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公爵家の者たち

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「貴女は関係ないでしょう、フリージア!!」

 いつの間にか静まり返っていた広間に、ジュリエッタの怒鳴り声が響く。けれども、フリージアが彼女に臆することはなかった。その姿からは、ジュリエッタにはない心の余裕が不思議と感じられた。

「血が出てるから、手当しましょうね。ゆっくりで良いから、立てそう?」

「っ、……うっ」

「少し難しいみたいね、無理しないで。誰かに手伝ってもらいましょうか」

「ちょっと、私を無視して勝手に話を進めてんじゃないわよ!!」

 ジュリエッタがさらに怒声を浴びせると、ようやくフリージアは彼女に顔を向けたのだった。

「ジュリエッタ。貴女のこの態度はあんまりです。淑女の立ち振る舞いとは程遠いわ。違いますか?」

 先程のジュリエッタの言葉をそのまま返すかのように、フリージアは言った。穏やかな物言いではあるものの、その口調は物怖じしない芯の強さを感じるものであった。

 無論、そんな言葉をすんなり受け入れる程、ジュリエッタは素直ではなかった。

「この、生意気な……!!」

「うちの妹が、悪かったな」

「!!」

 ゆっくりとジュリエッタたちの元へと歩いてきたのは、背の高い金髪の青年であった。

「ジュリエッタ嬢、あとの話は私の方で聞こうか。妹には私から厳しく言っておくと約束しよう」

 ハンデルク公爵令息のライアン。フリージアの兄であり、リュドミラ王立騎士団の副団長である。

 がっちりとした体躯に、自信を湛えた精悍な顔ばせ。短い髪は、どことなく獣の毛並みを彷彿とさせる。言ってしまえば、ライアンは威圧感抜群の外見であった。そんな彼に声をかけられたとなれば、ジュリエッタも強くは出られないようだった。

「あら、そんな脅迫じみた言い方はダメよ、お兄様」

 カツン、カツンとヒールの音をさせてやって来たのは、ライアンと同じく背の高い金髪の美女であった。

「私の妹がごめんなさいね。あとは責任もって、私がお話を聞きましょうか。……もっとも、場合によっては貴女の社交界での立場が無くなることもありうるけれどもね」

 ライアンの双子の妹であるガーネットは、そう言って不敵に笑った。彼女は社交界のトップに君臨する存在であり、噂によると‘‘女帝’’と密かに呼ばれているらしい。その呼び名は若さと美貌、そして教養を兼ね備えた彼女に対する、周囲の尊敬の念を端的に表していた。

「さ、私かお兄様か。お話を聞くのはどちらがよろしくて?」

「……っ」

 ガーネットがジュリエッタに迫ると、ジュリエッタは苦虫を噛み潰したような表情で、何も言わず広間から出て行ったのだった。

 それを見計らって、ライアンはパンパンっと手を叩いた。

「皆様、場の空気を壊して申し訳ございません、陛下の到着まで今しばらくお待ちください」

 彼がそう言うと、広間に再び賑やかな話し声が戻ってきたのだった。

「大分顔色がお悪いようですが、立てますか?」

「あ、ありがとうございます」

 ガーネットの隣で控えていた青年が、エマの手を取った。するとエマは、彼の手伝いにより、ようやく立ち上がれたようだった。

「助けてくださってありがとうございます、ライアン様、ガーネット様」

 フリージアはそう言って、二人に会釈した。

 家族に対しても兄や姉と呼ばないことを不思議に思っていると、ガーネットが突然フリージアを抱きしめたのだった。

「どうってことないわよ、いきなり一人で走って行ったからびっくりしたけど、フリージアってば本当に優しいんだから!!」

「が、ガーネット様……みんな見てますから」

 フリージアのよそよそしい態度を気にすることもなく、ガーネットは彼女の頭を良い子良い子とばかりに撫でた。

「ねえ。そんなことより、いつも言ってるけどガーネットって長くて呼びづらくないかしら? ライアンは短いから別に良いけど……私はお姉ちゃんとか姉上の方が絶対呼びやすいわよ」

「……少し、検討させていただきます」

「おい、しれっと抜けがけしようとするな。ガーネット」

「あら、強面度合いが増してるわよ、お兄様。フリージアを怖がらせないでちょうだい」

「む……そんなつもりはなかったんだ、フリージア」

 ライアンやガーネットは、どうやらフリージアのことを猫可愛がりしているようだった。察するに、先程の言動もジュリエッタからフリージアを守るためのものだったのだろう。

(何だかライアン様とガーネット様を見てると……兄上と姉上を思い出すわ)

 そんなことを思っていると、ようやくヴィルヘルムが広間へとやって来たのだった。

「遅くなって済まなかったなレイチェル。どうしたんだ、何かあったのか?」

「ヴィルヘルム様、それが……」

 私がこれまでの経緯を話そうとしかけた矢先、ライアンたちが私たちの元へと歩いてきたのだった。

「結婚式以来か、久しぶりだな」

 ヴィルヘルムが声をかけると、代表してライアンが口を開いたのだった。

「お久しぶりでございます、陛下、妃殿下。今宵はお招きいただきありがとうございます。ただ父と母は生憎、到着が遅れておりまして。家族全員が揃い次第、また改めてご挨拶に伺えればと思います」

「ああ、分かった。公爵夫人と会えるのを母上も楽しみにしていたところだ、ところで……うちのメイドが、何かご迷惑を?」

 エマの方に視線を向けて、ヴィルヘルムはそれとなくライアンに問いかけた。

「大したことではないのですが、ツァレンテ公爵家のジュリエッタ嬢が体調不良である彼女に言いがかりを付けていたので、僭越ながら私共で‘‘仲裁’’に入らせていただいた次第でございます」

「そうか、世話になったようで済まなかった」

 ライアンの物言いは大分オブラートに包んだ言い方であったが、彼の一言でヴィルヘルムは大まかな状況を理解したようだった。

「いえ、とんでもないことです。それでは、また後ほど……」

「レイチェル妃殿下」

 ライアンが話を切り上げた時、フリージアが私に声をかけてきたのだった。

「は、はい……?」

「今日のドレスも、とってもお似合いですわ」

「あ、ありがとうございます」

「ふふ、それではごきげんよう」

 最後にそう言って、フリージアは私たちの元から去って行ったのだった。こういった場では嫌味ばかり言われてきたので、単なる褒め言葉に私はすっかり拍子抜けしてしまった

「ところで、ヴィルヘルム様。エマが心配なので、出口まで見送って来てよろしいですか?」

 見れば、エマはとても仕事のできる様子ではなかった。そのため、私たちは彼女を休ませることに決めたのである。

「ああ、もちろんだ。行ってくるといい」

「ありがとうございます、じゃあ、行きましょうか」

 こうして、私とエマ、そしてエマに肩を貸したメイドのイーサの三人は、広間の出口へと向かった。

+

「妃殿下、ご迷惑をおかけして、誠に申し訳ございませんでした」

「気にしないで大丈夫よ。ゆっくり休んでちょうだい。じゃあ、あとはよろしくね」

「はい、かしこまりました」

 広間の扉の前で、私はエマと使用人を見送った。すると、廊下の左側から凄まじい怒鳴り声が聞こえてきたのだった。

「いい加減にしろ、ジュリエッタ!! 自分がどれだけ酷いことをしたのか分かってるのか?」

「だって、ヨーゼフ兄様!!」

 見ると、ジュリエッタと彼女の兄であるヨーゼフが言い合いとなっていた。

「庶子という卑しい身分の人間にそうだと言って、何が悪いの? お父様だって、庶子や妾は法の外の存在ってよく言ってるじゃない!!」

「父上の偏った考えを、自分の行いに対する免罪符にするんじゃない!! いいか? そういった立場の方々に、お前が危害を加える権利はない。もし自分の家族がそんな下らない理由で傷つけられたら、と考えてみれば分かるはずだ」

「っ、知らない!! 私は悪くないんだから。お兄様のバカ!!」

「ジュリエッタ、まだ話の途中だろ!!」

 ジュリエッタは、ヨーゼフを振り切って駆け出した。そしてそんな彼女を追うように、ヨーゼフも廊下を駆けて行ったのだった。

 ジュリエッタの発言から考えるに、公爵もまた庶子や妾を快く思っていないのだろう。ヨーゼフは、そんな彼らとはまるで正反対である。

(挨拶程度しかしたことがなかったけど……ヨーゼフ様は、しっかりしたお方みたいね。間違ったことを指摘してくれる人がいるのだから、ジュリエッタも分かってくれると良いのだけれど)

 そんなことを考えていると、今度は廊下の右側から声が聞こえてきたのだった。

「エマ、大丈夫かい!?」

 見れば、廊下をゆっくり歩いていたエマたちに、ローレンスが慌てて駆け寄っていたのだった。

「イーサ、ありがとう。私が部屋まで送るから、エマのことは任せてほしい」

「はい、かしこまりました」

「ろ、ローレンス様……っ、卑しい身分の私が貴方のお手を借りるなんて……」

「っ、そんなこと関係あるものか」

「きゃっ!?」

 ローレンスは軽々とエマを横抱きにして、廊下を歩き始めたのだった。

「ローレンス様っ、どうか、下ろしてください……っ」

「私が君のことを大切に思っているのは、何が起きても変わらないことだ。いつも言ってるだろう?」

「……っ」

「手も怪我してる。まずは手当しないとね」

 それ以上、エマが抵抗することはなかった。そして遠目ではあるものの、彼女の顔は心做しか赤面しているように見えたのだった。
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