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音楽の神の平手打ち
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初めてヴァイオリンの音色を聞いた時、なんて美しいのだろうと感動したのを今でも覚えている。直ぐさま私は、ヴァイオリンを習いたいと両親に頼み込んだ程であった。
それからというもの、私は毎日ヴァイオリンを弾き続けた。時間を忘れる程、夢中になっていたのである。
練習を重ねるに連れ、みるみるうちにヴァイオリンの腕は上達していった。年頃になっても夜会に参加せず練習に明け暮れる私を見て、ヴァイオリン狂いと陰口を叩く輩もいたけれども、そんなのは全く気にならなかった。
とはいえ、そんな幸せな日もずっとは続かなかった。
「オリヴィア、お前がヴァイオリンを何よりも愛していることは分かっている。だがな……」
「ええ、お父様。自身の立場は十分に存じておりますわ」
小国と言えど、私は第一王女という立場に置かれていた。今後の国の発展のためにも、良家への嫁入りは必須事項であった。
「今度ドルシナウで開催される音楽会をもって、ヴァイオリンは卒業させていただきます。それからは結婚相手探しに専念させていただきますわ」
結婚すれば、妻としての務めが待っている。ヴァイオリンを弾くなどままならないのは明白だ。だから、嫁入りはヴァイオリン奏者としての人生に終止符を打つことと同意なのだった。
「音楽会が終わったら、ヴァイオリンも楽譜も全て処分しようと思います」
「……オリヴィア」
それから、私は昼夜を問わずヴァイオリンの練習に明け暮れた。これまでの集大成とすべく、音楽会での演奏曲は最高難易度の曲を選んだ。難しくとも、不思議と辛いとは感じられなかった。
そして迎えた音楽会当日。そこで、悲劇は起こった。
曲の終盤、いや、最後の数音までは順調だった。
しかし。最後の最後、ヴァイオリンの弦が切れてしまったのだ。
切れて撥ね上がり、弦は私の頬を強く叩いた。鋭い痛みに耐えて弾き切ったものの、それは痛恨の極みである他無かった。
結局、私は準優勝に終わった。そして優勝したのは、隣国の第三王女クラリスであった。
音楽の神に愛されし者と称されるだけあり、彼女の演奏は素晴らしいものであった。きっと彼女のような存在を、天才というのだろう。観客はクラリスの奏でる音色に魅了され、惜しみない拍手を送ったのも頷ける。
全力を尽くして負けた、ならば仕方あるまい。準優勝の銀のティアラを授かりながら、私はただ唇を噛み締めたのだった。
しかし。話はそこで終わらなかった。音楽会を終えた後の夜会で、クラリスは思いも寄らぬ言葉を口にしたのだ。
「実は私……今日は本調子ではありませんでしたの。正直に申し上げますと、あの演奏は全然納得できるものではありませんでしたわ」
その一言を聞いた瞬間に、胃のあたりが段々と冷たくなっていたのを今でもよく覚えている。
「指の調子が悪くて。だから今日は比較的簡単な曲を選んで、無理しないことにしましたの。それでも、これだけ皆様に喜ばれて光栄ですわ」
それは、今までの努力を踏みにじられた瞬間だった。つまり私は、全力を尽くして尚不調な彼女の足元にも及ばなかったのである。
それからというもの、私は毎日ヴァイオリンを弾き続けた。時間を忘れる程、夢中になっていたのである。
練習を重ねるに連れ、みるみるうちにヴァイオリンの腕は上達していった。年頃になっても夜会に参加せず練習に明け暮れる私を見て、ヴァイオリン狂いと陰口を叩く輩もいたけれども、そんなのは全く気にならなかった。
とはいえ、そんな幸せな日もずっとは続かなかった。
「オリヴィア、お前がヴァイオリンを何よりも愛していることは分かっている。だがな……」
「ええ、お父様。自身の立場は十分に存じておりますわ」
小国と言えど、私は第一王女という立場に置かれていた。今後の国の発展のためにも、良家への嫁入りは必須事項であった。
「今度ドルシナウで開催される音楽会をもって、ヴァイオリンは卒業させていただきます。それからは結婚相手探しに専念させていただきますわ」
結婚すれば、妻としての務めが待っている。ヴァイオリンを弾くなどままならないのは明白だ。だから、嫁入りはヴァイオリン奏者としての人生に終止符を打つことと同意なのだった。
「音楽会が終わったら、ヴァイオリンも楽譜も全て処分しようと思います」
「……オリヴィア」
それから、私は昼夜を問わずヴァイオリンの練習に明け暮れた。これまでの集大成とすべく、音楽会での演奏曲は最高難易度の曲を選んだ。難しくとも、不思議と辛いとは感じられなかった。
そして迎えた音楽会当日。そこで、悲劇は起こった。
曲の終盤、いや、最後の数音までは順調だった。
しかし。最後の最後、ヴァイオリンの弦が切れてしまったのだ。
切れて撥ね上がり、弦は私の頬を強く叩いた。鋭い痛みに耐えて弾き切ったものの、それは痛恨の極みである他無かった。
結局、私は準優勝に終わった。そして優勝したのは、隣国の第三王女クラリスであった。
音楽の神に愛されし者と称されるだけあり、彼女の演奏は素晴らしいものであった。きっと彼女のような存在を、天才というのだろう。観客はクラリスの奏でる音色に魅了され、惜しみない拍手を送ったのも頷ける。
全力を尽くして負けた、ならば仕方あるまい。準優勝の銀のティアラを授かりながら、私はただ唇を噛み締めたのだった。
しかし。話はそこで終わらなかった。音楽会を終えた後の夜会で、クラリスは思いも寄らぬ言葉を口にしたのだ。
「実は私……今日は本調子ではありませんでしたの。正直に申し上げますと、あの演奏は全然納得できるものではありませんでしたわ」
その一言を聞いた瞬間に、胃のあたりが段々と冷たくなっていたのを今でもよく覚えている。
「指の調子が悪くて。だから今日は比較的簡単な曲を選んで、無理しないことにしましたの。それでも、これだけ皆様に喜ばれて光栄ですわ」
それは、今までの努力を踏みにじられた瞬間だった。つまり私は、全力を尽くして尚不調な彼女の足元にも及ばなかったのである。
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