1 / 6
追い詰められ、快楽に溺れる
しおりを挟む
帰宅した夫のジャケットをナイトドレスの上から羽織り、私はその残り香を嗅いだ。彼は入浴中なので、今ここに来ることは無い。
今日は薔薇の香りだ。娼婦の間では近頃その匂いの香水が流行していると聞いたことがあるが、私は好きではなかった。けばけばしい程に華やかな移り香は、鋭い棘のように胸を突き刺していく。
何故ならそれは、彼が他の女を抱き締めた証拠であるからだ。
けれども、商売女の残り香を辿ることしか私には出来ない。彼に面と向かって問い詰めることなど到底無理だ。心の何処かで、自分の思い違いであって欲しいと思っているからだ。
こんな無駄なこと、早く辞めてしまいたい。しかし今日は止めておこうと思っても、香りを確かめてしまうのが習慣となってしまっていた。自らを追いつめるだけであり、最早自傷行為だというのに。
華やかな匂いは私の胸を抉り、心を削り取っていく。私は深く深く、ため息をついた。
それから上着を戻し、私はふらふらとした足取りで夫婦の寝室へと向かった。
+
「どうした? 浮かない顔をして」
寝室で顔を合わせるや否や、夫であるアヴラムは私に問うた。無論、それは先程嗅いだ残り香のせいだ。
鈍色の瞳が静かに私を見つめる。彼自身は感情があまり顔に出ない質なのだが、この男は他人の表情を読み取るのがやけに上手いのだった。
「いいえ、何でもございませんわ」
無理矢理に笑顔を作り、私は言った。何とか笑ってはいるものの、心では既に泣きそうになっていた。
「そうか、なら良いのだが」
私の心の内など全く知らない彼は、そう言って唇を重ねた。そして、すぐさま真っ白なシーツの上に二人して雪崩込んだのだった。
「ん……カトリーナ。……良いか?」
「はい、勿論でございます」
私が彼の誘いを断らないのは、子作りの義務を果たすためであり、身体の相性が良いからに他ならない。吹雪が吹き荒んだように心が冷たくなっていても、行為により身体は束の間の快楽で満たされていくのだ。
「あ……ん、っ」
ナイトドレスが脱がされ、あっという間に生まれたままの姿となる。まだキスしかしていないというのに、秘花からは蜜が滲み始めていた。
皮肉なことに、私の身体は彼無しでは悦くなれなくなってしまっていた。
「本当に、欲に従順で可愛い王女様だ」
自らの衣服をベッドの隅に放り投げてから、アヴラムは私の耳元で囁いた。色欲を含んだ低く掠れた声を聞くだけで女としての本能的な欲が一層湧き上がって来るのだから、恐ろしいものだ。
「ん、アヴラム様、恥ずかしいですから、ぁ」
耳たぶをいやらしく甘噛みしながら、アヴラムは秘唇の奥を指で解していく。その手つきがやや忙しないため、淫蜜がかき混ぜられる音が耳まで届いてしまっていた。
恥ずかしさのあまり身体を捩るが、彼が指の動きを止めることは無い。
「は……二人だけの空間で、何を恥じらう必要があるんだ? カトリーナ?」
「だ……っ、て、ぇ……っ、ん、」
かつて一国の王女であったという矜恃は、まだ私の心の片隅に残っていた。だからといって偉ぶるつもりは無いけれども、男を前にして股を濡らすようなふしだらな女にはなってはならないと、無意識に自制が働いてしまうのだ。
「あ……ん、っ」
誘惑するように秘種が何度も引っ掻かれ、その度に身体が震える。そんな私の姿を満足気に見ながら、アヴラムは続けた。
「は……カトリーナ。お前は私の妻だろう? ならば恥も何も捨てて、ただ快楽に身を委ねれば良い」
私の夫なのに、どうして貴方は他の女を抱き締めるのですか。
そう喉まで出かかったが、私はすんでのところで言葉を呑み込んだ。
私達が結婚したのは、アヴラムが私に熱烈なアプローチをしてくれたからだ。初めて出会った夜会で、彼は気さくに私に話しかけてくれた。王立騎士団長としての凛然たる立ち振る舞いと誠実な物言いに、私は強く惹かれたのだった。
夫婦仲睦まじい両親や兄夫婦を見て、私はずっと幸せな結婚に憧れていた。そして、彼とはきっと良い夫婦になれると直感したのである。
けれども、その直感は見事に外れた。
アヴラムは仕事の休み時間に娼婦を呼び、添い寝させて昼寝する悪癖があったのだ。騎士団の長であるがため、彼を咎める者は一人も居なかった。
私の何に不満なのか、と聞けば良い話だ。しかしそれが出来る程の勇気を、私は持ち合わせてはいなかった。言ったが最後、今の関係が崩れてしまうのが怖いのだ。
何故なららもう後戻り出来ない程に彼を深く愛してしまっていたから。
「は……もう良さそうだな」
私の両脚を自らの肩に乗せ、アヴラムは胎内に肉槍を突き入れた。
「ひ、あ、アヴラム様、ぁ、っ、ああ!!」
「ん……カトリーナ……っ、は、」
彼が腰を揺らす度、激しく肉がぶつかり合う音が聞こえる。混ざり合った体液の匂いは、濃密な男女の交わり特有のものであった。
身体の内から燃え上がるように快楽の熱が込み上げて、肌が汗ばんでいく。アヴラムも、切なげに眉を寄せていた。
わざと淫道で彼自身を強く締め付けると、彼の表情はより険しいものとなった。そのお返しとばかりに、アヴラムは激しい抜き差しを返してきたのである。
情事であるのに、まるで互いを追い詰めているみたいだ。私達を繋ぎ留めているのは、夫婦愛などではなく動物的な肉欲であった。
「あっ、ひ、あああっ!!」
「は、カトリーナ、……カトリーナ……!!」
私の手が、彼の手と繋ぐことは無い。ただ冷たいシーツを握りしめるだけだ。
今彼と身体を重ねているのは私なのに、どうしてこんなにも悲しいのだろう。
答えの無い問いを頭の中で繰り返しながら、私は刹那的な快楽に溺れていった。
今日は薔薇の香りだ。娼婦の間では近頃その匂いの香水が流行していると聞いたことがあるが、私は好きではなかった。けばけばしい程に華やかな移り香は、鋭い棘のように胸を突き刺していく。
何故ならそれは、彼が他の女を抱き締めた証拠であるからだ。
けれども、商売女の残り香を辿ることしか私には出来ない。彼に面と向かって問い詰めることなど到底無理だ。心の何処かで、自分の思い違いであって欲しいと思っているからだ。
こんな無駄なこと、早く辞めてしまいたい。しかし今日は止めておこうと思っても、香りを確かめてしまうのが習慣となってしまっていた。自らを追いつめるだけであり、最早自傷行為だというのに。
華やかな匂いは私の胸を抉り、心を削り取っていく。私は深く深く、ため息をついた。
それから上着を戻し、私はふらふらとした足取りで夫婦の寝室へと向かった。
+
「どうした? 浮かない顔をして」
寝室で顔を合わせるや否や、夫であるアヴラムは私に問うた。無論、それは先程嗅いだ残り香のせいだ。
鈍色の瞳が静かに私を見つめる。彼自身は感情があまり顔に出ない質なのだが、この男は他人の表情を読み取るのがやけに上手いのだった。
「いいえ、何でもございませんわ」
無理矢理に笑顔を作り、私は言った。何とか笑ってはいるものの、心では既に泣きそうになっていた。
「そうか、なら良いのだが」
私の心の内など全く知らない彼は、そう言って唇を重ねた。そして、すぐさま真っ白なシーツの上に二人して雪崩込んだのだった。
「ん……カトリーナ。……良いか?」
「はい、勿論でございます」
私が彼の誘いを断らないのは、子作りの義務を果たすためであり、身体の相性が良いからに他ならない。吹雪が吹き荒んだように心が冷たくなっていても、行為により身体は束の間の快楽で満たされていくのだ。
「あ……ん、っ」
ナイトドレスが脱がされ、あっという間に生まれたままの姿となる。まだキスしかしていないというのに、秘花からは蜜が滲み始めていた。
皮肉なことに、私の身体は彼無しでは悦くなれなくなってしまっていた。
「本当に、欲に従順で可愛い王女様だ」
自らの衣服をベッドの隅に放り投げてから、アヴラムは私の耳元で囁いた。色欲を含んだ低く掠れた声を聞くだけで女としての本能的な欲が一層湧き上がって来るのだから、恐ろしいものだ。
「ん、アヴラム様、恥ずかしいですから、ぁ」
耳たぶをいやらしく甘噛みしながら、アヴラムは秘唇の奥を指で解していく。その手つきがやや忙しないため、淫蜜がかき混ぜられる音が耳まで届いてしまっていた。
恥ずかしさのあまり身体を捩るが、彼が指の動きを止めることは無い。
「は……二人だけの空間で、何を恥じらう必要があるんだ? カトリーナ?」
「だ……っ、て、ぇ……っ、ん、」
かつて一国の王女であったという矜恃は、まだ私の心の片隅に残っていた。だからといって偉ぶるつもりは無いけれども、男を前にして股を濡らすようなふしだらな女にはなってはならないと、無意識に自制が働いてしまうのだ。
「あ……ん、っ」
誘惑するように秘種が何度も引っ掻かれ、その度に身体が震える。そんな私の姿を満足気に見ながら、アヴラムは続けた。
「は……カトリーナ。お前は私の妻だろう? ならば恥も何も捨てて、ただ快楽に身を委ねれば良い」
私の夫なのに、どうして貴方は他の女を抱き締めるのですか。
そう喉まで出かかったが、私はすんでのところで言葉を呑み込んだ。
私達が結婚したのは、アヴラムが私に熱烈なアプローチをしてくれたからだ。初めて出会った夜会で、彼は気さくに私に話しかけてくれた。王立騎士団長としての凛然たる立ち振る舞いと誠実な物言いに、私は強く惹かれたのだった。
夫婦仲睦まじい両親や兄夫婦を見て、私はずっと幸せな結婚に憧れていた。そして、彼とはきっと良い夫婦になれると直感したのである。
けれども、その直感は見事に外れた。
アヴラムは仕事の休み時間に娼婦を呼び、添い寝させて昼寝する悪癖があったのだ。騎士団の長であるがため、彼を咎める者は一人も居なかった。
私の何に不満なのか、と聞けば良い話だ。しかしそれが出来る程の勇気を、私は持ち合わせてはいなかった。言ったが最後、今の関係が崩れてしまうのが怖いのだ。
何故なららもう後戻り出来ない程に彼を深く愛してしまっていたから。
「は……もう良さそうだな」
私の両脚を自らの肩に乗せ、アヴラムは胎内に肉槍を突き入れた。
「ひ、あ、アヴラム様、ぁ、っ、ああ!!」
「ん……カトリーナ……っ、は、」
彼が腰を揺らす度、激しく肉がぶつかり合う音が聞こえる。混ざり合った体液の匂いは、濃密な男女の交わり特有のものであった。
身体の内から燃え上がるように快楽の熱が込み上げて、肌が汗ばんでいく。アヴラムも、切なげに眉を寄せていた。
わざと淫道で彼自身を強く締め付けると、彼の表情はより険しいものとなった。そのお返しとばかりに、アヴラムは激しい抜き差しを返してきたのである。
情事であるのに、まるで互いを追い詰めているみたいだ。私達を繋ぎ留めているのは、夫婦愛などではなく動物的な肉欲であった。
「あっ、ひ、あああっ!!」
「は、カトリーナ、……カトリーナ……!!」
私の手が、彼の手と繋ぐことは無い。ただ冷たいシーツを握りしめるだけだ。
今彼と身体を重ねているのは私なのに、どうしてこんなにも悲しいのだろう。
答えの無い問いを頭の中で繰り返しながら、私は刹那的な快楽に溺れていった。
0
お気に入りに追加
104
あなたにおすすめの小説

番から逃げる事にしました
みん
恋愛
リュシエンヌには前世の記憶がある。
前世で人間だった彼女は、結婚を目前に控えたある日、熊族の獣人の番だと判明し、そのまま熊族の領地へ連れ去られてしまった。それからの彼女の人生は大変なもので、最期は番だった自分を恨むように生涯を閉じた。
彼女は200年後、今度は自分が豹の獣人として生まれ変わっていた。そして、そんな記憶を持ったリュシエンヌが番と出会ってしまい、そこから、色んな事に巻き込まれる事になる─と、言うお話です。
❋相変わらずのゆるふわ設定で、メンタルも豆腐並なので、軽い気持ちで読んで下さい。
❋独自設定有りです。
❋他視点の話もあります。
❋誤字脱字は気を付けていますが、あると思います。すみません。

だいたい全部、聖女のせい。
荒瀬ヤヒロ
恋愛
「どうして、こんなことに……」
異世界よりやってきた聖女と出会い、王太子は変わってしまった。
いや、王太子の側近の令息達まで、変わってしまったのだ。
すでに彼らには、婚約者である令嬢達の声も届かない。
これはとある王国に降り立った聖女との出会いで見る影もなく変わってしまった男達に苦しめられる少女達の、嘆きの物語。
【完結】「私は善意に殺された」
まほりろ
恋愛
筆頭公爵家の娘である私が、母親は身分が低い王太子殿下の後ろ盾になるため、彼の婚約者になるのは自然な流れだった。
誰もが私が王太子妃になると信じて疑わなかった。
私も殿下と婚約してから一度も、彼との結婚を疑ったことはない。
だが殿下が病に倒れ、その治療のため異世界から聖女が召喚され二人が愛し合ったことで……全ての運命が狂い出す。
どなたにも悪意はなかった……私が不運な星の下に生まれた……ただそれだけ。
※無断転載を禁止します。
※朗読動画の無断配信も禁止します。
※他サイトにも投稿中。
※表紙素材はあぐりりんこ様よりお借りしております。
「Copyright(C)2022-九頭竜坂まほろん」
※小説家になろうにて2022年11月19日昼、日間異世界恋愛ランキング38位、総合59位まで上がった作品です!

愛のゆくえ【完結】
春の小径
恋愛
私、あなたが好きでした
ですが、告白した私にあなたは言いました
「妹にしか思えない」
私は幼馴染みと婚約しました
それなのに、あなたはなぜ今になって私にプロポーズするのですか?
☆12時30分より1時間更新
(6月1日0時30分 完結)
こう言う話はサクッと完結してから読みたいですよね?
……違う?
とりあえず13日後ではなく13時間で完結させてみました。
他社でも公開

「次点の聖女」
手嶋ゆき
恋愛
何でもかんでも中途半端。万年二番手。どんなに努力しても一位には決してなれない存在。
私は「次点の聖女」と呼ばれていた。
約一万文字強で完結します。
小説家になろう様にも掲載しています。

愚か者の話をしよう
鈴宮(すずみや)
恋愛
シェイマスは、婚約者であるエーファを心から愛している。けれど、控えめな性格のエーファは、聖女ミランダがシェイマスにちょっかいを掛けても、穏やかに微笑むばかり。
そんな彼女の反応に物足りなさを感じつつも、シェイマスはエーファとの幸せな未来を夢見ていた。
けれどある日、シェイマスは父親である国王から「エーファとの婚約は破棄する」と告げられて――――?

悪役令嬢の涙
拓海のり
恋愛
公爵令嬢グレイスは婚約者である王太子エドマンドに卒業パーティで婚約破棄される。王子の側には、癒しの魔法を使え聖女ではないかと噂される子爵家に引き取られたメアリ―がいた。13000字の短編です。他サイトにも投稿します。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる