嫉妬の代償は旦那様からの蜜愛でした~王太子は一夜の恋人ごっこに本気出す~

二階堂まや

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一人と一匹の音楽会

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「お待たせ、ルル」

 温室のドアを開けて、私は何処にいるか分からぬ彼に呼びかけた。そして足元に彼が居ないか確かめてから、そろりそろりと温室の芝生へと歩いていく。彼の身体は保護色になっているため、誤って踏まないように細心の注意を払う必要があるのだ。

 とはいえ、芝生まで来たら一安心。彼の身体の色は落ち葉や土に似た色であり、青々とした芝生の上ならばすぐに分かるからだ。

 芝生の隅のテーブルに荷物を置き、餌を入れたトレイを芝生に置いてから、私は四方八方に呼びかけた。

「ルル、ご飯よ。何処にいるの?」

 すると近くに植えられた木の根元から、美しいダイヤ柄を纏った彼が這い出て来たのだった。

「ふふ、そこにいたのね」

 そう言って、目の前に姿を現した大きな蛇ー夫のペットであるルルドに、私は笑いかけた。手首程の太さの大蛇がやって来たとなれば並の令嬢なら悲鳴をあげるところだが、そんなことはしない。彼は最早家族同然なのだ。

 基本的に、ルルドの世話は夫が行っている。しかし、彼が忙しい時は私が来ることになっているのだ。

「ごめんね、ヴァルタサール様は公務で来れなくて。代わりに持って来たわ」

 芝生に座って手を差し出すと、ルルドは腕に身体を添わせるように緩く巻きついてきた。それは、餌を食べさせて欲しいという意思表示であった。

「あら、今日はやけに甘えん坊なのね」

 骨付きの鶏肉を口元に差し出すと、ルルドはあっさりと丸呑みにしたのだった。

「よっぽどお腹が空いてたのね。沢山あるから、安心して」

 こんな調子で、私は餌やりを続けたのだった。

 そしてトレイが空になってから、私はおしぼりで手を拭った。心做しか、ルルドは満足げな表情をしているようにも見える。けれども、彼は意味ありげにテーブルに置いた荷物を見つめていたのだった。

 荷物……またの名を愛用しているヴァイオリンケースである。

 どうやら、食後のお昼寝の音楽をご所望のようだ。

「ちょっと待っててね」

 一旦ルルドを芝生に寝かせてから、私はケースを開けてヴァイオリンの準備を始めた。

 温室の草花のみずみずしい匂いに、松脂の匂いが混ざり合う。松脂の匂いを嗅ぐと無意識に背筋が伸びるのを感じるのは、奏者としての条件反射といったところか。

「お待たせ」

 準備を終えて、私はルルドの元へと戻った。そして、彼だけのためにヴァイオリンを弾き始めたのである。

 一人と一匹だけの演奏会。それは何時しか、ささやかな楽しみとなっていた。

 音楽の神に''平手打ち''を食らったというのに、結局私はヴァイオリンを弾き続けている。本当にどうしようもない女だ。

 心の中で自らをひと笑いしてから、私は演奏に意識を集中した。
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