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波の音を携えて
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「こちらの中から、お好きなドレスをお選びくださいませ」
室内に用意されたドレスを指し示しながら、エマは言った。そして私は、衣装部屋の端から端までドレスが並べられた光景を見て、思わず言葉を失ってしまった。
なぜならウエディングドレスが、すべて黒色だったからである。
テルクスタではウエディングドレスは白色が一般的であり、黒色は葬儀の際に着る色である。リュドミラでは黒いウエディングドレスを着るのが伝統とは聞いていたが、黒い服ばかりが並んでいる威圧感は、想像以上だったのだ。
「ふふっ、黒ばかりで驚かれたかもしれませんが、素敵なお品をたくさんご用意させていただきましたので、ぜひお手に取ってご覧くださいな」
エマに誘導され、おそるおそるドレスの掛かったハンガーラックに歩み寄る。カラスの大群に近づくような緊張感は、楽しい花嫁衣裳選びとは程遠いものであった。
試しに一番端に掛かっていたドレスを手に取ると、それはマーメイドラインのデザインであった。よく見るとスカート部分には、小さな宝石が幾つも散りばめられていた。
「リュドミラでは、昔から人魚が幸福の象徴とされております。こちらは、それにちなんだデザインとなっておりまして、スカートに縫いつけたオニキスは、人魚の鱗を模したものでございます」
見ると、確かにオニキスは鱗のような楕円形であり、規則的に並んでいた。モチーフに込められた意味を知ると、不思議と興味が湧いてきたのだった。
「一度、ご試着されますか?」
鏡の前で合わせてみると、確かに素敵な一着である。しかし、自分にはイマイチしっくりこないような気がしたのだった。
「うーん……メルロはどう思う?」
「そうですね……素敵ですけれども、レイチェル様はもっとボリュームのあるスカートの方がお似合いになるかと思います」
メルロの一言は、まさにその通りであった。エマのようにすらりと背の高い女性だったら似合うのだろうけど、私だとやたら貧相に見えてしまったのだ。
「たとえば、こちらはいかがでしょうか?」
メルロが手に取ったのは、ベルラインのドレスであった。スカートが逆さにしたチューリップのように膨らんでおり、上半身には花の刺繍が施されていた。
「こちらは、お花畑をモチーフにした一着でございます。刺繍にありますお花は、よく見ると蔓草でひと繋がりとなっておりまして、幸せが途切れぬようにという意味が込められております」
子供の頃は、森に出かけた時、姉上や母上と花冠や花の腕輪を作ってよく遊んだものだ。それもあり、花のモチーフは心惹かれるものであった。
……しかし。
「何だか、バージンロードを歩く途中で、スカートを引っ掛けちゃいそうで怖いわ」
スカートのボリュームがあるということは、それだけ幅をとるということである。それに、布をたくさん使っているのか、持ってみるとやたら重く感じてしまったのである。
とはいえ、布が少ないものとなると、先ほどのマーメイドラインや、スレンダーラインなど、貧相に見えるものになってしまう。しかし、まだ一着も袖を通していないので、その判断も正しいのかは分からない。
「とりあえず、片っ端から着てみようかしら?」
私がそう言うと、エマもメルロも待ってましたとばかりにニヤりと笑ったのだった。
「素敵な一着のお探しを、全力でお手伝いさせていただきますわ」
「まだお隣の部屋にも、たくさんドレスのご用意はございますので」
こうして、数時間にもおよぶドレス選びは幕を開けたのである。
+
「これは少し……華やかすぎるわね」
鏡の前で、私は呟いた。
気づけば、窓の外はすっかり夜となっていた。試着はもはや何着目かも分からないが、理想の一着はまだ見つからない状況であったのだ。
「うーん……レイチェル様は重厚というよりも、軽やかなデザインがお似合いかもしれませんね」
刺繍が全面に施されたドレスを見ながら、メルロは言った。
「そうね。身長もさほど高くないし、動きやすい服装のほうが好きだもの」
「あと……これは、あくまで私のイメージなのですが」
「?」
「上手く言えませんが……レイチェル様は、楽しくて明るい雰囲気がお似合いだと思いますの」
「ああ、確かに」
ずっと思い悩まないのが、自分の良いところだと思っていたし、楽しいことは大好きなので、私はうなずいた。
「でも、ドレスで‘‘楽しい’’はなかなか難しいわね」
そう言った途端、エマは何か思いついたように隣の部屋へと駆けて行った。そして、一着のドレスを持って戻ってきたのである。
「レイチェル様。こちらなんて、いかがでしょうか?」
それは、スカートがチュール素材となったプリンセスラインのドレスであった。そして布地には、パールがいくつも縫いつけられていた。おそらく、海をイメージしたデザインなのだろう。
気に入って試着してみると、予想どおり生地が軽いことにより、とても動きやすいドレスであった。
「こちらのドレスには、面白い仕掛けがありますの」
「え……?」
「このまま、歩いてみてくださいな」
エマに言われるがまま歩いてみると、波打ち際の波のような音が聞こえてきたのだった。
「え、凄い!」
「こちら、トレーンの裏地に特殊な加工を施しておりまして、歩くたびに音がするようになっておりますの」
彼女の言うとおり、歩を進めるだけで、心地良い音が聞こえてくる。その音を聞くだけで、母上と海に行った日のことが自然と思い出されるほどであった。
裸足で砂浜を駆けたこと、打ち寄せる波と追いかけっこしたこと、そして遊び疲れて母上の膝枕で昼寝したこと……大切な思い出が、自然と頭の中を駆け巡っていた。
「とってもお似合いですわ、レイチェル様」
「ありがとう……じゃあ、このドレスに決めたわ」
「かしこまりました、それでは、サイズ調整だけ少しさせていただいて……」
(波の音を携えて‘‘オオカミ’’と結ばれるだなんて、不思議な気分だわ。……結婚式、面白くなりそうね)
サイズ調整をしている最中。姿見に映っている自分の顔からは、緊張感はすっかり消えていたのだった。
室内に用意されたドレスを指し示しながら、エマは言った。そして私は、衣装部屋の端から端までドレスが並べられた光景を見て、思わず言葉を失ってしまった。
なぜならウエディングドレスが、すべて黒色だったからである。
テルクスタではウエディングドレスは白色が一般的であり、黒色は葬儀の際に着る色である。リュドミラでは黒いウエディングドレスを着るのが伝統とは聞いていたが、黒い服ばかりが並んでいる威圧感は、想像以上だったのだ。
「ふふっ、黒ばかりで驚かれたかもしれませんが、素敵なお品をたくさんご用意させていただきましたので、ぜひお手に取ってご覧くださいな」
エマに誘導され、おそるおそるドレスの掛かったハンガーラックに歩み寄る。カラスの大群に近づくような緊張感は、楽しい花嫁衣裳選びとは程遠いものであった。
試しに一番端に掛かっていたドレスを手に取ると、それはマーメイドラインのデザインであった。よく見るとスカート部分には、小さな宝石が幾つも散りばめられていた。
「リュドミラでは、昔から人魚が幸福の象徴とされております。こちらは、それにちなんだデザインとなっておりまして、スカートに縫いつけたオニキスは、人魚の鱗を模したものでございます」
見ると、確かにオニキスは鱗のような楕円形であり、規則的に並んでいた。モチーフに込められた意味を知ると、不思議と興味が湧いてきたのだった。
「一度、ご試着されますか?」
鏡の前で合わせてみると、確かに素敵な一着である。しかし、自分にはイマイチしっくりこないような気がしたのだった。
「うーん……メルロはどう思う?」
「そうですね……素敵ですけれども、レイチェル様はもっとボリュームのあるスカートの方がお似合いになるかと思います」
メルロの一言は、まさにその通りであった。エマのようにすらりと背の高い女性だったら似合うのだろうけど、私だとやたら貧相に見えてしまったのだ。
「たとえば、こちらはいかがでしょうか?」
メルロが手に取ったのは、ベルラインのドレスであった。スカートが逆さにしたチューリップのように膨らんでおり、上半身には花の刺繍が施されていた。
「こちらは、お花畑をモチーフにした一着でございます。刺繍にありますお花は、よく見ると蔓草でひと繋がりとなっておりまして、幸せが途切れぬようにという意味が込められております」
子供の頃は、森に出かけた時、姉上や母上と花冠や花の腕輪を作ってよく遊んだものだ。それもあり、花のモチーフは心惹かれるものであった。
……しかし。
「何だか、バージンロードを歩く途中で、スカートを引っ掛けちゃいそうで怖いわ」
スカートのボリュームがあるということは、それだけ幅をとるということである。それに、布をたくさん使っているのか、持ってみるとやたら重く感じてしまったのである。
とはいえ、布が少ないものとなると、先ほどのマーメイドラインや、スレンダーラインなど、貧相に見えるものになってしまう。しかし、まだ一着も袖を通していないので、その判断も正しいのかは分からない。
「とりあえず、片っ端から着てみようかしら?」
私がそう言うと、エマもメルロも待ってましたとばかりにニヤりと笑ったのだった。
「素敵な一着のお探しを、全力でお手伝いさせていただきますわ」
「まだお隣の部屋にも、たくさんドレスのご用意はございますので」
こうして、数時間にもおよぶドレス選びは幕を開けたのである。
+
「これは少し……華やかすぎるわね」
鏡の前で、私は呟いた。
気づけば、窓の外はすっかり夜となっていた。試着はもはや何着目かも分からないが、理想の一着はまだ見つからない状況であったのだ。
「うーん……レイチェル様は重厚というよりも、軽やかなデザインがお似合いかもしれませんね」
刺繍が全面に施されたドレスを見ながら、メルロは言った。
「そうね。身長もさほど高くないし、動きやすい服装のほうが好きだもの」
「あと……これは、あくまで私のイメージなのですが」
「?」
「上手く言えませんが……レイチェル様は、楽しくて明るい雰囲気がお似合いだと思いますの」
「ああ、確かに」
ずっと思い悩まないのが、自分の良いところだと思っていたし、楽しいことは大好きなので、私はうなずいた。
「でも、ドレスで‘‘楽しい’’はなかなか難しいわね」
そう言った途端、エマは何か思いついたように隣の部屋へと駆けて行った。そして、一着のドレスを持って戻ってきたのである。
「レイチェル様。こちらなんて、いかがでしょうか?」
それは、スカートがチュール素材となったプリンセスラインのドレスであった。そして布地には、パールがいくつも縫いつけられていた。おそらく、海をイメージしたデザインなのだろう。
気に入って試着してみると、予想どおり生地が軽いことにより、とても動きやすいドレスであった。
「こちらのドレスには、面白い仕掛けがありますの」
「え……?」
「このまま、歩いてみてくださいな」
エマに言われるがまま歩いてみると、波打ち際の波のような音が聞こえてきたのだった。
「え、凄い!」
「こちら、トレーンの裏地に特殊な加工を施しておりまして、歩くたびに音がするようになっておりますの」
彼女の言うとおり、歩を進めるだけで、心地良い音が聞こえてくる。その音を聞くだけで、母上と海に行った日のことが自然と思い出されるほどであった。
裸足で砂浜を駆けたこと、打ち寄せる波と追いかけっこしたこと、そして遊び疲れて母上の膝枕で昼寝したこと……大切な思い出が、自然と頭の中を駆け巡っていた。
「とってもお似合いですわ、レイチェル様」
「ありがとう……じゃあ、このドレスに決めたわ」
「かしこまりました、それでは、サイズ調整だけ少しさせていただいて……」
(波の音を携えて‘‘オオカミ’’と結ばれるだなんて、不思議な気分だわ。……結婚式、面白くなりそうね)
サイズ調整をしている最中。姿見に映っている自分の顔からは、緊張感はすっかり消えていたのだった。
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