嫉妬は深愛のはじまり〜報復として結婚させられたら皇太子に溺愛されました〜

二階堂まや

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雪を食み、口移しされるは愛

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「は……っ、ぁ、」

 射精の余韻に浸るように、ヴラジスラは私のふくらはぎに口付けた。鼻筋の通った横顔が彫刻のようで気品があり、つい見蕩れてしまう。

 深く息を吸うと、冷たい空気が刺さるように喉奥を襲った。

「っ、けほっ、けほっ、」

「……少し休むか」

 雪を食んだように、いつの間にか口の中はすっかり渇き切っていた。

 ヴラジスラは私を抱き起こして、胡坐をかいた上に横座りさせた。

 濃密な下腹の繋がりはそのままに、彼はベッドサイドに手を伸ばして、氷水の入ったグラスを手に取った。
 
「このまま飲むか?」

 私の背中をさすりながら、ヴラジスラは問うた。

「ん……少しだけ、温かいと嬉しいです」

 甘えるように言うと、彼は何も言わず水を口に含んだ。そしてそれを、私に口移ししてくれた。

 人肌程度に温くなった水を、ごくりごくりと飲み下していく。口の端から一筋流れ落ちてしまったが、それも彼の指先で拭われたのだった。

「……喉は潤ったか?」

「ふふ、ありがとうございます」

 私が満足したのを確認してから、ヴラジスラはグラスを傾けて水を飲み始めた。どうやら、彼も大分喉が渇いていたらしい。

 狼が水を飲んでいる間、何気無く彼の肩に顎を乗せてみる。そして、広い背中へと視線を落とした。

 初めて交わった夜。私は痛みに耐えられず、この背中に爪を立ててしまったのである。

 けれどもその時の引っ掻き傷は、もう無くなっていた。まるで雪の上に出来た足跡が、吹雪の後すっかり消え去ったかのようだ。

 それ程に彼と身体を重ねてきたのだと、改めて実感する。

「……背中に、何か付いてたか?」

「いいえ……お気になさらず」

 ヴラジスラの首元に手を回し、頼もしい胸板にキスの痕を付ける。その近くには、誘いに乗った際の痕もまだ残っており、一組の足跡のようになっていた。

 爪痕と口付けの痕。似たようなものではあるが、意図的に付けたか否かという、大きな違いがある。

 態と付けた愛痕は、所有の証とも言える。きっと相手がヘンリクならば……否、並の男ならば、嫌がられるに違いない。

 消えてしまう前に、私は紅い花弁を再度彼の肌へ一枚落とす。最早それが、習慣となっていた。

 本当に、我ながら面倒臭い女だ。

 膣口から、どろりと白濁が零れていくのを感じる。雪解け水のように温かなそれは、流れ落ちる度に喪失感をもたらした。

 ヴラジスラは気遣わしげに、私を抱き寄せた。

「気分が悪いのか?」

「いえ、ただ……ヴラス様が、真面目な方で良かったと思っただけです」

 自嘲気味に、私は軽く笑った。

「貴方が窮屈な''規則''を疎ましく感じる性格だったならば……きっと私達は上手くいかなかったですもの」

 束縛を規則と言い換えて、私は呟いた。

 子を成すためであれ国のためであれ、ヴラジスラは私を大切にしてくれている。

 彼が他の女性と二人きりとなることは、まず有り得ない。公務や夜会で女性と話す機会があれば、その晩はいつも以上に愛してくれる。今宵も、先んじて十分に私を満たしてくれた。

 今夫婦が円満なのは彼の忍耐のお陰であることは、明白だった。

 私はただの、足枷に過ぎない。

 しかし。ヴラジスラが口にしたのは、意外な言葉だった。

「別に。私はそんな、よく出来た人間ではない」

「……あら、そうですの?」
 
「皇太子としての立ち振る舞いだの、格式ばった式典だの、面倒なものは面倒だ。納得出来ないことや、義務だから嫌々していることなど、山のようにある」

 日頃公務を淡々とこなす彼がこんなことを言うなど、にわかに信じられなかった。

 ならば私の求めには、渋々応じていた……ということだろうか。
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