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突きつけられた悪意

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「ジュリエッタ様、ご無沙汰しております」

「夜会に来て早々、本当に腹立たしいわ」

 どうやらジュリエッタは、今さっき広間に到着したところらしい。つまりは今日、私は彼女と話してすらいないのだ。なのにその表情は、激しい怒りを露わにしていた。

「その……いかがなさいましたか?」

「ドレス」

「……え?」

「ドレス、真似してんじゃないわよ!!」

 その言葉を皮切りに、ジュリエッタは早口で私に怒りをぶつけてきたのだった。

「せっかくお母様からドレスを借りてきたのに、貴女のせいで台無しよ! 自分が何やったか分かってんの? あんたのせいで着替えなくちゃいけなくなったじゃない!」

 見ると、ジュリエッタは私と同じAラインの、バラの刺繍が入った真紅のドレスを着ていた。おそらく義母上とジュリエッタの母親が同年代なので、流行が同じ時期に仕立てたものであり似ているのだろう。

 飾りがやや少ないドレスは、まだ成人してないジュリエッタには大人っぽすぎるような気もするが、彼女からすれば「人と被らないオシャレ」をしたかったに違いない。

 それに加えて、私も彼女も茶髪の胸下までのセミロングであり、髪まで似通っている。違う点と言えば、私がバラのヘッドドレスを着けて髪をシニヨンにしていることぐらいだろう。

「ほんっと図々しい女ね、謝りなさいよ!」

 目の前の彼女は、紛れもなく激怒している。

 しかし、意外にもあまり怖くないと思っている自分もいた。それはジュリエッタが年下というのもあるが、彼女の態度が真似っ子を嫌う幼子のように思えたというのが大きいだろう。

 つい笑いそうになるのを堪えて、私は深々と頭を下げた。

「大変失礼しました。ご無礼をお許しください。今日のところは‘‘お揃い’’として、どうかお目こぼしいただければ幸いでごさいます」

「貴女なんかとお揃いだなんて絶対に嫌よ、ああもう、ムカつく!」

 そこまで言って、ジュリエッタはさっさとバルコニーから出て行ったのだった。おそらく、ドレスを着替えにゲストルームへ行ったのだろう。

(案外、分かりやすいから楽かもしれないわね)

 軽く息を吐くと、一部始終を見ていたイーサが心配そうに声をかけてきたのだった。

「その……レイチェル妃殿下」

「ええ、大丈夫よ。今日一緒に来たのがエマじゃなくて良かったわ……っ」

 そう言った瞬間、ズキリと爪先とかかとに痛みが走った。

 義母上から借りた靴も中敷きを入れて調整したが、どうやら不十分だったようだ。それに足が浮腫んだことで、靴がきつくなっていたのである。

 夜会が終わるまでだいぶ時間があるので、乗り切るための応急処置をせざるを得なくなっていたのだった。

「イーサ、少しゲストルームで休みたいから、ヴィルヘルム様に伝えてもらえるかしら?」

「はい、かしこまりました!」

 ヴィルヘルムの様子を見ると、まだ彼は歓談を続けていた。そこで使用人伝いにゲストルームに行くことを伝えて、私はイーサと共に広間を後にしたのだった。

+

「……手当てする前に、少し冷やした方が良さそうね」

 靴擦れと浮腫みで悲惨なことになった自らの足を見て、私は苦々しく呟いた。

 足の小指には水膨れができており、かかとには血が滲んでいた。そして足全体が火照ったような熱を持ち、ジンジンとしていたのである。

「悪いけど、水を張った洗面器を持ってきてもらえる?」

「かしこまりました。ただ、氷水の方がよろしいかと思うので、氷をもらって来ましょうか?」

「ありがとう、じゃあお願いしようかしら」

 私がそう言うと、イーサはそそくさとゲストルームを出て行ったのだった。

「……んっ、疲れた!」

 自分一人になった途端、緊張の糸が完全に途切れてしまった。私は髪を解いてヘッドドレスを外したあと、ドレスを着たままベッドに飛び込んだのである。

「……って、こんなことしたらドレスが皺になっちゃうわ」

 慌てて起き上がり、私はソファに座り直した。

 すると、ガラス窓から心地よい夜風が吹いてきたのだった。

 ゲストルームは宮殿の一階にあり、窓から外に出れば中庭に行くことができる。宮殿の使用人たちも夜会に出払っているようで、中庭には人一人おらず、静かなものであった。

 その静寂に引き寄せられるように、私はガラス扉を開けて裸足のまま中庭へと足を踏み入れた。

 手入れされた芝生の感触は、足の裏を程よく刺激してくれる。それが心地よくて、私はいつの間にか庭の中央にある池のほとりにまで来ていたのだった。

 思えば、日が暮れてから外を散歩するなんて初めてのことだ。まるで初めて夜更かしする子供のようなワクワク感を感じながら、私は池の水面を覗き込んだ。

(さすがに、魚は泳いでないか)

 そう思ってゲストルームに戻ろうとした瞬間。

 水鏡の中、私の背後に人影が映り込んだのだった。

 ドンッ!!

 強く背中を押され、私は池に突き落とされてしまったのである。

「っ、げほ、は……っ、誰、か……っ!」

 池は足がつかないほどの深さがあり、ドレスを着ているせいで身体が重くて浮かない。必死に手足をばたつかせるものの、それはほとんど無意味なことであった。

(どうしよう、どうしよう……!)

「……っ、た、たすけ、て」

 焦りは募り何度も助けを呼ぶものの、叫ぶたびに水が口に入って、その声もだんだんと小さくなっていた。

「……っ、は、っ、う」

(ヴィルヘルム様!!)

 心の中で彼の名を呼んだ瞬間、私の意識は途切れたのだった。
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