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同質と異質
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「浮かない顔をしていらっしゃいますね」
「あら、気付かれてしまいましたか」
グロウに指摘され、私は困ったように笑った。事実、あまり体調が良くないのは事実である。
我が家の植物園で、私とグロウはお茶をしていた。今日は彼と宰相閣下が家に遊びに来たのだが、早々に父親達は久しぶりの会話に夢中になっていた。そこで彼らを応接間に置いて、植物園へと逃げてきたのである。
「ハーブティー、少しでも効くと良いのですが」
「お気遣い、ありがとうございます」
グロウは手土産として、カルダニアにある有名店のハーブティーのアソートセットを持ってきてくれた。効能別に分けられていたので、私達はラベンダーのブレンドティーを飲むことにしたのである。
ラベンダーの優しい味わいは、私の心を癒してくれたのだった。
「殿下も本当に、運が悪いと言いますか」
「こればかりは、タイミングの悪さを恨むしかありませんわ」
夜会で女性を泣かせることは、紳士として最大のマナー違反である。図らずして、エドヴァルドはそれを犯してしまったのだ。
そうなった場合、‘‘被害者’’である女性は、加害者に賠償請求ができる。一般的にそれは、金銭で支払われるものだ。しかしルナーティカと教皇は、違うものを要求したらしい。
これから一ヶ月、ルナーティカは夜会で一番最初にエドヴァルドに話せる権利を有すること。そして少なくとも、三十分は二人きりで歓談できること。舞踏会では一番最初にダンスを踊れること。この三点を求めたのである。
私とエドヴァルドが婚約関係ならばそれも断れたが、まだ公には私達は‘‘友人’’に過ぎない。だから、彼もこの条件を受け入れざるを得なかったのだった。
たった一ヶ月の償いのための期間。しかし私は、彼とルナーティカの距離が近づいていくのではないかと不安を抱き始めていた。
彼女がエドヴァルドに懸想しているのは、誰がどう見ても明らかなことだ。そして周囲も、それに賛成しているような風向きなのである。
この前参加したとあるお茶会でも、何故だかエドヴァルドとルナーティカは同じテーブルに席が用意されていた。その前に参加した晩餐会でも、二人は近くの席が用意されていた。果てには、彼らが既に特別な仲であるという噂まで飛び交っている始末である。
愛する人の傍に、突如として現れた令嬢。ルナーティカの存在は、前世の嫌な記憶を呼び覚ますには十分すぎるものであった。
また私は、奪われてしまうのだろうか。いつしか、そんなことを考えるようになってしまっていた。
「みんなが求めているのは、あの二人の恋物語なのかしらね」
「周囲がどう考えているかは存じませんが、似たもの同士が結ばれるのも幸せの一つなのでは、とは思います。私と貴女のような……ね」
「あら。そんなの、買いかぶりすぎですわ」
「そんなことありません」
そこまで言うと、グロウはティーカップをソーサーに置いた。
「メイベル様。先日の夜会でグラスやガラスが何故大量に割れたか、お分かりですか?」
「……いえ?」
「あれは、貴女の中の魔力が目覚めたからですよ」
グロウはポケットから空の薬瓶を取り出した。それを右手に持つや否や、瓶は粉々に砕け散ったのである。
それは、夜会でワイングラスが割れた時と全く同じであった。
自分が得体の知れない力を持っているなど、にわかには信じがたいことだ。けれども、彼が異質な存在であるのは認めざるを得ない。
「私は生まれつき魔力を持っておりました。だから、ある程度は力を制御することが出来ます。しかし貴女は、まだ難しいようです」
「そんな……突然言われても、信じられませんわ」
「でしょうね。私も貴女が魔力持ちであると知った時は、とても驚きました」
「え?」
「魔力を持つ者同士は、手や指が触れ合うと熱を生じるのです。お手元、失礼します」
そう言って、グロウは私の手に手のひらを重ねた。すると、人肌ではない温かさが感じられたのだった。
「友人となる時、グラス交換をするでしょう? それで指が触れ合った時、貴女も私と同じだと気が付きました」
「……」
グロウとダンスを踊る時、確かに手が温かい人だなとは感じた。しかしそれは、単に彼が体温の高い人だからだと思っていたのだった。
「メイベル様は、動物のラバをご存知ですか?」
「え、ええ。ウマとロバを掛け合わせた動物ですわよね」
「ご名答。つまりは、異質なもの二匹を交雑させた存在です。そして彼らは、ほとんどが生殖能力を持たないことでも知られております」
「!?」
「ウマ同士、ロバ同士が交わっていたならば、それは起こりえなかったことです。この観点から言えば、同じ種族……似たもの同士で結ばれた方が幸せと思う訳です」
「……」
「受け入れられないかもしれませんが、私と貴女は似たもの同士なのですよ」
とはいえ、とグロウは言葉を切った。
「想い合う二人が結ばれるのが、きっと一番の幸せでしょう。こういう道もある、ということだけ心に留めていただければ結構です。陰ながら、応援しております」
「……ありがとうございます」
魔力など、アルビナであった時はまったく無かったものだ。それがメイベルとなった今、発現してしまったというのか。
私はメイベルという存在を、初めて気味が悪いと感じてしまったのだった。
「あら、気付かれてしまいましたか」
グロウに指摘され、私は困ったように笑った。事実、あまり体調が良くないのは事実である。
我が家の植物園で、私とグロウはお茶をしていた。今日は彼と宰相閣下が家に遊びに来たのだが、早々に父親達は久しぶりの会話に夢中になっていた。そこで彼らを応接間に置いて、植物園へと逃げてきたのである。
「ハーブティー、少しでも効くと良いのですが」
「お気遣い、ありがとうございます」
グロウは手土産として、カルダニアにある有名店のハーブティーのアソートセットを持ってきてくれた。効能別に分けられていたので、私達はラベンダーのブレンドティーを飲むことにしたのである。
ラベンダーの優しい味わいは、私の心を癒してくれたのだった。
「殿下も本当に、運が悪いと言いますか」
「こればかりは、タイミングの悪さを恨むしかありませんわ」
夜会で女性を泣かせることは、紳士として最大のマナー違反である。図らずして、エドヴァルドはそれを犯してしまったのだ。
そうなった場合、‘‘被害者’’である女性は、加害者に賠償請求ができる。一般的にそれは、金銭で支払われるものだ。しかしルナーティカと教皇は、違うものを要求したらしい。
これから一ヶ月、ルナーティカは夜会で一番最初にエドヴァルドに話せる権利を有すること。そして少なくとも、三十分は二人きりで歓談できること。舞踏会では一番最初にダンスを踊れること。この三点を求めたのである。
私とエドヴァルドが婚約関係ならばそれも断れたが、まだ公には私達は‘‘友人’’に過ぎない。だから、彼もこの条件を受け入れざるを得なかったのだった。
たった一ヶ月の償いのための期間。しかし私は、彼とルナーティカの距離が近づいていくのではないかと不安を抱き始めていた。
彼女がエドヴァルドに懸想しているのは、誰がどう見ても明らかなことだ。そして周囲も、それに賛成しているような風向きなのである。
この前参加したとあるお茶会でも、何故だかエドヴァルドとルナーティカは同じテーブルに席が用意されていた。その前に参加した晩餐会でも、二人は近くの席が用意されていた。果てには、彼らが既に特別な仲であるという噂まで飛び交っている始末である。
愛する人の傍に、突如として現れた令嬢。ルナーティカの存在は、前世の嫌な記憶を呼び覚ますには十分すぎるものであった。
また私は、奪われてしまうのだろうか。いつしか、そんなことを考えるようになってしまっていた。
「みんなが求めているのは、あの二人の恋物語なのかしらね」
「周囲がどう考えているかは存じませんが、似たもの同士が結ばれるのも幸せの一つなのでは、とは思います。私と貴女のような……ね」
「あら。そんなの、買いかぶりすぎですわ」
「そんなことありません」
そこまで言うと、グロウはティーカップをソーサーに置いた。
「メイベル様。先日の夜会でグラスやガラスが何故大量に割れたか、お分かりですか?」
「……いえ?」
「あれは、貴女の中の魔力が目覚めたからですよ」
グロウはポケットから空の薬瓶を取り出した。それを右手に持つや否や、瓶は粉々に砕け散ったのである。
それは、夜会でワイングラスが割れた時と全く同じであった。
自分が得体の知れない力を持っているなど、にわかには信じがたいことだ。けれども、彼が異質な存在であるのは認めざるを得ない。
「私は生まれつき魔力を持っておりました。だから、ある程度は力を制御することが出来ます。しかし貴女は、まだ難しいようです」
「そんな……突然言われても、信じられませんわ」
「でしょうね。私も貴女が魔力持ちであると知った時は、とても驚きました」
「え?」
「魔力を持つ者同士は、手や指が触れ合うと熱を生じるのです。お手元、失礼します」
そう言って、グロウは私の手に手のひらを重ねた。すると、人肌ではない温かさが感じられたのだった。
「友人となる時、グラス交換をするでしょう? それで指が触れ合った時、貴女も私と同じだと気が付きました」
「……」
グロウとダンスを踊る時、確かに手が温かい人だなとは感じた。しかしそれは、単に彼が体温の高い人だからだと思っていたのだった。
「メイベル様は、動物のラバをご存知ですか?」
「え、ええ。ウマとロバを掛け合わせた動物ですわよね」
「ご名答。つまりは、異質なもの二匹を交雑させた存在です。そして彼らは、ほとんどが生殖能力を持たないことでも知られております」
「!?」
「ウマ同士、ロバ同士が交わっていたならば、それは起こりえなかったことです。この観点から言えば、同じ種族……似たもの同士で結ばれた方が幸せと思う訳です」
「……」
「受け入れられないかもしれませんが、私と貴女は似たもの同士なのですよ」
とはいえ、とグロウは言葉を切った。
「想い合う二人が結ばれるのが、きっと一番の幸せでしょう。こういう道もある、ということだけ心に留めていただければ結構です。陰ながら、応援しております」
「……ありがとうございます」
魔力など、アルビナであった時はまったく無かったものだ。それがメイベルとなった今、発現してしまったというのか。
私はメイベルという存在を、初めて気味が悪いと感じてしまったのだった。
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