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♡表裏一体
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ヴィルヘルムは親指に金貨を乗せてから、上向きにパチンと弾いた。すると、金貨はくるりくるりと回りながら、宙を舞ったのだった。
やがて彼の手の甲に着地した金貨は、表を向いていた。どうやら、今宵は私が‘‘先攻’’のようだ。
「じゃあ、レイチェル。あとは好きにしてくれ」
膝の上に座った私に、ヴィルヘルムはそう言った。
初めて結ばれてから、私たちは子作りというよりも互いを知る手段として、情事を楽しんでいた。そして近頃取り入れたのが、このコイントスである。
始める前に、まずはコインを投げる。そして表が出たら私、裏が出たら彼が序盤の主導権を握れるというルールだ。という訳で、私はヴィルヘルムのシャツに手をかけたのだった。
ボタンを外していくと現れたのは、鍛えられた上半身。男性特有の肩幅の広い骨格であり、胸も腹も厚い筋肉で覆われている。それは、女としての性的な欲求を刺激するには十分すぎるものであった。
「……っ、失礼します」
私は遠慮がちに、ヴィルヘルムの首筋から肩へと手を滑らせた。すると湯上がりの温もりを感じると共に、ふわりと例の甘い匂いが鼻を掠めたのだった。
そのまま手を下に下ろしていき、硬い腹筋に触れる。たったそれだけなのに、心臓は緊張と興奮ですでに早鐘を打っていた。
気になるところを好きなように触れて良いと、いつもヴィルヘルムは言ってくれる。しかし、欲に忠実になるのは思いのほか難しいことであった。
(撫でるのも少し慣れてきたし、今日はもう少しだけ頑張ってみようかしら)
そんなことを考えながら、私はちらりとヴィルヘルムの首元に目を向ける。愛し合う中で、相手の首や胸にキスを落とすこともあると本で読んだことがある。夫婦なのだから、それも許されるのではと思えたのだ。
(この屈強な身体に唇で触れたら、どんな感触がするのかしら……?)
「どうした?」
「い、い、いえ……っ、何でもないです……!!」
ヴィルヘルムの一言で、私はハッと我に返った。それは自分にはまだ早いと思いながら、私は彼の下穿きに手を伸ばした。
「……っ」
下衣の中から姿を表したのは、まだ柔らかい状態の男性器。勃ち上がっていないのに、そこは既に、いやらしい意味での男らしさを感じる場所であった。
「もう少し、お傍で見ても……よろしいですか?」
私の突拍子もない言葉にも、ヴィルヘルムはすぐさま頷いた。私は彼の膝上から降りて、恐る恐るペニスに顔を近づけた。
肉竿を両手で握り、睫毛が触れてしまいそうな距離でじっと見つめる。熱い吐息を当ててしまったからか、柔らかな肌の温もりは、しだいに硬い熱へと変わり始めたのだった。
好きにしてくれ。そのヴィルヘルムの一言を免罪符として、私はゆっくりとペニスを擦り始めた。
「……っ、痛く、ないですか?」
「ああ、大丈夫だ」
その言葉に安心して、私は手を上下する動きをひたすらに続ける。すると、先端からとろりとした透明な蜜が零れ落ちてきたのだった。
淫らな蜜を肉棒に塗り伸ばすと、粘着質な音が鳴り始めた。その音は、私の中の女としての欲求を駆り立てるものであった。
夫のものであっても、ここに触れたくない、見たくもないというご婦人もいるという。しかし、今の私の気持ちとしては、まったく正反対であった。
「……っ」
(……好きにして、良いんだもの)
そんな言い訳じみた言葉を頭の中で呟いてから、私はヴィルヘルム自身に口付けた。
「……っ、う」
低く呻き、身体を硬くする彼。
……が。私もまた、硬直してしまったのだった。唇で触れて、咥えてみたは良いものの、それからどうすれば良いか分からなかったのである。
「……っ、ん」
舌を動かしてペロペロと舐めてみたり、吸い上げてみたり。思いつく限りのことをしてみるが、自分で分かるほどにぎこちない。はっきり言って、お手上げだ。
「……っ、ヴィルヘルム、さま」
助けを求めるように、ちらりとヴィルヘルムの方に視線を向ける。どこをどうすれば悦くなるかを教えてほしかったのである。
「……っ、レイチェル」
「ふ、……っ、あっ!」
すると、ヴィルヘルムは私の口から肉棒を取り出し、ベッドの上に組み敷いて来たのだった。
中断させるほどに下手だったのか、と不安を抱いていると、彼は意外な言葉を口にしたのである。
「そんないじらしいところ見せられて、平気でいられる訳がないだろ」
流れるように手を繋ぎながら、ヴィルヘルムは私の耳元で囁いた。その下では、硬くなったペニスがグリグリと下腹部に押し付けられている。
それは、主導権が彼に渡ったことを暗に表していた。
「ん……っ」
ナイトドレスを脱がされ、肌にキスを落とされていく。彼に身体を晒すことには少しは慣れてきたものの、そのくすぐったいような感覚にはまだまだ不慣れであった。
蜜が滲んだ秘所を指で解しながら、ヴィルヘルムは私の耳に口を寄せて囁いた。
「今日はやけに思い切ったな」
「……っ、ご、ごめんなさい」
「謝らなくていい。ただ……」
「?」
「私も、そろそろ許してほしいとは思う訳だ」
わざとらしく指の動きを止めてから、ヴィルヘルムは意地悪な笑みを浮かべて言った。
そう。彼に口淫をされるのが恥ずかしくて、私は今に至るまで断ってきていたのである。
「どう思う?」
秘種を指先で押し潰しながら、ヴィルヘルムは言葉を続けた。
「……っ、まだ恥ずかしいので……」
器用な彼のことだ。私よりも上手いだろうし、もしかしたら指以上の快楽を与えてくれるのかもしれない。しかし、ヴィルヘルムを汚してしまうのがどうしても許せないのだった。
「ん、分かったよ」
それ以上無理強いすることなく、ヴィルヘルムは指を引き抜いた。そしてすべてを脱ぎ捨ててから、後ろから私を貫いたのだった。
「っ、あああっ」
「……っ、ぐ」
粘液で滑りが良くなった胎内を、硬いペニスが行き来する。そのたびに中は彼をきつく締め付けるけれども、ヴィルヘルムが抜き差しを止めることはなかった。
「ひ、あっ、ああっ」
後背位で互いの顔が見えないものの、手を繋いでくれているので不安は少ない。しかし、正常位よりも彼が深く入り込んでくるような気がして、その強い快楽により頭がクラクラする。
きっと、今の私はどうしようもなく腑抜けた顔をしているに違いない。ならば、そんな顔を見られないこの体勢は都合がいい。
……が、しかし。
「ん……今日は少し、変えてみるか」
「っ、え、ああっ」
何を思ったのか、ヴィルヘルムは私の身体を後ろに引いてきた。そして組んだ脚の上に、私を座らせたのだった。
もちろん、下腹部は繋がったままである。
「距離も近いし、話しやすいな」
私の頬にキスしながら、ヴィルヘルムは満足気に言った。
「それに、‘‘全部’’よく見える」
「……っ!?」
彼が視線を落とした先にあるのは、なだらかな胸と広げられた脚。そして、淫蜜で濡れきった結合部。それに気づいた途端、一気に頭に血が上るのを感じた。
「っ、もう、ヴィルヘルム様ってば……そんなに、見ないでください……っ」
何とかしてヴィルヘルムの視界を遮ろうとするものの、当然ながら上手くいかない。どうにもならないのを察して、私は彼から顔を背けたのだった。
「そう言えば。今日は三本全部着けてたのか」
私の左薬指に触れながら、ヴィルヘルムは言った。
しばらく結婚指輪は、三分割したうちの一本に減らして着けていた。しかし今日は、三本すべて組み合わせた形ではめていたのである。
「重くないのか? 夜会だからって、全部着ける必要はないんだぞ?」
「その……今日は何となく不安で、ヴィルヘルム様との繋がりを感じていたかったので」
夜会では、ヴィルヘルムが不在の間は私一人だけだ。使用人は何人もいるが、隣に彼がいない時はやはり心細い。だからせめて、お守り代わりにと指輪を重くしてはめていたのだった。
「もしかして……今日の服装もそのためか?」
「……っ」
「ドレスもジュエリーも、やけに質素なものを選んでいただろう?」
どうやら、私が地味な装いをしていたことに、ヴィルヘルムも薄々勘づいていたようだった。
「やはり、周囲の人間が怖いのか?」
「いいえ……ただ、余計な揉め事はなるべく避けたいので。貴方のご迷惑にならないためにも」
そこまで言うと、ヴィルヘルムは私の左手に手を重ねてきたのだった。
「ドレスも何も、気にせずに好きなものを
選べばいい。もし何かあれば、全部私が始末する」
「ヴィルヘルム様、その言い方は……ちょっと怖いです」
「ふっ、冗談だ。ただ……」
「んっ」
「何が起きても私がお前を守る。それはいつであっても変わらぬことだ。だから、安心してくれ」
私を振り向かせて、ヴィルヘルムは唇を重ねてきた。それは情事の最中のキスというよりも、結婚式の誓いのキスのような軽やかなものであった。しかし、少しの口先だけの触れ合いは、私を不思議と落ち着かせてくれたのだった。
そして、次第に胎内が甘えるように緩く収縮し始める。それに気づいたのか、ヴィルヘルムはゆっくりと抜き差しを再開した。
「……っ、は、ん」
「……っ、ぐ、っ……は」
彼にすべて身を任せているのに、不安はなかった。それどころか、彼と結ばれたことによる快感と幸福感で頭の中はいっぱいになっていた。
「……っ、は、ヴィルヘルム様……っ、あ、ああっ!!」
「レイチェル……っ、ぐっ……!!」
奥への深い一突きで、私は達した。それから間髪をいれず、ヴィルヘルムも精を放ったのだった。
「……ん」
余韻に浸るように、どちらからともなく唇を重ねる。いつの間にか、身体だけでなく、心まですっかり満たされていたのだった。
そして情交の熱が引いたところで、私たちは並んで横たわった。もちろん、私がベッドの片隅に逃げることはもうない。
「……レイチェル」
「?」
「お前を助けられた時、初めて自分に魔力があって良かったと思えたんだ」
私の髪に手櫛を通しながら、ヴィルヘルムはぽつりと言った。
「私は……良い息子にはなれなかったけど、良い夫、父親になれるよう努力していきたいと思う」
「……っ」
「じゃあ、おやすみ」
「っ、おやすみなさいませ」
私への想いを込めた、ヴィルヘルムの一言。本来ならば、妻として喜ぶべきなのだろう。
しかし。私は素直に喜ぶことができなかった。それどころか、胸の奥は切なく締め付けられていたのだった。
やがて彼の手の甲に着地した金貨は、表を向いていた。どうやら、今宵は私が‘‘先攻’’のようだ。
「じゃあ、レイチェル。あとは好きにしてくれ」
膝の上に座った私に、ヴィルヘルムはそう言った。
初めて結ばれてから、私たちは子作りというよりも互いを知る手段として、情事を楽しんでいた。そして近頃取り入れたのが、このコイントスである。
始める前に、まずはコインを投げる。そして表が出たら私、裏が出たら彼が序盤の主導権を握れるというルールだ。という訳で、私はヴィルヘルムのシャツに手をかけたのだった。
ボタンを外していくと現れたのは、鍛えられた上半身。男性特有の肩幅の広い骨格であり、胸も腹も厚い筋肉で覆われている。それは、女としての性的な欲求を刺激するには十分すぎるものであった。
「……っ、失礼します」
私は遠慮がちに、ヴィルヘルムの首筋から肩へと手を滑らせた。すると湯上がりの温もりを感じると共に、ふわりと例の甘い匂いが鼻を掠めたのだった。
そのまま手を下に下ろしていき、硬い腹筋に触れる。たったそれだけなのに、心臓は緊張と興奮ですでに早鐘を打っていた。
気になるところを好きなように触れて良いと、いつもヴィルヘルムは言ってくれる。しかし、欲に忠実になるのは思いのほか難しいことであった。
(撫でるのも少し慣れてきたし、今日はもう少しだけ頑張ってみようかしら)
そんなことを考えながら、私はちらりとヴィルヘルムの首元に目を向ける。愛し合う中で、相手の首や胸にキスを落とすこともあると本で読んだことがある。夫婦なのだから、それも許されるのではと思えたのだ。
(この屈強な身体に唇で触れたら、どんな感触がするのかしら……?)
「どうした?」
「い、い、いえ……っ、何でもないです……!!」
ヴィルヘルムの一言で、私はハッと我に返った。それは自分にはまだ早いと思いながら、私は彼の下穿きに手を伸ばした。
「……っ」
下衣の中から姿を表したのは、まだ柔らかい状態の男性器。勃ち上がっていないのに、そこは既に、いやらしい意味での男らしさを感じる場所であった。
「もう少し、お傍で見ても……よろしいですか?」
私の突拍子もない言葉にも、ヴィルヘルムはすぐさま頷いた。私は彼の膝上から降りて、恐る恐るペニスに顔を近づけた。
肉竿を両手で握り、睫毛が触れてしまいそうな距離でじっと見つめる。熱い吐息を当ててしまったからか、柔らかな肌の温もりは、しだいに硬い熱へと変わり始めたのだった。
好きにしてくれ。そのヴィルヘルムの一言を免罪符として、私はゆっくりとペニスを擦り始めた。
「……っ、痛く、ないですか?」
「ああ、大丈夫だ」
その言葉に安心して、私は手を上下する動きをひたすらに続ける。すると、先端からとろりとした透明な蜜が零れ落ちてきたのだった。
淫らな蜜を肉棒に塗り伸ばすと、粘着質な音が鳴り始めた。その音は、私の中の女としての欲求を駆り立てるものであった。
夫のものであっても、ここに触れたくない、見たくもないというご婦人もいるという。しかし、今の私の気持ちとしては、まったく正反対であった。
「……っ」
(……好きにして、良いんだもの)
そんな言い訳じみた言葉を頭の中で呟いてから、私はヴィルヘルム自身に口付けた。
「……っ、う」
低く呻き、身体を硬くする彼。
……が。私もまた、硬直してしまったのだった。唇で触れて、咥えてみたは良いものの、それからどうすれば良いか分からなかったのである。
「……っ、ん」
舌を動かしてペロペロと舐めてみたり、吸い上げてみたり。思いつく限りのことをしてみるが、自分で分かるほどにぎこちない。はっきり言って、お手上げだ。
「……っ、ヴィルヘルム、さま」
助けを求めるように、ちらりとヴィルヘルムの方に視線を向ける。どこをどうすれば悦くなるかを教えてほしかったのである。
「……っ、レイチェル」
「ふ、……っ、あっ!」
すると、ヴィルヘルムは私の口から肉棒を取り出し、ベッドの上に組み敷いて来たのだった。
中断させるほどに下手だったのか、と不安を抱いていると、彼は意外な言葉を口にしたのである。
「そんないじらしいところ見せられて、平気でいられる訳がないだろ」
流れるように手を繋ぎながら、ヴィルヘルムは私の耳元で囁いた。その下では、硬くなったペニスがグリグリと下腹部に押し付けられている。
それは、主導権が彼に渡ったことを暗に表していた。
「ん……っ」
ナイトドレスを脱がされ、肌にキスを落とされていく。彼に身体を晒すことには少しは慣れてきたものの、そのくすぐったいような感覚にはまだまだ不慣れであった。
蜜が滲んだ秘所を指で解しながら、ヴィルヘルムは私の耳に口を寄せて囁いた。
「今日はやけに思い切ったな」
「……っ、ご、ごめんなさい」
「謝らなくていい。ただ……」
「?」
「私も、そろそろ許してほしいとは思う訳だ」
わざとらしく指の動きを止めてから、ヴィルヘルムは意地悪な笑みを浮かべて言った。
そう。彼に口淫をされるのが恥ずかしくて、私は今に至るまで断ってきていたのである。
「どう思う?」
秘種を指先で押し潰しながら、ヴィルヘルムは言葉を続けた。
「……っ、まだ恥ずかしいので……」
器用な彼のことだ。私よりも上手いだろうし、もしかしたら指以上の快楽を与えてくれるのかもしれない。しかし、ヴィルヘルムを汚してしまうのがどうしても許せないのだった。
「ん、分かったよ」
それ以上無理強いすることなく、ヴィルヘルムは指を引き抜いた。そしてすべてを脱ぎ捨ててから、後ろから私を貫いたのだった。
「っ、あああっ」
「……っ、ぐ」
粘液で滑りが良くなった胎内を、硬いペニスが行き来する。そのたびに中は彼をきつく締め付けるけれども、ヴィルヘルムが抜き差しを止めることはなかった。
「ひ、あっ、ああっ」
後背位で互いの顔が見えないものの、手を繋いでくれているので不安は少ない。しかし、正常位よりも彼が深く入り込んでくるような気がして、その強い快楽により頭がクラクラする。
きっと、今の私はどうしようもなく腑抜けた顔をしているに違いない。ならば、そんな顔を見られないこの体勢は都合がいい。
……が、しかし。
「ん……今日は少し、変えてみるか」
「っ、え、ああっ」
何を思ったのか、ヴィルヘルムは私の身体を後ろに引いてきた。そして組んだ脚の上に、私を座らせたのだった。
もちろん、下腹部は繋がったままである。
「距離も近いし、話しやすいな」
私の頬にキスしながら、ヴィルヘルムは満足気に言った。
「それに、‘‘全部’’よく見える」
「……っ!?」
彼が視線を落とした先にあるのは、なだらかな胸と広げられた脚。そして、淫蜜で濡れきった結合部。それに気づいた途端、一気に頭に血が上るのを感じた。
「っ、もう、ヴィルヘルム様ってば……そんなに、見ないでください……っ」
何とかしてヴィルヘルムの視界を遮ろうとするものの、当然ながら上手くいかない。どうにもならないのを察して、私は彼から顔を背けたのだった。
「そう言えば。今日は三本全部着けてたのか」
私の左薬指に触れながら、ヴィルヘルムは言った。
しばらく結婚指輪は、三分割したうちの一本に減らして着けていた。しかし今日は、三本すべて組み合わせた形ではめていたのである。
「重くないのか? 夜会だからって、全部着ける必要はないんだぞ?」
「その……今日は何となく不安で、ヴィルヘルム様との繋がりを感じていたかったので」
夜会では、ヴィルヘルムが不在の間は私一人だけだ。使用人は何人もいるが、隣に彼がいない時はやはり心細い。だからせめて、お守り代わりにと指輪を重くしてはめていたのだった。
「もしかして……今日の服装もそのためか?」
「……っ」
「ドレスもジュエリーも、やけに質素なものを選んでいただろう?」
どうやら、私が地味な装いをしていたことに、ヴィルヘルムも薄々勘づいていたようだった。
「やはり、周囲の人間が怖いのか?」
「いいえ……ただ、余計な揉め事はなるべく避けたいので。貴方のご迷惑にならないためにも」
そこまで言うと、ヴィルヘルムは私の左手に手を重ねてきたのだった。
「ドレスも何も、気にせずに好きなものを
選べばいい。もし何かあれば、全部私が始末する」
「ヴィルヘルム様、その言い方は……ちょっと怖いです」
「ふっ、冗談だ。ただ……」
「んっ」
「何が起きても私がお前を守る。それはいつであっても変わらぬことだ。だから、安心してくれ」
私を振り向かせて、ヴィルヘルムは唇を重ねてきた。それは情事の最中のキスというよりも、結婚式の誓いのキスのような軽やかなものであった。しかし、少しの口先だけの触れ合いは、私を不思議と落ち着かせてくれたのだった。
そして、次第に胎内が甘えるように緩く収縮し始める。それに気づいたのか、ヴィルヘルムはゆっくりと抜き差しを再開した。
「……っ、は、ん」
「……っ、ぐ、っ……は」
彼にすべて身を任せているのに、不安はなかった。それどころか、彼と結ばれたことによる快感と幸福感で頭の中はいっぱいになっていた。
「……っ、は、ヴィルヘルム様……っ、あ、ああっ!!」
「レイチェル……っ、ぐっ……!!」
奥への深い一突きで、私は達した。それから間髪をいれず、ヴィルヘルムも精を放ったのだった。
「……ん」
余韻に浸るように、どちらからともなく唇を重ねる。いつの間にか、身体だけでなく、心まですっかり満たされていたのだった。
そして情交の熱が引いたところで、私たちは並んで横たわった。もちろん、私がベッドの片隅に逃げることはもうない。
「……レイチェル」
「?」
「お前を助けられた時、初めて自分に魔力があって良かったと思えたんだ」
私の髪に手櫛を通しながら、ヴィルヘルムはぽつりと言った。
「私は……良い息子にはなれなかったけど、良い夫、父親になれるよう努力していきたいと思う」
「……っ」
「じゃあ、おやすみ」
「っ、おやすみなさいませ」
私への想いを込めた、ヴィルヘルムの一言。本来ならば、妻として喜ぶべきなのだろう。
しかし。私は素直に喜ぶことができなかった。それどころか、胸の奥は切なく締め付けられていたのだった。
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