約束破りの蝶々夫人には甘い罰を~傷クマ大佐は愛しき蝶を離さない~

二階堂まや

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約束破りは‘‘旧友’’と共に

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「……まさか、貴方とまた会うことになるなんてね」

 久しぶりに衣装棚から引っ張り出した‘‘旧友’’に、私はぽつりと語りかけた。物言わぬ旧友。それは嫁入り道具に紛れ込ませていたコルセットだった。

 夜会から帰った後、入浴後に私は衣装部屋を訪れていた。ドゴールはまだ入浴している。つまりは彼が寝室にやって来るまでに、時間には余裕がある訳だ。だから私は、あることを確かめるためにここへとやって来たのだった。

 しかしそれは、結婚前の約束を破ることに他ならなかった。

 グアダルーデでは、一般的に女性が身に着けるコルセットのサイズは国内で統一されている。規格外の体型である場合を除き、皆同一の基準で作られたコルセットをサイズ調整して着用するのである。

 尚、コルセットは五段階にサイズ調整が可能となっており、ウエストが細いほど美しいとされている。そして花嫁選びでは、その中で最も細く絞った形に合った体型であることが求められるのだ。つまりは、王太子妃として選ばれるには美の頂点にまで上り詰めなければならないのである。

 グアダルーデ王室には、知識や教養だけでなく美しい容姿であることが高貴な身分の証明であるという考えが昔から存在する。だから、婚姻関係を結ぶ王太子妃も誰よりも美しくある必要があるのだ。

「ん、……と」

 ナイトドレスの上からコルセットを着け、紐を編み上げるように通していく。すると、微かに甘いイチゴの香りが鼻をかすめたのだった。

 このコルセットを身に着ける時、私はいつも好きな香水をふっていた。香りならば嗅いでも太らないから、安心して楽しめる数少ない娯楽だったのだ。食事制限の間は甘いものを口にできないため、大体は果実の甘い香りを選んでいたのはよく覚えている。

 とはいえ。甘美な香りは辛い記憶と表裏一体であるとも言える。結婚してからずっと果実の香りの香水を避けていたのは、過去から逃げたかったからでもあった。

 紐を編み上げ終えたところで、ふ、と深呼吸する。大したものは口にしていないので、今回は吐かなくても良しとしよう。

 このコルセットは、私が今所有する唯一の‘‘美の基準’’であった。

 私とドゴールの婚約話が持ち上がった時、両親は多額の持参金を払う代わりに四つの条件を義両親に提示したという。

 一つ。全身の映る姿見と体重計を捨てること。

 二つ。結婚前に使っていたコルセットは全て捨てさせること。

 三つ。しばらくは私を刃物に近寄らせないこと。

 四つ。私を極力一人にしないこと。

 これらは全部、私を美と死から遠ざけるための条件であるのは明白だった。

 ちなみに食事中のナイフの使用を許されたのも、結婚してから大分経った後のことである。そして、このコルセットは身に着けることはおろか、本来は持っていてはならない代物なのだ。

「約束を破ったのが知られたら、やっぱり怒られちゃうかしらね」

 この部屋に来るまで、何度も夫の顔が思い浮かんだ。けれども、どうしても衝動は止められなかったのである。

 少しだけ。今の自分の立ち位置を確かめるだけだから。

 頭の中に言い訳を並べ立ててから、私は一番緩いサイズでコルセットのボタンを留め始めた。
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