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‘‘恋人’’との出会い

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『いい? レイチェル。知らない人ばかりのところに行ったなら、まずは周りをよく見回しなさい。それでまず、仲良くなれそうな人を探していくの。最初から全員敵だなんて、絶対に思ってはダメよ』

 生前、母上はよくそんなことを口にしていた。その時は深く考えなかったが、今なら分かる。母はきっと、私が将来的にテルクスタを出ることを予期していたのだろう。理由が何であれ、国を出たならば頼れるのは自分だけ。そんな状況に陥った時のことを思って、私に言っていたに違いない。

 母上の言葉通り、私は辺りを見回した。

(……うん。すっかり敵に囲まれてしまったわ)

 リュドミラの友好国の女性王族ばかりを集めたお茶会で、私はふ、とため息を吐いた。

 今日のお茶会の参加は、輿入れが決まった数日後に参加を決めたものだ。リュドミラ側からは参加するかしないかは自由と書面で伝えられたが、私は軽い気持ちで参加すると返信したのである。

 その時の私は、何もかもを甘くみていたのだ。

 なぜならリュドミラの友好国ということは、テルクスタと敵対する国ばかりだからである。

「あら、いかがなさいました? レイチェル妃殿下」

 そう言ったのは、お茶会の主催者であるリュドミラの同盟国の王太子妃。つまりは、テルクスタを敵とみなしているお方だ。私より十ほど年上だからか、立ち振る舞いにはかなりの余裕が感じられた。

「もしかして、初めてのお茶会で緊張していらっしゃるの? テルクスタでは王室の方も‘‘素朴なもの’’を召し上がるとお聞きしましたけど……きっと今日のお茶菓子も楽しんでいただけますわ」

 一見、私のことを気遣うような言葉の数々。しかしそこには敵意が含まれていることに、私はすでに気づいていた。

 素朴というのは、おそらくテルクスタの食文化を見下して言っているのだろう。リュドミラでは食材をどのように味付けするかに重きを置くが、テルクスタでは素材の味をどう生かすかが重要視されている。華やかな色のソースで彩られたリュドミラの料理と比較すると、テルクスタの料理はやや地味とも言える。

「そんな言い方、おかわいそうですわよ。テルクスタの方は、ほんの少し‘‘怖がり’’でいらっしゃるだけですわ」

「あらあら、私ったら」

 怖がり。それもまた、テルクスタを嘲って言った一言である。

 海賊との戦いが激化していた時代も、リュドミラでは海沿いにある宮殿を移転することはなかった。代わりに国王が王立騎士団の元帥を兼任することにより、民を守るために尽力したのである。

 それに対して、テルクスタは王族の安全を確保するために宮殿を海から離れた内陸部へと移転した。そして元の宮殿を、騎士団本部としたのである。海賊を恐れて逃げた‘‘臆病者’’と言われても、正直何も言えない。

「ふふっ、テルクスタではお食事のパンにオリーブオイルを付けるんですって? 私なら手をベタベタにしてしまうので、絶対に無理ですわ」

「あら、テルクスタの方って、とっても手先が器用ですのね」

 ある令嬢がそう言うと、食堂にどっと笑いが起きたのだった。

 リュドミラの周辺国では、女性は結婚してからも実家の家柄と生まれ順、そして嫡子か庶子かで立場が固定されている。大国に嫁いだからといって、立場が上がるわけではないのだ。彼女らのこの態度は、その文化に起因するものである。

 当然、夫と仲睦まじいのであれば、夫に守ってもらうことはできるのだろう。しかし私は、あくまで占いの結果によりヴィルヘルムと結婚したので、愛により結ばれたのではない。加えて、私は‘‘敵国’’の‘‘第二’’王妃の子ときたものだ。立場で言えば、庶子に近いとみなされる。つまりは、いびる材料が存分にある状況なのである。

 とはいえ。私からすれば、こんな日々も死ぬまでのごく短い期間に限ってのことである。前向きな理由ではないが、気持ちとしてはさほど辛くはなかった。

(人って、どこまでも意地悪になれるものなのね)

「あら、今日は蝶のドレスをお召しですのね、とっても素敵ですわ」

「あ、ありがとうございます」

「まあ……蛾や芋虫の柄のほうが、貴女にはお似合いかもしれませんけど」

 上げて落として、落として上げて。さっきから、これの繰り返しである。本当に飽きないなと思いながら、私は笑う他なかった。

(きっと死ぬ間際には、今のことすらもいい思い出に思えてくるのでしょうね)

 そんなことを思いながら紅茶にミルクを注いでいると、食堂の扉が開き、メイドたちがケーキやサンドイッチを持ってきたのだった。当然、私の前には何も用意されなかった。

「さて、そんなレイチェル妃殿下には、ぴったりのお菓子を用意しましたわ」

 王太子妃の言葉に、私はとっさに身構えた。すると、私の前に意外なものが出されたのだった。

 小さなサラダボウルに入っているのは、なにやら薄い黄色をした、雫型の粒。何かの種を剥いたものかとは思ったものの、何の種なのかはまったく見当がつかなかった。

「ふふっ、砂糖をたくさん使った甘いケーキはお口に合わないと思ったので、貴女には特別に、松の実を取り寄せましたの。さあ、召し上がれ」

 そう言って、王太子妃は意地悪く笑ったのだった。

(紅茶はご馳走になってるし……さっきの話の流れで、芋虫が出てこなかっただけ幸いと思うべきかしら?)

 しかし、テルクスタでは松の実を食べる文化はないので、その味もまったく想像がつかない。ヤギのチーズのように柔らかな色に反して、恐ろしく癖の強い味だったら……と考えると、不安は募るばかりであった。

「さ、ご遠慮なさらず。みんな、レイチェル妃殿下が召し上がるのが先よ」

 つまりは、私が松の実を口にしない限り、他の招待客たちはケーキを食べ始められないのだ。それは暗に、食べろという王太子妃からの命令であった。

(まあ、王女のプライドなんてものは持ち合わせてないから、構わないけど。それにしても……松ぼっくりは知ってるけど、松の実ってそもそもどの部分なのかしら?)

「それでは、いただきます」

 ナマコよりマシ、と心の中で唱えてから、私は松の実を口にした。

「……!」

「ふふっ。我が国では、庶民のおやつとして親しまれてますの。貴女にぴったりでしょう、いかがかしら?」

「はい、とっても!」

「……え?」

「とーっても、美味しいですわ!」

 私の反応に、王太子妃はあからさまに顔を引き攣らせた。しかしそんなことが気にならないほどに、松の実は私好みの味だったのだ。

 クルミやピーナッツよりも柔らかく、ほんの少しクリーミーとも言える口当たり。どちらかと言えば、カシューナッツに近いのかもしれない。バターのような重厚な味わいは、一粒で私の舌を虜にしたのだった。

(見つけたわ、私の……‘‘恋人’’!!)

「こんなに美味しいものが世の中にあるだなんて、初めて知りましたわ。本当に、ありがとうございます……! ちなみに、こちらはどこのお店で売っているのですか? ぜひ、帰りにお土産として買って帰りたくて」

「えっと……その、ドライフルーツや木の実を取り扱っている店ならば、おそらくどこでも売ってますわ。……たくさんあるので、お土産にお包みしましょうか?」

「そんな、よろしいのですか!?」

「え、ええ。もちろんですわ」

 テーブルに前のめりになる私と、珍獣を見るような目付きで若干引き気味の王太子妃。お茶会が終始異様な空気に包まれていたのは、言うまでもない。
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