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碧眼の熊
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大勢の招待客により、大広間はすっかり賑わっていた。今宵の夜会はヴェルイダの女王陛下が参加するとあって、国内外から沢山の人がやって来たようだ。そして女王の到着まで、人々は広間で歓談を楽しんでいた。
人が集まる社交の場は、正直あまり得意ではない。そんな後ろ向きな感情が外に出ないよう取り繕うものの、私の心と身体は緊張によりすっかり張り詰めていた。
……とはいえ。夫に抱っこされてすやすやと眠る義妹の愛らしい寝顔を見ると、つい頬が緩んでしまうたのだった。
「ふふっ、こんなに賑やかなのにぐっすりですわね。ルーシアったら」
「ああ。もうすっかり夢の中だ」
ルーシアの髪を手櫛で整えてあげると、夫のドゴールは困ったように笑った。
今宵の夜会に招待されたのは私達夫婦だけだったのだが、ルーシアも参加したいと言ったため主催者に了承を得た上で連れて来たのである。
……が、しかし。どうやらルーシアは昼間にお友達と沢山遊んだようで、夜会へ向かう馬車の中で寝てしまったのだ。
起こすのも可哀想だし、当然ながら馬車に置いていくことも出来ない。付き添いのメイドに抱っこしていてもらうことも考えたものの、子供と言えど六歳ともなれば中々に重い。夜会の間中ずっと抱いているのも大変だろうということで、結局ドゴールが抱っこすることになったのである。
「腕、お辛くないですか? 良かったらかわりばんこに抱っこしましょう?」
「ああ、問題無い。大丈夫だ。それに……正直、寝ててくれた方が楽な気もしてきた」
「あら、どうしてですか?」
「夜会の間中、あの喋りが止まらなかったら流石に困るだろ」
ルーシアはまだ幼いにも関わらず、ちっとも人見知りしない怖いもの知らずな性格だった。それに加えて、気になったものにはすぐ近寄っていき、冒険好きかつ口が立つときたものだ。ドゴールはそんな年の離れた妹に、少々手を焼いているようだった。
ちなみにドゴールと見合いをした時、私は彼よりもルーシアと先に顔を合わせている。
初めての顔合わせの日、ドゴールは仕事を午前中で切り上げて午後から私と会う予定だった。しかし仕事が長引いたことにより、帰宅が遅くなってしまったのである。
私が応接間でドゴールを待っていると、部屋の扉をノックする小さな音が聞こえてきた。そして現れたのが、ルーシアという訳だ。
『お兄様がお仕事で遅くなるって聞いたから、私が代わりに来たわよ!!』
挨拶した後にそう言われ、つい吹き出したことは言うまでもない。私は可愛らしい気遣いに甘えることにして、結局ドゴールが来るまで彼女と塗り絵をして待っていたのである。
きっと今起きていたならば、ルーシアはあれば何だこれは何だと言いながら、辺りを見回していたに違い無い。そんな怖いもの知らずな義妹とは、ドゴールと結婚してからもとても仲良しである。
「おしゃまで可愛いじゃないですか。それに寝てしまったらそれはそれで、夜会の感想はって明日にでも質問攻めに遭いますわよ」
「本当に、こまっしゃくれたというか何と言うか……」
「あら、そんな妹の為なら誰よりも財布の紐が緩いお兄様はどなた?」
彼の頬に刻まれた傷跡を視線でなぞりながら、私はクスクスと笑った。
ルーシアは欲しい物があると両親に強請るのだが、そこで断られると私達夫婦の元へとやって来る。そして、最終的に私かドゴールが買ってあげることは儘あることであった。
「……お前と良い勝負と言ったところか」
お隣の栗毛色の毛並みをした碧眼の熊は、そう言って笑った。
人が集まる社交の場は、正直あまり得意ではない。そんな後ろ向きな感情が外に出ないよう取り繕うものの、私の心と身体は緊張によりすっかり張り詰めていた。
……とはいえ。夫に抱っこされてすやすやと眠る義妹の愛らしい寝顔を見ると、つい頬が緩んでしまうたのだった。
「ふふっ、こんなに賑やかなのにぐっすりですわね。ルーシアったら」
「ああ。もうすっかり夢の中だ」
ルーシアの髪を手櫛で整えてあげると、夫のドゴールは困ったように笑った。
今宵の夜会に招待されたのは私達夫婦だけだったのだが、ルーシアも参加したいと言ったため主催者に了承を得た上で連れて来たのである。
……が、しかし。どうやらルーシアは昼間にお友達と沢山遊んだようで、夜会へ向かう馬車の中で寝てしまったのだ。
起こすのも可哀想だし、当然ながら馬車に置いていくことも出来ない。付き添いのメイドに抱っこしていてもらうことも考えたものの、子供と言えど六歳ともなれば中々に重い。夜会の間中ずっと抱いているのも大変だろうということで、結局ドゴールが抱っこすることになったのである。
「腕、お辛くないですか? 良かったらかわりばんこに抱っこしましょう?」
「ああ、問題無い。大丈夫だ。それに……正直、寝ててくれた方が楽な気もしてきた」
「あら、どうしてですか?」
「夜会の間中、あの喋りが止まらなかったら流石に困るだろ」
ルーシアはまだ幼いにも関わらず、ちっとも人見知りしない怖いもの知らずな性格だった。それに加えて、気になったものにはすぐ近寄っていき、冒険好きかつ口が立つときたものだ。ドゴールはそんな年の離れた妹に、少々手を焼いているようだった。
ちなみにドゴールと見合いをした時、私は彼よりもルーシアと先に顔を合わせている。
初めての顔合わせの日、ドゴールは仕事を午前中で切り上げて午後から私と会う予定だった。しかし仕事が長引いたことにより、帰宅が遅くなってしまったのである。
私が応接間でドゴールを待っていると、部屋の扉をノックする小さな音が聞こえてきた。そして現れたのが、ルーシアという訳だ。
『お兄様がお仕事で遅くなるって聞いたから、私が代わりに来たわよ!!』
挨拶した後にそう言われ、つい吹き出したことは言うまでもない。私は可愛らしい気遣いに甘えることにして、結局ドゴールが来るまで彼女と塗り絵をして待っていたのである。
きっと今起きていたならば、ルーシアはあれば何だこれは何だと言いながら、辺りを見回していたに違い無い。そんな怖いもの知らずな義妹とは、ドゴールと結婚してからもとても仲良しである。
「おしゃまで可愛いじゃないですか。それに寝てしまったらそれはそれで、夜会の感想はって明日にでも質問攻めに遭いますわよ」
「本当に、こまっしゃくれたというか何と言うか……」
「あら、そんな妹の為なら誰よりも財布の紐が緩いお兄様はどなた?」
彼の頬に刻まれた傷跡を視線でなぞりながら、私はクスクスと笑った。
ルーシアは欲しい物があると両親に強請るのだが、そこで断られると私達夫婦の元へとやって来る。そして、最終的に私かドゴールが買ってあげることは儘あることであった。
「……お前と良い勝負と言ったところか」
お隣の栗毛色の毛並みをした碧眼の熊は、そう言って笑った。
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