気になる一言。しかし、私の意識はそこで再び途切れてしまったのである。

+

「……ん?」

 背中に感じる柔らかい感触と、どこか懐かしい匂い。そして右手に感じる、優しい温もり。

 目を開けると、私は実家のベッドに横たわっていた。

 辺りを見回すと、姉上が私の手を握ったまま、ベッドの隣に置いた椅子に座った状態で眠っていた。そして兄上も、部屋に置かれたソファの上で座ったまま腕を組んで眠っていたのだった。

 とりあえず起き上がろうとした矢先、寝室のドアを小さくノックする音が聞こえてきた。

 そして寝室へとやってきたのは、義姉のコルネリエであった。

「おはよう、レイチェル。良かった、目が覚めたのね」

「おはようございます、その……私、どうしてここに?」

「色々あって、寝てる間にうちに戻ってきたのよ。詳しい話は、みんなが起きてからにしましょう?」

 寝てる間に戻ってきた。その言葉の意味が分からず首を傾げていると、姉上がパッと飛び起きたのだった。

「レイチェル、やっと起きてくれたのね……!」

「え、あっ……」

 私が何か言うより先に、姉上は私に抱きついて泣き始めてしまったのだった。

「良かった……もう目覚めないかと思った……」

 私はどうしてここにいるの?

 池に突き落とされたあと、私はどうなったの?

 ヴィルヘルム様はどこにいるの?

 聞きたいことは山ほどある。けれども、泣き崩れる姉上を前にして、私は何も言えなくなってしまったのだった。

+

「家族みんな集まっての朝食だなんて、本当に久しぶりね。ね、レイチェル?」

「そ、そうですわね」

 身支度を終えたあと、私は家族みんなと食卓を囲んでいた。そして朝食を食べながら、これまでの経緯を兄上から説明されたのだった。

 溺れて気を失ったあと、私はイーサに助けられたらしい。運良く私がゲストルームにいないのを不審に思って、中庭まで探しに来てくれたようだった。

 夜会にはテルクスタの関係者は参加していなかったものの、偶然にもテルクスタと友好関係にある国の国王が参加していた。彼がテルクスタ側にこの出来事について伝えた結果、私をテルクスタへ帰らせることを兄上がヴィルヘルムに要求したようだった。

 そしてヴィルヘルムが承諾したことにより、私は寝ている間にテルクスタへ移送されたという訳である。

 ちなみに、私は溺れてからほぼ丸一日目を覚ますことなく眠っていたらしい。それもあり、姉上たちは酷く心配していたようだった。

「レイチェル、少しは何か食べれそう? パンより、スープとかの方が良いかしら?」

「えっと……じゃあ、薄味の野菜スープがあれば」

「分かったわ。ねえ、野菜スープを持ってきてちょうだい」

「はい、かしこまりました」

「無理しないで、食べられる分だけ食べれば良いよ」

 どうやら私は病み上がりのように思われているらしく、みんな心配しているようだった。それが申し訳ないと思う反面、久しぶりに家族に会えて嬉しいとも思い始めていた。

「テルクスタのパンを食べるのも久しぶりだけど、とっても美味しいわ」

「ふふ、それは良かった」

 パンをちぎって口に運びながら、私は呟いた。

「リュドミラだと……」

「レイチェル」

 私がリュドミラの名前を出した途端、言葉を遮るように兄上は私の名を呼んだのだった。

「は、はい……?」

「‘‘嫌なこと’’は無理に思い出さなくていい。今は食事を楽しむ時間だ。そうだろう?」

 明るい口調で、兄上は笑いながらそう言った。しかしその言葉には、凄まじい威圧感が込められていたのだった。
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