転生悪役令嬢、溺愛計画~今世では地味に生きていくつもりが、王太子の蜜愛から逃げられなくなりました~

二階堂まや

文字の大きさ
上 下
20 / 41

行為の代償

しおりを挟む
 アルビナはその後、オフェリアのことを徹底的に調べ始めた。ユリウスのオフェリアへの想いが変わらない以上、婚約破棄に至る相応の理由が必要だったからである。

 やがて彼女は、オフェリアに病弱な妹がいること、そして治療費がかさみ、貴族でありながらも生活に困窮していることを突き止めた。

 しかし。ここまで調べがついても、アルビナがオフェリアを告発することはなかった。

「病弱な妹がいるってことだけでは、きっとみんなあの子を庇うに違いないわ。妹のために奔走した素敵な姉だとか言って、美談に仕立て上げるのでしょうね」

「……確かに、その可能性は高いでしょう」

「それぐらい、あの二人の‘‘麗しき愛の物語’’は、人々に持て囃されているもの」

「一時の感情に任せた恋など、まやかしでしかございません。私はそう思います」

「慰めてくれるの? ……ありがとう、嬉しいわ」

 アルビナが私の部屋を訪れた時に話す話題は、いつしかオフェリアのことばかりになっていた。取り憑かれたように、彼女はオフェリアを如何に蹴落とすかを考え続けていたのだ。

 オフェリアの名を口にする度、アルビナは憎しみの籠った険しい表情となった。しかし、私の彼女への気持ちが変わることは一切無かった。

 私もまた、どうすればアルビナが幸せになれるかばかりを考えていたのである。

「でも困ったわね。これ以上、どうやって調べたら……」

「でしたらアルビナ様。裏の情報に詳しい者を使いましょう。どんなに清廉潔白を演じていたとて、叩けば何かしらのホコリは出てくるものです」

「あら、そんなツテがあるの?」

「ええ。勿論でございます」

 王室と繋がりを持ちたいと考える者は、表の世界でも裏の世界でも山のようにいるものだ。私はあくまで庶子という身分ではあるものの、彼等からすれば王宮に住んでいて王族の血を継ぐならば‘‘王族’’である。

 そのため汚れ仕事も厭わないような人間に声をかけ、私の名を出して金貨を握らせたならば、協力者はいくらでも用意できるのだ。国王の庶子という立場が役に立ったのは、この時が初めてのことであった。

 こうして雇った密偵を使い、私達はオフェリアを追い込むための手がかりを集めていったのである。

 そしてとうとう、アルビナはオフェリアの署名が入った借金のための借用書という最大の武器を手に入れた。そこには、金の利用目的として靴や宝石、ドレスとはっきり記載されていたのだ。

 借金してまで宝飾品を買い漁る強欲な娘が、財産目当てで王子ユリウスに色仕掛けをした。借用書を見せながら、アルビナはオフェリアを衆人環視の中で告発したのだった。

 アルビナが借用書から作り上げたそのシナリオが真実なのかは、定かでは無い。しかし、証拠がある以上、周りもそれを認めざるを得なかった。

 ユリウスはオフェリアを庇ったものの、ラティスラ国王は元来身分を重要視する人だったこともあり、国王はアルビナの主張を全面的に受け入れたのだった。

 オフェリアが借金について認めたことで、彼女とユリウスは婚約破棄となった。そしてオフェリアが遠方の国リアードに追放された後、周囲の後押しもあり、アルビナはユリウスと結婚することになったのである。

 悪女は去り、王子と妃は幸せに暮らしましたとさ。めでたしめでたし。

 ……そう言えたならば、どれ程良かっただろう。

+

「爪のがたつきも大分無くなってきたようで、安心いたしました」

 爪の根元にオイルを塗り、指一本ずつ刷り込むようにマッサージしていく。惨憺たる有り様であった左手の爪も、数年経過したからか、正常に爪が生えるようになっていたのだった。

「さ、出来ました。アルビナ様」

 爪のオイルマッサージを終えて、私は言った。

「……ありがとう」

 礼を言った彼女は、どこか上の空であった。

 アルビナとユリウスが結婚してから、一年が経とうとしていた。しかし、二人の結婚生活は、とうの昔に破綻していたのである。

 ユリウスは初めから、彼女を愛するつもりなど無かった。オフェリアを国外追放する原因を作ったアルビナを恨み、その復讐として‘‘不幸な夫婦生活’’を与えるために、彼女と結婚したのだと風の噂で聞いた。初夜から夫婦の寝室が別室だったことから、それはおそらく事実なのだろう。

 そんな状況であるため、結婚後もアルビナは私の部屋を何度も訪れた。オフェリアを追い詰める方法を考えていた頃のトゲのある雰囲気は無くなったものの、当時の彼女は抜け殻のようにぼんやりとしていることが多かった。

 爪を剥がされてから、アルビナは自分の爪を見ること、手入れすることを極端に嫌がった。そのため、代わりに私が指のマッサージなどをするのが日課となっていたのだ。

「結婚式を挙げたのは去年の冬だから、もう一年経つのね」

 火の燃える暖炉に目を向けながら、アルビナはぽつりと言った。窓の外は、いつしか猛吹雪となっていた。

「私……ずっと、このままなのかしら」

「何を仰っているのですか。どんなに雪が降り積もっても、春になれば雪解けになるものです。殿下もいつかは……」

「ねえ、イヴァン」

「はい?」

「本当はね、ユリウス様のことを本当に愛しているのかすら、自分にはもう分からないの」

 寂しげに笑いながら、アルビナは言った。その表情には、散りかけの花を思わせるような、危うい美しさが感じられた。

「あの子を退かしてユリウス様と結婚できた時、確かに幸せだと思ったわ。でもね、それはユリウス様と結婚したかったからなのか、自分が死ななくて済んだからなのかか、分からないの」

「……考えても分からぬことは、世の中にいくらでも存在しますから」

「ふふっ。貴方って、本当に何処までも優しいのね」

 アルビナは席から立ち上がり、私の元へと歩み寄った。どうしたのかと聞く前に、彼女は私に抱きついたのだった。

「……っ、アルビナ様?」

「ねえ、イヴァン。私、色んなことにもう疲れちゃった。それに、心の中が満たされない寂しさに、耐えられないの。だから……」

 私を、抱いてくださらない?

 アルビナの言葉を聞いて、ぞくりと肌が粟立つのを感じる。何故ならそれは、彼女が初めて、ユリウスよりも私を求めた瞬間だったからである。

「駄目かしら?」

「……」

 入浴後の柔らかな肌の感触が、ナイトドレス越しに感じられる。全てを取り払ってその温もりを独り占めできたならばと考えるだけで、自然と身体は熱を持ち始めていた。

 歪な形ではあるものの、愛しい人に振り向いてもらえた。天にも登るような気持ちだったが、その高揚感は直ぐに消え去っていった。

 今ここで一夜の過ちを犯したならば、アルビナが身篭る可能性もある。となれば、中絶でもしない限り、彼女は私の子供を生むことになる。そしてその子は、庶子という立場となるのは明白だ。

 庶子が辿る人生は、地獄だ。

 移動の自由もなく、結婚する権利も無い。私はアルビナに出会えたものの、子供がそういった存在に出会えるかは分からない。生きる糧となるものが無いならば、かつての自分と同じく暗い洞窟を一人歩いていくような日々を過ごすだけだ。

 それに、私は生まれつき目を患っている。もしその病が子にまで遺伝したならば……。

 そう考えた瞬間。私は、引き剥がすように、アルビナの身体を後ろにゆっくり押した。

「アルビナ様、今日はとてもお寒いので。きっと風邪を引いてしまいます、どうかこのまま、温かくしてお休みください」

 厚みのあるカーディガンを彼女の肩に掛けながら、私は言った。

「……分かったわ。突然変なこと言って、ごめんなさいね」

「いえ、とんでもないことです。おやすみなさいませ」

「おやすみ」

 きっとこれで良かったのだと自分に言い聞かせながら、私はアルビナを見送った。彼女の要求を拒んでしまったものの、別の方法で支えることは出来ると思っていたのだ。

 この晩のおやすみが……アルビナと交わした、最後の言葉になってしまうとも知らずに。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

不器用騎士様は記憶喪失の婚約者を逃がさない

かべうち右近
恋愛
「あなたみたいな人と、婚約したくなかった……!」 婚約者ヴィルヘルミーナにそう言われたルドガー。しかし、ツンツンなヴィルヘルミーナはそれからすぐに事故で記憶を失い、それまでとは打って変わって素直な可愛らしい令嬢に生まれ変わっていたーー。 もともとルドガーとヴィルヘルミーナは、顔を合わせればたびたび口喧嘩をする幼馴染同士だった。 ずっと好きな女などいないと思い込んでいたルドガーは、女性に人気で付き合いも広い。そんな彼は、悪友に指摘されて、ヴィルヘルミーナが好きなのだとやっと気付いた。 想いに気づいたとたんに、何の幸運か、親の意向によりとんとん拍子にヴィルヘルミーナとルドガーの婚約がまとまったものの、女たらしのルドガーに対してヴィルヘルミーナはツンツンだったのだ。 記憶を失ったヴィルヘルミーナには悪いが、今度こそ彼女を口説き落して円満結婚を目指し、ルドガーは彼女にアプローチを始める。しかし、元女誑しの不器用騎士は息を吸うようにステップをすっ飛ばしたアプローチばかりしてしまい…? 不器用騎士×元ツンデレ・今素直令嬢のラブコメです。 12/11追記 書籍版の配信に伴い、WEB連載版は取り下げております。 たくさんお読みいただきありがとうございました!

伯爵は年下の妻に振り回される 記憶喪失の奥様は今日も元気に旦那様の心を抉る

新高
恋愛
※第15回恋愛小説大賞で奨励賞をいただきました!ありがとうございます! ※※2023/10/16書籍化しますーー!!!!!応援してくださったみなさま、ありがとうございます!! 契約結婚三年目の若き伯爵夫人であるフェリシアはある日記憶喪失となってしまう。失った記憶はちょうどこの三年分。記憶は失ったものの、性格は逆に明るく快活ーーぶっちゃけ大雑把になり、軽率に契約結婚相手の伯爵の心を抉りつつ、流石に申し訳ないとお詫びの品を探し出せばそれがとんだ騒ぎとなり、結果的に契約が取れて仲睦まじい夫婦となるまでの、そんな二人のドタバタ劇。 ※本編完結しました。コネタを随時更新していきます。 ※R要素の話には「※」マークを付けています。 ※勢いとテンション高めのコメディーなのでふわっとした感じで読んでいただけたら嬉しいです。 ※他サイト様でも公開しています

婚約破棄された令嬢は騎士団長に溺愛される

狭山雪菜
恋愛
マリアは学園卒業後の社交場で、王太子から婚約破棄を言い渡されるがそもそも婚約者候補であり、まだ正式な婚約者じゃなかった 公の場で婚約破棄されたマリアは縁談の話が来なくなり、このままじゃ一生独身と落ち込む すると、友人のエリカが気分転換に騎士団員への慰労会へ誘ってくれて… 全編甘々を目指しています。 この作品は「小説家になろう」にも掲載しております。

魔性の大公の甘く淫らな執愛の檻に囚われて

アマイ
恋愛
優れた癒しの力を持つ家系に生まれながら、伯爵家当主であるクロエにはその力が発現しなかった。しかし血筋を絶やしたくない皇帝の意向により、クロエは早急に後継を作らねばならなくなった。相手を求め渋々参加した夜会で、クロエは謎めいた美貌の男・ルアと出会う。 二人は契約を交わし、割り切った体の関係を結ぶのだが――

5分前契約した没落令嬢は、辺境伯の花嫁暮らしを楽しむうちに大国の皇帝の妻になる

西野歌夏
恋愛
 ロザーラ・アリーシャ・エヴルーは、美しい顔と妖艶な体を誇る没落令嬢であった。お家の窮状は深刻だ。そこに半年前に陛下から連絡があってー  私の本当の人生は大陸を横断して、辺境の伯爵家に嫁ぐところから始まる。ただ、その前に最初の契約について語らなければならない。没落令嬢のロザーラには、秘密があった。陛下との契約の背景には、秘密の契約が存在した。やがて、ロザーラは花嫁となりながらも、大国ジークベインリードハルトの皇帝選抜に巻き込まれ、陰謀と暗号にまみれた旅路を駆け抜けることになる。

贖罪の花嫁はいつわりの婚姻に溺れる

マチバリ
恋愛
 貴族令嬢エステルは姉の婚約者を誘惑したという冤罪で修道院に行くことになっていたが、突然ある男の花嫁になり子供を産めと命令されてしまう。夫となる男は稀有な魔力と尊い血統を持ちながらも辺境の屋敷で孤独に暮らす魔法使いアンデリック。  数奇な運命で結婚する事になった二人が呪いをとくように幸せになる物語。 書籍化作業にあたり本編を非公開にしました。

婚約者の本性を暴こうとメイドになったら溺愛されました!

柿崎まつる
恋愛
世継ぎの王女アリスには完璧な婚約者がいる。侯爵家次男のグラシアンだ。容姿端麗・文武両道。名声を求めず、穏やかで他人に優しい。アリスにも紳士的に対応する。だが、完璧すぎる婚約者にかえって不信を覚えたアリスは、彼の本性を探るため侯爵家にメイドとして潜入する。2022eロマンスロイヤル大賞、コミック原作賞を受賞しました。

獣人公爵のエスコート

ざっく
恋愛
デビューの日、城に着いたが、会場に入れてもらえず、別室に通されたフィディア。エスコート役が来ると言うが、心当たりがない。 将軍閣下は、番を見つけて興奮していた。すぐに他の男からの視線が無い場所へ、移動してもらうべく、副官に命令した。 軽いすれ違いです。 書籍化していただくことになりました!それに伴い、11月10日に削除いたします。

処理中です...