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ずた袋姫だなんて言わせない(2)

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 12歳となったある日。庭を散歩していると、彼女は木陰で絵本を熱心に呼んでいた。いつものことなので、俺はすぐさま話しかけに行った。

「昔からずっと、憧れなんです」

 そこには、城のダンスパーティーで踊る姫と王子の絵が描かれていた。

「クレイグ様もダンスは踊られるのですか?」

「たしなむ程度には、な」

「凄い……流石です」

「じゃあ踊ってみるか?」

「え!?良いのですか?」

 こうして、二人だけのダンスパーティーは始まった。

 背が伸びたこともあり、俺は彼女より少しだけ視線が高くなっていた。そして初めて会った時は長すぎた彼女のスカート丈も、すっかり丁度良いひざ下丈となっていた。

「前に、後ろに、少し揺れて、そう」

「なかなか大変ですね」

 一生懸命付いてくる彼女が愛しくて、仕方が無かった。繋いだ手の温もりをずっと離したくないとさえ、内心思っていた。

 すると、不意に彼女はこう言ったのだった。

「いつか、お姫様のようになれると良いのですが」

 彼女が堅苦しいコルセットに縛られて、頭を下ろしたら落ちてしまいそうなティアラを被った姿なんて、全くもって想像できなかった。

「……それは違う。そんなの、許すもんか」

 薄っぺらく閉ざされた絵の中の世界ではなく、もっと自由な世界に居て欲しい。そんな本音から出た言葉であった。

 その後のことはよく覚えていない。しかし、暖かな日差しに包まれた一時は静かで幸せだったと記憶している。

 彼女が使用人から避けられていると知ったのは、それから暫くしてのことだった。

 厳重注意したせいで、使用人達は「ミアに関わると面倒だ」と判断したらしい。彼女は全く悪くないのに、俺は孤立させる原因を作ってしまったのだ。

 すぐさま彼女に謝りたかった。けれども、そうすれば自分の気持ちは彼女に知られてしまう。それは絶対に、許されないことだった。

 俺と彼女は、あくまで雇い主と使用人なのだから。
 

+


「彼女に酷く怒ったそうだな?」

「……アレン兄さん」

 珍しく兄上が部屋を訪ねて来たのは、午後になってからだった。

「ああ。外泊するなら事前に言えときつく言っておいた」

「本当にお前は、昔からあの子が好きだな」

 兄の一言で、紙に滑らしていた羽根ペンの動きが止まる。視線を上げると、兄は訳知り顔で笑っていた。

「別に。そういう関係ではない」

「隠し通せているとでも思ったかい?残念ながら、とうの昔からバレバレだよ」

「……」

 この屋敷の当主相手に、自分の勝ち目は無い。黙って見つめていると、兄上は勘違いするなと前置きして続けた。

「当主として咎めるだとか、そういうつもりは一切無いよ」

 窓辺に歩み寄り、外の景色を見ながら兄は続ける。

「摘み取りたい花が、自分の歩くべき道に咲いているとは限らない」

「!?」

「けれども。道から逸れて花を摘み取りに行ったって、俺は良いと思うんだ」

 こちらの心中を慮ったように、兄さんは言った。

「でも……」

 モントゴメリー家当主という、兄は行くべき道を進んだ。自分は横道に逸れる。そんなこと、あって良いはずが無い。

「俺はイレーヌと結婚できたら何でも良かったから、気にするな」

「……」

「それに、彼女もめでたく妊娠したからね。跡継ぎは十分だ」

「あいも変わらず、義姉上と仲がよろしいようで」

 見合い結婚だったものの、兄夫婦は非常に仲が良かった。何でも、顔合わせの時兄が一目惚れして、結婚に乗り気でなかった義姉上を口説き倒したそうだ。

 興味を持った女に猪突猛進なのは、本当に兄弟そっくりである。

「母上が何か言ってくるだろうけど、俺から適当に言っとくよ」

「そんなの、叶う訳が無い。そもそも身分が違うのはどうしようも無い」

「例えば……だ」

 今から言うのはあくまで独り言だ、と兄上は耳元で囁いた。

「結婚だとか、公に結ばれることは確かに難しい。だがその代わりに、傍にいてもらうこと、密かに大事にすること位はできるんじゃないか?」

「なっ……!?」

「まあ、本人の了承を得られたらの話、だけどな」

 じゃあな、と手を振り、兄上は部屋を出て行った。

 ……本当に、兄上には敵わない。
 

+


 ミアのことが気になり、俺は屋敷を歩き回った。仕事の日だから、屋敷のどこかにはいるはずだ。遠目で見れればそれで良かった。

 彼女の後ろ姿が見えたのは、庭の隅の木の下だった。午後服の黒色は、庭先では酷く浮いて見えた。

 休憩中なのだろうか。芝生に座り、彼女は黙ってうつむいていた。

 やがて、手で顔を拭うような動作が微かに見えた。

 もしかして、泣いてるのか?

「おい、ミア……!!」

 慌てて俺は駆け寄った。泣かせるつもりなど無かったので、内心かなり焦っていた。

 しかし。振り向いた彼女は……。

「ふ、ふれいふはまっ……!」

 リスのように膨らんだ頬。口元の食べかす。そして手元の箱には、大量のカヌレが入っていた。

「これ、これは違うんれす!」

「口元でバレバレだぞ」

「ふあ、!?」

「……くくっ、」

 あまりにも間抜けすぎる態度に、俺は笑うのを抑えられなかった。

 本当に彼女はいつも、笑わせてくれる。

「少し、作りすぎてしまって……」

 口を拭ってから、観念したようにミアは言った。

「俺にも食べさせろ。外泊の件はそれで許す」

「え?!こんなもので良ければ、どうぞ」

 差し出されたカヌレにかぶりつくと、どこか懐かしい味がした。思えば、彼女お手製の菓子を食べるのは久しぶりかもしれない。

「なあ、もしかして色によって味が違うのか?」

「そうでふよー」

 知らぬ間に、ミアは二個目のカヌレを口に放り込んでいた。口いっぱいに菓子を頬張る姿すらも愛おしく思えてくるのだから、恋とは不思議なものだ。

 ……ああそうか。

 結婚だとかそんなことはどうでも良くて、この平和な二人の時間を守りたい。自分の願いはただそれだけなのだとふと気付いた。

 あの日のように、日差しは暖かく心地良かった。
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