燻らせた想いは口付けで蕩かして~睦言は蜜毒のように甘く~

二階堂まや

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寝台の上の密約

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「……アリーズ」

「ん……ロディ様」

 示し合わせた訳でも無いのに、自然と互いの名を口にする。そして私達は、唇を重ねた。

 触れるだけのキスだというのに、心臓は既に早鐘を打っている。それは緊張と興奮が合わさった、ふわふわとする妙な感覚をもたらした。

 あぐらをかいた彼の脚の上に座る形で、私は横抱きにされていた。いつもならば、シーツに背中を預けて事に及ぶのだけれど、今は違う。私の背中を支えるのは寝台ではなく、背後に回された逞しい片腕であった。

「んっ……」

 私の唇を食むようにして、ローデンヴェイクは再度キスを落とす。思えば、これまでは雑談しながら身体を重ねていたので、こうして無言で口付けを重ねるのは珍しいかもしれない。

 普通であれば、接吻は愛を確かめ合うための行為だ。しかし、今宵は始まりの合図であった。

 もっと言えば、これから本音で向き合うという誓い立てだ。

「本当に……良いのか?」

 最終確認とばかりに、ローデンヴェイクは私に問うた。

 吐息の重なる位近くで彼と見つめ合う。紅茶色をした髪の下、その瞳は獣のようにぎらついていた。

 まるで、草陰に隠れる獣に狙われているような気分だ。もしかすれば、今から私は獰猛な獣に食べられてしまう……のかもしれない。後悔と恐怖のあまり、泣き叫ぶことになるのかもしれない。

 夫がどんな本性を隠しているのか、今この瞬間、私が知る術は無い。

 けれども迷いは無かった。

「はい、勿論です。……何度聞かれても、答えは変わりませんわ」

「……そうか」

 彼と決めた約束事は、ただ一つ。互いに本音しか口にしない、隠し立てをしないということだ。そして相手が嘘をついたり、何か隠していると思ったならば、問い詰めて良いというルールを敷いたのである。

 つまりは、必要があれば私からも彼に''尋問''できるという訳だ。

 情事の際、夫に全て身を任せるのが常であったため、対等な立場で向き合うのは初めてであった。

 期待もあるが不安も大きい。何も予想が付かない状況に緊張して黙り込んでいると、早速ローデンヴェイクは口火を切った。

「……アリーズ。その髪に肌に……もっと触れたいのだが」

 その求めを聞き、身体の奥がじんと熱を持ち始めるのを感じる。彼がどんな本性を隠しているかは分からないけれども、やっぱり私はこの男が好きで仕方ないのだ。

「……っ、是非に」

 ローデンヴェイクは私の髪に手櫛をゆっくりと通した。頭のてっぺんから毛先に至るまで真っ直ぐで、面白みの無い髪だ。けれども何が楽しいのか、彼は何度も丁寧に梳いてくれる。そして最後、鼻先を埋めるように髪に口付けた。

「……巻きが掛かってなくて、つまらない髪ですのに」

 お茶会で見た妃達の姿を思い浮かべながら私は呟いた。皆カールした美しい髪をしており、内心羨ましくて仕方無かったのだ。

「いや、この髪が愛しくて仕方無い」

 自虐のお返しとばかりに、ローデンヴェイクはことも無さげに答えた。そしてその応えは、私を驚愕させた。

 何故なら、彼の口から愛の言葉を聞くのは初めてだったのだ。

「信じられないと顔に書いてあるが?」

「も、申し訳ございません……」

「こんな些細なことで驚いていたら、これから先、身が持たんぞ」

 ローデンヴェイクは口の端だけで笑った。余裕のある笑み。どうやら私は今、彼の手のひらの上にいるようだ。

「あっ……」

 そして大きな手は、肌を辿り胸元へと降りていった。平素ドレスに隠された箇所に感じる、指先の温もり。けれども不思議な程に不快感は無かった。

 乳房の重みを確かめるかのように、ローデンヴェイクは下から上にゆっくりと揉み始めた。今まで自分だけしか触れなかった場所が、彼の手の中に収められている。その事実は、一層の興奮を駆り立てた。

「んっ……」

「声、我慢するな。……もっと聞かせてくれ」

「……っ、はっ、……ぁ、ん、」

 鼻にかかったような声を一度は噛み締めたものの、彼はそれを良しとしなかった。

 手のひらに包み込まれた胸は、火照ったような熱を増していく。時折爪の先で先端を弾かれ、その度に喘ぎ声が漏れて恥ずかしい。

 けれども声を聞きたいと強請られ断れないのは、惚れた弱みだろう。

「ぁ、……っ、ん、っ……ぅ、」

 彼の顔に視線を向けると、伏し目がちな瞳は乳房をまじまじと見つめていた。私の視線に気付いたようで一瞬目が合ったが、直ぐに逸らされてしまった。

 表情が見えにくいのは相変わらずだが、その耳は心做しか赤くなっていた。

 ……欲を出すことに、照れているのだろうか。

 思えば、彼が私に男としての欲を見せたことは殆ど無かった。閨事の際も、あくまで子作りのためとばかりに余計に触れようとはしなかった。けれども、実際はもっと触れたかったというのが彼の本心なのだろう。

 ならばいっそ、我慢していた欲を全て解放して欲しいと私は思い始めていた。

「ん……っ、ロディ様、」

「?」

 ひそひそ話をするように、私はローデンヴェイクに耳打ちした。

 囁いたのは、彼のためだけの言葉。

「……そんなに大切に扱わなくても壊れないので、お好きになさって下さい。それに……ここには私と貴方しか、いませんので」

 こうして、夫婦二人だけの秘密が増えていくのだろうか。
 
「……っ、そうか」

 私の言葉を聞いて、遠慮がちな手つきは少しばかり意地悪なものとなっていく。柔らかな頂は、硬い尖りへと変わっていた。それを彼は、摘むように弄り始めたのだった。

「ぁ、ん……っ、は、」

「痛くないか?」

「だ、大丈夫です……、ん、っ」

 甘美な感触に酔いしれ、思考が蕩けていく。子を成すという本来の目的とは離れ、ただ快楽を求めるための手遊び。言いようのない背徳感は、余計に身体を熱くさせた。

 ……と、このままでは完全に彼のペースだ。何となく流れを理解したので、私も隠していた本音を口にすることとした。

 丁度、太腿辺りに熱を感じていたのだ。

「ロディ様……私も貴方に、触らせてくださいな」

「ああ、勿論だ」

 考えれば、私から彼に触れることは稀であった。いつもローデンヴェイクが私にキスや愛撫をして、結ばれるのが流れだったのだ。

「何処でも、好きにすれば良い」

「……っ、はい」

 胸板に手を滑らせ、首筋や鎖骨をなぞってみる。鍛えられた身体を目の前にして、怖いと感じることはもう無い。むしろ、女として雄の色気に当てられていた。

「……っ、」

 そして興味関心は、下へ下へと向いていく。けれども、横抱きの状態では自分の脚が邪魔で''そこ''はよく見えない。

「こっちの方が都合が良いか」

「え、あっ……!!」

 あっという間に身体をを持ち上げられ、向かい合うように再度座らされる。そして、彼と真正面から相見える形となった。

「……互いによく見えるな。だがその代わりに、何も隠せない」

 正しく、彼の言う通りだ。

 下に目をやると、上を向いた彼自身と陰嚢が見えた。硬くなり熱を孕んだ牡茎は、男の情欲をはっきりと表しているようにも思える。

 へその下にあるざりざりとした茂みへと、私は恐る恐る手を伸ばした。

「……っ、」

 恥毛を擽るように指で弄っても彼は何も言わないし、喘ぎ一つ漏らさない。察するに、まだまだ余裕なのだろう。

 なら良いかと思い、好奇心が赴くまま私は太ましい竿を握った。

「……っ、ん!?」

「あ……痛い、ですか?」

「いや……続けてくれ」

 続ける、とは。握ったは良いもののどうすべきか分からず、困惑する。けれども、彼の期待には応えたい。

 そこで、行為の最中のローデンヴェイクの様子を思い出す。射精した後、二度目をする時は確か、一旦引き抜いてから指を輪っかにして握りこんで……。
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