転生悪役令嬢、溺愛計画~今世では地味に生きていくつもりが、王太子の蜜愛から逃げられなくなりました~

二階堂まや

文字の大きさ
上 下
24 / 41

令嬢、邪魔される

しおりを挟む
 馬車での一件から一夜明け、私はすっかり頭を抱えていた。正直、昨夜は一睡も出来ていない。

 あの後、エドヴァルドはカルダニア王宮に着くまでずっと寝ていた。その後何事も無かったようにおやすみと言って私達は別れたのだった。その時は混乱のあまり一周まわって落ち着いていたが、時間が経つにつれてじわじわと恥ずかしさが込み上げてきたのである。

 ……でも。彼に触れるのは、全く嫌じゃなかったわ。

 夫婦であっても、夫の身体をあまり見たくないという妻は一定数いるという。子を成すためにセックスはするものの、男の部分を手や口で触れることに嫌悪感を抱くというのはよくある話だ。

 しかし私は、エドヴァルドのそういった部分に触れることに、何の躊躇いもなかった。汚いだとか醜いだとかいう感情は無く、とにかく彼を楽にしてあげたかったのだ。むしろ女として、忌避するどころか雄の魅力を感じていた。

 ……いけない。変なこと考えてたら、顔に出てしまうわ。

 今日で丁度、彼と友達になって三ヶ月が経過した。少なくともあと三ヶ月は友人という清らかな関係でなければならないので、いやらしい考えは頭から叩き出さなければなるまい。

 今日、大国ラフタシュの王宮で開かれるガーデンパーティーでは、またエドヴァルドと顔を合わせることになる。正直、どんな顔をして合えば良いのかが全く分からなかった。

 とはいえ、当日に無断欠席など出来る訳もなく。私は辛うじて身繕いして、馬車に乗り込んだのだった。

 移動の途中、私は手鏡を見て何度も自分の表情を確認していた。彼と何かあったと周りに気付かれないか、不安で仕方が無かったのである。

「いかがなさいましたか? メイベル様」

「い、いえ……何でもないわ」

 手鏡を覗き込む私に、キーラが心配そうに声をかけた。

「ご安心ください。化粧も御髪もドレスも、とっても素敵に仕上がってますわ。きっと殿下も、気に入ってくださるに違いありませんもの」

「……あ、ありがとう」

 私としては、このまま走って逃げたいのだけれども。

 そんな本音を口に出すこともなく。馬車は順調にラフタシュへと向かっていくのだった。

+

 ラフタシュ王宮の庭園に着くと、庭園は既に大勢の招待客で賑わっていた。今回の立食形式のガーデンパーティーは国内外の貴族令嬢、令息の懇親を目的とした会のため、来ているのは若者ばかり。庭園には、溌剌とした話し声が響いていた。正に、若葉の季節にぴったりの催しである。

 主催者であるラフタシュの王太子に挨拶した後、私はエドヴァルドを探し始めた。そして人混みを掻き分けるようにして、ようやく彼を見つけ出すことができたのだった。

 しかし。エドヴァルドは珍しく、男女複数人のグループに入って会話をしていたのだった。彼らはみな華やかに着飾っており、良家の子女であるのは明らかであった。

 雰囲気に圧倒されて声をかけるのを躊躇っていると、エドヴァルドから私に話しかけてくれたのだった。

「おや、メイベル様。こんにちは」

 彼の一言で、輪を作って歓談していた令息や令嬢の視線が一斉に私に向けられた。私が挨拶しようとすると、それより先に一人の令嬢が口を開いたのだった。

「もしかして、貴女も殿下の‘‘お友達’’?」

「は、はい」

「あら、奇遇だわ。私達と同じね」

 にこやかに言ってはいるが、令嬢達の言葉が見えない棘をまとっていることに、私は直ぐさま気付いた。

 どうやら彼女達は、私を敵と認識しているらしい。

「折角ですので、メイベル様もご一緒にお話しませんか?」

「あ、ありが……」

「流石殿下、お優しいですこと」

 私が言い終わるより前に、また別の令嬢に言葉を被せられた。驚いていると、彼女達は私に挨拶し始めたのだった。

「申し遅れました。私、カルダニアのエマヌエル公爵家が娘、フィリスと申します」

「私はロマノワのフェルディナント伯爵が娘、ホーリィと申します」

「私は……」

 令嬢達は揃いも揃って、大国の良家の子女ばかり。私とは全く住む世界が違う……もっと言えば、親の承諾無しにエドヴァルドと友達になれるような子達ばかりだったのである。

 そんな中に、小国の小娘が一人放り込まれて馴染めるはずも無く。

「殿下は乗馬が趣味でいらっしゃるの? 私もです。今度ご一緒させてくださいな」

「今度我が国の王宮で開催される舞踏会にも参加いただけるとお聞きしましたわ。是非、私とも踊ってくださいな」

 令嬢達の圧に押され、結局私は最後までエドヴァルドと一度も話さずに終わったのである。

+

 ガーデンパーティーが終わり帰宅する直前、エドヴァルドが連れていた執事が私に一通の手紙を渡してきたのだった。

「こちら、殿下からお預かりしております。どうぞ、後ほどお読みいただけますと幸いでございます」

「分かったわ、ありがとう」

 馬車に乗り込んだ後、私は早速封筒を開けた。すると、いつもエドヴァルドがつけている香水の香りがふわりと広がったのだった。心做しか、先程のパーティーの最中よりも彼の存在を近くに感じられた。

 そして手紙を読んで、私はようやくガーデンパーティーでの一件を理解した。

 今までエドヴァルドは一人も女友達を作っておらず、婚約者の座を狙う令嬢達は、彼とお近付きになれる機会を虎視眈々と狙っていたらしい。つまりは、私の知らぬところで水面下の戦いを繰り広げていた訳だ。

 しかし彼は、突然メイベルという小国の小娘を女友達とした。その報せを聞いて焦った令嬢達は、皆一斉にエドヴァルドに友達になるよう申し込んだようだ。女性と話すのは苦手なのでと、彼はやんわり断ったのだった。

 だが、話はそこで終わらなかった。彼女達は親を通して、エドヴァルドと友達になりたいとカルダニア王宮あてに手紙を送ったのだ。当然、親まで動いたとなれば、彼も無下に断ることは出来ない。

 また女性が苦手ならば、男女混合のグループならば話す練習ができるのではと言って、令嬢達はエドヴァルドに話しかける時は、自らの兄や弟を引き連れてくるのだという。つまりは、今日のガーデンパーティーの会話の輪もそのように形成されたらしい。

 察するに、今まで敵対していた令嬢達は、メイベルという共通の敵を前にして共同戦線を張ったようだ。彼女達からすれば、先ずはみなで協力して私を脱落させ、後で再び、婚約者の座を争うつもりらしい。

 ……これは、大変なことになったわ。

 想定外のおじゃま虫の登場に、最早笑うしかなかったのは、言うまでもない。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

不器用騎士様は記憶喪失の婚約者を逃がさない

かべうち右近
恋愛
「あなたみたいな人と、婚約したくなかった……!」 婚約者ヴィルヘルミーナにそう言われたルドガー。しかし、ツンツンなヴィルヘルミーナはそれからすぐに事故で記憶を失い、それまでとは打って変わって素直な可愛らしい令嬢に生まれ変わっていたーー。 もともとルドガーとヴィルヘルミーナは、顔を合わせればたびたび口喧嘩をする幼馴染同士だった。 ずっと好きな女などいないと思い込んでいたルドガーは、女性に人気で付き合いも広い。そんな彼は、悪友に指摘されて、ヴィルヘルミーナが好きなのだとやっと気付いた。 想いに気づいたとたんに、何の幸運か、親の意向によりとんとん拍子にヴィルヘルミーナとルドガーの婚約がまとまったものの、女たらしのルドガーに対してヴィルヘルミーナはツンツンだったのだ。 記憶を失ったヴィルヘルミーナには悪いが、今度こそ彼女を口説き落して円満結婚を目指し、ルドガーは彼女にアプローチを始める。しかし、元女誑しの不器用騎士は息を吸うようにステップをすっ飛ばしたアプローチばかりしてしまい…? 不器用騎士×元ツンデレ・今素直令嬢のラブコメです。 12/11追記 書籍版の配信に伴い、WEB連載版は取り下げております。 たくさんお読みいただきありがとうございました!

伯爵は年下の妻に振り回される 記憶喪失の奥様は今日も元気に旦那様の心を抉る

新高
恋愛
※第15回恋愛小説大賞で奨励賞をいただきました!ありがとうございます! ※※2023/10/16書籍化しますーー!!!!!応援してくださったみなさま、ありがとうございます!! 契約結婚三年目の若き伯爵夫人であるフェリシアはある日記憶喪失となってしまう。失った記憶はちょうどこの三年分。記憶は失ったものの、性格は逆に明るく快活ーーぶっちゃけ大雑把になり、軽率に契約結婚相手の伯爵の心を抉りつつ、流石に申し訳ないとお詫びの品を探し出せばそれがとんだ騒ぎとなり、結果的に契約が取れて仲睦まじい夫婦となるまでの、そんな二人のドタバタ劇。 ※本編完結しました。コネタを随時更新していきます。 ※R要素の話には「※」マークを付けています。 ※勢いとテンション高めのコメディーなのでふわっとした感じで読んでいただけたら嬉しいです。 ※他サイト様でも公開しています

婚約破棄された令嬢は騎士団長に溺愛される

狭山雪菜
恋愛
マリアは学園卒業後の社交場で、王太子から婚約破棄を言い渡されるがそもそも婚約者候補であり、まだ正式な婚約者じゃなかった 公の場で婚約破棄されたマリアは縁談の話が来なくなり、このままじゃ一生独身と落ち込む すると、友人のエリカが気分転換に騎士団員への慰労会へ誘ってくれて… 全編甘々を目指しています。 この作品は「小説家になろう」にも掲載しております。

獣人公爵のエスコート

ざっく
恋愛
デビューの日、城に着いたが、会場に入れてもらえず、別室に通されたフィディア。エスコート役が来ると言うが、心当たりがない。 将軍閣下は、番を見つけて興奮していた。すぐに他の男からの視線が無い場所へ、移動してもらうべく、副官に命令した。 軽いすれ違いです。 書籍化していただくことになりました!それに伴い、11月10日に削除いたします。

贖罪の花嫁はいつわりの婚姻に溺れる

マチバリ
恋愛
 貴族令嬢エステルは姉の婚約者を誘惑したという冤罪で修道院に行くことになっていたが、突然ある男の花嫁になり子供を産めと命令されてしまう。夫となる男は稀有な魔力と尊い血統を持ちながらも辺境の屋敷で孤独に暮らす魔法使いアンデリック。  数奇な運命で結婚する事になった二人が呪いをとくように幸せになる物語。 書籍化作業にあたり本編を非公開にしました。

魔性の大公の甘く淫らな執愛の檻に囚われて

アマイ
恋愛
優れた癒しの力を持つ家系に生まれながら、伯爵家当主であるクロエにはその力が発現しなかった。しかし血筋を絶やしたくない皇帝の意向により、クロエは早急に後継を作らねばならなくなった。相手を求め渋々参加した夜会で、クロエは謎めいた美貌の男・ルアと出会う。 二人は契約を交わし、割り切った体の関係を結ぶのだが――

5分前契約した没落令嬢は、辺境伯の花嫁暮らしを楽しむうちに大国の皇帝の妻になる

西野歌夏
恋愛
 ロザーラ・アリーシャ・エヴルーは、美しい顔と妖艶な体を誇る没落令嬢であった。お家の窮状は深刻だ。そこに半年前に陛下から連絡があってー  私の本当の人生は大陸を横断して、辺境の伯爵家に嫁ぐところから始まる。ただ、その前に最初の契約について語らなければならない。没落令嬢のロザーラには、秘密があった。陛下との契約の背景には、秘密の契約が存在した。やがて、ロザーラは花嫁となりながらも、大国ジークベインリードハルトの皇帝選抜に巻き込まれ、陰謀と暗号にまみれた旅路を駆け抜けることになる。

婚約者の本性を暴こうとメイドになったら溺愛されました!

柿崎まつる
恋愛
世継ぎの王女アリスには完璧な婚約者がいる。侯爵家次男のグラシアンだ。容姿端麗・文武両道。名声を求めず、穏やかで他人に優しい。アリスにも紳士的に対応する。だが、完璧すぎる婚約者にかえって不信を覚えたアリスは、彼の本性を探るため侯爵家にメイドとして潜入する。2022eロマンスロイヤル大賞、コミック原作賞を受賞しました。

処理中です...