エリート参謀は彼女を幸せにしたい~冷遇されていた令嬢は旦那様に溺愛されてます~

二階堂まや

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彼の愛に惑う彼女

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 額に人肌の温もりを感じる。ゆっくりと目を開けると、大きな手のひらが目の前にあったのだった。

 傷や豆が出来ていて、ザラついた手。けれどもそれは、何よりも愛しい存在であった。

「起きたか」

 私の額から手を外して、ルーデルは言った。整った平行眉の下にある藍色の瞳は、いつもの様に何の感情も映すことなく、私を見下ろしていた。

 私はベッドに寝かされており、ルーデルはその傍らに腰掛けていた。まだ彼は軍服から着替えておらず、どうやら私が目を覚ますまで見守ってくれていたらしい。

 先程の薔薇は、寝室のテーブルに置かれた花瓶に生けられていた。

「驚かせるようなことをして、悪かった」

 労るように私の頬を撫でながら、彼は謝ったのだった。

 責められるべきは、謝るべきは私なのに、どうして彼が謝るのか。私はただ困惑するばかりだった。

「いいえ、その……花束、ありがとうございます」

 先程お礼が言えてないことを思い出し、私は慌てて起き上がり、頭を下げた。

 けれども、それ以上言葉が出てこなかった。喜びを伝えたくて、沢山の言葉が頭の中に思い浮かぶけれども、上手く口にできなかったのだ。

「……っ、」

 自分に対する悔しさと苛立ちで、涙が零れてくる。視界が潤んだと思った瞬間、握りしめた拳に涙が落ちたのだった。

「少し、夜風に当たるか」

「え、あ……!!」

 ルーデルは、私を縦抱きにひょいと持ち上げた。そして窓辺に歩み寄り、片足で窓を開けてバルコニーへと出たのだった。

 夜空には雲一つ無く、無数の星が天高くキラキラと瞬いていた。実家にいた頃、私はよく窓越しに星座図鑑を見ながら、星座を指で辿っていた。窓から顔を出すのすら禁じられていたので、その時の私の夜空は四角に区切られた小さな世界だった。

 けれども、今は違う。眼前に見渡す限り広がる夜空は、美しく魅力的に感じられた。

 泣いて熱くなった頬を撫でるように、涼しい夜風が吹く。それは少しだけ、私の心を落ち着かせてくれたのだった。

「落ち着いたか」

「……ありがとうございます」

 見下ろすと、ルーデルの横顔が見えた。喜怒哀楽は少ないものの鼻筋が通っていて、精悍な顔立ちである。私の視線に気付いたようで、彼は見つめ返してきたのだった。

 獣のような目付きであるのに、その瞳には見守るような穏やかな光を孕んでいた。

「どうして、ここまでしてくれるのですか」

 疑問が、自然と口をついていた。泣いたことで、いつも働くはずの理性が少しだけ緩んでいたのだ。

「愛する家族を喜ばせたい、当然のことだろう」

 ルーデルは私を真っ直ぐ見上げながら、そう言った。躊躇いのない口ぶりは、ナイフのような鋭さを感じさせた。

「どうして、愛してくださるのですか? 私は……まだ貴方の役に立ってませんのに」

 いつか彼の子を産み、役に立てたらば、愛して欲しいと願っていた。けれどもそれが出来ていない今は、私の一方的な片思いのはずだった。

 この気持ちは、両思いだったというのか。それが信じられず、私はさらに言い募った。

「役に立てるから、人は愛されるのであって、私はまだ……っ」

「それは違う、リゼット」

 心に絡みついた呪縛を断ち切るように、ルーデルは私の言葉を遮った。

「役に立つ立たないを抜きにして、私はお前を愛してる」

「私と過ごしてても、何も楽しくないでしょう?」

「結婚してから、私は楽しく過ごしていたのだが?」

 その言葉は、信じられないものだった。

 無表情で余計なことを言わない、しないの鉄仮面。その姿に、楽しんでいる空気は何も感じられなかったのだ。

 まさか彼は、感情の起伏が少ないのは無自覚なのだろうか。

「なんなら、毎日家に帰ってお前と過ごすのが楽しみとすら思っていた訳だが。伝わってなかったか」

「……会話もなにも、私の行動を監視するためだと思ってました」

「そんな訳あるか。どうやら、とんでもない行き違いが生じているようだな」

 ならば、と言って、ルーデルは私を下ろした。そして、彼は私を抱き寄せたのだった。

「私も丁度、お前の気持ちを知りたいと思っていたところだ。互いをどう思っていたか、ゆっくり確かめ合いたいと思ったのだが、どうだ?」

 彼の無条件の愛を、私はまだ信じられないでいた。けれども、自分が彼を深く愛している自信はある。

 ならば、精一杯それを彼に示したい。自然とそう考えていた。

「……喜んで」

 彼の腕の中で、私は小さく頷いたのだった。
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