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逃げるではなく、挑む
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「お足元が悪い中お越しいただき、ありがとうございます。エドヴァルド王太子殿下」
エドヴァルドへお誘いの手紙を送ってから直ぐに、二度目のお茶会は実現した。
暇な時に返事をしてくれれば良いので、貴方の都合の良い日に会いましょう……というニュアンスを交えて書いたのだが、彼の返信が異様なまでに早かったのだ。やはり、彼は私をタダで逃がす気は無いらしい。
小雨が降っていることもあり、私達は我が家の食堂でお茶会をすることにしたのだった。日常生活をしている空間に彼がやって来るなんて、違和感しかない。どうにも落ち着かず、私はソワソワとしていた。
「さ、お召し上がりくださいな」
「ありがとうございます。それでは、いただきます」
テーブルに並べられたのは、ドライフルーツをふんだんに使ったパウンドケーキと紅茶。ハリーストでは、来客に振る舞う甘味としてはパウンドケーキが一般的なのだ。
「とても美味しいです」
「ふふ、お口に合ったようで何よりですわ」
エドヴァルドはパウンドケーキを品良くフォークで切り分けて、口に運ぶ。彼の食べ方が綺麗なのは、昔からのことであった。
私は、彼がパウンドケーキよりも好きな物……一番の好物が何であるかを知っている。しかしそれを踏まえた上で、敢えてパウンドケーキを選んだのだ。
エドヴァルドがチョコレートケーキを用意してくれたならば、私もお返しをするのが筋だろう。しかし、過去のことを話題に出したくなくて、その勇気が出なかったのだ。
何だか私、逃げてばかりだわ。
そんな後ろめたさを感じつつ紅茶を啜っていると、エドヴァルドが口を開いたのだった。
「そう言えば。読書愛好会に参加されているとのことでしたが、そこではどんな活動をされているのですか?」
「えっと、毎回好きな本を持ち寄って、本の内容と感想を話し合ってますわ」
「そうなんですね。メイベル様は、最近何の本を読まれているのですか?」
意外にも、彼は私の過去ではなく、今の人生について質問してきたのだった。
「その……近頃は、父上の影響で植物の研究に関する本を読んでますわ。この前の愛好会でも紹介したのですが、少し難しかったみたいで、みんな困惑してましたけど」
「成程、どんな内容なのですか?」
「その時紹介したのは、食虫植物の……」
ラティスラでは冬に流星群が見られることもあり、前世ではよく星座や天体観測の本を読んでいた。幼い頃は彼の隣に座って一緒に読んでいたことを、よく覚えている。
植物に興味が湧き始めたのは、この人生からのことだ。今世のことを話すことで、私は段々と落ち着きを取り戻し始めていた。
「ちなみに、本のタイトルは?」
「『虫を食する植物達』でしたわ」
「成程、今度読んでみようと思います」
彼の社交辞令であろう一言で、本の話題は終わった。となれば、次は私のターンであろう。
「ところで、殿下。私ばかりにお時間を使っては、他のご友人達が悲しんでしまうのではないでしょうか?」
ここで言う友人とは、言わずもがな彼の女友達のことである。
王太子であるならば、きっと交友関係も広いはずだ。ならば、私なんかではなく婚約者候補のご令嬢に時間を割くべきだろうと思ったからだ。そしてこれは、私の密かな拒否のサインであった。
前世で自分を不幸にした女を近くに置いたとしても、彼の幸せには繋がらないと思ったからだ。
「人生の時間は限られております。それに、貴方の前にある椅子が一つなのに、座りたい人が沢山いる。そんな状況で、私だけが席を独占する訳には……」
「恥ずかしながら、女性の友人は貴女以外おりません」
「!?」
エドヴァルドの口から飛び出した信じられない一言に、私はつい目を見開いた。その様子が余程滑稽だったのか、彼はニヤリと笑ったのだった。
「だから、貴女一人に席は一つ。何ら問題はありません」
「そ、そんな訳……」
「ふふ、残念ながら本当のことです。王族としての公務もありますので」
そう言ったエドヴァルドの表情は、何処か寂しげであった。
確かに、大国の王太子ともなれば、環境としては恵まれているのだろう。しかし、それと引き換えに制約もあるのは安易に想像ができた。
昔と同じく、彼は自由の無い暮らしをしている。そう思った途端に、ずきりと胸が痛むのを感じた。
「クラブ活動も私は参加出来ないので、お話が聞けてとても嬉しいです」
「……」
つまり彼は、私との会話を世間を知るための’’窓’’としているのだろうか。不意に、頭の中にそんな考えが頭をよぎった。
……いや、そんな伝書鳩程度の楽な役回りを、恨む対象である私にやらせるとは到底思えない。
もう少し踏み込んで考えるならば、私を何かしらで利用しようとしてる……?
それは、私が今まで考えた中で一番納得のいく答えであった。
彼が何を考えているのかはまだはっきりとは分からない。しかし、彼に負い目のある存在の私ならば、使い勝手が良いのは確かである。
不思議なことに、私の中では彼に仕返しをされる恐怖心よりも、彼に幸せになって欲しいという想いの方が強くなっていた。
前世で私は、イヴァンを散々利用した。ならば、逆もあって当然である。
友人として、彼の幸せの踏み台となる……か。
上等じゃない。
壁掛け時計を見ると、もう彼が帰る時間となっていた。残念ながら、今日はここまでのようだ。
「丁度時間みたいですね。ケーキ、ご馳走様でした。とても美味しかったです。それでは……」
「殿下」
「?」
「お誘いのお手紙、お待ちしてますね」
過去の罪滅ぼしとして、私が彼を幸せにしよう。
私の迷いが吹っ切れたように、いつの間にか小雨はすっかり止んでいた。
エドヴァルドへお誘いの手紙を送ってから直ぐに、二度目のお茶会は実現した。
暇な時に返事をしてくれれば良いので、貴方の都合の良い日に会いましょう……というニュアンスを交えて書いたのだが、彼の返信が異様なまでに早かったのだ。やはり、彼は私をタダで逃がす気は無いらしい。
小雨が降っていることもあり、私達は我が家の食堂でお茶会をすることにしたのだった。日常生活をしている空間に彼がやって来るなんて、違和感しかない。どうにも落ち着かず、私はソワソワとしていた。
「さ、お召し上がりくださいな」
「ありがとうございます。それでは、いただきます」
テーブルに並べられたのは、ドライフルーツをふんだんに使ったパウンドケーキと紅茶。ハリーストでは、来客に振る舞う甘味としてはパウンドケーキが一般的なのだ。
「とても美味しいです」
「ふふ、お口に合ったようで何よりですわ」
エドヴァルドはパウンドケーキを品良くフォークで切り分けて、口に運ぶ。彼の食べ方が綺麗なのは、昔からのことであった。
私は、彼がパウンドケーキよりも好きな物……一番の好物が何であるかを知っている。しかしそれを踏まえた上で、敢えてパウンドケーキを選んだのだ。
エドヴァルドがチョコレートケーキを用意してくれたならば、私もお返しをするのが筋だろう。しかし、過去のことを話題に出したくなくて、その勇気が出なかったのだ。
何だか私、逃げてばかりだわ。
そんな後ろめたさを感じつつ紅茶を啜っていると、エドヴァルドが口を開いたのだった。
「そう言えば。読書愛好会に参加されているとのことでしたが、そこではどんな活動をされているのですか?」
「えっと、毎回好きな本を持ち寄って、本の内容と感想を話し合ってますわ」
「そうなんですね。メイベル様は、最近何の本を読まれているのですか?」
意外にも、彼は私の過去ではなく、今の人生について質問してきたのだった。
「その……近頃は、父上の影響で植物の研究に関する本を読んでますわ。この前の愛好会でも紹介したのですが、少し難しかったみたいで、みんな困惑してましたけど」
「成程、どんな内容なのですか?」
「その時紹介したのは、食虫植物の……」
ラティスラでは冬に流星群が見られることもあり、前世ではよく星座や天体観測の本を読んでいた。幼い頃は彼の隣に座って一緒に読んでいたことを、よく覚えている。
植物に興味が湧き始めたのは、この人生からのことだ。今世のことを話すことで、私は段々と落ち着きを取り戻し始めていた。
「ちなみに、本のタイトルは?」
「『虫を食する植物達』でしたわ」
「成程、今度読んでみようと思います」
彼の社交辞令であろう一言で、本の話題は終わった。となれば、次は私のターンであろう。
「ところで、殿下。私ばかりにお時間を使っては、他のご友人達が悲しんでしまうのではないでしょうか?」
ここで言う友人とは、言わずもがな彼の女友達のことである。
王太子であるならば、きっと交友関係も広いはずだ。ならば、私なんかではなく婚約者候補のご令嬢に時間を割くべきだろうと思ったからだ。そしてこれは、私の密かな拒否のサインであった。
前世で自分を不幸にした女を近くに置いたとしても、彼の幸せには繋がらないと思ったからだ。
「人生の時間は限られております。それに、貴方の前にある椅子が一つなのに、座りたい人が沢山いる。そんな状況で、私だけが席を独占する訳には……」
「恥ずかしながら、女性の友人は貴女以外おりません」
「!?」
エドヴァルドの口から飛び出した信じられない一言に、私はつい目を見開いた。その様子が余程滑稽だったのか、彼はニヤリと笑ったのだった。
「だから、貴女一人に席は一つ。何ら問題はありません」
「そ、そんな訳……」
「ふふ、残念ながら本当のことです。王族としての公務もありますので」
そう言ったエドヴァルドの表情は、何処か寂しげであった。
確かに、大国の王太子ともなれば、環境としては恵まれているのだろう。しかし、それと引き換えに制約もあるのは安易に想像ができた。
昔と同じく、彼は自由の無い暮らしをしている。そう思った途端に、ずきりと胸が痛むのを感じた。
「クラブ活動も私は参加出来ないので、お話が聞けてとても嬉しいです」
「……」
つまり彼は、私との会話を世間を知るための’’窓’’としているのだろうか。不意に、頭の中にそんな考えが頭をよぎった。
……いや、そんな伝書鳩程度の楽な役回りを、恨む対象である私にやらせるとは到底思えない。
もう少し踏み込んで考えるならば、私を何かしらで利用しようとしてる……?
それは、私が今まで考えた中で一番納得のいく答えであった。
彼が何を考えているのかはまだはっきりとは分からない。しかし、彼に負い目のある存在の私ならば、使い勝手が良いのは確かである。
不思議なことに、私の中では彼に仕返しをされる恐怖心よりも、彼に幸せになって欲しいという想いの方が強くなっていた。
前世で私は、イヴァンを散々利用した。ならば、逆もあって当然である。
友人として、彼の幸せの踏み台となる……か。
上等じゃない。
壁掛け時計を見ると、もう彼が帰る時間となっていた。残念ながら、今日はここまでのようだ。
「丁度時間みたいですね。ケーキ、ご馳走様でした。とても美味しかったです。それでは……」
「殿下」
「?」
「お誘いのお手紙、お待ちしてますね」
過去の罪滅ぼしとして、私が彼を幸せにしよう。
私の迷いが吹っ切れたように、いつの間にか小雨はすっかり止んでいた。
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