約束破りの蝶々夫人には甘い罰を~傷クマ大佐は愛しき蝶を離さない~

二階堂まや

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おまけの小話(ドゴール視点)①

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「……という訳だ。済まないがドゴール。この婚約の決定権は、全て先方にあると思って欲しい」

 夕食の席で、父上は申し訳無さそうに私にそう告げたのだった。

 その日。父上は知人を介してグアダルーデの貴族から、とある令嬢と自分との縁談を持ちかけられたのだという。

 令嬢の名はエレナと言った。グアダルーデはヴェルイダから離れた国だが、王太子妃候補であったこともあり、彼女はこの国でもある程度名の知れた存在であった。

 花嫁選びで落選した後も、エレナの元へは良家からの縁談が多数舞い込んだという。にも関わらず、彼女の両親はわざわざ私を指名してきた。一体、どういう風の吹き回しなのか。

 思い当たる節と言えば、自分は独立戦争後、戦時中の功績を認められて三段階昇進したことぐらいだ。とはいえ、そういった形で昇格した者は他にも数多いる。縁談を持ちかける決定打にする程のことではない。

 エレナの両親は、多額の持参金と結婚に際しての条件を提示してきたのだという。所謂訳ありの縁談なのは、火を見るより明らかであった。

 とはいえ、縁談を良家から持ちかけられた場合、断れないのが大原則だ。エレナの方が明らかに家柄が良いため、此方側はただ従う他無いのである。

 ……一体先方は、どんな爆弾を投げよこしてくるのだか。

「承知しました、父上」

「悪いな。では、最初の顔合わせは来週だ。その日は仕事を昼までに切り上げて、帰って来るように」

「はい」

「なになに、お客様が来るの? ルーシアも、一緒にご挨拶したいわ!!」

 隣の席でスープを飲んでいたルーシアが、会話に参加してきた。挨拶やテーブルマナーを練習している最中なので、近頃は何でも実践したがりなのである。私を見上げる瞳は好奇心で爛々と輝いていた。

「ああ、そうだよ。ただ、ルーシアが挨拶するタイミングになったら部屋に呼ぶから、それまでは邪魔したら駄目だぞ」

 口の周りについたスープのパセリを拭いてやりながら、私はルーシアに言い含めた。

「はあい!!」

 結局、自分より先にルーシアがエレナと顔を合わせるなど、この時想像していなかったのは言うまでもない。

「ところで父上。話を聞く限り、エレナ嬢はかなり感情の起伏が激しい性格ということですが……ルーシアは大丈夫なのでしょうか?」

「ああ、そこは問題無い。まだ幼い弟がいるらしいが、きょうだい仲はかなり良いらしい。子供嫌いでもなく、弟も彼女にはとても懐いているようだ」

「……なるほど」

 正直、子供に暴力を振るわないのであれば、ある程度の気性の荒さは目を瞑るつもりでいた。それについては、両親も同意見のようだ。

 自分もついに、嫁の尻に敷かれるのか。

 とはいえ。武官の妻となれば、自分が戦いに出ている間に家を守る役目を負わねばならない。だからいっそ、勝気な女の方が良いのかもしれない。事実、同僚が夫婦喧嘩した次の日に絆創膏を顔に貼り付けて仕事に来るなど、軍ではよくある話だ。

 幸いにも、癇癪を起こされて叩かれようが殴られようが、三、四発銃で撃たれようが、死なない自信なら十分にある。頑丈が取り柄の自分にはうってつけだろう。

「でも、もし結婚するとなれば刃物の件は少し心配よね。食事の時とか」

 そう言ったのは、母上であった。条件の中で、エレナに暫く刃物を使わせないようにというものがあったのだ。刃物となると、食事の際に使用するナイフも含まれるのだろう。

「食事の席で一人だけナイフを使えないのは、流石にお可哀想だわ」

「そうだな。ルーシアがまだナイフを上手く使えないから、仲間外れにしないように家だとみんなナイフを使わないとでも言っておこうか」

「むぅ、ルーシアだって、もうちょっとで上手にナイフ使えるもん!!」

「分かった分かった」

 取り敢えず、過度な期待はしないことだな。

 そんなこんなで、エレナとの顔合わせの準備は着々と進んでいったのである。
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